衛生管理とHACCP(商業界 飲食店経営1995年4月号)

衛生管理とは
飲食業を営む者にとって最も重要なのは売上でも利益でもない。それは安全な食品を売るという基本的なことである。そんなことは当たり前だと思われるかも知れないが、その当たり前のことを守ることが出来ず、食中毒を発生させる事件は毎年後を立たないのである。
93年の春に米国のハンバーガーチェーンの、ジャック�イン�ザ�ボックスが、病原性の大腸菌に汚染された生焼けのハンバーガーの肉による食中毒を出し、一人が死に数百人が入院するという事故を起こした。

売上が30~50%も落ち、倒産寸前までに陥った。衛生管理は企業の存亡を左右するほど重要なのだ。この事件の犯人は0ー157という出血性大腸菌で、汚染された食品を食べると出血性の下痢を起こし、体力の無い子供や老人は脱水症状になり、最悪の場合死に至るという恐い菌である。

この菌が発見されたのは12年前の米国のCDC(中央疫病防止研究所)の発表によってである。この発表の内容はハンバーガーなどの挽き肉が汚染された場合危険であるとのことであった。この発表の時に筆者は米国に駐在しており、翌日の売上が20%も落ち、それが数年続いたのを肌で体験している。その菌が10年後に又出現した訳である。今回は死亡者を出し米国中で大問題となった。更にその菌がステーキチェーンのサラダバーから検出されるという事件もあり米国中の飲食業をパニック状態に陥れたのであった。

この菌は米国だけの問題ではなく、日本でも発生し社会問題となっている。数年前に埼玉県白鷺幼稚園の井戸水事件はこの菌が原因と推定されている。大腸菌はありふれた菌であり、変性し毒性を持つので対策に困るのだ。

そのため、米国の各飲食チェーンは食材の衛生管理を厳密に行うようになった。そのシステムをHACCP(ハサップ)という。

HACCPとはHazard Analysis Critical Control Point のことである。危害分析、重要管理、事故防止品質管理システムというような翻訳になるであろう。同様なシステムはNRA(全米レストラン協会)がS.A.F.E(Sanitary Assessmetnt of the Food Environment)という名称で傘下のレストランオペレーションに推薦している。これらのシステムは食品の製造行程の管理状態に焦点をあて、発生する可能性のある危害を分析、予測して、起こりうる危害の優先順位をつけて、ポイント毎に管理していく手法である。

HACCPは1971年に米国食品会社のピルズベリーによってNASA(航空宇宙局)の宇宙船のパイロット用の食事を安全に製造するために開発された。宇宙船で食中毒が発生することは宇宙船が故障するのと同様に大変危険であるからだ。HACCPのシステムは食品製造行程全体を管理し絶対に問題を発生させない、ゼロディフェクトを保証しなければならなかった。

従来の食品製造コントロールシステムは、製造後サンプルを抜き取り分析し問題点を発見する物であった。HACCPのシステムは問題が発生する前に問題点を発見し、欠陥を事前に改善するシステムである。元々は食品製造工場用に考案されたシステムであるが、飲食業の調理システムの改善にも役に立つと評価され急速に普及し出している。

米国ではAIDSの問題とこの大腸菌事件以来急速に導入するチェーンが増加している。ピルズベリー社は食品製造業であると同時に、以前はバーガーキングなどの飲食チェーンを所有していたことがある。そのため、特に大腸菌事件で問題になったファーストフード業界で急速に普及しており、日本でもFF業界の製造業者を中心に採用されているようだ。また、食品製造業では今年度導入されるP/L方の関係から注目を浴びている手法である。

飲食業におけるHACCP
日本の飲食業はまだHACCPを導入していないが、メニューの多角化に伴い、調理が完全に行われていない例が間々見受ける。例えばファミリーレストランで和風メニューととしえ、鯖の味噌煮などが出されている。先日ある大手ファミリーレストランで食べたら冷凍状態のままの料理が出てきたのには驚いた。しかも3回も温めなおしを頼まなければならなかったのだ。これはそのチェーンだけでなく他の大手ファミリーレストラン経営の和食チェーンも同様の状態であった。このままでは何時か食中毒を発生するのではないかと心配である。いくらセントラルキッチンで調理済みの物を冷凍しても、再加熱するときの温度基準もしっかりしなければならないのだ。
飲食業でのHACCPはセントラルキッチン(CK)と店舗の両方で導入されなければならない。まず、メニュー分析し、使用する原材料を明確にする。次にCKでの原材料の受け入れ時のチェックから始まり、各行程での品質に影響を与える重要な管理項目を定め、重要管理項目ごとに、管理内容を明確にしていく。最終商品に問題が発生したときには、重要管理項目ごとに問題点を明確にする。各重要管理項目ごとに管理をしっかりしておけばその先に品質の問題が発生することが少なくなる。つまり、商品の各行程において関所を数多く設けて問題商品が間違っても消費者に届かないようにするのだ。

食品製造行程の流れのそれぞれのステップには食品が汚染される可能性がある。汚染とは許容限度を越えた細菌による汚染、毒物の残存などである。そこで食品の製造行程の中で汚染の可能性の高いセクションつまり、重要管理項目(Critical Control Poit)を決定する。重要管理項目は、作業、準備、調理手順を含む全てから洗い出すのだ。

HACCPのプロセスは事故をもたらす作業や、事故の度合いを予測し、重要管理項目の内容を明確にする。事故を最小限にしたり、防ぐために必要に応じて作業を変更しなければならない。そして、事故を発生する可能性のある危険度の高い作業を監視するシステムを作成する。この行程全体を監視することと、作業改善が事故の予防を確実にするのである。行程全体での最大のポイントは加工する食品の温度と時間である。細菌が繁殖するのは5℃から60℃であり、その温度帯にどのくらいの時間食品を放置したかは重要管理項目で最も重要なものである。図1を参照

重要管理項目の最初の項目は搬入である。例えばハンバーグパティの原材料である食肉とパン粉、玉ねぎの納入を考えてみよう。原材料の冷凍食肉の塊は信頼のおける業者によって裏口から搬入される。搬入チェック担当の従業員がその肉の包装が傷つき、変色し、ネバネバしていることを発見したらどうするだろうか。搬入チェックによれば、食肉は変色していなくて、冷凍状態で温度はー15℃以下でなくてはならない。もし、表面が解凍し温度が高いのではないかと思われたら、精度の高い温度計でもって食肉の温度を計測しなければならない。温度計の針は殺菌された物で無ければならない。さもないとかえって食肉を汚染する危険があるからだ。温度がもしー15℃を越えており、受け入れ基準に当てはまらないばあいには、上司の責任者に報告しなければならない。そして、責任者は改善行動を起こし、原材料の温度と外見、臭い、包装状態などを元に原材料の肉を返品しなければならない。この手法を各ステップで行う。ステップは原材料搬入、原材料保管、準備、調理、保管とサービス、冷却、再加熱等、細かく管理していく。

では、ハンバーグパティの製造行程の流れと重要管理項目を見てみよう。如何に述べるのは参考資料であり、実際の温度、保管時間、基準は各商品、製造会社によって異なる。

セントラルキッチンでの製造行程と店舗での調理行程は大きく分けると表1のようになる。この各行程での温度と時間の管理が重要管理項目になる。 では重要管理項目をさらに細かく見て行こう、全行程を見るのは紙面の都合上難しいので例を見てみよう。

1.原材料の受け入れ(使用する原材料の購入規格)
1.種類
・冷凍牛肉
・冷凍豚肉
・冷凍生玉ねぎ
・冷蔵生パン粉
2.受け入れ基準 表3、4参照
*牛肉

・パッカー(当社指定の業者であるか)
・製造月日(基準以内の日数であるか)
冷凍状態であっても食品により脂の酸化などの劣化が生じ賞味に適さなくなるので、表2の様な原材料賞味期間を定め受け入れ時にチェックする。これは例で、実際に使 用食材の分析と賞味テストをして賞味期間を定める必要がある。

・各原材料の菌数は基準以内であるか
一般生菌数で1gあたり50000以下であり、大腸菌、サルモネラ、黄色ブドウ球 菌は0でなければならない。すべての原材料について一定のサンプリング方法でチェ ックする。この細菌検査を終了しないと原材料を使用してはならない。なお、供給業 者は、原材料残留のホルモン、農薬は基準以内であることを保証しなければならない。また、定期的に基準以内であるかのチェックを第3者により実施してもらう必要がある。

・輸入業者は当社指定の輸入業者であるか。
・店舗搬入日を受け入れ時に記入しているか。
・温度(受け入れ温度は、冷凍品はー15℃以下、冷蔵品は5℃以下であるか)搬入トラックの温度は基準以内であるか(冷凍品はー18℃以下、冷蔵品は5℃以下、 温度記録計を取り付けてなければならない。)
・パッケージの状態(当社規格の段ボール、必要事項の記入、食肉はプラスチックで真パックしているか。
3.基準外の処置
基準外なら返品する。この基準は供給業者と文書でもって相互理解し、曖昧な運用をしないようにする。

2.原材料保管 表5、6、参照
各食材を明確に分け複合汚染を起こさないようにする。
もしやむなく肉と野菜を同じ冷凍庫や冷蔵庫に保管するときには、肉類を下段の棚に置き、野菜を上段に置き肉汁などが垂れて汚染を引き起こさないように注意する。
冷蔵庫は1~5℃、冷凍庫はー18ー22℃の温度管理をする。
内部には必ず棚を使用し、床に直接置いてはならない。
品物を直接庫内の壁につけてはならない。内部の冷却空気が循環をするのを妨げるからだ。
3.原材料グラインド 表7を参照
グラインド時の温度管理に注意する。グラインドの温度を越えそうなときには炭酸ガスで冷却する。使用する機器の洗浄殺菌を行う。作業者の衛生管理に注意する。

4.店舗での調理 表8参照
1.調理の基準
調理機器での調理時間は冷凍の状態から、表面側3分間、裏側2分間
調理機器の調理温度、グリドルの表面温度は180±2℃

調理温度の基準を明確にする。以下の温度は一つの例であるが、このように調理後の食品内部の温度を品目別に明確にする必要がある。この温度で細菌が完全に死滅するわけではないが、最低限この温度以上にする必要がある。この温度は最低温度であり、温度計の誤差、温度ムラなどを考慮して基準温度を定めなければならない。

調理後に到達していなければならない中心温度は食品により異なり以下のように定める。

・鳥は74℃以上
・豚は74℃以上
・魚は74℃以上
・牛は68℃以上
牛豚の合い挽きのハンバーグパティの場合最低温度を74℃以上にする必要がある。
尚、温度計測は、開店前、昼のピーク前、夜のピーク前の3回実施し、記録しておく。記録した用紙は3カ月保存する。

2.調理機器の基準
・温度ムラ
調理するグリドルの表面温度のムラは4℃以下でなくてはならない。グリドルの温度コントロールには鉄板の中にサーモスタットを埋め込んでいるが、冷凍のハンバーグパティを焼くときにその上に正確に乗せないと、サーモスタットが感知せずガスに点火しないので温度が下がり生焼けとなる。また、同じ場所ばかりで焼いていると、焼いていないところも加熱され高温になり、次にパティを焼くときにかえって焼けなくなる。焼く順番とパティを並べる場所を決めて均等に焼く。

・温度回復力
冷凍パティを焼いた後、グリドルの表面温度は5分以内に設定温度まで回復する能力があること。毎日定められた場所の表面温度を測定し記録しておく。月に一回温度回復時間を測定記録する。温度回復が基準以内でなければ、供給ガス圧力を設定する。供給ガス圧力が設定から外れていた場合、機械マニュアルに乗っ取り調整をし、再度温度回復時間を測定する。記録した用紙は1年間保存する。

・メインテナンスと清掃
グリドルの定期的なメインテナンスと清掃の予定を立て、スケジュール通りに実施する。清掃方法、メインテナンス方法、頻度を明確にマニュアルに書いておく。年間スケジュールを立て、記録をしたものは1年間保存する。 使用するグリドルは性能だけでなく、清掃しやすい形状でなくてはならない。コーナーはアールをついてゴミが溜まらない形状で、細菌の繁殖が無いようにする。溶接の部分がある場合にはポリッシュし、表面が平らでなければならない。

・使用洗剤、特に殺菌剤の指定
手指、調理機械、床等の洗浄剤と殺菌剤は明確に指定し、使用基準通りの倍率で希釈した物を使用する。特に殺菌剤は、使用方法を間違えると効果がないので注意する。 殺菌剤は常時密封し、冷暗所にて保管し、有効期間以内に使用する必要がある。

・使用する温度計とその調整
調理温度や、調理機器の温度測定をする温度計は、指定のデジタル温度計を使用する。温度センサーは熱電対CAセンサーとし、調理温度計測用のプローブの太さは1.6mm。

冷凍品の温度測定用プローブの太さは2mm.グリドル表面温度測定は、熱容量の少ない表面温度プローブを使用する。

温度計は月に一度温度誤差を測定し、2℃以上の誤差が合ったら調整するか、修理に出す。

5.調理後保管
1.保管の基準
調理後の商品は雰囲気温度70℃以上の保温庫で1時間保温する。
食品の中心温度は66℃以上でなければならない。
グリドルで調理したハンバーグパティは調理後2分以内に保管庫に入れる。
先月、先週、前日の販売個数により、当日の販売個数を予測する。予測販売個数以上は保管してはならない。
保管庫は毎日温度計測をし記録しておく。
2.基準外の場合
直ちに廃棄する。
販売予測を必ずさせる。

以上のように重要管理項目で管理項目を明確にし、管理項目で問題があった場合には、必要な対策を明確にする。表1ー8はその管理フォームの例であり参考にしていただきたい。なお、各行程での温度と時間のチャートを作成すると問題点が更に明確になる。 自社でセントラルキッチンを持たずに業者から購入するときには,このシステムに沿って衛生管理しているように要求するべきであり、最低限度、表9の資料を備えこちらの要望でいつでも提出できなければならないだろう。
HACCPは単なる衛生管理だけでなく、本年度施行されるP/L法に対する飲食業界の有効な対策であり、日本での導入が予測される。特にセントラルキッチンを持っている企業は絶対に導入が必要であり、クックチルなどの大量調理システムを導入する際にも効果的であろう。

*参考文献 FOURTH EDITIN刊行 FOOD SERVICE SANITAITON 著者 Frank L. Bryan 他

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