マルチコンセプトの時代のマニュアルと教育システム
21世紀に向けた本部のあり方 第3回(商業界 飲食店経営2000年3月号)
1)マルチコンセプトとは変化への対応だ
第一回目でこれからはマルチコンセプトの時代だと申し上げた。しかし、本部を軽量化しながらマルチコンセプトを実現しようとすると、店舗現場のQSCが乱れ、売り上げや利益の減少という問題を抱えると言う危険性を孕む。
本部を軽量化する上で、店舗運営部などの攻撃的な部や、クリエイティブな部門は残して良いというと、真っ先にリストラの対象にされがちなのが、教育部門やマニュアル作成部門だ。マニュアルは一度できあがっているから不要だ。店舗のサービスを考える上でマニュアル人間になるのはいやだからと言う理由で、マニュアルに基づく教育システムを廃止する例を見かけることが多い。教育されている人間がいるうちは問題ないが月日が経過し、教育された人間がいなくなると、店舗のQSCはあっという間に低下してしまう。
外食産業の勃興期は各外食産業のトップが海外を視察し、その進んだ文化や店舗形態に目を見張り、それを日本に翻訳して持ち帰りチェーン展開を図った。海外の文化に飢えた顧客に、海外のフレーバーを味あわせ、それらの外食店舗で外食することはあたかも、海外のレストランで食事をする、いわゆる異文化、異空間に身を置くという経験でもあった。料理、店舗外装、店内内装、ドライブイン形態、サービスの方法では受付の担当者がテーブルを案内するなど、日本にいながら海外のレストランで食事をするという雰囲気を味わえたのである。
その食事体験を提供するという斬新な手法で、マクドナルドやすかいらーくなどのFFやFRなどの単一の業態や店舗デザイン、絞り込んだメニュースタイルで、20年以上顧客の支持を受けてきたのだ。
しかし、現代のように豊かな社会になり、年間数千万人の人が海外に出かけ、現地の本物のレストランを経験するようになると、まがい物のレストランか、本物のレストランかが理解できるようになる。従来のように何十年も同じコンセプトが通じる時代ではなくなってきている。その本物志向の顧客の要望に応えるためにマルチコンセプトが必要になってくるわけだ。
マルチコンセプトというのは単に多業態化と言うことではない。目が肥えた本物志向の客の嗜好を常に正確にとらえ、顧客を満足させる手法が、マルチコンセプトであり、各業態の中で常に客の嗜好の変化をとらえ、メニュー、サービス、店舗内装などを進化させなくてはいけない。従来のようにハンバーグ定食で何十年も商売をすることは許されない変化への対応の時代なのだ。
しかしマルチコンセプトは単なる多業態化だけではない。1000店舗を越えるようになるファーストフードなどの業界では、通常の店舗のままで多店舗展開をすることは既存店の売り上げを犯すことになり、かえって、利益率が低下するという問題を抱えている。
従来の店舗は独立店として店舗を構え、客はわざわざ足を運ぶというスタイルだった。ショッピングセンター、学校、職場、病院、空港構内、等の閉鎖的な場所にいるとファーストフードを食べたくてもそこに店舗がなければ、わざわざ外部のファーストフード店舗に足を運ぶことはできないので、利用できなくなる。そこで、ショッピングセンター、食品スーパー、学校、職場、病院、空港構内、等の閉鎖商圏にいる客の方に店が出向くと言う経営手法を用いるようになった。その手法により既存店と競合することなく、店舗数と売り上げを向上させることが可能になった。しかし、閉鎖商圏では営業時間や、売り上げ規模の小ささなどの制約がある。そこで、損益分岐点を下げるべく、小型店舗、セルフサービス、アルバイトでの運営などの手法を取り入れている。つまり、一見同じファーストフード店舗であっても実は、マネージメントスタイルや商品提供方法が多様化しているのだ。これも一つのマルチコンセプトなのだ。
このようにマルチコンセプトは単なる多業態化だけではなく、顧客の要望に答えると言うことであり、別の言葉で言い換えると「変化への対応」と言える。
その変化を続けていく業態にあって、利益も考えていくとアルバイトやパートタイマーの活用というのはさけて通れないのだ。アルバイトやパートタイマーという未熟練労働者を抱える一方で、マルチコンセプトという常に変化を遂げる店舗運営方針に対応するには、マニュアルに基づくトレーニングの強化だけでなく、常にマニュアルを進化、改善するという必要がでてくる。
2)現状のマニュアルの問題点
外食チェーンで使われているマニュアルを見てみると、相変わらず、白黒の文字を印刷した紙をバインダーに挟んだ分厚い物と、アルバイトに作業を目で見て覚えさせるためのVTR教材だ。マニュアルの製造コストはかなり高価であり、一冊の印刷代だけで数万円のコストとなるし、VTRの制作コストも外部にきちんと委託すると一本の制作費で100-300万円のコスト+VTRのマテリアルコストがかかることになる。従来の同じ経営形態であれば、高価なマニュアルやVTRであっても10年間くらい使えれば問題はなかった。
しかし、業種、業態を頻繁に変更したり、メニューの変更、調理方法の変更、食材の変更、サービスの変更、会計システムの変更、Posの変更、等の都度に更新をして、常にアップ・ツー・デートしなくてはならない。本来は一冊に製本する方が安いのだが、変更の度にすべて印刷するのは不経済なので、バインダー方式にしているわけだ。バインダー方式は更新に向いているのだが、度重なるマニュアルの変更を行っていると、使っているマニュアルの変更を忘れたり、紛失したりして、各店舗で統一したマニュアルを使っているかどうかの確認ができなくなる。面倒くさくなって更新を怠ると、現状の作業とあまりに異なるマニュアルに辟易し、全く閲覧しないで神棚に飾っておいたりするようになる。
VTRも同じだ。店舗のサービス方法をVTRの動画でわかりやすくしても、ユニフォームが替わったり、料理や皿、ドリンクがセルフサービスになったりの変更があると違和感を感じるようになる。ユニフォームが替わっただけで違和感があるが、現在のアナログ形式のVTRではその部分だけの変更というのは不可能だ。全部作り直す必要がある。
VTRなどを作り直すには一本数百万円の制作費がかかるだけでなく、制作するのにはマニュアルを作る以上の労力が必要で、普通のチェーンであっても年間5-6本のVTR教材を作成するのがやっとだろう。
3)マニュアルの作成方法の分析
ではその大変なマニュアル作成の行程を分析し、改善できるかどうか検討してみる。
マニュアルの作成行程
- 商品部や運営部などが新商品、新サービスの考案をする。
- 運営部がオペレーションの検討をし、改善点を提案する
- 商品部や運営部は改善点を検討し、新規にテストを行う。
- 教育部(マニュアル担当)が商品部や運営部の作成した手順に従ってマニュアルを作成する
- 商品部、運営部が、その内容をチェック
- 問題があればマニュアルの内容を変更する
- 作成した文面、写真を印刷業者に渡し、校正作業を行う
- 校正マニュアルを、教育部、商品部、運営部、で検討する
- 校正は3回ほど行う
- マニュアルを印刷し配布する。
- 印刷したマニュアルを点検し、ミスプリント変更があれば、変更用のプリントを作成準備する。
- 商品やサービスの変更がある場合には上記の手順で追加、変更のマニュアルを作成する。
- 店舗に差し替えのマニュアルを配布する
- 運営部は定期的に店舗のマニュアルを最新のマニュアルの内容か、紛失は無いか確認する。
- マニュアルを読んで学んだことを確認するためにテストを作成する
- テストを実施し、採点を行う。
以上の行程は新商品、サービスの出現により常時発生し、そのたびに同じ作業を繰り返す。
VTRの作成行程
- 教育部は印刷されたマニュアルに基づいてアルバイト教育用に台本を作成する。
台本には登場人物を設定し、その服装、場所、撮影するアングル、話す内容、示す作業 を明記する。各コマでの撮影時間も明確にする。
通常はVTR作成会社の担当者を加えて専門家に台本を作成してもらう。 - 台本を商品部、運営部で検討する。数回検討を加える
- 台本に基づいて絵コンテを描いてもらい、さらに検討を加える。
- 撮影を行う撮影は専門のスタジオに調理器具、店内のセッティングを行い、あたかも店舗で撮影しているかのように見せる。
- 調理などの撮影にはフードスタイリストを使用する調理の場合見栄え、色合いを出すためにはフードスタイリストにより綿密な調整が必要 になる。
- 撮影は複数カットを撮影し、選択できるようにする
- 撮影した複数のカットから選択し、編集を行う。
- 仮のテープを担当部署で検討する
- マスターテープを作成する
- マスターテープから複製を行う
- 店舗に配布する
- VTRテープを見せるだけでなく、学習状況をチェックするためにテストを作成
- 見せた後にテストを実施し、確認する。
- 定期的に店舗の保管状況を確認する
- 時々VTRを点検し、変更箇所があれば説明用の文書を作成し、見せた後に説明できるようにする。
本部のトレーニングセンターの作業
- 授業用の台本を作成する
作成されたマニュアル、VTRを元ににトレーニングカリキュラムを作成し、授業の台本を作成する。台本には、授業の趣旨、目的、大事なポイント、等を明記し、授業で使 用する教材、マテリアルなどを明確にする。一般的にマニュアル、VTRの作成者とトレーニングセンターの担当者は異なる場合が多いので、最初からマニュアルを読みこなし、VTRを全て閲覧する。 - >OHPの作成
授業のポイントを明確にするようにオーバーヘッドプロジェクター(OHP)を使用するので、その原稿を作成し、OHP用紙に焼き付ける。用紙は専用の台紙に貼り付けナンバーを記入する。台本にOHPのナンバーを記入していく。 - ビジュアルな教材の準備
場合によっては授業用の専用のVTRテープを作成する。詳細に作業を説明するにはスライドを使用するので、店舗の作業をリバーサルフィルム で撮影する。リバーサルフィルムによる撮影は露出の制度を要求するので、一枚のカッ トに付き数枚の露出を変更した写真を撮る。現像に時間がかかるので撮影に失敗した場 合にはもう一度日時を設定して撮影を行う必要がある。できあがったスライドフィルムを選択し、切り取り専用のマウントに入れる。マウントに入れたスライドにナンバーを降り、スライドカートリッジにはめ込む。スライドを試写しながら台本にナンバーを記入していく。 - トレーニングセンターの設備
トレーニングセンターには専用のスライドプロジェクター、オーバーヘッドプロジェク ター、VTRデッキ、映像をはっきり見せるために窓には電動の暗幕、照明は蛍光灯と 、照度を調整できる白熱灯(ダウンライト)の設備、等、かなりの仕様が要求され、専 門の教室を本社に設ける必要がある。 と言うように膨大な量の作業と設備が必要であり、一つの商品やサービスを変更するだ けで膨大な作業量とコストがかかることになる。
4)マニュアルの作成方法の軽量化
マニュアルの作成方法の軽量化には2つの手段が必要になる。
- 作成者の削減
現在の手法だと商品開発、運営部、教育部がそれぞれ担当して、作業を分担して行う、それぞれの担当者がまず作業を理解してから検討、作成をしなくてはいけないと言う無駄を生じる。さらに、マニュアルを作るにはまずインダストリアルエンジニアリングによる作業分析をすると言う誤った考え方が信じられている。インダストリアルエンジニアリングという言葉は過去の言葉で、現在では死語となっている、無駄の多い作業なのだ。
現在の作業分析の手法は、新商品、新サービスを考案した時点で作業分析を行いながら新商品、新サービスを考案し、同時にマニュアルも作成し終わるという、コンカレントエンジニアリングの手法を使用する。
これにより少数の人間でマニュアル作成を行うことが可能になり、迅速なマニュアルの変更が可能になる。 - 紙から電子の媒体に変更する。
紙やVTRと言うアナログの媒体から、パソコンを使用した電子媒体にマニュアルを変更する。文書も画像も動画もパソコンを使用し、作成し、配布はCDRというCDに焼き付けて配布する。CDRのコストは200円もしないのだ。
電子媒体を使用することにより配布マテリアルのコストを下げるだけでなく、作成時間 を大幅に減少し、マニュアルの作成と同時に映像教材、トレーニングセンター用の教材 を作成することができる。
5)パソコンを使ったマニュアルの作成方法
パソコンでマニュアルを作成するにはいくつかの注意点がある。
- 作成するパソコンを統一する。
社内で使用しているパソコンの種類(DOSV機、アップル、98等)をDOSV機に統一する 。特にワープロ専用機はデーターの互換性がないので早急に廃止する。DOSV機に統一する理由は性能が良いという理由ではなく、世界で最も流通しているからという理由だ。共通して作業ができるというのが条件となる。 - ソフトの統一
パソコンと同じく世の中で最も使われているソフトを使用する。基本的にマイクロソフト社のソフトを使用し、マニュアルなどの文章はワード、レシピー原価管理は計算ソフトのエクセル、映像用のソフトはパワーポイントを使用する。基本ソフトはウインドウズ98または、ウインドウズNTを使用する。アプリケーションソフト(ワープロなど)はマイクロソフトのオフィス2000を購入するとワード、エクセル、パワーポイントが入っている。その他、画像処理などはアドビ社の物を使用する。 - ソフトの使い方
マニュアルの文章はワードで作成する写真はデジタルカメラを使用する。デジタルカメラは画素数200万画素数以上の物でレンズがシャープな物を使用する。料理の撮影も行うので接写ができる物が必要。
デジタルカメラで撮影した画像を用いて、アルバイト用のビジュアル教材をパワーポイントで作成する。文章はワードで作成したマニュアルの物を使用する。デジタルカメラの場合にはリバーサルフィルムと異なり撮影直後にノート型パソコンに取り入れ、画像のチェックを行える。問題があればその場で取り直しができるから時間の節約が可能だ 。
パワーポイントは同時にトレーニングセンターで使用する物も作成する。アルバイト用の物にもう少し詳細な画像と文章を付け加えればすむ、
6)最低限必要な設備
- パソコンはノート型が1台(30万円)
- イラストや画像の取り入れに、スキャナーを1台(5万円)
- カラープリンター1台(4万円)
- CDRレコーダー1台(4万円)
- デジタルカメラ1台(9万円)
- デジタルビデオカメラ(20万円パソコンに取り入れる際のアダプター1個(3万円)、等、
- その他にオフィス2000と画像ソフトなどで(15万円)
- トレーニングセンターで使用するパソコン用のオーバーヘッドプロジェクター(40万円)
合計130万円以内で収まる。
店舗には教育用のビデオとモニターの代わりにパソコンを設置する。店舗のパソコンはデスクトップの10万円クラスで十分だ。
7)電子媒体の使い方と効果
- 作成人数の削減
少人数で作成が可能になる。 - 作成時間の削減
簡単なマニュアルなら1日で撮影から作成まで可能。 - 更新が容易でコストダウンが可能
教材のコストが安いので気楽にマニュアルの更新が可能。本部とインターネット経由で各店に作成後直ちに配信し変更が可能だ。 - 店舗のトレーニング教材は何時も最新に
作成したマニュアルやCDにファイルの製造日やロットナンバーを記憶させることにより最新の物かどうかの確認が容易。本部からインターネット経由で送信することにより、確実に更新をさせられる。 - 配布コストが低減
教材の配布はCDRを郵送すればよいのでコストが低いし、SVがもって歩いて配布やパソコンにインストールするのが容易である。インターネット経由で送信すればもっとコストダウンとなる。 - 教育効果の向上
店舗でパソコン使い、従業員が自習、復習を何時でも行うことができる。
プログラムをうまく組めば、一つの画面を見た後でテストを行い、自動採点し学習効果を測定できる。必要ならその場で復習が可能。すでにNRA(米国レストラン協会)や米国の問屋では飲食店向けのトレーニングCDを販売し、店舗で学習、効果測定を可能にしている。米国レストランチェーンでも導入を開始しており、多くのトレーニングセンターのプレゼンテーションソフトはパワーポイントが使われている。 - トレーニングセンターが不要
ノート型パソコンと軽量のデジタルビデオカメラ、パソコン用オーバーヘッドプロジェクターだけで、文章、画像、動画、を映し出せるので、専用のトレーニング教室の必要性が無くなり、トレーニングが必要な時だけ会場を借りて行えばよいので固定費が大幅に減少する。
以上
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。