コンカレントエンジニアリングとプロジェクトチーム

21世紀に向けた本部のあり方 第5回(商業界 飲食店経営2000年5月号)

1)マルチコンセプトの弊害

マルチコンセプトの導入を計画的に、きちんと行わないと弊害は完成されたキッチンの作業導線に混乱を来し、場合によっては労働生産性が低下し利益を減少させる事態となる。メニューの多角化、例えば洋食のメニューに和食、麺、中華を導入すること等も同様の現象を引き起こしている。作業の全く異なる料理でも、数がでないからかまわないではないかと思い導入することが大きな混乱を引き起こす原因となっていることが多い。

現状で問題を感じたり、マルチコンセプトの導入を行うときにはそれによりどんな弊害が起きるのか、起きている弊害を取り除くにはどうするかを短時間で見いださなくてはならない。従来のように改善に数年を費やすような悠長な時代は終わっている。完成した際にはそのコンセプトが時代遅れになっているのではどうしようもない。

2)参加メンバー

コンカレントエンジニアリングの手法は現在のように多様な新業態、新商品を短時間に開発するために生まれたエンジニアリング手法だ。従来のエンジニアリングはマーケティングリサーチ、商品製造ラインの設定、改善分析、販売方法、クレーム処理、などステップバイステップで設定していた。完成した製造ラインの生産性が悪いことが判明してから、その分析と改善作業を行うので、改善がなされるまで時間がかかりすぎ、新業態や新商品の寿命がつきた時にやっと改善が完了する、時間のかかる作業であった。そこで、新業態、新商品を作り上げる際に以下の関係各部から人材を集めプロジェクトチームを作成し、業態や商品の開発と同時に作業改善、メインテナンス作業、クレーム対策、商品改善、販売方法、教育方法まで、同時に開発作業を行い、新業態や新商品開発終了時には関連の全ての作業を終わらせるというスピードエンジニアリングだ。この手法のポイントはプロジェクトチームの人選とその役割にある。

作業改善の為には各部から5ー6名を選定する。その部署とは

  • 店舗運営部
  • 人事、教育部
  • 機器、建設部
  • 商品開発部、広告宣伝部
  • 購買部
  • 財務部、経理部

だ。

これらの選定された人は、専門家ではあるが全員が店舗の作業の経験を積んで、熟知していなくてはいけない。旧来のIEの時代には作業改善の専門家がいない時代であったが現代のように外食産業が熟成した時代には、経験を積んだ専門家がいるはずである。勿論、チェーン展開を急速に行うために外部から外食の経験の無い人を採用する場合があるかもしれない。その場合でも必ず店舗運営の経験を数ヶ月は積ませる必要がある。

米国外食チェーンの例では、会計士として入社した優秀な人材を、その才能を生かすために店舗で調理する仕事から、リージョナルマネージャーまでの経験を短期間で経験させる。経営センスの優れた会計士が店舗の各作業から、チェーン経営の現場まで熟知していれば鬼に金棒となるからだ。勿論、普通の従業員と同じキャリアプランを積んでいては何年も必要であるので、特別にファーストトラックと言う短期育成カリキュラムを作成して、専門家を短時間で育成する工夫をしている。

店舗経験を積んだ専門家がいれば、店舗運営部のベテランが参加する理由は無いように思われるが、やはり店舗第一主義を徹底するには、毎日作業をし、問題点を身にしみて感じている人が店舗の作業改善の為に必要だからだ。

そして、参加した各部の専門家はプロジェクトチームの一員として与えられたテーマに最大限時間と労力を投入する。出身各部の代表者としてではなく、プロジェクトチームの一員として発言、決定をしていく。各部の代表として、部の意見を反映するために直属の長に報告と判断をあおぐ場合があるが、そんなことをしていてはスピードアップが図れないし、会社のプロジェクトと部の判断の利害が反する場合もでてくるので、参加した本人の判断力で即決即断しなければならない。

コンカレントエンジニアリングの優れているのは、現在の日本の会社の抱えている硬直性という官僚的な欠点を崩し出すと言う観点だ。各部門から横断的に人材を集め、各部門の業務と全く関係なく業務改善を行わせることにより、従来は利害の異なる部門同士の融合が図れるし、会社の方向性を見ながら(従来は会社の目標に従うと良いながら、各部門長の思惑により仕事を進めていくという欠点がある)純粋に業務を進行するという経験を積むことができる。当然の事ながらこのプロジェクトチームに抜擢するのは各部門の推薦だけでなく、経営トップの抜擢により若手の将来を見据えた教育の意味合いも強くなくてはいけない。プロジェクトチームに抜擢することにより経営トップは身近に彼らの仕事ぶりを見ることができ、将来の人材の可能性を見いだせるわけだ。

3)作業分析に入る前に問題点を明確にする

店舗作業に改善が必要な場合、まず分析に入るのだが、既存オペレーションの分析と新規コンセプトや新規店舗の分析の場合とでは異なっている。そこでそれぞれの手法を見てみよう。

A)既存店舗の場合

既存店舗の場合、作業観察に入る前に現状の問題点を明確にする方が効率がよい。店舗現場に入って全ての作業を分析するにはあまりに時間がかかりすぎる。効率を追うためにはまず何が問題点なのか情報を集めてから作業分析に取りかかる方が効率がよい。

<1>数値を確認する

店舗の書類を通じて状態を把握する。現場経験を豊富に積んだ専門家であれば、数値を見て何が問題なのかを瞬時に把握できなければいけない。

  • 労働生産性
  • 対前年売上げ動向
  • 時間対別売り上げの推移
  • 昨年対比商品別売上げ
  • 原価率 直接原価率、ロス率、廃棄率
  • 人件比率(時給の推移、一人あたりの人件費、退職率、評価制度、従業員満足度)
  • その他の経費率 などだ。

<2>人の意見を聞く

問題や不満を感じているのは店舗のマネージャーだけではない。アルバイトは勿論、料理を開発する商品開発部、教育部、等の部門も現状に不満を持っているかもしれない。多面的な意見を聞く必要がある。そして、何が問題点かを明確にしていく。

  • 店舗運営部の意見
  • 店舗マネージャーの意見
  • 店舗アルバイトの意見
  • 商品開発部の意見
  • 教育部の意見

B)新業態、新店舗の設計

既存店の場合には想定したオペレーションとの差違をチェックすればよいのだが、新店舗の場合には実際の店舗を作ってから検討すると時間がかかるし、悪い場合に改善に費用がかかりすぎる。そこで、商品やサービスを想定し、厨房、客席の設計を行い、図面上で作業シュミレーションを行い、レイアウトを修正する。

しかし、調理機器の性能や作業のしやすさなどは実際の作業をしないとわからない。そこで、倉庫や調理機器メーカーの実験設備を使用し、調理機器を並べ、売上げ設定に基づいて、調理を行い、生産性をチェックしてみる。客席サービスのシュミレーションは調理場のパントリーの設計と、厨房から客席への導線がどうかという視点から確認を行う。必要なら実際のテーブルを並べて動きを見ても良い。

4)店舗観察

店舗の作業を観察するには全時間帯の作業を確認していく。数値上の情報や各担当者のよりの聞き取り調査だけで、問題点を把握したと思ってはいけない。必ず全作業を一度は観察するべきだ。

<1>時間帯

そのためには

  • 早朝の開店作業
  • 昼のピーク作業
  • 夜のピーク作業
  • 深夜の清掃作業

を観察する。

店舗の作業を観察する際には、作業だけでなく、マニュアルの使用状況、トレーニングカリキュラムの使用状況、マニュアルと現場作業の食い違い、社員のトレーニングレベル、アルバイトのトレーニング状況、調理場のレイアウト、調理機器のメインテナンス状態、等の全ての状況を把握していく。

<2>導線の観察

さて、作業の観察の際に注目しなくてはいけないのは

  • 作業導線
  • 作業者のぶつかり
  • 作業者の摩擦
  • 作業台の高低
  • 作業者は両手で作業を行えるか
  • 作業をする際に背伸びをしたり、しゃがんだりしなくて良いか
  • 作業の際に考える事が多いか(躊躇する、必要な判断基準が多すぎる)
  • 作業時間
  • 準備時間
  • 作業は複雑な手順で覚えるのに時間がかかるか

等だ

  • 観察のポイントは
  • 忙しい際に人が動かなくなるか
  • 忙しくなるにつれ、静かになっていくか
  • 忙しくなると人が動くか
  • 人の動きに摩擦、ぶつかりはないか

等だ。

勘違いしやすいのはピーク時の忙しい際に人が激しく動き出したり、声が大きくなると頑張っていると思うことだ。複数の作業者が激しく動くと導線がぶつかり、生産性を落とす。忙しくなれば流れ作業になり、各人は各持ち場から動かずに作業ができるようになっていなければいけない。

声もそうだ、ピーク時に声が大きくなるのは担当者の各作業を明確にしていないので、お互いに声を掛け合わなくてはいけなくなるからだ。

スローな人の少ない時間帯と、ピーク時の人の多い時間帯の両方の作業観察を行わなくてはいけない。スローな時間帯には調理やサービスだけでなく、ピークに備えて食材やサービスの下準備をする。そのために、冷蔵庫や倉庫からの各持ち場への作業導線などが重要になる。

ピーク時には各持ち場から余り動かずに作業ができるかどうかと言う事が重要になる。例えばグリドル作業で冷凍食材、冷蔵食材、常温食材の3種類を調理する場合にはグリドルのそばに冷蔵庫、冷凍庫、常温食材庫が無くてはいけない。

通路の幅は1名が通るだけなら600mmでよいが、2名がすれ違う場合には900mm必要だ。通路の両サイドで作業をしてその間を通る場合には1500mm必要だ。人間のスペースを考える場合には肩幅と歩幅で考える。人間の肩幅は450ー500mm、歩幅も同じだ。人間が自然にたつ場合(休む姿勢)の歩幅は肩幅と一緒で450-500mmであるから、各作業場の中心から左右450-500mm、合計で900-1000mmが1人の人間が自然にカバーできる作業範囲となる。それ以上広い面積を任せると作業導線が長すぎて疲れることになる。

ピーク時にはなるべく動かないで作業できるレイアウトが望ましいが、全く動かないでよい設計にするのも問題を生じる。ある米国のハンバーガーチェーンが小型店舗用に開発したキオスク型厨房は各ポジションから動かないでよいように設計したが、ピーク時に複数の作業者が入ると導線が直線でないので、とたんに生産性が悪くなると言う欠点を生じた。原因を見てみるとその設計者は作業導線の設計者ではなくインテリアデザイナーであり、作業導線の知識が無かったからだ。設計の際に色々な部署の担当者でチェックをするというのが必要だという例だろう。

<3>観察の効率

全ての作業を分析するのは無駄だ。問題の発生源を追求し、問題点だけを解決すればよい場合がある。その際に注目するべきなのは新規メニュー、追加メニューだ。それを単体で調理して作業に問題なくても、他の商品と同時に調理する際に大きな問題を生じることがある。その場合すべてのメニューを単体で調理を行い、その後に売上比率に基づいてシュミレーション調理を行い問題点を洗い出していく。

店舗観察の際にはVTRも使用するが、VTRは撮影してから後で分析にするには向いていない、画面が小さすぎるし、角度、撮影者の意志により映像が偏るからだ。VTRの画像は各担当者が別々に現場を見ながら撮影していく。場合によってはデジタルカメラで撮影を行う。この映像はあくまでも、後の確認、忘れないようにする、後で不明の点を見る、等の補助的な役割であり、実像で観察することを忘れてはいけない。

5)作業改善に専門家が必要な理由

調理作業に問題があった際に、調理場のレイアウトや調理機器の選定を変えるだけではない。場合によっては食材の下準備、半加工調理、包装形態も等も含めて検討し、最善のの解決方法を編み出す。例えばサラダなどを大量に提供する場合に、レタスを洗浄、カット、水切りの作業をピーク時にする必要もでてくると生産性が低下する。その場合にはカットレタスを使用するか、専用のカッターや円心式の脱水機などを導入する事を検討する。そのためには食材加工の専門家である商品部や設計部の人間が必要だ。そして、財務担当者が加工度の高い食材の高コストと店舗で加工機を購入した場合のコストとを比較検討する。トレーニング部は、アルバイトのトレーニングの容易性を検討する。

このように各部門の専門家が集まり同時に検討を加えれば最善の作業を低コストで実現することが可能になるし、対策ができあがった時点で、作業マニュアルも完成するというように生産性が大幅に高まるわけだ。

6)作業改善の実例

以上

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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