バーガーキングが大腸菌o157検出による危機管理(商業界 飲食店経営1997年12月号)

今年の8月に米国2番目のハンバーガーチェーン、バーガーキング社へハンバーガーパティを納入しているハドソンフーズ社製造の肉から大腸菌o157が検出するという事件が起きた。93年におきたジャックインザボックスの大事故になるかと一瞬緊張した雰囲気が流れたが、冷静な事故処理により2週間ほどで事故対策が終了した。これはバーガーキング社の優れた危機管理と広報が問題を大きくなる前に完璧に処理できたことと、米国の関係省庁の連絡、情報管理対策が格段に優れていたと言うことだ。同時期に日本でも大手外食企業で大きな食中毒事故が発生したがその事後処理の対策が大きく異なることが印象的だった。そこで、バーガーキングの採った対策と、日頃の危機管理、広報体制を分析し、日本で今後どのように対応すればよいのか見てみよう。

事件の発生後の広報体制
事件は8月の中旬おきた。幸運なことにバーガーキングのハンバーガーを食べて食中毒が発生したわけではなく、事故が起こる前にハドソンフード社のネブラスカ工場製造の製品から大腸菌o157が検出されたことが判明した。その知らせを受けたバーガーキング社は直ちにハドソンフード社のハンバーガーパティを使用しているハンバーガーの販売を中止した。バーガーキング社の米国内7800店の店舗の1650店舗がその影響を受け販売を中止した。その販売中止の店舗のある地域を直ちにマスコミに流した。そして48時間以内に対策を行い、他の牛肉のサプライヤーからハンバーガーパティをその店舗に配送し、販売を開始した。

新聞、テレビなどのマスコミによる報道に不安を感じる消費者の不安を完全に解消するべく、大胆な対策をすぐに打ち出した。それは、ハドソン社の汚染されたと思われるハンガーガーパティの回収だけではなく、ハドソン社との取引を停止すると発表したことだ。普通であれば衛生状態を改善させ再度使用するはずなのにそれでは一度不安に陥った消費者を疑心あんぎにさせるということで、ハドソン社との取引を完全に停止しそれを、広報が直ちに発表し、消費者を安心させた。更に、消費者の不安を完全に断ち切るために全国紙に大規模な広告を売った。

その内容は

バーガーキング社のハンバーガーパティはフレームブロイルと言う炎による直火焼き  で、FDA(米国厚生省)の基準に基づいた完全な調理を行っている。
焼き方はフレームブロイルとコンベアーを組み合わせており、熟練していないアルバイトがグリドル上の生焼けのハンバーガーパティを取り出して使用することがなく安全だ
この安全な調理システムを維持するために、調理機器の温度を測るのは精度の高いデジタル温度計だ。
品質管理と従業員教育
店舗のマネージャー、アルバイトは食品の取り扱いと調理に関する厳格なトレーニングを受けている。フランチャイジーオーナーと本社の訓練された2000人に及ぶスタッフは、食材の取り扱い、調理について、全ての商品に対し常に指導、監督を行っている。

食材供給業者の管理
食材はUSDA(米国農務省)によって検査、認定された食品製造工場から購入している。

先日、ハドソン社で製造された当社に供給される牛肉製品からは食中毒菌が検出されないにも係わらず、同社の製品を全米の25%に当たるバーガーキング店から回収した(他の製造メーカーから商品が供給されるまで24―48時間かかったが)。これは、消費者の不安を取り除くための会社の姿勢を表す物であり、我々の顧客第一の姿勢を示す物である。
と言う内容を北米バーガーキング社の社長と1520名のフランチャイズオーナ名で全国35紙に掲載した。

この広告宣伝による切り返しは見事な対策であり、消費者の注目を浴びたことを逆手に取り、バーガーキング社の特徴であるフレームブロイルによる調理が安全であるという事を告知したという事である。競合のハンバーガーパティの調理はグリドルで焼いているが、バーガーキング社のフレームブロイルというのは炎を直にハンバーガーパティを直に炎に当てて焼いているのであり、イメージ上から安全だという事を定着させることに成功し、競合との差別化にも成功を収めたわけだ。

この迅速な広報体制と広告の見事な組み合わせは、米国のうるさいマスコミを感心させ、再び牛肉系のハンバーガーを全店で販売開始したときには「ワッパーが帰ってきた」と言う、タイトルが新聞各紙に乗ったほどだ。そして事件発生後2週間後にはその話題はマスコミから完全に消え去り、消費者に信用されたバーガーキングの売上は殆ど影響を受けなかった。

事故の当事者であるハドソン社は事故の原因を外部の納入業者が悪いのだと発表したが時遅く、バーガーキング社との契約を打ち切られ、その工場の稼働率を維持できなくなり、他の大手精肉業者に工場を売却をせざるを得なくなった。

政府の対応
今回の事件が急速に沈静化した理由は政府の的確な対応と情報公開にある。牛肉の工場はUSDA(米国農務省に当たる)にあり、このような事件は直ちにFDA(米国厚生省に当たる)、関連の疫病対策専門機関のCDC(アトランタにある中央疾病センターで、エイズ、エボラ熱などの高度な衛生対策から食中毒まで感染症の専門研究期間)に報告される。CDCは直ちに事件の調査を開始し、その原因、汚染状況、を把握分析し、その状況と対策をインターネット上で告知した。インターネットではハドソンフード社の汚染された肉のパッケージのコードナンバーとその総数まで発表している。この政府機関の迅速な対応と情報公開により消費者はパニックに陥らず、同時にバーガーキング社の発表した対策に安心し、騒ぎは鎮静化に向かった。昨年の堺市の事件でも良くわかったように関連の政府機関の情報発信は必要不可欠である。

業界としての対応
<同業者の対応>

93年に大腸菌o157の事件を起こし数名の死亡者を出したジャックインザボックス社では、また、その騒ぎが怒り業界全体の信用がなくなるのを恐れて、事件以後採用し、ジャックインザボックス社の衛生管理体制を立ち直らせた、Theno博士に業界で行われている品質管理を細かく発表させ、それ以上不安感が広まらないようにした。

ジャックインザボックス社の発表した内容は同社で行っているハンバーガーパティの製造工場におけるHACCPのシステムで、牛のと殺からパティの製造、製品配送、保管、店舗での調理システム、店舗での毎日のチェックリストの内容の詳細だ。

<NRAの対応>

業界団体であるNRA(米国レストラン協会)の温度、時間、数字、の管理基準が最近変更されたので以下に抜粋を紹介しよう。

4.4度Cから60度Cの間を危険温度帯と言い、危険な食材はこの温度帯に4時間以上放置してはならない
PH4.6以下の酸性の状態では食中毒菌などは繁殖しにくい
20秒間しっかり手洗いをする
冷蔵庫に保管してある食材の中心温度は4.4度C以下
常温保管という温度は10度C以下である
食材を保管する棚のは床から最低6インチ上でなくてはならない
氷温帯というのは-3.3度Cから0度Cの間である
冷凍食品を解凍する流水の温度は21.1度C以下である
鳥、詰め物をした肉、詰め物をしたパスタの調理の中心温度は73.9度Cで15秒間
再加熱をする温度はすべて73.9度Cで15秒間
牛挽肉、豚挽肉の調理中心温度は   68.3度Cで 15秒間
ローストビーフの場合中心温度     62.8度Cで 3分間
60.0度Cで 12分間
54.4度Cで 121分間加熱する
豚、ハム、ソーセージ、ベーコンの調理中心温度は68.3度Cで15秒間
魚やそのほかの食材の調理中心温度は62.8度Cで15秒間
調理後の食品の保管温度は60度Cで2時間まで
マイクロウエーブで調理する場合の食材の中心温度は以上の調理温度に対して 14度C高くなければならない
調理後、冷却する場合のホテルパンにいれる食材の深さは2インチ以下
食器、調理機器洗浄機の配管に於けるリンス温度は82.2度Cなくてはならない
手洗い洗浄の場合の殺菌温度は76.7度Cで30秒
以上のようにきめの細かい具体的な内容だという事がおわかりいただけるだろう。NRAではHACCPの教材を作っているばかりではなく、衛生管理責任者教育口座の開催と、認定制度を導入し、業界全体の衛生管理の向上に努力している。

バーガーキング社の危機管理体制
今回のバーガーキング社の危機管理対応は見事な物で業界として一つの伝説を築いたとまで評価される素晴らしい物だった。短時間で適切な対応を行い、広告で安全宣言をうたいあげかえって消費者の信頼を獲得するという手法は偶然ではない。

ジャックインザボックス、日本の堺市の学校給食で発生した大腸菌o157事件以来注目を浴びているHACCPと言うシステムは実はバーガーキング社のグループ企業のピルズベリー社という食品会社がNASAのアポロ計画の宇宙食開発のために開発された物だ。バーガーキング社は以前ピルズベリー社の子会社であったこともあり、HACCPの管理手法は熟知していたわけだ。新聞発表にもあったがバーガーキング社は品質管理部を持っており、ここでは材料を納入する原材料の食品工場の衛生管理はもちろんの事、世界のバーガーキング店舗の衛生管理にも目を光らせている。品質管理のインスペクターはチェックリストを持ち店舗を抜き打ちで監査する。そして、一定以上の点数をとれない店舗には閉店を命ずる強大な権限を持たされている。その衛生管理基準は世界統一の物で、店舗で使用する洗剤、殺菌剤の種類はもちろんの事、手洗い器の仕様、手洗い用の湯の温度まで厳格に定められていると言われている。

また、事件の際して取った見事な対応から察するに、このような事件の起きたときに対策と、権限を明確に定めていたという事が伺える。どんなに対策をしても事故は起きる物であり、おきたときにどう対応するかを決めておけばあたふたせずに対応でき消費者の信頼を失わないで済むと言うことだろう。

日本の外食企業の食中毒事件は新聞の夕刊とラジオで簡単に報道されただけで終わりその原因や対策などの報道や、広報、広告は全くなかった。見事な日本流黙殺式広報の典型だろう。しかしながらその事故の被害者や関連者の信用を完全に失ったという事は言うまでもないだろう。バーガーキング社のようにしっかりした危機管理の元に、広報をもっと前向きに使用することを日本の企業は考えるべきだろう。

今回の教訓
<会社の対応>

バーガーキング社の事件発生後の対策は見事な物で今後の対策の模範となるのであったが、完璧なわけではなかったようだ。それはハドソンフード社でハンバーガーパティを製造していたという事だ。HACCPというのは本来店舗だけでなく、食材製造工場でも導入されているべき物であり、今回のような事件を未然に防げるはずであった。バーガーキング社は数年前からの会社のリエンジニアリング活動により本社のスタッフを大幅に削減し、現場に配置換えをした。購買関連もフランチャイジーオーナーの購買担当協議会に任せるなどの合理化をしたようだ。その結果、従業員、フランチャイジーオーナーのやる気がでて、ここ数年のバーガーキングの躍進が続いている。しかし、その躍進の陰で今回の企業として根幹をなすハンバーガーパティの製造工場での欠陥が出たのではないかと懸念されわけだ。

数年前のジャックインザボックスの事件後、米国の大手ハンバーガーチェーンのハンバーガーパティ製造工場を見学したが、その工場は大手チェーンの専用工場であり、正門には食肉会社とチェーンのロゴマークの両方が高々と掲げてあった。見学の前にまず、30分間HACCPとは何かと言うことの授業を受けないとならなかった。そして、食品製造工場の中に入る際には、専用のユニフォーム、長靴、ヘヤーネットを着用し、エアーシャワー、数回の手洗いをしないと入り口の扉が開かないと言う厳重な衛生管理であった。まるで病院の中のようにピカピカに磨き上げれれた工場内をHACCP担当というスタッフに案内されたのであった。このようなHACCPを厳格に導入した専用工場であれば食肉の汚染を未然に防げたのではないかと思われる。

日本でも景気の低迷の中、安全管理、衛生管理、従業員教育などの部分での経費を削減している企業もあるようだが、事件を未然に防ぐという心構えが必要だろう。特に重要なのはHACCPは食材購買担当者や店舗の調理担当者だけの責任ではないという事を経営者が自覚し、自ら積極的にHACCPの導入につとめないということだ。

<政府業界の対応>

今回の事件は米国では企業、政府の対応が適切であったため消費者の不安はすぐに沈静化したが、この事件は思わぬところに飛び火をした。米国の事件の1ヶ月ほど後で、東南アジアのある国で米国のネブラスカから輸入した牛肉からo157が検出された。食中毒が発生したわけではないが、連日マスコミが不安をかき立てる報道を行ったため、牛肉自体の消費量が極端に落ち込み、肉の小売店、外食の売上が大幅な落ち込みを見せていると言うことだ。丁度昨年のo157事件の際、全く関係の無い寿司業界の売上が極端に落ち込んだのと同様で、政府、業界の一致協力した正しい危機管理と広報活動が必要だという事例であろう。

著書 経営参考図書 一覧
TOP