生産性向上に必要不可欠な作業分析

21世紀に向けた本部のあり方 第4回(商業界 飲食店経営2000年4月号)

マルチコンセプトの時代、インダストリアルエンジニアリングは死語だ

1)マルチコンセプトの開発手順

これからの外食産業が生き残るにはマルチコンセプトすなわち複数の業態を展開する必要があるが、新業態を一つの部署で構築することはできない。ここで新業態を開発する手順と本部の各部がどのように関わってくるか見てみよう。

  1. 調査  
    外食動向を分析し、今後どのような業態が客に支持されるのか、トレンドを分析し、そのマーケットサイズ(売り上げ規模、顧客年齢層、男女別顧客見込み)はどうなのかを調査する。自社の店舗のアンケート調査などから、競合との比較、客が望むQSCのレベル、客が望む値段など分析と比較する。
  2. 業態開発  
    業態開発の担当は調査の分析とトレンドを元に具体的な業種、業態、メニュー、価格帯、を組み上げていく。
  3. 経営企画  
    以上のデーターを元にビジネスとして成り立つか、自社で投資する価値があるのか、どの位の投下資本と回収を考えるか等の検討を加える。現段階として採算がとれても競争力が弱かったり、自社にとって総合的なメリットがない場合はこの段階で検討を中止する。
  4. 商品開発  
    材料の安定供給、トレンドにあった食材と調理方法、客の好みを考えながら新業態に最適なメニューを考える。
  5. 機器開発  
    新規メニューに適した生産性の高い調理機器を選定し合理的な厨房を設計する。自社の調理人のレベルにあわせ、場合によってはパートアルバイトでも調理が可能になる自動化調理機器を検討する。美味しい料理を作れる調理機器や生産性ばかりでなく、ランニングコストが低く省エネルギーであるかも検討する。
  6. 建設  
    厨房、客席のバランスを考えながら雰囲気のよい店舗を設計する。客席を設計する際にはサービス担当者の担当テーブルの数を設定しながら、厨房からテーブルまで無駄のない動きになるか考慮する。
  7. 店舗開発  
    そして全体のパッケージを元に必要な店舗面積、駐車場台数、を元に業態に最適なロケーションを選出する。それに基づき地主と交渉を開始する。
  8. 人事  
    開店時期に合わせて、社員を採用し教育を開始する。
  9. 総務  
    各部で必要な契約書などの準備や各部署への連絡業務、開店準備を行う。
  10. 広告宣伝  
    新店舗の広告、販売促進、広報活動を開始する
  11. 経理  
    各部からの経費を算出し、損益分析書を作成する。
  12. 店舗運営  
    開店計画に合わせて、アルバイトの採用、備品の発注、社員の配属、研修を計画する。開店販売促進を打ち合わせる。

2)生産性とIE(インダストリアルエンジニアリング)

さて、新業態を考える上で一番重要なのは利益が十分とれるかと言うことだ。従来の業態よりもより利益率が高いか、投下資本の回収が早いかと言うことが重要になる。特にオペレーション面で言えば、生産性の高い作業の構築が可能かという面が大事だ。そこで、店舗作業の生産性を検討を考えてみよう。

先月はマルチコンセプトの時代にはマニュアルの更新のスピードアップが必要だとのべた。しかし、現状の作業そのままマニュアル化しても、場合によっては問題点を文書化するだけになる。マニュアルを作成する前に現状の作業が合理的で無駄がないかを分析し、改善を図りそれからマニュアル化を図らなくてはならない。

3)IEとは何か

IEとは米国においてテーラーの著書「科学的管理の原則」(1911年)に始まる科学的管理であり、作業者、経営者、設備、機材、材料、作業方法、市場調査、投資効果、マネージメント、評価、などの総合的な観点から問題点を分析し、解決方法を編み出す手法だ。基本的には、現状の作業手段を元に各工程の無理、無駄を省くという手段であり、総合的なプロセス管理を目指した手法だ。

この手法は第2次世界大戦前後の米国の大量生産体制を築き上げる上で大変効果を生みだした。この手法を用いることで米国重工業は飛躍的な生産性を達成することができ、米国を世界一の工業生産国にする事に成功した。種類の少ない工業製品を大量に生産することによりコストダウンを図ることが可能になり、米国の生活物資を大量に安価に供給ことを可能にした。

その手法は完成された生産手段を元に、より生産性を上げるにはどうするのかと言うことで各作業を詳細に見直していく。画板にメモ用紙を挟み、首からストップウオッチを下げ、現場で作業を詳細に分析していく。いわゆるタイムモーションと言う、作業の種類とそれに必要な時間を詳細に分析していく。作業分析には経験が必要であり作業分析の専門家がが、現場作業の分析を行い、その無理無駄の原因を追及しようと言う物だ。

この手法は当時米国で急成長を遂げたベルトコンベアー製造工程の無理無駄を省くには最適であり、大幅の作業改善と生産性の向上を遂げた。特に大量生産の必要であった自動車産業で導入され、高価な車の価格を大衆に手の届く範囲まで下げ大量供給を可能にし、現在の米国の反映を築いたと言われている。

4)外食産業での取り組み

外食産業でも、生産性向上の手段として、科学的なアプローチが必要であり、その手法としてIE(インダストリアルエンジニアリング)が必要だと言われており、外食産業でも取り入れられている。米国マクドナルドは当時の自動車産業、特にフォードの高い生産性の実現に注目し、その流れ作業方式の導入のために、調理システムをIEの手法で徹底的に分析を行った。生産性の高い調理システムを完成させるためにテニスコートに厨房の機械のサイズを書いて仕事の流れを分析したのは有名な話だ。

同様のことはファミリーレストランれも行われ、生産性の高いキッチンシステムが完成され、未熟練のアルバイトでも作業をすることが可能になり、利益率の高い(人件比率の低い)チェーン経営が可能になった。

5)IEに代わるVE(バリューエンジニアリング)

VE バリューエンジニアリング 

IEと言うのは優れた作業改善の手法であるが、分析に時間がかかると言う欠点と、作業の基本的な改善を提案する仕組みではないと言う欠点がわかってきた。

そこで第2次世界大戦中に米軍でVEという作業改善の手法が考案された。これはIEとは異なり、各作業を根本から見直して、本当にその工程や、材料が必要なのかを考え、革新的な改善策を編み出すと言う物だ。例えば車のコンベアーラインを考えてみよう。車の製造ラインでは、溶接や塗装という人間には過酷な作業が待ちかまえている。それらの作業の改善をするよりも、溶接や塗装などの作業をロボットにやらせてはどうかという根本的な考え方だ。このような根本的な改善によりより生産性が高まることになる。

6)マルチコンセプト時代におけるIEとVEの限界

さて、これらのIEやVEは従来のような少品種、大量生産の時代には大変適した分析手法であった。車産業でいえば人間が携わっていた作業を大量のロボットに置き換えて、全体のラインが数キロメートルに及ぶという大量生産方式を生み出すようになった。IEやVEの時代には人間の労働よりも文句を言わず正確なロボットの方が優れた作業方式であったのだ。しかしながら、世の中が豊かになり、物があふれてくるようになると消費者の要求は多様な商品を求めだしたし、流行の変化も激しくなった。従来のように安価であればよい時代は終わり、より消費生活を豊かにする多様化を求めるようになった。

車であれば、従来のような流行のスポーティーな車のデラックス仕様だけでなく、四輪駆動の多用途車や家族で遊びに行けるワゴン車、2人乗りのスポーツカーなど多様に分かれるようになった。家電製品も同様だ。性能は同じでも色が異なるとか、省エネルギーに優れている、花粉に対応するなどだ。しかも昨年の流行は今年もはやるわけではなく、流行の変化が激しくなっている。そうすると商品開発や製造工程の改善に時間をかけるわけには行かなくなってくる。と言っても、生産性の低い製造方法では価格競争力がないと言う矛盾を生じる。

7)マルチコンセプトの時代の CE コンカレントエンジニアリング

IEもVEも作業分析と、改善には優れた手法だが、基本的には大量生産を前提にどうやって生産性を上げるかという手法であり、現在のように商品のライフサイクルが短く、コンセプトが短期間で変更する場合には対応できないという問題点がある。例えばIEの分析は、工程分析であれば、ストップウオッチで作業時間を計測したり、VTRで作業を分析し、問題点を抽出して、解決策を出す。しかし、分析が大変である、ステップを追うことによる時間の浪費がある、という問題を抱えている。専門家が分析し、作業改善を現場におろしても、新商品が出れば最初からやり直しだ。つまり、新商品を考案する際から、改善をしないと現実の商品開発のスピードに乗り遅れるわけだ。そこで従来の組織とは異なったプロジェクトチームを作成し、経営者と直結した形で作業を進め、開発、教育、改善、工程管理などを平行して同時に進め、開発速度を速めようという物考え方がでてきた。この手法をCE コンカレントエンジニアリングという。

従来のIEやVEの欠点は製造工程の分析改善であると言うことだ。例えば車産業の収益を考えていくと、車の製造コストだけでなく、不良品の削減や故障の削減というのは重要な要素だ。従来のIEやVEの手法であると、製造現場での不良率を大幅に下げるために作業分析を行い改善を地道に行うことであったが、CEの考え方では故障はさけられないのであれば、最初から車を修理しやすいように設計をすれば、現場の修理コストは低減でき、企業全体としての収支は改善されるのではないかと言う物だ。車の製造ラインの設計においては車の製造方法を確立してからその仕様を修理担当の部門に渡し、修理方法のマニュアルを作成させるという物であったが、CEの場合は、修理担当者が車の基本設計の段階からチームに加わり、修理しやすいように設計を進めていくという考え方だ。

また、従来の製造ラインはコンベアーで時間通りに作業を進め、各担当者の個人的な技量の差がでない物にしようと言う考え方であった。しかし、この製造工程の仕組みは人間否定であり、作業者の労働意欲を減退させる物であり、米国においては労働者階級の労働意欲が減退し、車の品質を大幅に下げ、競争力を失わせることとなった。日本でも同様の問題が生じ、現在では自動車産業でもコンベアーを使う流れ作業方式から、セル方式と言って各部署で作業者が複数の作業をチームワークで達成させ、完成品には担当者の氏名を入れるなどの作業者の意識を高揚させる仕組みを取り入れるようになった。このセル方式は現在ではほとんどの工場生産の仕組みとして取り入れられるようになった。

8)外食産業の変化

日米の外食産業は成熟期を迎え大きな変化を生じている。それは物余りによる客の要望の多様化だ。社会が豊かになり、人々は各国を自由に旅行し、世界中の美味しい料理を体験すると、従来の外食産業に対して味の変化を求めるようになる。それが、ハンバーガー業界におけるビーフハンバーガーだけのメニューから、チキン、ポークの素材や、場合によってはライスメニューの追加であり、洋風ファミリーレストランのおける和風メニューの追加だ。

しかも、従来は寿命が長いメニューであったが、客の要望により追加されるメニューの寿命は短く頻繁に変更をしなくては行けない。比較的寿命の長いメニューを持っているファーストフードでも客の集まる場所、空港、ショッピングセンター、食品スーパー、学校、企業給食、遊園地、等への出店をするようになり、従来よりも多様の、小型軽量の店舗を作らざるを得なくなってきた。

ファミリーレストランでは顧客の本格嗜好に対応するために洋風ファミリーレストランで和風メニューを出すという小手先の対策でなく、和風レストラン、中華レストラン、居酒屋、ビュフェレストラン、焼き肉、回転寿司、等の専門店の展開を行わざるを得なくなってきた。好むと好まざるに関わらず、マルチコンセプトに取り組まざるを得ないのだ。しかもその新業態の寿命は日に日に短くなっている。生産性の高いシステムを時間をかけて構築したときにはその業態の寿命はつきているという矛盾が多々生じている。

つまりIEという生産性を上げる手法は工業生産においても過去の遺物であり、変化の激しい現代では外食産業でも生産性の向上には新たな手法であるCEの手法を用いなければならないと言うことがおわかりいただけるだろう。

マルチコンセプトの開発手順のように新業態を考案し、開店につなげていくわけだが、上記のステップを考えただけで12ステップもある。従来のような縦割りの仕事であると各部の仕事が終了してから次の担当部署に仕事を回し、それから検討を開始するという役所仕事になってしまう。そこで各部が一緒に集まって平行してそれらの検討を加えることで、新業態の開発のスピードはより早まるのだ。

9)外食産業におけるCEの取り組み方

新業態を作る際に担当を明確に分けた流れ作業ではなく、プロジェクトチームを作成し、上記の担当者を最初から仲間に入れて作業分析を行っていく。

プロジェクトチームの人員は7名までだ。できたら5名くらいが望ましい。余り人数が多いと参加するだけで自分のアイディアを言わない人間が誕生してしまうからだ。なお、プロジェクトチームは所属する部署の利益代弁者ではなく、プロジェクトチームの利益代弁者となる。よくあることだが、各部署の責任者が新業態の動向を知りたくて、部員を参加させ、報告を義務づけ、何か決定する場合は部署の責任者の承諾を得るようにし、プロジェクトに対して影響力を保持しようと言うセクショナリズムを生じる。

プロジェクトチームに選出された者は所属の部署の意向を聞きながら仕事を進めるのではなく、自分の考え方でプロジェクトを進めていくようにする。勿論、プロジェクトの成功も失敗も責任を負う必要がある。このように権限を大幅に与えてプロジェクトを進行することが正否の鍵を握っている。

そして新業態のアイディアができあがった際には、マニュアルから生産性の高いキッチンシステムまでできあがっていなくてはならないわけだ。

勿論プロジェクトを成功に導くためには、プロジェクトチーム参加者の能力が重要だ。プロジェクトチーム参加者は会社内の各部の全ての業務と作業を知っていなければ行けないからだ。そのために普段から人材育成でだれが何時どの部署をどの位経験させるかという人材育成カリキュラムを作っておく。これをキャリアプランと言い会社の活性化のために本部が備えなくては行けない人材育成のプランニングだ。

以上

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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