起業家精神の育成と経営者教育 劉暁穎

1 経緯
2 イノベーションと企業家精神
3 経営者教育とMBA
4 米国MBAに対する批判 
5 日本のMBAの歴史と問題点
6 外食産業の経営者教育
(1) マクドナルド
(2) KFC


1 経緯
博士課程前期課程では、「ファスト・フードの技術革新(イノベーション)」をテーマに修士論文を執筆しました。その要旨は、ファスト・フードの生産及び販売に関する技術革新が、飲食業界から独自に生まれたものではなく、製造業などの他の産業からの技術拡散にあるというものです。
2008年世界の外食売上高トップのマクドナルドは31,967店舗展開していますが、その成功は外食産業に固有の技術革新ではなく、製造業(フォード社のコンベアー方式)の大量生産方式を参考にして構築したと推察しました。もちろん、ファスト・フードがまったく技術革新と無縁であったわけではありません。同業界第3位のKFCは圧力釜による調理で特許を取得してチェーン展開に成功したので、マクドナルドの発展も独自の技術革新による要因は否定できませんでした。しかし、研究を進める中で、特許などの技術革新と企業の発展につながるイノベーションには違いがあることがわかりました。
マクドナルド兄弟は、フォードの大量生産方式を参考に新店舗を開店し、コンベアー方式の流れ作業とセルフサービス、単品への絞込、というフォードのT型車と同じ戦略で、当時ハンバーガーの値段の半分の15セントで販売し、大成功したことがわかりました。この研究の成果は、フォードもマクドナルドも特別な技術上の発明をしていたわけではないということでした。修士論文ではファスト・フード誕生までのアメリカ外食産業経営技術史としての成果は出ましたが、「イノベーション」というテーマを明確にするまではいたらず、ファスト・フードの誕生をイノベーションによって説明することができませんでした。


2 イノベーションと企業家精神
P.F.ドラッカーは著書『イノベーションと起業家精神』でイノベーションと起業家の育成の必要性を述べています。その中で、「ハイテク企業よりも、目的意識のもとに、体系的に経営管理された起業家精神をもつローテクの起業が雇用を創出し、経済の発展に大きく貢献している。」と述べています。
 例として、マクドナルドを取り上げ「マクドナルドは、最終製品を規定し、これに合わせて生産工程を組み直し、設備の殆どをつくり直し、品質同質性、サービスの早さ、清潔さ、親しみやすさの基準を定め、従業員を訓練し、給与システムをさだめる、経営管理を確立した。
  アメリカ経済を起業家経済たらしめたものは、この経営管理という名の技術であって、個々の発明や科学的な進歩ではない。」と経営管理技術が単なる発明よりも重要であるとしています。ここでドラッカーが使った「経営管理技術」という言葉はイノベーションのことです。
このドラッカーの説に触れることで、ファスト・フードの誕生には技術上の発明はなかったが、経営上のイノベーションがなされたということが分かり、私の新たな研究の方向性が決まりました。ドラッカーは同書でマクドナルドの問題点を「マクドナルドの創業者クロックは、起業家精神が豊かであったが、後継起業家の育成を行わず、クロックが世を去って数年もすると、業績が悪化し、守りの姿勢に入ってしまった。」と指摘し後継者教育の不備を述べています。起業家は、イノベーションを起こすことと同時に、後継者の教育と育成の仕事が重要であると指摘しています。そこで、今回はテーマを「起業家精神の育成と経営者教育」として外食産業の分野で研究することにしました。

3 経営者教育とMBA
まず、これまでの日本の経営者教育を考察してみました。日本では実践的な経営に関する知識などより、一般教養的な知識を重視した教育が大学まで行われています。企業に就職した後は、それぞれの企業がOJTや企業内教育システムのOFF JTを実施します。社員の採用は、他社で経験を持つ中途採用よりも職場経験をもたない白紙の状態の人を優先し、新卒採用が主流となっていました。
しかし、現在のようにグローバル化が進み、先進国のみならず新興国との競争が激化する時代に突入すると、従来のように時間をかけて従業員を育てるという人材育成が困難になってきました。年功序列的な自社内における人材育成は、時間がかかりコストが高くつく人材育成方法とみなされ、時間を節約できる中途採用や外部からの経営者の登用を行うようになってきました。
 最近の企業の例でいえば、経営難に陥っていた日産自動車が、ゴーン氏を社長に迎えて再建に成功したり、家電メーカーのソニーも米国からストリンガー氏を社長に迎えています。また、素材産業の日本板硝子も海外のガラスメーカーを買収すると同時に、2代続けてCEOにチェンバース氏、ネイラー氏を迎えました。
 他社の経営者や外国人を採用していくことは、企業内教育に大きな変化を及ぼします。自社で育成していない経営者であっても経営ができるのであれば、優秀な経営者には共通した経営能力があるということになります。この経営能力が明らかになれば、経営者の教育の効率が上がり、企業成長を維持できると考えられます。経営能力のなかでも、特に重要な要素はイノベーションを発揮する起業家精神ということになります。
ピーター・ドラッカーは「起業家精神とイノベーション」で「起業家精神は体系的で、経営管理の対象とされなければならない。起業家は目的意識を伴ってイノベーションを行わなくてはならない。イノベーションこそ、起業家に特有の道具であり、富を創造する新たな能力を付与するものである。」として、経営者のあり方を定義づけている。
このように定義した後、ドラッカーは起業家の役割とイノベーションを以下のように明確にした。
〔企業家の役割〕
1.イノベーションを受け入れ、変化を脅威ではなく機会とみなす組織を
 つくりあげなければならない。
2.イノベーションの成果を体系的に測定しなければならない。
3.組織、人事、報酬について特別の措置を講じなければならない。
4.いくつかのタブーを理解しなければならない。

〔7つの分野のイノベーション〕
1.予期せぬ成功と失敗を利用する
2.ギャップを探す
3.ニーズを見つける
4.産業構造の変化を知る
5.人口構造の変化に着目する
6.認識の変化をとらえる
7.新しい知識を活用する

起業家の定義はドラッカー以前にシュペンターが行っていますが、これを明確にすることで、企業経営者に必要な知識や能力が企業の壁を越えて共通に教育できる普遍的なものであることがわかります。
日本より早く世界的な競争の激化を経験した米国は、競争力の源泉となる経営者の能力を高める必要性を感じ、第2次世界大戦後から起業家教育を始めています。大学卒業後、就職先で経験を積み、キャリアアップを考えている人びとに、次のステップアップのための経営者教育を始めることになりました。米国のMBAは世界的競争のなかで米国企業が生き残るために生まれた必然的な教育機関であったのかもしれません。

4 米国MBAに対する批判 
2001年の米国においてエンロン社やワールドコム社の破産というスキャンダルが発生しましたが、その原因となった財務改竄には、MBA取得者が関与しているとみなされ、非難が集まるようになりました。また、最近では2008年のリーマンショックも、MBA出身者による金融工学が問題となり、「MBA保持者は頭でっかちで実践を旨とする経営現場の感覚にそぐわない」「とかく分析至上主義で、肝心の実行局面でリスク・テイキングをしない」「利益を追求するだけで経営論理が欠落している」などと厳しい批判を浴びるようになりました。カナダ・マギル大学ヘンリー・ミンツバーグ教授は「MBAが社会を滅ぼす」Managers Not MBA’sと言う米国MBAに対して批判的な書物を発表しましたが、その中で「経営陣のMBA取得者比率を見ると、業績不振企業では90%、業績好調企業では55%である。」として、米国MBAの成り立ち、カリキュラム、教授陣、MBAの学生が実社会経験の少ないまま受講すること、等の問題点を指摘しています 。そうした批判に対して、米国名門MBA内部では以下のように幾つかの改善の動きがあります。
〔米国MBAの改善要求への回答〕 
その1 ハーバード大学
 ハーバード大学ビジネススクールの教授のガーヴィンDavid A. Garvin氏とデイターSrikant M. Datar氏は、著書「リシンキング・ザ・MBA (MBAの再構築・曲がり角にきたビジネス教育)」で「ビジネス・スクールでのカリキュラムの全面的な見直しは、リーダーの社会的責任と言う緊急な課題にスポットライトを当てるものだ。」と述べています。

その2 UCバークレー大学ハス・ビジネススクール
上記の両教授がMBAのカリキュラム改善でアドバイスした、U.C.バークレー校ハス・ビジネススクールはカリキュラム見直しを以下のように述べています。
「リーダーシップの能力を身につけるためにワークショップとコーチングと言う新しい内容も付け加え、柔軟性、想像性、のあるキチンとした分析を行う能力を身につけさせる。国民健康保険問題、エネルギーの枯渇問題、天然資源争奪問題、人口問題、水資源問題、等、常に色々な問題は変化をするが、それに対して軌道修正できるリーダー(path-bending leaders)を育成する。現状に常に疑問を投げかける、常に学ぶ、自己中心ではなく他人を思いやる、と言う考え方を身につけるリーダーシップとコミュニケーション(Leadership & Communications) と、人々を率いる (Leading People)と言う、学生が他人に影響を与えるために、将来必要不可欠になる、2つの新しいコースを改定した。さらに、問題点の発見と解決策(Problem Finding and Problem Solving)を実践的な授業で身につけさせる。」
その3 ジョンズ・ホプキンス大学経営大学院院長 ヤシュ・グプタ氏
日本経済新聞のインタビューでビジネス・スクールの金融危機の責任について「技術に集中しすぎた。サブプライムローンをリスクのない安全なものであると考えて、将来のリスクを見ることができなかった。自分が経営判断をするときには、リスクとメリットをギリギリまで判断する必要が出てくるだろう。この点で、MBAで理屈や善悪だけでなく、ぎりぎりの経営判断を教える必要が出てくるだろう」と反省し、改善策として「これまでのビジネス教育の中心は、利益の最大化のためにマーケティングやヘッジファンド投資など、の技術=”道具”の使い方を教えてきた。しかし技術を教えるだけでは、人材は育たない。必要なのは、人とどう交渉するか、部下をどうやる気を出させるか、逆境下でどう決断するか。と言う柔軟な対応が必要で、ビジネススクールでは技術と同時に哲学を教える必要が出てきている」と大きな転換を指摘し、「次世代のリーダーに必要なのは柔軟な発想、批判的精神、世界的な視野、インベンション(発明)をイノベーション(革新)につなげるである」と述べています。
米国では大学やビジネス・スクールが企業や政府と密接に関係を保ち、常に軌道修正をして現実的に役に立つ教育にしているのが分かる。しかし、問題はビジネス・スクールが企業経営と密接につながっているために、常に役に立つ実務的な技術を教えがちになることです。その改善には、過去のMBAで欠けていた倫理観や社会に対する影響、そして経営者にとって必要なリーダーシップとコミュニケーション、先見性、軌道修正と言う柔軟な発想が必要であるとして、各ビジネス・スクールが真剣にカリキュラム改革に乗り出しています。また、学生が長期的で多様な視野を持ち、自ら考え、答えを導き出し、必要であれば軌道修正するという、哲学的な思考能力を身につけさせようとしているようです。

5 日本のMBAの歴史と問題点
1962年慶應義塾大学が米国のMBAをモデルとしたビジネス・スクールを設置し、1978年文部省が実務家向け大学院教育のために大学院設置基準を改定し、「学部を持たない大学院」の設置を認めました。2003年文部科学省は大学院設置基準を改定し、専門的能力を持って活動する実践家を育成する「専門職大学院」を制度化し、ビジネス・スクールの数は大幅に増えてから、約7年が経過していますが、現在では以下のように問題点も明らかになってきています。
1)慶応義塾大学が2009年9月に出版した「検証 ビジネススクール」では、卒業生600人・企業150社にアンケートを実施しています。
そして「MBAは就職、転職においてプラスに評価される傾向があるものの、MBA取得者の活用を戦略的に考えている企業はすくない。」と指摘しています。
2)和光大学の金雅美先生は、「国内ビジネススクールに対する7つの幻想」で「企業の国内BSへの派遣制度に対する期待は高くなく、今後、国内BSは企業派遣先として選ばれなくなっていくという意見を持つ企業が、1割程度存在する」と指摘しています。
そして、「問題点は、企業の受け入れ態勢がなく、それが日本でMBA受講生の数が増加しない大きな原因だ」とまとめています。
要するに、経営者教育の一部をMBAが行うことは可能ですが、問題は企業がMBAを受け入れる態勢がないことにあります。MBAを取得しても、キャリアアップやキャリアシフトが保証されているわけではなく、それが日本でMBAの数が増加しない大きな原因であると考えられます。
これからの日本の産業界は成熟・停滞した日本マーケットから、外部、特に東南アジアのマーケットに進出しなければなりません。ローテクの外食産業であっても、2010年5月12日号の日経MJによるとすでに3割の外食企業が海外進出を開始しています。海外進出の主要な国は人口13億人を抱える中国で、このグローバルなマーケットに進出するには、グローバルな経営者教育が必要であり、その一部をMBAが果たすべきだと考えます。
グロバールなMBAと言うと米国MBAを重視しがちですが、既述のように米国のMBAも大きく変身し、企業理念や、経営者の姿勢を重視するようになりました。これはある意味、日本的な倫理観教育に近いものであり、日本のMBAの存在価値があると言えるかもしれません。
 また、金雅美先生は著書「MBA のキャリア研究―日本・韓国・中国の比較研究―」で「韓国における企業が積極的にMBAを活用している。財閥企業の会長の多くが米国大学の留学経験者であることが、MBA教育に熱心な背景だ」と指摘しています。
このことから、日本企業がMBAを使いこなせないのは経営陣や上司にMBAが少ないためではないかと推察されます。従来は若手社員をMBAに送り込む例が多かったのですが、MBA取得後、MBAを取得していない上司と部下のコミュニケーションが上手くいかず、組織の能力を高めることができない状況が顕在しました。つまり、若手の従業員のみにMBA教育を実施しても、組織力の向上にはつながらず、MBAを理解し、これを活用するには組織全体にMBA教育を普及させる必要があります。そのような手段の1つとしては、将来の最高責任者候補をMBA取得者より選抜する仕組みが考えられます。

6 外食産業の教育方法
 ドラッカーの言うようにマクドナルドは1982年より低迷を始め、復活するのに10年以上かかりました。現在のマクドナルド社は、そうした低迷を経験し反省のうえに経営者教育を実施しているようです。
まずマクドナルド社の歴代CEOの就任期間を挙げてみます米国マクドナルド社の歴代CEOの就任期間は以下のようになります。5代目と6代目のCEOの在籍期間が短いのは、両名とも在籍中に病死したためです。
歴代CEOの就任期間
創業者・初代CEO レイ・クロック    Ray Kroc、 1955~73
2代目      フレッド・ターナー  Fred Turner、 1973~89
3代目      マイク・クインラン  Michael Quinlan、1989~98
4代目      ジャック・グリーンバーグ Jack Greenberg、1998~2002
5代目      ジム・カンタルーポ Jim Cantalupo、2003~04
6代目      チャーリー・ベル Charles Bell、2004年に7ヶ月
7代目      ジム・スキナー Jim Skinner、 2004年11月から
8代目      ドン・トンプソン Don Thompson, 2012年7月から 現在

出所 http://www.aboutmcdonalds.com/mcd/our_company/leadership/don_thompson.html
http://www.mcdonalds.com


日本マクドナルドは藤田商店と米国マクドナルド社の合弁会社としてスタートしましたが、現在では米国マクドナルド社が筆頭株主になり、米国マクドナルドの子会社となっています。そのため、日本マクドナルドの教育方法も米国マクドナルド社と同じものになっています。
日本マクドナルド社の経営者教育の変化を日本マクドナルド社の人材開発担当であった下山氏が次のように述べています。
「1971年の設立から 30年が経過しマネジメント層の交代など大きな過渡期を迎えた。従来は階層別教育でしたが、次世代リーダーの育成の取り組みの必要性を感じ始めた。そこで、中間層以上の教育システムに取り組み始めた。日本だけではなく、2002年ころから、全世界のマクドナルドでサクセッションプラン(経営後継者候補選抜と育成)の考え方が導入され始めた。

そのために重要な3つの観点を加えた。
1) ダイバーシティ
多様性を重視するという考え方だ。外部からスペシャリストを採用し、プロパーの社員と融合すれば、組織としてさらに強い企業になる。そのため社内研修だけに頼るのではなく、ビジネススクールに参加させたり異業種交流を実施した。
1) 仕事をある程度任せ、リーダーを疑似体験させ、報酬や待遇で報(むく)いることも大事だ。
3)MBAを取得するだけでなく、仕事上で実績を出させ、それを評価する。
その結果、2004年の年頭にグローバルのトップ(チャーリー・ベル)が急死したとき、わずか4時間後には世界中の24名の後継者候補の中から、ナンバー2の位置の者が新しいトップと決めたことからも、米国マクドナルド本社のサクセッションプランは効果的だとわかる。」と述べています。
こうした教育システムの導入は、米国マクドナルド本体の経営者教育の変化を反映するものです。従来のマクドナルドのCEOの条件は店舗からのたたき上げの人でした。しかし、会社が大きくなりCEOに求められる能力が複雑になるにつれ、会計士出身のグリーンバーグ氏、カンタールポ氏をCEOにしました。しかし、カンタールポ氏は病で急逝し、その後を継いだ現場たたき上げのベル氏も亡くなり、現在は高卒で現場たたき上げのジム・スキナー氏が後を継いでいます。
 マクドナルドの経営者教育が変化し始めるのは2000年頃です。その教育効果は、米国マクドナルド本社の国内部門社長(President of McDonald’s USA)にソンプソン氏が就任したことが1つの証左でしょう。ソンプソン氏は黒人で、名門パーデュー大学でエンジニアリングを学び、卒業後、技術の仕事に従事し、1990年にマクドナルド社にエンジニアとして転職しました。しかし、彼の専門はエンジニアであり、経営とは無縁の世界にいました。その彼が、経営者の道を希望し、店舗管理の地区本部に転身し、店舗で半年間の現場を経験した後、店長の仕事を身につけていきます。サクセッションプランが実績を上げ、2000年に中西部地区の社長に昇進しました。当時は最も厳しい経済環境でしたが、会社の方針を明確にして既存店対前年比売上を伸ばし、2007年の11月には過去56ヶ月連続で既存店の対前年比売上はプラスを記録し、2006年米国内マクドナルドのCOOに就任しました。
 ドラッカーが酷評したマクドナルドの後継経営者教育は大きな変革を見せており、全世界のマクドナルドでサクセッションプラン(経営後継者候補選抜と育成)の考え方が導入され始めたことが分かります。具体的には外部からの人材の登用や、MBAへの社員派遣、その他の教育手法の開発など、大きな変革を示しています。
現在のCEOのスキナー氏は5年以上在籍し、リーマンショックと言う世界金融危機下においても対前年売上を維持し、株価も過去最高を示していることでも、サクセッションプランが有効であることが理解できます。このようにマクドナルド社ではMBA等の活用、外部人材の登用等、色々な経営後継者育成に取り組んでいることが分かりました。
 しかし、マクドナルドの創業者のクロックは高卒、それ以後、会計士以外は大卒、現在の社長のジム・スキナーは高卒、と大学やMBA等の高等教育を重視していないように思われます。ローテクの外食企業は現場中心主義で、MBAなどの学歴を重視していないように見えますが、サクセッションプランに見られるように、MBAを含む多様な人材の交流を通じ、現場教育を介して、企業の人材育成を行うという経営後継者育成に力を入れていたことがわかります。
米国外食雑誌のネイションズ・レストラン・ニュース紙2010年4月5日号によると、
外食産業トップ100社のCEO(最高経営責任者)のうち68%が学士、18%が修士MBA、2%が博士、4%が弁護士、合計 24%以上がMBA以上の高学歴とかなり高い学歴であることが判明しました。同じ調査で2009年3月に小売業経営者の学歴調査をしていますが、2002年の調査時に60%の学士が、2009年3月の調査では85%に上昇、MBAは23%、弁護士は6%と、ローテクの外食産業や小売業のMBA経営者が多い事実が判明しました。MBAに対する批判的な意見が多い中、MBAは外食産業の中で一定の評価を受けていることがわかります。そこで、次にMBAを活用して成功した外食産業の事例を探してみました。
世界ランキングを見ると、業界一位のマクドナルドは、世界121カ国に合計31967店舗を構えています。KFCの80カ国のチェーン店舗は11000店舗で第3位、マクドナルドの店舗数はKFCの2.91倍になります。日本経済新聞社発行日経MJ2010年5月12日号の第36回日本の飲食業調査2009年度分によれば、総店舗数3715店でマクドナルドがランキング1位、総店舗数1505店でKFCはランキング6位となっており、マクドナルドの規模は店舗数でKFCの2.47倍となっています。
 ところが、中国外食ランキングを見ると、2009年末にKFCは中国全土で2,870店を越えています。さらに兄弟会社のピザハットは450店舗を展開しています。これに対して、マクドナルドの店舗数は1000店舗を展開しているにすぎません。つまり、KFCとピザハットの合計店舗数はマクドナルドの3倍を超えるという逆転現象になっています。
そこで、中国で急成長している中国KFC社の経営トップの経営手法と、学歴を調査してみました。KFCは外食産業として中国に早くから進出を開始し、1987年11月12日天安門広場に1号店を開きました。9年後の1999年6月100号店を開店、18年後2005年に1400号店開店と、前の9年間の14倍の開店数と加速しています。マクドナルドは3年遅れて、1990年に香港郊外の深せんに1号店を開店しています。
進出方法を見てみると、当時の中国はまだ外国資本に開放せず、中国語と英語を話せる人材を確保するため、シンガポール、香港、台湾といったバイリンガルの地区にアジアの支社を構え、それから中国に進出する方式をとっていました。しかし、欧米人はシンガポール、香港、台湾は言語と文化で大きく異なることを知りませんでした。シンガポールの中国語は福建語、香港は広東語ですが、台湾は北京語を標準語に定め、中国の歴史をきちんと教えているという事実を理解していませんでした。マクドナルドは店舗展開で成功した香港経由で中国に進出し、香港郊外の深せんに1号店を開店したのですが、この進出計画は、言語や文化の相違を理解しない進出でした。中国本社を香港に構え、2010年になって、漸く本社を上海に移しました。
KFCは香港の店舗展開に失敗しましたが、文化と言語の面で中国に近い台湾経由で中国に進出することにしました。1号店を首都の北京に開店し、その後、本社を中国の消費地の中心である上海に構えました。1号店を首都の北京に開店したことは後に政治的、パブリシティ的に大きな影響を与えることになります。
現在の中国KFCの経営トップのSu氏は台湾生まれ、米国に留学しペンシルバニア州立大学でケミカル・エンジリアリングの分野で修士号を、さらにペンシルバニア大学大学院ウオートン校でMBAを取得し、Proctor & Gambleでドイツ、台湾で勤務した経験をもっています。1989年5月にKFC社に北太平洋地区マーケティング部長として入社し、4店舗しかなかった1989年12月に中国KFC 社の社長となり、1994年にピザハット部門の責任者も兼任するようになり、現在、中国KFC社は中国、タイ、台湾を管轄地域としています。さらに米国本社Yumブランド社の副会長にも就任しています。
中国KFCの元副社長のWarren Liu氏は台湾出身。後に米国留学で教育を受け、ハーバード大学でMBAを取得しました。Liu氏は中国KFC社に1997年から3年ほど務め、取締役副社長として勤務し、サプライチェーン、新店舗開店等の出店計画、商品開発、品質管理、情報システム等の責任者として活躍しました。中国KFC社を退職後、「中国KFCの成功の秘密 KFC in China Secret Recipe for Success」で中国KFCの成功要因を次のように10あげています。
<1>人材 台湾を活用
<2>戦略 長期ビジョン 当初より内陸部も開発計画
<3>提携 地元 政府との関係 危機管理
<4>商品 好みは豚・鳥�羊・牛 店内を好む
<5>サプライチェーンの構築 ローコストの構築
<6>不動産開発 中国では土地私有はできない。専門家が必要
<7>素晴らしい運営 教育とモチベーション
<8>ローカライゼーションとグローバリゼーション 商品開発の速度
<9>本社のサポート 本社ではなくサポートセンター
<10>中国文化を融合したリーダーシップ MBAの中国人の活用

<1>人材
KFCは台湾の言語と文化的な背景に注目し、当時低迷していた台湾マクドナルドの人材をスカウトし中国展開を開始しました。当初から、経営トップは台湾出身の中国人Su氏で現在も変わりません。
マクドナルドは香港経由で香港人を活用しましたが、トップの人材は米国人でした。現在でも中国マクドナルドのトップは米国人で、数回の交代をしています。
<2>戦略
KFCは当初より長期ビジョンを持ち、急成長している沿岸都市だけでなく、内陸部まで店舗展開を計画しました。そのため、大都市の店舗数ではマクドナルドとKFCは大差ないように見えますが、内陸部で大きな差となっています。
<3>提携 地元 政府との関係 危機管理中国での店舗展開の初期段階では、外資単独では難しいので、地方政府などと提携して各地で合弁会社を設立し、緩い連携で運営を開始しました。その後、集中管理を強め、中国政府の外資100%認定に伴い、中国KFC(中国Yum!社)を設立し、早い時点で上海に本社を設立し、教育も同時に行い始めました。KFCで使用する食材に認められていない着色料の使用が発覚したり、鳥インフルエンザ等の発生に対する、対処として、政府などとの提携関係を生かし対処することができました。
<4>商品とマーケティング食肉の好みは1番が豚、2番が鳥、3番が羊、4番目が牛。牛肉が中心のマクドナルドよりも、鶏肉が中心のKFCの方が有利でした。他の国では圧力釜で揚げたフライドチキンが中心で売上の多くが持ち帰りですが、中国では外食を楽しむ習慣があり、店舗で食事を楽しめるように200~300席の大型店舗にしました。
<5>サプライチェーンの構築
 中国KFCは自ら食材を供給する優秀な農家、畜産業者と物流を担う卸問屋、物流業者を育成しました。最初は小さな中国地元企業の育成から始めています。マクドナルドは米国の供給業者に中国進出をさせ、初期から巨大な食品工場や流通システムを構築しています。そのために、KFCとマクドナルドの食材コスト構造は大きく異なり、マクドナルドはなかなか利益が出しにくい状況になっています。現在のKFCの店舗段階の利益は人件費が低いため20%と他の国の倍以上の水準であり、これにはサプライチェーンの構築が大きく貢献しています。
<6>不動産開発
 私有地が認められていない中国では、土地を管理する地方政府との交渉が重要です。そのために、地方政府と合弁会社を作ったり、現地の不動産事情に詳しい中国人をスカウトして対処しています。
<7>素晴らしい運営
 上海本社にトレーニングセンターを設置して、中国人社員の教育に当たっています。年間の最優秀社員は報償として米国本土訪問とCEOのジム・ノバック氏との会食と言う名誉を与えられています。現在では殆どの経営陣と社員は中国出身者が占めるようになりました。
<8>ローカライゼーションとグローバリゼーション
 米国や海外のKFCの売上の60%がフライドチキンですが、中国KFCは鶏肉を使ったハンバーガーを数多く開発し、マクドナルドに対する差別化に成功しました。
 中国における商品開発の点で、上海に本社を構えるKFCは迅速な意思決定を行うことができるし、経営トップに中国人がいるために中国人の好みを理解でき、現地に溶け込んだ商品開発に成功しました。
 それに対し、マクドナルドは商品開発が中国本土の端にある香港で行い、新商品の認可を米国本土にうかがうため、新商品開発で後れをとってしまいました。
<9>本社のサポート
 上海にある本社はサポートセンターと言う名称で、各地域を指示する本社ではなく、支援を行う存在であると明らかにしています。
<10>中国文化を融合したリーダーシップ
 経営トップと副社長に米国で高度な教育(MBA)をうけた人材をあて、長期経営をゆだねています。

以上のように中国KFC社は米国名門MBAの経営者2名が長期的な視野に基づく、中国での店舗展開をMBAの知見を生かし、教科書的に計画し、実施しているのが分かります。中国KFC社の店舗展開と収益を米国KFC本社のそれと比較すると、中国KFC社の卓越した経営手腕が分かり、MBA経営者の有効性が認められるのではないかと思われる。
しかし、MBA教育の有効性を単純に比較することは難しいと思われます。マクドナルドの例は、MBAを否定するのではなく、そのよさを理解し、現場の知見やその他の人材交流などとの組み合わせで、MBAの価値を引き出しているように思えます。米国における製造業や金融業では、MBAの批判が生まれていますが、それはMBA教育に過度に依存しているためかもしれません。イノベーションという経営能力の発揮は、過去の経営管理技術に依存することではありません。
飲食業界でMBAが一定の評価を得ているのは、この業界が経営管理技術に遅れていることが原因かもしれません。中国KFC社の成功も、中国の飲食業界が成長過程にあり、中国KFC社以外の飲食店が経営管理の導入に遅れているためかもしれません。多くの飲食業界にMBA取得者が勤務すれば、その有効性は低下します。そのとき、あらためてイノベーションのための起業家教育が必要になると思われます。
以上

参考文献
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ピーター・ドラッカー著 上田惇生 佐々木実智男 訳(1985)『イノベーションと起業家精神ダイヤモンド社
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青木昌彦 澤 昭弘 大東道郎(2001)「通産研究レビュー」編集委員会編『大学改革―課題と争点』東洋経済新聞社
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参考資料
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金雅美著「国内ビジネススクールに対する7つの幻想―国内MBAと企業に対する意識調査から(日本経営教育学会編 経営教育研究VOL.12 No.1 Jan.2009)」
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参考HP
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http://www.plummersearch.com/press/pdf/plu_pr_ceo-fash_0609.pdf
2009年9月の食品スーパー経営者の学歴調査
Http://www.plummersearch.com/press/pdf/plu_pr_ceo-sm_0909.pdf
2009年3月の小売業経営者の学歴調査
http://www.plummersearch.com/press/pdf/PlummerRelease09.pdf
「2004年にマクドナルドの49年の歴史上」歴代のCEO
 http://www.mcdonalds.com   
 2013年
 http://www.aboutmcdonalds.com/mcd/our_company/leadership/don_thompson.html                             以上

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