プーリアの田舎に暮らしていると、隣人達は皆、自分の畑で自家消費用の野菜を何かしら常に栽培しています。そしてそれは日常的にあげたり、もらったりと物々交換にも使われます。果実のなる木はほとんど手をかけなくても季節ごとに順番に実をつけてくれるので 、ジャムやシロップ漬けなどの加工品としてプレゼントにもなります。身近なところのそんな小さなやりとりが人間関係の基本になっている感じがします。
無農薬の野菜や果実は当然のように土がついているし、不揃いだし、虫に食われていることも多く、洗ったり、傷んだ部分を取り除いたりといった下準備にも一つ一つ注意と手間が必要です。惚れ惚れするような立派な実がいつでも成るわけでもないし、出来は天候によって大きく変わります。プロ農家でもなく、生真面目な自然派生活実践者でもない私たちですが、確かに言えることは、東京に暮らしていた時と比べて、今の生活は栽培から収穫、調理、加工、そして頻繁に行われる親戚や友人達との会食まで、食べるものに関して費やす時間の長さに比例して味覚だけではなく、触覚、嗅覚、など五感全てが鋭くなったと感じることでしょうか。
店頭には並ばない規格外野菜専門の週決めデリバリーサービス https://babacomarket.com がミラノやトリノの都心部周辺で好調だというニュースを目にして、都会の生活と田舎の生活において食べ物に関しての意識の違いを感じました。規格の揃った美しい野菜や果物は日本の十八番ですので、イタリアより日本ではもっと盛んにこの規格外野菜の流通が行われていると思いますが、味は良くても外見が悪い野菜を廃棄処分から救うというのはとても良いアイディアですね。宅配は便利だし、送られてくる品の内容は選べなくても良いことしている感も得られるでしょうし、取扱量が増えているというのも納得です。イタリアはむしろ後発でやっとこういった動きが出てきたという状況です。生鮮食品を袋詰めで扱うスーパーマーケットなどの大型流通組織より山積みから消費者または店主がその場で袋詰めするような朝市や個人商店などが今だに根強く残るイタリアの商習慣も背景にあるのかも知れません。