第2回「ホテル経営に必要な調理システムの科学的分析と改善手法」(日本ホテル協会日本ホテル協会会報誌)

外食、ホテル、旅館の調理システムを見てみると,日本の経済成長の波に乗り,十分に科学的な裏付けを行わないまま、勢いで大企業になってしまったところが多い。実際に大手外食チェーンでも調理システムの問題が多発し、システム見直しを迫られている例が多く調理システム分析と改善を行いつつある。その具体的な手法を見てみよう。

「生産性向上の手段としてIE、VE、CEの手法を用いる場合の分析方法について」

生産性向上の手段として、科学的なアプローチが必要であり、IE、VEによる生産性向上の手段と、CE(コンカレントエンジニアリング)の手法に基づいた改善の手法がある。

  1. IEによる改善手法IEというと画板にメモ用紙を挟み、首からストップウオッチを下げ、現場で作業を分析する、工場などの現場作業の改善だと思われるかもしれない。しかし、本来のIEとはテーラーが開発した科学的管理の手法であり、作業者、経営者、設備、機材、材料、作業方法、市場調査、投資効果、マネージメント、評価、などの総合的な観点から問題点を分析し、解決方法を編み出すものだ。基本的には、現状の作業手段を元に各工程の無理、無駄を省くという手段であり、総合的なプロセス管理を目指した改善手法だ。
  2. VEによる改善手法VEは第2次世界大戦中に米軍で編み出された、コストダウンの手法であり、各作業を根本から見直して、本当にその工程や、材料が必要なのかを考え、革新的な改善策を編み出す。
  3. CEによる改善手法IEもVEも作業分析と、改善には優れた手法だが、基本的には大量生産を前提にどうやって生産性を上げるかという手法であり、現在のように商品のライフサイクルが短く、コンセプトが短期間で変更する場合には対応できないという問題点がある。例えばIEの分析は、工程分析であれば、ストップウオッチで作業時間を計測したり、VTRで作業を分析し、問題点を抽出して、解決策を出す。しかし、分析が大変である、ステップを追うことによる時間の浪費がある、という問題を抱えている。専門家が分析し、作業改善を現場におろしても、新商品が出れば最初からやり直しです。つまり、新商品を考案する際から、改善をしないと現実の商品開発のスピードに乗り遅れるわけだ。そこで従来の組織とは異なったプロジェクトチームを作成し、経営者と直結した形で作業を進め、開発、教育、改善、工程管理などを平行して同時に進め、開発速度を速る改善手法だ。

いずれにせよ、IE、VE、CEの手法のどれが良いというのではなく、それぞれを組み合わせて最適の改善方法を編み出す必要がある。

「具体的な問題点の分析」

では以上の手法を用いてどのように分析作業を進めているか見てみよう。

  1. 分析調理現場で抱えている問題点をまとめてみると、顧客のニーズの変化に対応するためにメニューの改廃の頻度が高いだけでなく、新業態の開発も行う必要があり、調理作業の変更を頻繁に行い、オペレーションが大幅に乱されているということだ。さらにメニューの増加と複雑化という問題を抱えたまま、コストダウンを行う要求が強く、社員の代わりにアルバイトを使い、さらに労働生産性も高くしろと言う矛盾を要求されている。生産性を上げるため、単純に労働時間を短縮することは、品質、サービス、クレンリネスの低下という問題を抱え、客の満足感を下げ、売り上げの低下という問題を引き起こす。実際の例ではあるファミリーレストランの低価格レストランの例がある。厨房の作業手順を省力化したのは良いのだが、サービスのレベルという客サイドから見えるところまで省力化したため客の支持を受けず、後に数多くの変更と改善を行わざるを得なかったが、売り上げの改善に時間がかかったという例がある。調理システムを見直し、同時にコストダウン、特に人事生産性を高めるためには原点に戻り、なにが本来の作業の基準であるかを観察する必要がある。以下に現場作業で観察、分析しなければいけないポイントをあげる。
  2. 作業手順[1]第1ステップまず、現状の店舗のレイアウト、調理機器を大幅に変えないという前提で、作業手順、教育方法のみの変更にて生産性を向上する手法を考えてみる。最初から厨房の改造とか調理システムの変更を行っても、現場作業を行う人間の習慣や考え方が変わらなくては使いこなせず、無駄な投資となってしまう。そこでまず、現状の作業に改善の余地があるのか、何が問題なのかを担当者と一緒に観察、分析することが重要になる。ここで問題点に対する捉え方のすりあわせを行うわけだ。参加メンバーは調理部よりベテランのシェフ、トレーニング、マニュアル担当者、商品開発担当者、情報システム担当者、設備機器担当者を選定し、まず問題点を発見する。そして、現状の生産性などの資料をそろえ、改善後どうなるかを数字で表現できるようにする。この数値管理をしっかりすると言うのは大変重要で、今後の投資に対する評価基準となる。「第1ステップの作業手順」
      [2]第2ステップ第1ステップで発見した問題点に基づき、マニュアル、トレーニングシステム、評価システム、作業基準の見直しを行う。各作業の標準時間、基準を明確にして、現場の改善が可能かどうかを検討し、できる箇所から現場で改善をスタートする。次に改善案の中から、新設の厨房に応用できる場合は厨房レイアウト、調理機器の標準化などの暫定結果をフィードバックし役立てる。「第2ステップの作業手順」
        [3]第3ステップ第2ステップまではあくまでの現状のソフト面の改善であり、根本的な解決までには至らない。根本的な改善のためには人、物、金の全面的な見直しが必要になる。つまり、調理コンセプトの見直しを行い、従来とは異なる調理方法や、調理設備の改善、厨房の改造などのハードウエアーの見直しが必要になる。「第3ステップの作業手順」
        • 作業分析時に多い問題点[1]マニュアル新メニューや業態がどんどんでてくるために、マニュアルの陳腐化が発生している場合が多い。また、VTRテープもメインテナンスを行っておらず、従業員のトレーニングに必要にも関わらず使用されていない。(VTRの作り直しには時間と多額のコストがかかるので更新をしない企業が多いのが問題となっている。)[2]トレーニング新人のトレーニングが明確ではない場合が多い。評価表はトレーニングチェックリストを兼任できるわけだが、新人トレーニングに必要な時間を明確にしていない。効率よくトレーニングするには何時間でどのくらい進歩するかの目標が必要で、それがないと新人を効率よくトレーニングできない。また、評価表で「マニュアル通りの作り方をしているか」と書いてある例が多いが、先にも述べたように、マニュアル、VTRが老朽化している場合には評価を適正にできない。現場の責任者や先輩の力量に左右されてしまい、調理の品質と作業の生産性が低下する[3]評価トレーニングが明確でないと、何を出来たら給料やタイトルが上がるのかがはっきりわからなくなる。単に労働時間の短縮だけではなく、売り上げに対して適正な人件比率を確保するためには、能力に見合った給料を支払うというのが基本的な考え方だ。労働時間短縮による生産性向上には従業員が自主的に仕事を積極的に覚えなければならない。どの仕事をどのレベルまで出来れば、幾ら給料が上がるかを明確にして、従業員が積極的に仕事を覚えるようにする必要がある。従業員の作業を正確に評価し、給料とタイトルの評価に明確につなげ、労働意欲を高めることが生産性を高める一つの手法でもあるわけだ。飲食業の作業は完全な機械化に置き換えることはできない。トヨタなどの自動車産業でもロボットの導入を図り作業の自動化を推し進めたが、多品種少量生産の現代ではそれでは対応できず、もっと人的なやり甲斐のあるアイランド形式の生産体制を模索している。同様なことは電機産業でも見られ、コンベアーラインという自動化ラインは過去の遺物となり、どうやって従業員のやる気を出すことが出来る生産方式なのかに注目している。同じことは外食産業でも見られ、あるファミリーレストランでは食券の自動販売機のテストをしたが、現在では朝食メニューにしか(バイキングで殆ど単品)使われていない。人間が操作した方が早いからだ。このチェーンの接客の部分に於ける省力化が顧客の反発を招き、売り上げを大きく低迷させている原因の一つとなっているようだ。現在、繁盛している業態はどんな商品を提供するかではなく、従業員のやる気を引き出し、素晴らしいサービスと雰囲気を提供する企業だ。またアルバイトだけでなく、社員まで生産性の項目などの実績に対して明確な評価が行われているか総合的に見ていく必要もある。[4]スケジュール作成方法生産性を上げるというと、ピーク時間の生産性を向上することを第一に考えがちだが、まず、どんな作業があるのかを明確にする必要がある。作業には売り上げにより比例して発生する生産性労働時間と、売り上げに関係なく必要な時間の非生産性労働時間がある。非生産性労働時間とは、開店、閉店時の清掃、仕込み、それから、新人の教育時間などだ。まずこの非生産性労働時間をどうコントロールできるかを明確にする。非生産性労働時間をしっかり詰めるのは調理の品質や接客サービスに影響を与えないので、この部分の無理無駄を省くようにする。 新人のトレーニング時間が明確でなく、なおかつ退職率が高ければ、年間膨大な時間を浪費することになる。例えば従業員の在籍数が30人で、年間の退職率が100%、トレーニング時間100時間かかるとすると年間3000時間、トレーニングに必要になる。仮に時給換算で1000円だとすると、費用は300万円だ。これがトレーニング時間または退職率が倍になるだけで、コストも倍になる。実はこの数字にはトレーニングに当たる人間の時間を入れていないが、それを加味するともっと労働時間が必要になる。そのためには従業員の定着率を高めるプログラムの導入は必要不可欠だ。調理の世界では未だに徒弟奉公制が残っており、昔ながらの見て覚えろという前近代的な手法によるトレーニングの結果、退職率が高いという問題を抱えている。徒弟奉公的な人の使い方や見て覚えろという手法は低賃金の人があふれていた過去の時代の考え方で、現在のように人手不足の賃金が高い時代には、異なるトレーニング手法が必要になっているはずだ。マニュアルというと調理マニュアルであると誤解されているが、最も重要なのは、トレーニング、人事管理、スケジュールのマニュアルになる。特に効果があるのはスケジュールのマニュアルをステップバイステップで述べた物だ。きちんとしたマニュアルを作りそれを実行するのは大変な作業だが大きな財産になる。将来的にはスケジューリングをPOSと連動させたコンピュータで自動作成する必要がある。さもないとスケジュール作成に社員が膨大な時間を浪費し、正確性も増さない。コンピューターのプログラムを作る際にこのスケジュール作成マニュアルが必要になるわけだ。このスケジュールのコンピュータ化に際しては、各アルバイトがどの作業をどのレベルで出来るかなどの細かい能力表と可能労働時間を考慮できるようにしなければならない。[5]必要なデーターの収集と店舗への伝達労働時間の短縮のためにはまず、非生産性の労働時間のコントロールを行い、次に売り上げに比例した生産性労働時間の無駄を省くことにある。生産性労働時間の無駄を省くには、売り上げを正確に把握し、的確な人員配置をしなければならない。まず、オーダーを取る時点でPOSの売り上げのデーターを正確にとる。生産時に売り上げを計上するのでなくオーダーを取った時点の売り上げを最低30分ごとにできれば15分ごとに集計できるようにする。また、フルコースのメニューを頼む客が多い場合には時間当たりに捌ける客数が減少する。時間帯の売り上げと同時に販売品目数、客単価を正確に把握できるようにしなければならない。それにより適正な人員配置が可能になる。また、品目の予測が出来ることによりある程度下拵えなどの準備が可能になる。以上、POSのシステムをきちんと考えることが適正な生産性を管理する根本だ。また、現在の情報はPOSを経由して本社、本部に行くようだが、肝心の現場へのフィードバックが遅い例が多い。POSだけでは改善できず、将来的には現場におけるパソコンの導入などを検討する必要があるだろう。[6]レイアウトと調理機器まず、標準レイアウトの作成が必要だ。各厨房の標準レイアウトがなければ、生産性がバラバラになるからだ。また、商品開発の際にも標準レイアウトを考慮しながら効率の良い商品開発が可能になる。但し、立地上の制約から必ずしも同じ面積、形状とならず現場によりレイアウトが変わるという宿命を日本では抱えている。この問題を解決するためには各作業の組み合わせによるブロック化レイアウトの手法を用いなければならない。調理機器の選定に関しては性能の善し悪しよりも、各現場で異なった調理機器を使用するということ自体が調理マニュアルを作る上で大きな障害となる。各現場では同じ機器を使用しなければならない。また、調理機器のメインテナンスを行わないと、機器の温度がバラバラになる。調理機器メインテナンスと調整のマニュアルの必要性もでてくる。店舗には温度計とストップウオッチの装備が最低限度必要だ。[7]現場作業各現場では各調理機器、器具の置き場所が決まっていなくてはならない。さもないと作業毎に食材や、調理器具を探す状況を発生させる。調理レシピーだけでなくどういう組み合わせで作業手順を進めるかを明確にする必要がある。調理レシピーは1品目を作るのに必要な作業時間を秒単位で明確にしておく。次に複数の品目を調理したときの標準時間を書く。この場合複数の作業と場合と単数の作業とでは段取りが異なる事に注意する。[8]衛生上の問題点メニューや業態を増加させ、かつ、アルバイトで運営しようと言うときには衛生上の問題点が発生しやすいので注意しなくてはならない。特に注意を払うのは手洗いを十分に行っているかどうかだ。手洗いは洗浄殺菌が必要だが、殺菌方法が手洗い容器につけるという古い手法であり、現実には殆ど使用されてない場合が多い。最新の手洗いの手法は洗浄殺菌を同時に行う洗剤を使用するので見直す必要があるだろう。また、古くなると厨房内部の壁面タイルや床の剥離が多く見られる用になるが定期的なチェックと補修が必要になる。古い厨房の一番の問題は冷却機器が不足すると言うことだ。特に厨房の空調が利かない、十分な冷蔵、冷凍スペースがないという場合には、食中毒が何時発生してもおかしくない。衛生管理の向上には精神論的な考え方でなく論理的に分析し、必要な設備は計画的に投資をしなくてはならない。食中毒を起こしてからあわてて冷蔵庫を購入するというのは実に無駄な投資だといえる。

        次回は具体的な調理システムの改善と革新の手法を見てみよう。

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