日本企業のマニュアル まとめ 4回目 最終回

レストランチェック

 色々各社のマニュアルのお話をした。私はその中で、ダンキンドーナツ、マクドナルド、加賀屋のマニュアルに感銘した。
ダンキンドーナツのマニュアルは規模の小さな外食企業に最も取り入れやすい。マクドナルドと加賀屋のマニュアルはちょっと膨大でまねしにくいが、両社ともマニュアル以外の企業文化や考え方が素晴らしい。どんなにマニュアルが良くても、企業文化がしっかりしていないと運営できないのだ。マクドナルドのマニュアルは特殊でまねできないが、ビジネスに対する考え方の分析整理が面白い。

 大きな企業を運営するには、部下と上司の人間関係がスムーズでないとならない。マクドナルドは米国において1970年代の初頭に人間関係をスムーズにいくような心理学的な分析とトレーニングを取り入れるようになった。
 チェーンは本社組織、店舗の階級制度などピラミッドの上下関係をびっしりと敷き詰めて管理を行っている。しかし、人間であるから、お互いの好き嫌いの感情や、表現能力の問題から、人間関係がきしみ組織の運営がスムーズに行かなくなると言う現象が起きてきた。
上下の関係が旨く行かない場合には仕事上の問題であっても、人格上の問題にすり替えられ,より感情的なしこりが出来てしまう。そこで、何故、感情的な行き違いが発生するかという観点から、お互いの感情や精神状態を分析し、それにどう対応するかという精神分析的な手法を取り入れられるようになった。それが交流分析という手法だ。 
 交流分析というのはお互いの気持ちの状態を理解させようと言う物だ。人間は感情の動物だから、ちょっとしたコミュニケーションの食い違いが大きな問題に発生する。朝から一日機嫌が安定しているわけではなく、気分の良いとき、悪いときが周期的に発生する。しゃべり方一つでも相手を傷つけたりする。

 人間の性格をかえることは難しいが、自分の行動を理解し、それを変えることは可能だ。部下の仕事が旨く行かないのは,性格が悪いからだとか,能力がないからだ、と個人的な性格のせいにすることが多い。そういわれた部下は変えられない性格を指摘され、精神的に自信を失い余計に仕事上で失敗を招くことになる。
 そこで上下の人間関係を円滑に生かせるために、相手と自分の心理状態を理解させ、どんなコミュニケーションをとれば、問題が発生しないのかを具体的に教えるというのが交流分析だ。
人間の心理状態はP(ペアレント、親)、A(アダルト、大人),C(チャイルド、子供)と分かれる。上司が命令調で「おい、こんな失敗をして、子供以下だよ、何を考えているんだ」とがみがみ言い出す状態はPの状態だ。
この上司の言葉に「うるさい、自分でやったらいいだろう」等とこちらもPの状態で言い返せば喧嘩になる。しかし、「しゅいませーん、許ちてくださーい」というような感じで、素直に子供のような状態Cで謝れば、「しょうがないな、次から失敗をするな」ですんでしまう。
 しかし、こんなやりとりでは何故失敗したかも分からないから、次も失敗する可能性があり、進歩しない。そこで、Aのアダルトな状態で丁寧に話すようにしなくてはならない。その時々に心理状態を把握させ、言葉上、コミュニケーション上のトラブルをなくすようにした物だ。

 もう一つは相手の存在や考え方を認めようという物だ。長く店長やSVを務めていると部下が何かを提案しても、そんな事は「無理だ,効果がないよ、こういう風にやればいいんだ。言ったとおりにやれ」等と相手の内容を全く聞かないで否定し、命令しがちだ。
そうすると、仕事上の提案が否定されただけでなく、自分の存在そのものが否定されたように感じて、上司の命令を素直に実行する気がなくなる。つまりやる気を削ぐのだ。
そこで、4つのコミュニケーション状況を設定し、今どのような状況にあるのかを考えさせながら会話を進めさせるようにする。基本的には相手の言い分を聞いて肯定し、それからメリットデメリットを評価して、良い案を提案するという考え方だ。
 本を読んだり、セミナーを受講しただけでは身に付かないから、PACの言葉とコミュニケーションの4つの状況をイラストで描いた紙を胸に入れておき、コミュニケーション時に相手の状態や自分の状態がどんな状態であるかを紙を入れ替えることで、わかりやすくしようという現実的な手法である。
 しかし、この精神分析を元にした交流分析は日本人には馴染まず、外資系の外食チェーンでわずかに導入されたにすぎないまま、バブル経済に突入し、現在の難しい時代に突入してしまった。(米国と日本の精神医学の世界は全く異なる物であり、米国はフロイト系の精神分析の手法が発達し、上記のような精神分析的な心理分析の考え方が受け入れられやすいと言う土壌がある。)
 以上の考え方をbehavior modification(行動・習慣の変更という)。部下が仕事が遅く残業が多い時に、上司は部下に「お前は愚図でどうしようもない」等と人格そのものを否定しがちでパワハラとなる。
よく見れば仕事の段取りが悪く、終業後に一気にかたづけを開始するので遅くなることがわかる。事前に整理して終業後にすぐにかたづければ早く終わる。部下の仕事上の行動をじっくり観察し、問題の行動を指摘すれば人格否定をしなくて良いのだ。

 また、大規模なチェーンの運営では効率的な時間管理が大事だ。さもないとブラック企業になってしまう。そこで以下のような効率的な時間管理をさせるようにした。

(1)時間の浪費を引き起こす物
時間の浪費は誰でもしがちだ。時間の浪費を習慣づけない為には,常に「今のこの時間はどう使うのが一番良いのか?」と考える。必ず目的を持って行動し、それが成果が出せるようにしないと、時間の浪費となる。
自分の時間浪費をしている箇所に思い当たればそれを修正すればよい。時間を浪費すればどこかでしわ寄せが来て、休みが取れなくなったり、仕事の達成度が低くなる。仕事に優先順位をつけ時間を浪費しなければもっと生産性の高い仕事が出来るだろう。

時間浪費の主な原因
<1>電話による中断
<2>約束の無い訪問者
<3>会議(予定あるなしにかかわらず)
<4>不測の緊急事態
<5>目標、優先順位、期限の欠如
<6>乱雑な机とだらしない性格
<7>他人に委譲できる細かな決まりきった仕事まで自分でやってしまうこと。
<8>一度に何もかもやろうとする。しかもそれに取られる時間を少なく見積もること
<9>責任と権限委譲が明確になされていないこと。
 <10>他からの不適当、不正確、遅い情報
 <11>優柔不断と遅延
 <12>不充分もしくは不明確な伝達と指示
 <13>「N0,いや、だめ」といえないこと。
 <14>上司が部下の進歩と成長を把握する上で必要な情報の不備
 <15>疲労

以上のリストの内容に心当たりのない人間はいないはずだ。ではどうやってこれらの時間浪費を防ぐことが出来るのだろうか? その秘訣を見てみよう。

<1>良い記憶力と良いファイリングシステム
<2>柔軟な対応力を持つ。障害があってもそれを乗り越え、やり抜くことができる。
<3>自信。いくつかの仕事が同時に重なっても、あわてず優先順位を貫くことができる。
<4>他人と良い人間関係を築き、維持できる人。人との摩擦や喧嘩などで余計な時間を  使わない。
<5>素直な態度で人と接する。遠回しな言い方したり、人から誤解を受けるようなことをしない。

 以上が時間浪費を防ぐ秘訣だが、以下に時間浪費をしがちな人の現象を見てみよう。

<1>優柔不断な人。
仕事の優先順位を頻繁に変え、あれこれといろいろな仕事に手をつける。
<2>完全主義者
時間の使い方が下手な人は細かい所に注意を払いすぎる。
<3>情緒不安定名人
怒りや欲求不満、悩み等があるとそれに邪魔されて、他のことの考えがまとまらず、  正しい判断ができない。
<4>過度の緊張をしやすい人
緊張しすぎる為に、肉体的、精神的疲労が蓄積され、仕事の生産性があがらない。
<5>不安感を何時も抱いている人
  自信がなかったり、失敗を恐れて、仕事に着手できない。

 もしもあなたの時間の使い方がまずいと自覚したら、真剣に努力して改善するべきだ。時間の使い方の達人の特徴を見習うと良いだろう。目標を効果的に達成するには、1秒でも大事にして、行動計画をどう実行するかにかかっているからだ。

(2)仕事のリストアップとカレンダーの利用による時間管理
 効率よく時間管理をするには以下の2点を考慮し計画を立てる。

・目標に優先順位をつけてリストアップする。
・目標達成のための行動計画を開発し、実施可能なように上手に組み立てる。

仕事を効率よく実施するには、時間管理は極めて重要だ。毎晩寝る前に翌日片付けたい事を全部リストアップし日々の計画表に記入すると良い。
 リストアップした仕事を発生順に処理していくのでは時間が幾らあっても足りない。翌日片づけなければならない仕事の重要度、緊急性が異なるはずだ。重要度や緊急性の高い物から順番に処理すれば効率は上がるのだが、そのような仕事は難しかったり、何となく気が進まないので後回しにしようとしがちだ。
そこで、片づけなければいけない仕事一件につき、一枚の紙に記入する。その際に紙の色を変え、優先順位や緊急性の最も高い物を赤い紙に記入し、次は黄色、緑、記録に残す物は白紙の紙、と区分けをする。「何をすることが、自分にとって最もよい時間の使い方か?」を絶えず自問自答し、それから時間のスケジュールを立て、それに従って行動する。
仕事を達成するために長時間働いたと言って自己満足してはいけない。時間を浪費したために,無駄な時間をかけて仕事を終わらせたのかも知れない。かけた時間の長さと仕事の完成度は違うのだ。時間管理で大事なのは、どれだけ時間をかけたかではなく、どれだけ効率よく仕事を片づけたかだ。効率の良い時間管理は素早い、的確な行動を生み、間違っても仕事量を増やすことはない。
年度途中で会社の方針変更や、目標が追加されるといったことがあるかも知れない。こうした場合は、上司と新しい方針や目標の内容を検討して優先順位を決める。そして、新しい目標をどうやってスケジュール化するかを検討する。
場合によっては優先順位を変更したり、スケジュールからはずすことも検討する。自分の仕事の成果にどう影響がでるか、担当の上司と話し合い、同意しておくべきだ。仕事を達成しても、内容を評価してくれなくては意味がない。柔軟な姿勢で目標の変更に取り組み、スケジュールを効率よく管理し、正しい評価を受けるべきだろう。
時間と労力は最も高い優先事項に費やすようにする。優先事項が複数発生したら、一つずつ手際よく処理する。デスクワークでは優先順位を守って机の上に溜まった書類を効率よく整理し、至急の用事を全部処理してから現場に戻るようにする。
時間管理に関して、管理者が無視しがちな点は、朝、昼、夜、の時間のバランスを上手に保つという点である。現場では、昼夜を問わず営業活動が続けられている。現場の営業状態をしっかりと把握するには、昼間同様、夜間も現場を回ることが必要である。
バランスの取れたスケジュールを立て、部下の人たちとよい人間関係を築き、運営レベルの向上を図ると共に、現場の持つ問題や強みを把握するよう努める。

(3)書類整理
書類整理は放って置くと膨大な量となる。書類はきりがなく溜まっていくものであり、効率よく処理しないと身動きが取れなくなる。 会社の書類は次の3種類に分類される。
・現場保管の書類
・個人保管の書類
・会社保管の書類
どの書類が上記のどの分野にあてはまるか、いったん決まってしまえば、あとは自動的に分類できる。情報をコピーすると書類を膨大に増加する。どこにどの書類が保管されているのかを知っておくようにすればよい。
定期的に保管している書類が本当に必要かどうかを考える。破棄しても問題ないか、どこかに保管できないか、ファイリングするべきか考えてみる。書類は絶えず整理をすれば書類の山に埋もれることはない。自分の時間をより効率よく使うことができるようになる。
管理者になると、いろいろなことに時間を取られてしまう。会議への出席は必用なものだけに出来るように,上司や同僚と打ち合わせをして作業を分担し、会社には何日位出向く必要があるかを決める。必要な会議には出席できるよう優先的にスケジュールを立てる。
会社に到着すると、郵便物や伝言、依頼事項、報告書等、が山のように積み上げられているはずだ。これらの処理のポイントは、重要なものから順に3つに分類することだ。Aは直ちに処理が必要な最優先事項。Cはそれ程緊急でない用件である。Bはどちらか迷うときに分類し、後でAまたはCに分類し直して処理する。

 以上2つの考え方をご紹介した。こんなに自分の行動を冷静に分析、改善させると時間効率が大幅に改善できるのだ。マクドナルドの膨大なマニュアルを実践するうえで、以上のような冷静な考え方が必要なのだ。

以上

王利彰(おう・としあき)

王利彰(おう・としあき)

昭和22年東京都生まれ。立教大学法学部卒業後、(株)レストラン西武(現・西洋フードシステム)を経て、日本マクドナルド入社。SV、米国駐在、機器開発、海外運営、事業開発の各統括責任者を経て独立。外食チェーン企業の指導のかたわら立教大学、女子栄養大学の非常勤講師も務めた。 有限会社 清晃(せいこう) 代表取締役

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