日本企業のマニュアル 加賀屋 4回目

レストランチェック

 前回体系だったフランス料理と標準化していない難しい日本料理の違いをお話ししましたが、さらに難しいのが料理人の教育です。

  料理人になるために料理学校があります。でも現場では料理学校を出ていても使えないといいます。料理学校では基本的な調理を教えます。しかし現場では使う調理機器が異なるし、忙しさが異なるのです。

旅館では早朝からの朝食準備と調理、夕食に向けての仕込み、盛り付け、夕食の調理があります。基本的に昼食はありません。レストランでは朝食はないが、昼食、夕食があります。旅館は事前に予約数がわかるし、部屋のプランによって料理が決まっているのでそれに従って準備や調理をします。

レストランでは来店客数、料理の注文は分かりません。と業種、形態によって、厨房作業は大きく異なるのです。料理学校で基本的な料理技術を身に着けていても、業態による忙しさと厨房のレイアウトによる1日の作業の流れがわかりません。

 前回ご紹介したパリにあるパリ市商工会議所運営のフランス料理学校のフェランディー校では100年以上も古いレンジやオーブンを設置し、実際に使用させ使い勝手の違いを教えます。

もちろん電気・ガスの両方を用意しています。フランス人は物を大切にし、家具なども古いものを大切に修理して使うのです。パリ市内の景観が整っているのも古いビルを大切に修理して使っているからです。

http://www.egf.ccip.fr/

 日本では料理人の教育は精神論的で、中学を出てからすぐに徒弟奉公に入り何十年もの下積みが必要です。先輩も料理長も丁寧に教えず、見て覚えろというスタイルです。料理の現場では先輩による暴力や暴言は当たり前です。フレンチの巨匠で有名な三国清三さんの修行話は典型的なものです。

三国清三さんの修行

https://www.cookdoor.jp/european-dish/dictionary/21024_europ_024/

 ではここで加賀屋のように高級な大型旅館の食事の説明をしましょう。加賀屋のような大型高級旅館の料理は大きく4つに分かれます。JTBのような旅行代理店経由の団体旅行、旅行代理店経由の個人客、直接予約する個人客です。更に結婚式・法事・地元の宴会等があります。さらに料金によるランクが3段階以上あるのです。

また当日、アラカルトのお好み料理の追加があります。お客様によってアレルギーなどのため、特定の食材を食べられないこともあるし、お子様連れにお子様料理が必要です。基本的に旅館の料理は和食の調理人ですが、お子様料理には洋食の調理人が必要です。

 建物は古い順に能登客殿、能登本陣、能登渚亭、そしてバブルが花開く直前に空前絶後の投資で立てた雪月花の4つの建物があります。その建物で客室料金が変わり、料理も変わります。

 加賀屋のように有名な旅館の場合、直接予約する個人客、結婚式・法事・地元の宴会が多く、それも料理の幅を広げます。

 加賀屋は長年「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で1位を保っており、1位を重視しますがその理由は旅行代理店です。

https://www.nta.co.jp/yado/ranking/100sen/

 個人客が旅行をしようと旅行代理店を訪問し、行先などの希望を言うと、宿泊先を選んでくれます。数多くの旅行代理店の社員でも、実際に泊まった経験はありません。その彼らが頼るのが「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」のランキングです。それで1位であれば自信を持って勧められるからです。

 加賀屋の建物設計は贅を凝らした物で、各階とも高低差を見事に使っています。売り物は、伝統のサービス、素晴らしい施設、能登半島や七尾湾の新鮮な魚、能登・金沢の野菜が特徴です。

 団体客の料理はまるで弁当給食のようです。旅館の和食は前菜などの冷たい料理が彩を添えますが、結構調理済みの食材を使い、大量なのでパートの主婦を使い、事前盛り付けをさせるのです。

メイン料理の魚介の刺身や、魚介の煮物、焼き物を料理人が調理します。単価の高い客室にはメイン料理の魚介の刺身や、魚介の煮物、焼き物に鮑、伊勢海老、活け造りなど高級な食材を使います。

 旅館で難しいのは連泊する個人客です。連泊客には異なった料理を出さなくてはいけないし、過去の宿泊時の料理と異なった料理を出さないといけないのです。そのため、総料理長は料理の記録をつけ、注意を払います。2連泊だとまだよいのですが、3連泊以上の場合、調理場は頭を抱えます。

私も1年ほど通ったのですが、数か月後には頭を抱えた総料理長から、調理場で好きな食べ物を選んで、料亭で食べてくださいと頼まれました。

 おかげで、七尾湾名物の赤西貝、ヒラメの刺身、鮑の踊り食い、ノドグロの焼き物・煮物、加賀野菜の天ぷら、能登牛のステーキなどが好きになりました。赤西貝はタニシのような形状ですが、綺麗な橙色のこりこりした食感はここでしか楽しめません。お酒も地元の天狗米、立山、菊姫、宗玄、が美味しかったですね。

 宿泊料金は古い部屋の団体旅行でも、1人25,000円以上。雪月花の18階・19階は、特別階“浜離宮”は専用エレベーターで行く、貴賓室のフロアです。貴賓室専用の個室お食事処で、料理人が来て旬の素材を目の前で加賀屋伝統の料理を作ります。

客室料金は1名13万円以上です。このようにランクにより多彩な料理が必要です。そのため、調理場は団体旅行用の調理場と、個人客用の調理場と別れています。

加賀屋料理

https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/5415/CUSTOM/GW541591224160645.html

部屋料金

https://www4.489pro.com/asp/489/menu.asp?id=17000006&gp=YES&lan=JPN&list=YES&kid=00117&key=&ty=ser&m_menu=1&s_n=1&s_r=1&dt=3

 「最近料理がおいしくない。ちょっと見て」との相談を受け数回訪問して料理を全種類食べ、調理場の流れを朝から晩まで見学しました。その結果問題点が明らかになりました。大きな問題点は調理人不足でした。

加賀屋クラスの大型旅館の場合、50名近い調理人が必要ですが、30名弱の人数でした。それも1,2年の新人がゼロだったのです。

その年入社社員12名が退職、前年度入社社員も一部退職。と退職率が高いということです。特に新入社員の退職率が高いということでした。原因は旧態依然の見て覚えろ式の人材育成の手法でした。

 従来の大型のホテル、旅館ではトップの調理長の地位まで登りつめるというのが最終ゴールであり、そのために時間を十分にかけて人材を育成していたのです。全ての作業を覚えるために最初は下働き、食材の仕込みなどから何年もかけて育成していたのです。

これらの徒弟奉公制度は江戸時代や、戦前、戦後の経済勃興時のように人材が豊富にいる時代には有効なシステムでした。人材が豊富にいるのであまり短期間に仕事を覚えることは人件費の向上や、熟練職人の流出につながるので、見て覚えろ形式の修得に時間がかかる徒弟奉公制を敷いていたわけです。

 しかしながら現代の若者は大きなホテルや旅館でトップに登りつめることよりも、短時間に将来の方向性を見れることを望みだしています。この現象は京都などの有名料亭でも発生しており、調理人に対する教育制度を変えなくてはならないと言う機運が起こっています。

 そこで全調理人、退職した新入社員と(近所で働いている)面接し問題点を明らかにしました。その結果、新人調理人が入社直後に退職するというのは、第一に将来のキャリアプランを明確に理解できないと言うことでした。第二の原因はベテランの調理人の対人関係(料理人独特のパワハラ)や人事管理マネージメント技術不足でした。

そこで、調理責任者には調理技術だけでなく、部下のやる気を起こさせる対人技術を身につけさせることにしました。

 また、調理技術を1年以内に教えるために、各段階別の職務基準書を作成し、仕事内容、必要な知識、技術を明確にしました。次に各段階にいたるのに必要な研修やトレーニング内容を明確にするため、トレーニングカリキュラムを作成しました。

 ポイントは調理などの技術を教えるにあたり、一つの技術が完璧になるまで次のステップに行かないと言う手法は非近代的であり、まず、ある程度の技術を漏れのないように短時間で教え込み、それを自分で使って自ら技術向上を図るという手法です。

 日本古来の武道である、剣道、柔道、空手等の格闘技は1年ほどで一通りの技術を教え込めるようなカリキュラムが存在します。一通りの技術を身につけた後は、それに基づいて毎日の鍛錬をおこない、3年ほどで最強の技術を身につけることが可能です。

それ以上の技術は本人の資質と鍛錬により変わりますが、基本的に最低の技術は1年、最高の技術でも3年で身に付きます。

 問題はベテランの調理人は自分たちがトレーニングされた前近代的な方法で新人にトレーニングをするということです。トレーニングカリキュラムを作成するのと同時に、トレーニングに対する意識改革もあわせて行いました。

 新人に対する教育においては単なる調理技術だけでなく、人物金の管理、いわゆるマネージメントまで含めました。まず、現状のメニュー、調理手順、店舗のレイアウト、調理機器を大幅に変えないという前提で、改善できる箇所を改善し、生産性を向上を検討しました。

 各メニューごとのレシピーの明確化が必要でした。レシピーは調理人各人が個人的に頭の中にしまっているので難儀しました。そこで総料理長に一番使える料理本を選定してもらって全員に読ませました。また各レシピーはあちこちに貼ってあるメモを集めさせました。

 1年ほどかかりましたが作成しました。すぐに結果は出ませんでしたが、数年後に訪問すると、調理人の総数が増え、新人の定着性も大幅に向上していました。更に従来は男性ばかりでしたが、女性の調理人も増えていました。

 本店の厨房の改造と、加工工場の稼働、セントラルキッチンと、分散化型の厨房、最新の衛生対策であるHACCPの導入も課題でしたが、それは残念ながら予算の関係で未達でした。

以上

王利彰(おう・としあき)

王利彰(おう・としあき)

昭和22年東京都生まれ。立教大学法学部卒業後、(株)レストラン西武(現・西洋フードシステム)を経て、日本マクドナルド入社。SV、米国駐在、機器開発、海外運営、事業開発の各統括責任者を経て独立。外食チェーン企業の指導のかたわら立教大学、女子栄養大学の非常勤講師も務めた。 有限会社 清晃(せいこう) 代表取締役

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