旨く脂ののった鯵の干物と大根おろしに日本酒をちびりちびり、というのはプーリアではできない贅沢です。
日本に帰ってきたからこそ味わえる美味しさ。手軽に味わえるのも嬉しさが増します。
海産物の干物の食文化は世界各地にあるのに、イタリアでは一般的ではありません。
ちょっと調べたところによると北部のブレーシアという町周辺では淡水魚を天日干しにする習慣が昔からあるとのこと。
またサルデーニャやシチリアの郷土料理にはボラやマグロの卵を塩干しにしたボッタルガ(カラスミ)が使われます。
唯一広く使われるのはバッカラと呼ばれる塩干ししたタラです。ポルトガルやスペインバスク地方などではバカラウと呼ばれています。スカンジナビアで多く取れるタラを寒い北風に晒し塩蔵するストックフィッシュが中世の時代にバイキングたちと一緒に南ヨーロッパにやってきました。
タラと言えばこれからの季節、日本ではたらちりが美味しいですが、バッカラが大好きな南ヨーロッパ人たちは生のタラを食べる習慣がありません。水温が高い地中海ではタラはあまり捕れないので新鮮なものが手に入らないからでしょう。
アドリア海とイオニア海に挟まれたプーリアでも鰯、鯵、鯖などの青背の魚は新鮮なものがありますが、プーリア人は刺身で食べることはしませんし一夜干しなどにする習慣は全くありません。
生で食べるのもよし、一夜干しなどは旨味も増してさらに美味しいのに、と思いますが、私の推察では干している時の魚臭さに耐えられないのではと思います。海辺の街や海岸で「磯の香りがしませんね」と日本からの旅行者の方がおっしゃっていたことも思い出しました。
磯の香りと干物の放つ臭いは別のものかとも思いますが、確かにイタリアの海岸では海の匂いというのはあまり感じません。
チーズやサラミ、生ハムなどの肉加工品が熟成する時に放つ臭いも独特ですが、ヨーロッパではそれらの歴史の方が長く慣れ親しんでいるのでしょう。海に囲まれているとは言え、日本と比べると広さや海流の規模が違うし、海の恵みをあてにする度合いも違うのかなと思います。
こちらでは食べる習慣がないのだから当然とも言えますが、魚を手際良く捌く技やよく切れる包丁なども一般家庭にはありません。そう考えると逆に海藻なども食べ尽くす日本の食文化の海産物への依存度の高さを再認識します。
伝統的な地中海式食生活は肉類、魚介類よりも野菜や豆類を多く用います。一昔前は貧者の食生活と考えられていたものですが、サステイナビリティや健康の観点からは今の時代の理にかなった食習慣です。日本の食文化の得意とする海産物の干物も和食の枠を超えてその価値が評価されるようになるのではと思います。