強盗事件の対処(柴田書店 月刊食堂1995年1月号)

緊急提言
凶悪化する強盗事件に外食産業はこう対処せよ

本誌「ZOOM UP」でもお伝えしているように、首都圏で相次ぐ短銃強盗事件は外食産業を震撼させている。もはや日本でも“安全はタダで手に入るもの”ではなくなってきた。ここでは“犯罪先進国”アメリカの事情に詳しい経営コンサルタントの王利彰氏が外食業の危機管理について緊急提言する。

――このところ相次ぐ外食の強盗事件を見ていると、日本がアメリカなみの犯罪国家になってしまうのではないかと危惧するのですが、現状アメリカの外食におけるセキュリティ対策はどのようになっているのですか。

基本的にアメリカの外食チェーンというのは、ハードウェアをまずきっちりとつくっているんです。その根底にあるのは性悪説、つまり人は悪いことをするもんだという考えですね。ここがまず日本と違う。それで店の構造自体が、有事を前提にしたつくりになっているわけです。
そこで今回の一連の事件を振り返ってみると、裏口から侵入したというケースが多いですね。その時鍵がかけてあったかなかったのか、水掛け論みたいになっていますが、その前に日本では鍵がかかっていないことがわかるようなシステムになっていないですよね。

アメリカでは「パニックドア」といって、ある操作をすれば内部からは出られるが、外からは入れなくなるという構造のドアが一般的です。それに裏口というのは基本的に人の出入りをしない。裏口は搬入口であるという定義しかないし、また開けると非常ベルが鳴るような設計になっているのです。

――日本では、従業員はお客の目にふれるところから入ってはいけない、というような考えがありますね。

アメリカはそうじゃない。入ってくる人間がまず確認できれば、強盗などの事件は未然に防げるんです。
それから事件の起こる時間帯はもちろん深夜が多いわけですが、特に閉店時間が危ない。この場合、犯人は裏口からだけでなく、表から入ってくることもあります。ですから、お客が帰った後、マネージャーが確認して、ドアをロックしてから売上金を勘定する、というルールを厳守することがまず大事です。こういうことが日本のレストランではちゃんとできていない。

――その点、従業員の勤務シフトも全面的に見直す必要がありますね。

今回の事件のなかでは、この段階ではちゃんと確認できていませんが、閉店間際にマネージャーが不在だったというケースがある。そもそも深夜に、ドアをロックもしないで、責任者不在のままで現金勘定をしているなんていうのは日本だけですよ。閉店後はドアをロックし、いかなる場合でも開けてはいけない。お客が忘れ物をしたという場合でも、丁重にお詫びをして帰っていただくというくらいの姿勢が必要です。日本では「水と安全はタダ」という考えがありますが、そうした危機に無頓着だったことの弊害が、ここにきて一気にでてきたなと感じます。
またもうひとつ問題なのは、アルバイトが金庫を開けましたよね。これがいけない。つまり売上金管理システムがないんですよ。どういうことかというと、例えばアメリカのマクドナルドなどでは、強盗にあうというのはひとつの前提ですから、その場合にまず考えるのは盗られる金は最小限にしようということです。なぜなら、強盗に入られていくら盗られたと、その額が大きければ大きいほど、再び狙われる危険性が増すわけです。

――あそこに行けば金がある、とアピールするようなものですからね。

その通りです。もちろんその場の被害も抑えなければならない。そのために、レジには釣り銭以上のお金を置かないようにしているんです。つまり、1時間ごと、あるいは従業員が変わるごとに高額紙幣は金庫にしまってしまう。日本でいえば、1万円札ですね。これをお客に渡すことはないわけですから、こまめに金庫にしまっておくことを習慣づけるわけです。
<手ごわい店、というイメージを植えつけよ>
――強盗に入られた場合でも、被害はレジに入っているお金だけで済むと。

そこでさらに大事なことは、金庫は店長以外では開けられないというシステムにしておくことです。また金庫も持っていけないような重量で床に固定してあること。こうすれば、店長不在の時に強盗に入られた場合でも、アルバイトでは金庫のナンバーを知らないからお金を盗られることはない。その場の被害を最小限に防ぐとともに、従業員を身体的危害から救うことにもなるわけです。
こうしたことはアメリカのチェーンレストランでは一般的ですが、日本の、とくにファミリーレストランでは、これまで被害に遭うことが少なかっただけに、そのへんの売上金管理が極めて無防備でしょうね。

その点ではコンビニエンスストア、これは現在非常に事件が多いので、各社とも管理を強化しています。今年に入ってからのCVSの強盗事件は、11月末日現在で新聞に出たものだけで128件あります。昨年は145件で、これから年末に向かうことを考えると、200件近くになるのではと予想されています。この業界ではすでに過去に、強盗事件による死者も出ていますから、アメリカにあるようなこまめな金銭管理をすでに実施するようになってきました。

――売上金の納金、集金をする際についてはどうでしょうか。

私自身アメリカのマクドナルドでこんな光景を見たことがあります。
店に黒塗りのワンボックスカーが横付けされて、散弾銃を持った運転手が降りる。それに続いてもうひとりが拳銃を手に店の横のドアから店内に滑り込み、合い鍵を使って厨房に入り込むと、金庫のそばに立ち、マネージャーに金庫を開けさせる。

まるで強盗のようですが、これが売上金の集金人なのです。専門の集金会社に依頼しているのですが、集金車は定時に来ると襲われることがあるので、時間は一定ではありません。そして金庫も、マネージャーの鍵と集金人の鍵がふたつ合わないと開かないようになっています。マネージャーがもたもたしていて2分以上かかると、集金しないで行ってしまう。あまり長くいると襲われる危険があるからです。

この店がある場所も、特に犯罪発生率が高いところではありません。犯罪先進国アメリカでは、ファーストフードにおいてもこれだけ厳重な警備体制をとっているのです。

――では被害を未然に防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。

まず襲われないためにどのような点に注意すべきかですが、これはまず店内を外部から見やすくすることです。犯罪を犯す側からすれば、心理的にも外から丸見えの店というのは襲いにくい。CVSでも、店側の道路から見通しの悪い店ほど襲われやすいというデータがあります。外食店においては、窓ガラスにポスターなどをやたらにベタベタ貼ったりしないことです。
見通しの悪さという点では、ピロティ型の店舗も同様に危険ですね。現実にこの間の事件ではピロティの店が多く狙われている。こうした店では、非常警報装置を押すことで作動する、回転式の非常ランプを店外に設置するなどが有効な対策になってくるでしょう。これはタクシーではすでに使われていますし、一部のCVSでも導入されています。

それから日常的に気をつけることとしては、警察官に定期循環してもらうことです。警察官立ち寄りのポスターが貼ってあっても、その店で警察官を見たことがない、というのでは意味がない。近くの交番と顔なじみになることが大切ですね。アメリカのあるチェーンでは、巡回中の警官には無料で食事サービスをするというマニュアルがあるほどです。地域に密着することが大切、とはよく言いますが、こうしたことが被害防止に役立つことを覚えておくべきです。

――あの店は手ごわい、襲いにくい店だというイメージをまず植え付けるということですね。

また、これは一見防犯とは関係ないことのように思えるかもしれませんが、店長のフロアコントロールを徹底させることです。店舗にお客が入ってきたとき、きちんと目を見て声をかけることを習慣づける。客席にも常に注意を払うようにする。先述した閉店間際には特にこのことは重要です。なぜなら強盗というのは、必ず事前に店舗を下見しているものだからです。店長が常に目を配り、店内に一種の緊張感が漂っていれば、強盗も警戒して襲わなくなる。逆にポーッとしたアルバイトばかりの店であれば、これは組みやすしと見て、格好のターゲットになってしまうでしょう。
<単なる損得勘定で考えてはいけない>
――それだけ注意していても、運悪く被害に遭ってしまった。このときに一番注意すべきことは何ですか。

これはとにかく犯人に抵抗しないこと、これに尽きます。特にこれだけ銃器が一般に出回るようになってくると、強盗に立ち向かうというのは文字通りの自殺行為です。アメリカのチェーンでは従業員が犯人を捕らえたら処罰するところがあるくらいです。日本でもCVSで従業員が殺されて、それが売上金管理を徹底させる大きなきっかけになったということがありますが、そうした悲しむべき事態を引き起こさないために、まずはこのことを徹底すべきです。
次に、速やかに事件の解決、すなわち犯人逮捕に結びつけることが大切です。それには犯人を冷静に観察することですが、これは普段のトレーニングをしておく以外にありません。これまでの日本での事件の実例で見ても、例えば犯人の身長ひとつとっても、証言と実際の数値が10cmくらい違っていたというのはザラです。気が動転していると、そのぐらい人間の記憶はアテにならないものなんです。米国マクドナルド社では、強盗が店舗を襲うVTRを見せてトレーニングしていますが、1回見せて「犯人の特徴を言って下さい」といっても、ほとんどの人が正確に言えません。しかしそういった訓練を繰り返していけば、特徴を正確に把握し、表現することが可能になってくるのです。

――いざというときに冷静になれる訓練を積んでおくことが大事だと。

事件が起こった後の連絡にしても同様です。非常ベルがある場合でも、犯人に気づかれないように押すためには、普段から訓練していないと慌ててできません。また犯人が立ち去ったら、逃走用の車や自転車の特徴、逃走方向など必要なことをすぐにメモし、まず110番及び最寄りの交番、チェーン本部などに速やかに連絡することが大事です。そのため連絡先は一覧にして電話機のそばに置いておくこと。また犯人が電話を壊していく場合もあるので、最寄りの公衆電話の位置を確認し、電話用の10円やテレホンカードを用意しておくことも必要です。
ようはチェーン全体として、どれだけの有事を想定して危機管理のシステムが出来上がっているかが決め手になってくるわけです。例えばアメリカのセブンイレブンでは、社内にセキュリティマネージャー、訳せば安全管理マネージャーがいて、自社でどんな事件があったかを速やかに把握して、それを全店にフィードバックし対策をとらせるということをやっています。

具体的には対強盗などの店の安全対策から始まって、会社全体、経営者の身体的安全対策をたてます。さらには出張の際の安全対策、すなわちどういう地域にはどういう危険があって、それを防ぐためにはどういう設備、装備が必要かといったことまですべて対策をたてるのです。アメリカでは大手の外食チェーンでは、程度の差こそあれ、こうした危機管理のための職位を設けているものですが、日本ではおそらくまだ1社もないというのが現状ではないでしょうか。

――基本的に、金のあるところは襲われるものだ、という認識があるのかないのかの差ということですね。

実際問題として、こうしたセキュリティ対策にはそれなりの投資を必要とします。警報システムなどを整えようとすれば、1店少なく見積もっても10万円から20万円はかかるでしょう。翻って強盗に入られたときの被害を考えると、盗られてもせいぜい50万だと。損得勘定では大したことはない、本音で言えば、強盗なんてそんなしょっちゅうあるもんではないし、そんなものに金をかけるんなら強盗に入られた方が得だ、という考えがあるのかもしれない。さらに言えば、店舗で従業員が売り上げをちょろまかしたとか、賄いを食べ過ぎたとかいう、いわば日常的な金銭ロスの方がよっぽど多い、という現状も確かにあるわけです。
しかし、現状をこのまま放置すれば、外食業は確実に犯罪の温床になってしまいますよ。これだけ犯罪が凶悪化、国際化している現状を考えてみても、企業としてそれに対処できるだけの態勢を整えておくことは必要だし、それが外食業としての社会的使命というものでしょう。

――現実問題として、それは確実にチェーンのイメージダウンにつながっていくわけですからね。

そういう点では、やや乱暴な言い方になるかもしれませんが、現在の性急なローコストオペレーション、ローコストマネジメントの歪みがこうしたところに出ているという可能性はありますね。経費節減という名のもとに、社員あるいはスーパーバイザーの絶対数を減らしてきたでしょう。だからといって人を増やせとはいいませんが、人を減らす一方で、その代わりに安全対策のための投資をやってこなかった結果ではないかと思いますね。とにかくあらゆる外食企業が、これまでの安全対策の甘さを素直に反省する時期にきていることだけはたしかです。

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