先端食トレンドを斬る- 最新ホテルのレストラン(柴田書店 月刊食堂1995年10月号)
最新ホテルレストランに“食の豊かさ”の提案を学ぶ
<他の業界から生まれるものこそ真の競争相手だ>
これまで外食企業の競争相手というと、同じ外食の世界の中だけで論じられることが多かった。スーパーマーケットやコンビニエンスストア(CVS)こそが外食の競争相手だ、という指摘は以前からもあったが、意識としては業界内でのみ、想定していたのではないだろうか。
しかし現状を見れば、500円のマーケットの中心となっているのはすでにCVSである。CVSは日本に登場した初期から外食市場の侵食を続けてきたが、ここ数年間でそれはより顕著なものとなっている。ファーストフードの低迷は、景気の低迷ももちろん原因の一つだが、CVSの影響も大きいはずだ。
もちろん、外食が手をこまねいていたということではない。ファーストフードで展開されている値下げキャンペーンはもちろん、ガストにしてもCVSが切り崩しにかかったボリュームゾーンを意識したものであったはずだ。しかし、それ以上にCVSは力をつけてきている。そして、その影響はもはや外食の市場にとどまらず、ホテルにも及んでいるようなのだ。
一例を挙げよう。私は当初CVSが浸食しているのは500円のゾーンの外食産業だけだと思っていた。ところが、帝国ホテルの客室のゴミ箱にはローソンの弁当の空き箱がかなりあるというのである。なるほど、帝国ホテルの近くのリッカービル1階にはローソンが入っている。この店舗は弁当やそうざい類が充実しているので、外食業の人々にもぜひ見ていただきたいCVSのひとつだが、それが大きな魅力となって、宿泊客の中にはローソンの弁当で食事をすませるという人々も増えてきているのであろう。
こうした状況はホテル密集エリアである品川でも見られる。品川駅前には京急ストアがあるのだが、最近リニューアルされて食品売場もきれいになった。ここを、ホテルに長期滞在する外人宿泊客が利用しているのである。
ということは、ホテルが狙ってきた宿泊客の食事のニーズの一部をすでにスーパーやCVSが奪いはじめたということである。もちろん、ホテルがCVSやスーパーに浸食されているというのは極論過ぎるかもしれないが、こうした状況を見る限り、影響を受けていることもまた否定できない事実なのである。
そして、この流れを敏感に感じとったホテルの中には、すでに新しいシステムのレストランを開発し、大成功を収めているところも現れている。しかも、それらは単に宿泊客の胃袋を満たすだけでなく、館外のお客、すなわち外食がターゲットとしている客層中心なのである。つまり、外食業にとっての新しい競争相手が今まさに生まれようとしている。
<ホテルレストランの常識を覆した品川プリンスホテル>
かつてのホテルのレストランは、社用や接待などが中心で、一般の利用動機を想定した外食とはジャンルが違うということで棲み分けができていた。ところが、景気の低迷から社用や接待での利用が激減し、一般のレストランと同じ利用動機を吸収しなければならなくなっている。多くのホテルは、その切り替えがうまくいかないことから、料飲部門の苦戦が続いているというのが実態である。こうしたホテルレストランは、はっきりいって外食にとっては何ら脅威でもない。
ところが、新たに登場してくるホテルは、従来のホテル型の利用動機には目もくれず、はじめから一般の市場で競争力のあるレストランづくりをめざしている。その典型が品川プリンスホテルであり、パークハイアット東京であり、また大阪南港のハイアットリージェンシーオオーサカである。
これらのホテルでは「低価格化」と「バリュー」という現在、レストランが実現しなければならない課題を見事にクリアしている。
まず品川プリンスホテル。ここでまず見ていただきたいのは「味街道五十三次」という和食店である。この店のランチはすべて1,000円である。1,000円のランチをおいているホテルはこれまであったが、それはたいてい客寄せの目玉であり、ランチの中ではもっとプァーなものであることが多かった。さらにサービス料などもついて、結局1,000円を大きく超える支払い価格となる。しかし、この店は1,000円以外のメニューがない。しかも税・サービス料込みである。駐車場は1,500円で3時間無料になるのだから、家族で行けばファミリーレストランなみである。もちろん、ランチに限ってということになるのだが、ホテルとしてのハードやサービスを考え合わせれば、ファミリーレストランよりもむしろ価値は高くなるだろう。
もうひとつ、同ホテルでヒットしているのは1階のオールディズブッフェのハプナだ。ランチ2,000円で食べ放題というのは、ケーキブッフェを除けばホテルではじめて打ち出された価格帯である。感心するのは、その内容だ。2,000円という低価格ながらボリュームもあり、質もいいのである。
<低価格ブッフェで利益を上げるシステムとは>
では、なぜ品川プリンスホテルはランチ、そしてブッフェで低価格を実現できたのだろうか。詳しい話は姉妹紙の「月間ホテル旅館」9月号を参考にいていただきたいので、ここでは簡単に紹介しておく。
まず味街道五十三次は、外食のセオリーを忠実に守って低価格を実現している。つまり、メニューの徹底した絞り込みと、事前準備によるサービングタイムの短縮により価格を引き下げたのである。同店はすし、天ぷらなどいくつかのコーナーで構成されているが、例えばすしコーナーなら昼は2種類しかメニューはない。どのコーナーも絞り込んでいるのだが、全体で見れば様々な品種が揃っているという店舗の構成がお客を飽きさせない。
ではブッフェはどうか。従来、ブッフェに対する考え方はネガティブなものが支配的だった。安かろうまずかろうでなければできないと思われていたと言っていい。また、料理人の腕も上がらないのではという懸念もあったはずだ。実際私もそう思っていた。
ところが、品川プリンスホテルで取材したところ、ブッフェのメリットは想像以上に大きいということを思い知らされた。まず、コストコントロールがしやすいのである。通常の固定化されているメニューは、必要な食材を高いときも安いときも変わりなく揃えていかなければならない。とくに生鮮物は相場があるため、コントロールが難しく、それが原因で原価をなかなか引き下げられないわけである。
ところがブッフェの場合は、お客を飽きさせないように毎日メニューを変える必要がある。それを逆に考えれば、メニューは食材次第でフレキシブルに変えていくことができるということになる。旬のものやスポットで買い付けたものなど、価格的に有利な食材だけで構成することが可能なのだ。プリンスホテルはまさにこの理論で、良い食材を安く仕入れ、無駄なく使うことでブッフェを組み立てている。
従って、同店で注目していただきたいのはまず素材だ。これだけの素材を使って低価格でできるシステムがブッフェなのだ、という点に気づく必要がある。
もうひとつの懸念であった、果たして腕を磨くことができるのかという働く側の精神的な問題も氷解した。まず、調理する量が多いため習熟度は一般のレストランよりも高くなる。またメニューが固定化されていないため、毎日食材を見ながら考えていくことが要求される。決められたメニューを単純につくるよりも腕はあがるはずである。
同時に仕入れの部分にも立ち入っていかねばならない。現在、どこのどんな食材がおいしいのか。それをどう仕入れ、どう使いこなして、レストランとして収益を上げていくかを把握しておく必要がある。その意味で、同ホテルの料理長は、まさに経営者感覚でレストランの運営にあたっている。
もちろん、表に見える部分だけで同ホテルを評価しているわけではない。厨房の徹底的な合理化も行われているのだ。しかもその内容は食品工場のレベルに達している。素材の加工も一からそこで行われている。だから、原価を下げることができるのだ。
仕入れ努力、バックヤードの合理化で原価は確実に下げられるということを、同ホテルのブッフェは立証した。
ちなみに、メインの厨房と宴会の厨房がほとんど同じレイアウトで構成されている。さらにすべての宴会場のパントリーもレイアウトが統一されているのだ。従って、作業の標準化についても徹底されている。たいへんな研究を重ねた結果だと言っていい。
<徹底したコスト管理と巧みな演出技術の共存>
もうひとつ注目すべきホテルは、ハイアットリージェンシーオーサカである。同じ系列のパークハイアット東京のレストラン、ニューヨークグリルもそうなのだが、バリューを出すということを徹底的に追及している。
手法としては品川プリンスホテル同様に、食材のコントロールの徹底ということができる。ただし、品川プリンスホテルがセントラルキッチンという形で取り組んでいるのに対して、ハイアットジェンシーオーサカはコミッサリーで原価コントロールして、1次加工したものを各レストランに配っている。ホテル内にコミッサリーを置くというのは日本でははじめての形だ。
たとえば肉ならば、コミッサリーでポーションカットして配っているので、その段階で1枚あたりのコストが把握できる。食材ひとつひとつのコストがはっきりしているから、レストランでメニューを組み立て、コンピュータにインプットすれば、自動的に原価が計算される仕組みになっている。メニューを組み立てる段階から原価コントロールができるわけである。
だからこそ、イタリア料理の「バジリコ」をはじめとして、ホテルのレストランでありながら、極めて低価格での提供が可能なのだ。
もうひとつ、同ホテルのモーニングブッフェも、外食産業の方々に見ていただきたい。モーニングで2,700円というのは、品川プリンスホテルに比べれば高いのだが、その内容とプレゼンテーションは、絶対に勉強になるはずだ。とくにオープンキッチンが持つメカニカルな印象を巧みに和らげるプレゼンテーションは注目に値する。
オープンキッチンというのは、調理する姿を見る楽しさがある反面、厨房の機器類むき出しの姿を生で見せてしまい、冷たい感じを与えてしまうというデメリットもある。見えた方がいいが、見えすぎても困るのがオープンキッチンの難しさでもあるのだ。
そこで同ホテルでは、カウンターと客席の間に、中央に大きな生け花を飾りつけた丸いテーブルを置き、花のまわりに商品を並べている。此花により、過yくせきからオープンキッチンが見えそうで見えないという、独特な雰囲気が醸し出されている。こうした演出の効果を、ぜひ体験していただきたい。
演出という点では、パジリコも負けてはいない。同店のテーブルにはクロスではなく紙がかけられているが、デザートのメニューを頼むといきなりテーブルにスタンプを押す。これがデザートのメニューになっているのだ。
こういう楽しさの演出は、今の外食業にもっとも欠けている点ではないかと思う。以前に指摘したように、商品のみ目がいってしまっている弊害といえるのではないだろうか。楽しさの演出を含めたサービスのあり方を外食業は、今一度取りもどすべきであろう。さもなければ、こうした新しい考え方を持ったホテルをはじめ、CVSやスーパーなど、他の業界に太刀打ちできなくなってくるはずだ。
最後につけ加えておくと、こうしたホテルの事例を見たことで、私はブッフェスタイルというのはこれから外食業が研究すべきテーマのひとつではないかと考えるようになった。
バリューを出すための方策として、これまでは低価格を全面に打ち出してきたが、低価格だけでは難しいということも現実問題として顕著化している。同時にレストランは構造的に常に一定のマージンは必要なのだ。安くするにも限界があるということだ。
しかし、逆に一定のマージンをいただいても余りあるバリューを提案できれば、お客は満足するはずだ。そこでブッフェなのである。ちょっと高めではあるが、いっぱい食べられるというのもバリューのひとつである。
いつでも同じものが食べられるというのは確かに安心だし、大切なことである。しかし、毎日違うものが出るというブッフェスタイルもまた、ひとつの価値があることを、品川プリンスホテルもハイアットジェンシーオーサカも証明している。これは外食にとっても大きなヒントになるはずだ。
もちろん、利益を生み出すブッフェは。一朝一夕にできるものではない。同ホテルで見られるように、食材のコントロールをはじめとした徹底したシステム化の研究が必要であるということはいうまでもない。