マックのマニュアルその9

レストランチェック

 前回ご紹介した店舗を総合的に、店舗マネージャー達と管理するSV双方に理解認識させ、改善に取り組ませるフルフィールドプロセスにより、マクドナルド店舗におけるQSCと人物金は格段に向上した。

特に店舗におけるQSCと人物金をSVが指摘し改善命令を出すのでなく、店舗マネージャー達に状態を認識させ、改善方法を自ら考えて実行させることが可能になった。

またSVは改善命令を出すのでなく、改善を手伝うことになり、SVと店舗マネージャー達の関係が改善された。と良いことづくめのようだが、弊害もあった。店舗マネージャー達やSVの勤務時間の悪化による疲弊だ。

フルフィールドプロセスに真剣に取り組むと年に1か月ほどは費やす。有給休暇はもちろん取れず、週休2日の休日も取れず、サービス残業が大幅に増加した。この問題は日本だけでなく世界各国のマクドナルドの問題であり、米国本社は、1990年代半ばに、フルフィールドプロセスを廃止し、外部の会社によるミステリーショッパー制に切り替えた。

その結果マネージャーたちの労働環境は改善されたが、店舗のQSCの改善の能力はなくなったといってよい。それが、原田泳幸氏がCEO時代に店舗の24時間営業を増加したことにより、店舗のQSCの大幅な低下と2014年末の異物混入事件を招いたといってよいだろう。

 マックのチェックリストや、教育システムで大変効果があったが消えてしまったものをご紹介した。マニュアルやチェックリストは社内で幅広くオープンにしているが、あまり公開していないものがある。それが品質管理である。

 品質管理というと味の維持のために食材やスパイスの配合成分を詳細に述べたスペックと思われる。これは社内でも数人の幹部にしか公開していない。さらに味の維持のためにはスペックだけでなく、製造工程を詳しく述べたマニュアルが必要になる。更に一番大事なのは食中毒を出さない仕組みだ。

 食中毒では比較的新しいものに最悪の場合死に至る腸管出血性大腸菌O-157というものがある。1982年にアメリカ・オレゴン州とミシガン州のマクドナルドの顧客が食中毒にかかったことから発見され、コロナ禍で有名になった米国疾病センターCDCの年次総会で発表され大問題となった。

私はそのころ米国店舗で働いていた。当時はチキンマックナゲットを発売したことでマクドナルドの売り上げは絶好調だった。

 ところがCDCのO-157事件の発表の翌日には売り上げが半減し、元の売り上げに戻るまで数年を必要とした。最初のマクドナルドでの事故の際には幸いなことに死亡者はいなかったが、1993年にアメリカのジャックインザボックスで起こったO-157の食中毒事件では2歳の子供が死亡してしまった。それ以来O-157は世界的に蔓延した。

日本では、90年に埼玉県浦和市の幼稚園で死者2人を含む被害者251人に及ぶ集団発生が最初の大きな事故となった。原因ははっきりしていないが、水ではないかと言われている。それ以来米国レストランチェーン協会NRAが真剣にHACCPを取り入れる契機になった。

https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/Kohashi-inf3/part1/test2.html

http://www.n-shokuei.jp/town/history/nenpyo03.html

https://www.sayko.co.jp/food104/post-4208/

 さて、食中毒対策としてはHACCPという管理制度がある。

HACCPとはHazard Analysis Critical Control Pointのことであり、危害分析、重要管理、事故防止品質管理システムというような翻訳になるであろう。

このシステムは食品の製造行程の管理状態に焦点をあて、発生する可能性のある危害を分析、予測して、起こりうる危害の優先順位をつけて、ポイント毎に管理していく手法である。

 HACCPは1971年に米国食品会社のピルズベリー(大手製粉会社で当時バーガーキングの親会社)によってNASA(航空宇宙局)の宇宙船のパイロット用の食事を安全に製造するために開発された。

宇宙船で食中毒が発生することは宇宙船が故障するのと同様に大変危険であるからだ。HACCPのシステムは食品製造行程全体を管理し絶対に問題を発生させない、ゼロディフェクトを保証しなければならなかった。

 従来の食品製造コントロールシステムは、製造後サンプルを抜き取り分析し問題点を発見する物であり、製造後短時間に食する場合には問題が発生する可能性が大きかった。つまり結果主義の衛生管理と言われている。

 それに対して、HACCPのシステムは問題が発生する前に問題点を発見し、欠陥を事前に改善するシステムである。

HACCPは人的な要素をなるべく避け、危険度を具体的に低くしようとする。衛生管理を各工程でしっかりと管理しようと言うもので、結果主義に対して、工程管理(プロセスコントロール)による衛生管理手法であると言われている。

だが、1982年のマクドナルドの事件以降も外食業界では真剣に取り組んでいなかった。1993年春のジャックインザボックスチェーンの大腸菌o157の食中毒事件による死者の発生まで真剣にHACCPを導入していなかった。HACCPは大手食品メーカーの衛生管理だと思われていたからだ。

マクドナルドは1982年の食中毒以降、秘かに真剣に対策に取り組んだ。それまで専門家を外部から招くことはなかったが、マクドナルドは、大手食品メーカーから人材をスカウトし、品質管理役員として、真剣に対策に取り組んだ。

HACCP情報

 品質管理役員はクオリティアシュアランスという制度を設け、栽培畑や牧場から工場の食品加工、そして店舗における調理工程まで細かくチェックした。品質管理役員は工場において一時調理を行い、店舗では最終加熱調理をすることを目指した。

 マクドナルドでは牛豚鳥のひき肉商品と、スクランブルエッグ、卵目玉焼き、店舗で粉と水ら作るホットケーキなどを生の状態から調理していた。生の状態の牛豚鳥のひき肉商品と、スクランブルエッグ、卵目玉焼き、などは大腸菌o157だけでなく、サルモネラ菌などの汚染の問題があるし、豚鳥は寄生虫の問題がある。

そこで、チキンナゲットは鳥ひき肉を工場で一度揚げて冷凍し、店舗で再加熱するようにした。豚ひき肉パティは工場で一度焼成してから、店舗で再加熱することで安全性を上げた。卵料理も工場で加熱殺菌して冷凍後店舗で再加熱することで安全性を大幅に向上させた。

 問題が牛肉ひき肉のパティだ。工場で一度加熱処理をしたパティを再加熱すると大幅に味が低下する。生の牛肉パティを鉄板で焼くと、肉の片側を焼いてからひっくり返す手間がいる。未熟練のアルバイトだとパティを破損し、肉内部温度が上がらず、食中毒菌が生き残る危険があった。そこで考えたのが店舗の未熟練アルバイトでも、失敗しないで焼ける、クラムシェルグリルだった。

 それでも安心できないとパティを焼成後、60度C以上で保温する仕組みだ。この保温保管により食中毒菌の危険は大幅に下がる。これが現在のマクドナルドで使っている、メイドフォーユーだ。最初は加湿保温機を使っていたが、保管温度が維持できないと、遠赤外線方式を採用した。将来は牛肉パティも工場で加熱処理をする研究を進めていると思う。

 さて今回はスペックの例をご紹介しよう。私はマクドナルド日本進出時と1990年のスペック全部持っているが、差しさわりがあるので、私がフライドチキンを開発した時のスペックと現在ない商品のスペックをご紹介する。

フライドチキン香辛料スペック   01ー16ー91

1)11-26-90

    ブラックペッパー

    ホワイトペッパー

    ジンジャー

    クローブ

    セロリ

    ナツメエッグ

    メーズ

    セージ

    タイム

    ローズマリー

    バジル

2)01-16-91

<1>ファースト ブレッダー BrF12 BrM

    澱粉                56.0%

    小麦粉              30.0%

    食塩                9.0%

    M.S.G.        1.0% 

    ブラックペッパー    1.8%

    ホワイトペッパー    1.8%

    ガーリック          0.04%

    アニス              0.02%

    カルダモン          0.03%

    シナモン            0.02%

    ナツメエッグ        0.08%

    メース              0.09%

    オレガノ            0.02

    セイジ              0.02%

    タイム              0.02%

    タラゴン            0.02%

    合計                99.96%

<2>BrS13  ブレッダーミックス

    小麦粉                85.0%

    食塩                  12.0%

    ブラックペッパー      1.40%

    ホワイトペッパー      1.40%

    ガーリック            0.03%

    アニス                0.02%

    カルダモン            0.02%

    シナモン              0.01%

    ナツメエッグ          0.06%

    メース                0.07%

    オレガノ              0.02%

    セイジ                0.02%

    タイム                0.02%

    タラゴン              0.02%

    合計                100.09%

<3>バッターミックス

    粉乳                  77.6%

    卵粉                  15.0%

    澱粉                  5.0%

    食塩                  1.0%

    キサンタンガム        1.0%

    小麦粉製剤            0.4%

<4>DiP6  ディップミックス

    食塩                  49.0%

    砂糖                  49.0%

    ブラックペッパー      0.58%

    ホワイトペッパー      0.58%

    カルダモン            0.10%

    スターアニス          0.08%

    ナツメエッグ          0.08%

    メース                0.12%

    オレガノ              0.08%

    タラゴン              0.03%

    合計                  99.65%

シューマイ  N社

名称      DESCRIPTION    % by WEIGHT

豚肉                        36.0

豚脂               9.0

卵白                         3.7

練り胡麻                     0.4

醤油      濃口               0.9

塩                           0.4

タマネギ  剥きタマネギ       4.5

葱        長葱               4.5

ショウガ  みじんショウガ     0.4

海老      剥き海老300/500   23.0

砂糖      上白               1.3

調味料    調味料N           0.7

胡麻油    純正胡麻油         0.4

澱分      馬鈴薯澱分         3.2

パン粉    赤パン粉4M       0.9

小麦粉    強力粉             8.4

水                           2.3    

                                   以上

次回は製造工程を詳しく述べたマニュアルをご紹介しよう。

続く

王利彰(おう・としあき)

王利彰(おう・としあき)

昭和22年東京都生まれ。立教大学法学部卒業後、(株)レストラン西武(現・西洋フードシステム)を経て、日本マクドナルド入社。SV、米国駐在、機器開発、海外運営、事業開発の各統括責任者を経て独立。外食チェーン企業の指導のかたわら立教大学、女子栄養大学の非常勤講師も務めた。 有限会社 清晃(せいこう) 代表取締役

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