先端食トレンドを斬る- 米国外食事情(柴田書店 月刊食堂1995年6月号)
商品や店舗の裏側にこそアメリカの真の底力を見ろ
<過渡期にきた米国大手外食業>
先日、私はNRAのレストランショーと合わせて西海岸を中心に米国外食業の視察を行った。この連載の第1回目は、米国の最新情報を中心にお伝えしようと思う。
現在の大手チェーンの動向を見ると、ハンバーガー業界は相変わらず安売り戦争である。大手はバリューミール中心に動いている。その一方、もともとバリューミールで売っていたタコベルは、ここへ来て少しずつ方向をシフトしている。安さだけが売り物では、マーケット的にも物量的にも大手に太刀打ちできない。勢い差別化を考えざるを得ないのだ。そこでタコベルはローファットというヘルシー路線を打ち出してきた。価格戦争の口火を切ったのは同チェーンだが、そこから抜け出す次の一手を打ってきたのである。
もうひとつ注目しておきたいのは、QSC強化に代表される原点回帰運動である。これで息を吹き返したのがジャックインザボックス。食中毒事件で一時は潰れるかといわれた同チェーンだが、店をきれいにして、調理方法を見直し、品質のチェックを厳しく行うという、まさにQSCの徹底強化で蘇ったのである。TVCFも品質を訴えたものにして、お客を取り戻しつつある。極めてまっとうな方法で立ち直りつつあるのだ。
原点を見直すということでは、現在米国で衛生管理が大変重要視されるようになってきている。大手チェーンのマネージャーが日本のような食品衛生講習会に参加するようになった。義務づけられているわけではないが、内容的には日本より数段厳しい研修に、積極的に参加しているのである。
メニュー関係でいえば、今のところ特別これという新メニューはない。価格がシビアになっているだけに、オペレーションを複雑にするような新メニューを投入することが難しくなっているのだろう。ただ、西海岸で特徴的なことは、グルメコーヒーのスターバックスの影響で、マクドナルドでもエスプレッソやカプチーノを出すようになっている点だ。去年から一部で導入されはじめ、今年に入ってからは、かなりの店舗で提供されるようになった。また、後述するボストンチキンで提供しているローティサリー料理、すなわち家庭的なチキンやミートローフなどのテストを始めている。
大手チェーンがこうしたメニューの実験に着手しているということは、それだけ新興勢力の影響を受けているということであろう。大手同士では価格競争という問題もあるのだが、下からは洒落た料理、時代にあった料理などで追い上げを食らっているということができる。他の大手チェーンだけでなく、新興勢力にも目を向けなければならないという、難しい立場にきているのではないかと思われる。
大手チェーンの課題として以前から取り組まれているコストダウン、リエンジニアリング、トータルクオリティコントロールの問題も、猛烈な勢いで進んでいる。タコベルが手をつけた本部のスリム化に、ほとんどのファーストフードチェーンが取り組み始めている。内容はタコベルと同様にスーパーバイザー(SV)制度の廃止である。バーガーキングもそうだが、マクドナルドでもSVがいなくなりつつある。
これまでは一人のSVが5‾6店を担当していた。SVの上にはオペレーションマネージャーがいて、彼ら一人当たりで6名程度のSVを統括していた。従って、オペレーションマネージャーは30店舗ほどを持っていたわけだが、ある地域ではSVを全廃し、オペレーションマネージャーが直接30店舗の管理を行うという実験に入っている。そして、SVは店長に戻り、オペレーションマネージャーが利益の配分も行い、モチベーションにつなげているのである。
また、従来の地区本部も統合されている。これまでは150から200店単位で地区本部が設置されていたが、それを統合し、1本部で300店以上を管理するようになっている。SVも持ち店が増加し、本部に行かないでコンピュータ片手に直接店舗を回るという自宅勤務になりつつある。
もちろん、SVの不在に対する不安要因はある。それをどう補うかが次の課題となるだろう。日本でも現在議論の対象になっているように、中間マネジメントであるSVは単なる伝達屋であり、伝達は要らないという乱暴な意見もある。しかし、SVの機能はそれだけではない。情報を下から上げたり、上から下ろしたりするのもひとつの機能だが、人事を含めた管理、そして店長の教育という大きな機能を果たしている。SVが不在になったとき、誰がそれをやるのかということになる。あるいは、30店舗を抱えて、それができるのかという問題に突き当たる。
ただ、逆の見方もできる。大手のチェーンはすでに40年の歴史を持っている。店長も教育が終了し、十分なキャリアを持っている場合もまた多いのである。自らのチェーンに不利益なことをするはずがない、という前提と利益配分によるモチベーションが、SVの廃止に功を奏するかもしれない。
新興勢力は、はじめから本部を持っていなかったり、SV制度がなかったりする。本部の組織図、考え方の部分でも新興勢力の方が進んでいるのだ。その意味では、メニュー面と同様に、組織の部分でも大手は新興勢力の影響を受けているのかもしれない。いずれにしても、今後の成り行きには注目しておかなければならない。
<急成長しているボストンマーケット>
新興勢力として現在伸びているのが、先程触れたグルメコーヒーと、ローティサリーに代表される家庭料理に近いオーブン料理、オープンキッチンスタイルのパスタ、そしてステーキである。中でも、グルメコーヒーのスターバックスとローティサリーのボストンマーケットの急速な伸長ぶりには目を見張るものがある。ボストンマーケットは昨年317店舗を出店し、94年末には総店舗数は560店舗となっている。売上高は3億8,700万ドルである。また、スターバックスはスターバックスで、94年の年商は前年比61.4%アップの2億8,990万ドル、利益では同23.25アップの1,020万ドルを記録している。
面白いことに、この両者は全く正反対の展開方法で成功している。スターバックスは全店直営であり、それでイメージを高めて急速に展開していくポリシーである。一方、ボストンマーケットはフランチャイズ展開である。地域フランチャイズを強化することで、こちらもまた急速に展開している。正反対のやり方でありながら、どちらも成功しているところが、実にアメリカらしくておもしろい。
ボストンマーケットは、昨年ボストンチキンから名称を変更している。ハムやポットパイなどチキン以外のメニューを強化したことを契機に、名称を変更したのである。メニュー表を見ていただければおわかりだろうが、決して安さが売り物ではない。客単価もファーストフードが2ドル50から3ドルぐらいなのに対して、ボストンマーケットは5ドルと、いい値段である。
では、なぜ伸びているのか。まず、ローティサリー(あぶり焼き)という料理法法が支持されている。じっくり時間をかけて焼くから、余分な脂肪は抜ける。素材感を残しながら、ローファットであるという店が、ヘルシー・トレンドにマッチしているのだ。そして、ハニーグレイズドハムのように、一種のおふくろの味的な料理が揃っている。結局、トータルとしてバリューがあるからこそ急速展開が可能なのだ。
テイクアウトはかなり高い。観察している限りでは、7割近くがテイクアウトであった。レストランというよりもデリショップである。スーパーでもボストンマーケットやパンダエクスプレスにそっくりなデリ売場が登場している。つまり、外食と食品スーパーが同じターゲットを狙っている。
ただし、普通のデリショップとの違いはマーケティングにある。たとえば、94年に300店舗以上を開いているように、完全にマスマーケティングなのである。ブロックバスターズの元経営者陣がトップにいるから、急速展開のノウハウがある。同チェーンの戦略は、一気に地域フランチャイズを固めて、急速にマーケットシェアを奪取しようというものだ。そのためには、資材調達の安定化を図らねばならないということで、チキン加工業者のハドソンフーズを買収している。
その他の経営陣にしても、元KFCの副社長をはじめとして、チキン業界のそうそうたるメンバーが顔を揃えている。最初から数千店展開を目的として組織されたチェーンと言っていい。だから、商品のラインアップも米国全土で受け入れられるように、普遍的な家庭の味として提案しているのである。
<まずマネジメントを学べ>
その他の目立ったレストランチェーンとして上げておきたいのは、アウトバックステーキハウスやローンスターといったステーキチェーンである。ローンスター(ひとつ星)を州旗とするテキサスからスタートしたローンスターは収益力でトップであったし、オーストラリアをテーマとするアウトバックステーキハウスは売り上げの伸びがめざましい。
ステーキチェーンの中にはたしかに四苦八苦しているところもあるのだが、スペシャリティがあって、価値があると認められたチェーンは強い。牛肉消費量の落ち込み云々という、トレンドだけで判断してはならないのだ。
アウトバックは昨年68店を出店し、現在23店舗。94年の売り上げは4億5,190万ドル、利益は7,280万ドルを計上している。1店舗あたりの平均年商は実に320万ドルと、すばらしい実績を上げている。今後は海外展開を別にして、国内で年間70店舗以上を展開し、96年度には350店舗、年商10億ドルをめざすという。
同チェーンは88年に設立されている。当時のヒット映画「クロコダイルダンディ」でブームになったダウンアンダー、要するに地球の裏側に位置するオーストラリアのイメージを巧みに取り入れてスタートした。アメリカ人にとってもステーキはご馳走である。最高の品質のステーキをワイルドなオーストラリアンスタイルで食べることができるということで、アウトバックは急成長している。
組織的にも優れていると思うのは、ジェネラルマネージャー制を採用し、店舗に権限を委譲している点である。最初からフラットな本部組織作りを指向して、人事部、広報部もないし、SVもいない。ジェネラルマネージャーはキャッシュフローの10%を得るというインセンティブが与えられている。先に述べたマクドナルドの大手チェーンが、拡大を進めるうちに本部組織が肥大化していった過程をしっかりと学んでいたのであろう。急速展開しながらも、あくまでスリムな本部を貫いているのだ。
こうしてみると、アウトバックはアウトバックで、スターバックスともボストンマーケットとも違うマネジメントや展開方法で店舗数を増やしていることに気づかれるであろう。ここが米国外食産業の懐の深さである。われわれが米国視察に行く場合、メニューばかりに目を奪われることがほとんどであったが、学ばなければならないのはマネジメントなのである。
例えば、ボストンマーケットの商品をそのまま持ってきても、日本で成功することは難しいだろう。なぜそのようなメニューになっているのかを、マネジメントの面から考えていくことが必要なのである。