第1回「ホテル経営に必要な調理システムの科学的分析と改善手法」(日本ホテル協会 日本ホテル協会会報誌)

タイのバーツ暴落に続く香港株式市場の暴落から東京、ニューヨークの株式市場の乱降下、韓国をはじめとする東南アジア各国の経済の混乱状態と、一国の経済の混乱がタイムラグなしに連鎖的に広がるという世界経済体制の怖さを認識させた。その世界経済の混乱の陰で食中毒もタイムラグなしに世界中に連鎖的に広がっている。

8月7日に米国2番目のハンバーガーチェーン、バーガーキング社へハンバーガーパティを納入しているネブラスカのハドソンフーズ社製造の肉から大腸菌o157が検出したという報告がUSDAの食肉担当官からFDA経由でCDCに入った。CDCは直ちに実体の調査を行い、該当の食肉を使用している企業に対し警告を発表し、同時に汚染された食肉のロットナンバーをインターネットで掲示した。

1)バーガーキング社の見事な対応

幸運なことに食中毒が発生したわけではなく、知らせを受けたバーガーキング社は直ちにハドソンフード社のハンバーガーパティを使用しているハンバーガーの販売を中止した。バーガーキング社の米国内7800店の店舗の1650店舗がその影響を受け販売を中止した。その販売中止の店舗のある地域を直ちにマスコミに流し、48時間以内に対策を行い、他の牛肉のサプライヤーからハンバーガーパティを確保し販売を開始した。

新聞、テレビなどのマスコミによる報道に不安を感じる消費者の不安を完全に解消するべく、ハドソン社との取引を停止すると発表した。更に、消費者の不安を完全に断ち切るために全国紙に大規模な広告をうった。

  1. バーガーキング社のハンバーガーパティはフレームブロイルと言う炎による直火焼きで、FDA(米国厚生省)の基準に基づいた完全な調理を行っている。
  2. 焼き方はフレームブロイルとコンベアーを組み合わせており、熟練していないアルバイトがグリドル上の生焼けのハンバーガーパティを取り出して使用することがなく安全だ。
  3. この安全な調理システムを維持するために、調理機器の温度を測るのは精度の高いデジタル温度計だ。
  4. 品質管理と従業員教育店舗のマネージャー、アルバイトは食品の取り扱いと調理に関する厳格なトレーニングを受けている。フランチャイジーオーナーと本社の訓練された2000人に及ぶスタッフは、食材の取り扱い、調理について、全ての商品に対し常に指導、監督を行っている。
  5. 食材供給業者の管理食材はUSDA(米国農務省)によって検査、認定された食品製造工場から購入している。先日、ハドソン社で製造された当社に供給される牛肉製品からは食中毒菌が検出されないにも係わらず、同社の製品を全米の25%に当たるバーガーキング店から回収した(他の製造メーカーから商品が供給されるまで24―48時間かかったが)。これは、消費者の不安を取り除くための会社の姿勢を表す物であり、我々の顧客第一の姿勢を示す物である。

と言う内容を北米バーガーキング社の社長と1520名のフランチャイズオーナ名で全国35紙に掲載した。 この迅速な広報体制と広告の見事な組み合わせは、米国のうるさいマスコミを感心させ、事件発生後2週間後にはその話題はマスコミから完全に消え去り、消費者に信用されたバーガーキングの売上は殆ど影響を受けなかった。

2)政府の対応

今回の事件が急速に沈静化した理由は政府の的確な対応と情報公開にある。牛肉の工場はUSDA(米国農務省に当たる)にあり、このような事件は直ちにFDA(米国厚生省に当たる)、関連の疫病対策専門機関のCDC(アトランタにある中央疾病センターで、エイズ、エボラ熱などの高度な衛生対策から食中毒まで感染症の専門研究期間)に報告される。CDCは直ちに事件の調査を開始し、その原因、汚染状況、を把握分析し、その状況と対策をインターネット上で告知した。インターネットではハドソンフード社の汚染された肉のパッケージのコードナンバーとその総数まで発表している。この政府機関の迅速な対応と情報公開により消費者はパニックに陥らず、同時にバーガーキング社の発表した対策に安心し、騒ぎは鎮静化に向かった。昨年の堺市の事件でも良くわかったように関連の政府機関の情報発信は必要不可欠である。

3)業界としての対応

[同業者の対応]

93年に大腸菌o157の事件を起こし数名の死亡者を出したジャックインザボックス社では、また、その騒ぎが怒り業界全体の信用がなくなるのを恐れて、事件以後採用し、ジャックインザボックス社の衛生管理体制を立ち直らせた、Theno博士に業界で行われている品質管理を細かく発表させ、それ以上不安感が広まらないようにした。

ジャックインザボックス社の発表した内容は同社で行っているハンバーガーパティの製造工場におけるHACCPのシステムで、牛のと殺からパティの製造、製品配送、保管、店舗での調理システム、店舗での毎日のチェックリストの内容の詳細だ。

4)バーガーキング社の危機管理体制

バーガーキング社の危機管理対応は見事なものだったが偶然ではない。ジャックインザボックス、日本の堺市の学校給食で発生した大腸菌o157事件以来注目を浴びているHACCPと言うシステムは実はバーガーキング社のグループ企業のピルズベリー社という食品会社がNASAのアポロ計画の宇宙食開発のために開発された物だ。バーガーキング社は以前ピルズベリー社の子会社であったこともあり,HACCPの管理手法は熟知していたわけだ。新聞発表にもあったがバーガーキング社は品質管理部を持っており、ここでは材料を納入する原材料の食品工場の衛生管理はもちろんの事、世界のバーガーキング店舗の衛生管理にも目を光らせている。品質管理のインスペクターはチェックリストを持ち店舗を抜き打ちで監査する。そして、一定以上の点数をとれない店舗には閉店を命ずる強大な権限を持たされている。その衛生管理基準は世界統一の物で、店舗で使用する洗剤、殺菌剤の種類はもちろんの事、手洗い器の仕様、手洗い用の湯の温度まで厳格に定められていると言われている。

5)世界への影響

今回の事件は米国では企業、政府の対応が適切であったため消費者の不安はすぐに沈静化したが、この事件は思わぬところに飛び火をした。米国の事件の1ヶ月ほど後で、韓国で米国のネブラスカから輸入したホテル業界用の牛肉からo157が検出された。食中毒が発生したわけではないが、連日マスコミが不安をかき立てる報道を行ったため、牛肉自体の消費量が極端に落ち込み、肉の小売店、外食、の売上が大幅な落ち込みを見せている。

台湾も同様だ、豚の口蹄疫の発生により食肉業界は大きな打撃を受けた。現在、政府、食品加工業界をあげて品質管理運動が叫ばれている。先月、台湾を訪れある食品加工工場のHACCP対応の現状を見学したが、HACCPの導入はもちろんのこと、工場全体のプロセスコントロールをしっかりするために政府関連機関によるGMP(グッドマニュファクチャラープラクティス)の認定制度、AIB(アメリカ・インスティチュート・オブ・ベーカリー) という工場の設備機器関係の整備メインテナンスの認証制度まで取り組んでいた。

6)食中毒の傾向

従来から当社は衛生管理に注意を払っているからそんな事故は起こしませんという方がいるようだが、従来と同じ手法で衛生管理を行っていたら大きな食中毒を起こす危険があるといって良いだろう。

過去の食中毒の発生件数は年々減少していた。ところが96年を境に発生件数、被害者、死亡者とも増加に転じている。(表1参照)堺市の大腸菌o157が原因だと思われるようだが、詳細を見てみると恐ろしいことにo157以外の食中毒事故も増加している。表2を見てみると病原性大腸菌の食中毒事件が大幅に増加しているだけでなく、サルモネラ、腸炎ビブリオ、カンピロパクターなども増加していることがわかる。サルモネラの汚染も深刻な状況で、従来は卵の外側に付着していたサルモネラが卵黄内を汚染しているような状況になり、今後、生食用と加熱調理用の卵の分類をするなどの必要性がでているような状況だ。また、食中毒の分類にはいっていなかった生蠣などの小型球形ウイルスによる食中毒様症状が食中毒として分類されるようになった。米国などでは生蠣の汚染がひどく、地域によっては生食を禁止し有名なオイスターバーが閉鎖されるような状況も見られる。病原性大腸菌をはじめとして最近は新型の菌が続々と発生しそれが世界中に蔓延するスピードが速くなっているのが特徴だ。

表3の場所別では93年は旅館で15.2%だったのが96年には7.7%と減少しているようだが、昨年の場合は学校、家での病原性大腸菌の発生件数が異常に多かったことにより、決して減少の傾向とはいえない状況だろう。

8)日本の対応

昨年の堺市の大腸菌o157事件以来HACCPという制度が脚光を浴び、筆者も数多くのセミナーを開催してきたが、衛生対策に取り組む外食関連の企業の対応には大変心細い思いをさせられる。

各企業ではHACCPを単なる新しい衛生対策であるととらえ、セミナーには衛生対策の責任者である調理長、シェフを出席させている。参加者は必要なことは理解しているのだが、時間がかかる、経費がかかるという消極的な態度だった。そんな中で大手の外食産業で大規模な食中毒を発生させたが、その事後処理は上記のバーガーキングの対応と異なり消極的でまだ具体的な方針が決まっていないというお寒い状況だ。

ホテル、旅館業界でも毎年、企業の大小に関わらず食中毒を出しているようだ。食中毒後に原因を聞くと、食材の納入業者が問題があった、テナントの衛生管理が問題だった、などと人事のような言い訳を耳にする。自社の非を認める場合でも調理場がだらしなかったからだと、担当者の責任に転嫁する。しかし、本当に調理師やシェフで食中毒が防げるのだろうか。

ある宿泊施設でサルモネラによる食中毒が発生、数百名に上る食中毒を発生し、死亡者まで出してしまったことがある。原因は従業員が客の残した卵を使用したデザートを食べ、増殖したサルモネラに感染してしまったからだ。自分の体に下痢などの異常があるのに単なる風邪だと思い勤務を続けた。調理場では仕事中にたばこを吸ったり、飲み物を調理場で飲んだりという習慣があり、保菌者の口から手に着いた菌が料理に付着し食中毒を大きくしたようだ。料理の味見などをお猪口やスプーンを使用するという基本的な衛生管理の知識が欠如していたという事も問題を大きくしていたわけだ。

その事件以後、筆者はその宿泊施設で食中毒対策をおこなった。衛生管理の責任は調理場にあるので調理人に対する衛生管理教育としてHACCPの講義と指導を行った。それで一件落着かと思ったら、さらに数々の問題点を発見した。

朝食のバイキングを提供する際に、サービス担当者が、手で鼻をこすったりくしゃみをした手を洗浄殺菌しないでサービスをしていた。

また、顧客サービスで部屋に夜食のおにぎりを出していたが、室温に長時間放置されていた。このサービスを受け付けるのはフロントの予約の係りであった。

洗い場を見てみたら、洗浄を担当するパートタイマーが食器を取り出すときの温度が熱いからといってリンス温度を規定の80℃以下にしていた。それでは繁殖した食中毒菌を殺菌できないではないか。

以上のような経過から社員全員へのHACCP教育の必要を認識させられた。そこで、漏れの無いように全社員の名簿を作り参加したかどうかチェックをしながら、階層別のHACCP教育を実施した。一人でも理解していないと大事故になるからだ。当然のことながら経営者の方にも参加をしていただいた。

7)HACCPとはTCQであるという認識が必要。

HACCPを単なる新しい食中毒対策で、調理場の責任だとする経営者の応対では急激な技術革新をしている食中毒菌の猛威の前には対応できないだろう。HACCPを単なる衛生対策でなくTQC(トータル・クオリティー・コントロール)やTQM(トータル・クオリティー・マネージメント)という経営上の重要な戦略として経営者自ら主導して取り組む必要がでてきているのではないだろうか。

TQCとしてHACCPを考えると、単なる調理場の衛生管理だけではなく、客室宿泊能力と厨房調理能力のバランスはとれているか、厨房内の調理機器の能力は十分か、定期的なメインテナンスを行っているか、空調は25℃に保たれているか、食材納入業者はHACCP対応工場で加工しているか、納入業者は検便を定期的に行っているか、社内の衛生監査は誰がどのくらいの頻度で行うかなど、全く新しい取り組みが必要なことがわかるだろう。 8)HACCPはコストを押し上げない

TQCとしてHACCPを考える場合、最終的には品質が向上するのであり、その段階で品質だけでなくコストも削減することが可能になる。日本でHACCPを全社的に導入している日本マクドナルド(世界各国のマクドナルドで導入している)は10年以上も品質管理の向上に取り組んでおり、HACCPを導入できたことで世界各国から食材を安心して購入するワールドパーチェシングが可能になった。その結果、低価格路線を軌道に乗せこの不況下年間数百店舗を新規開店することに成功していることでも明らかだろう。

続く

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