地区部長の最も重要な仕事は人材育成だ

フードサービス地区部長の仕事 第2回(商業界 飲食店経営2003年)

地区部長の仕事で最も重要なのは人材育成だ。人材育成といっても店長やSVの頃の人材育成とはちょっと異なる。店長であれば社員で3名、アルバイトを入れても60名。SVでは直接の部下の店長で多くても10名、アルバイトを入れても600名位だ。しかし、地区部長は社員だけでも、SV10名、店長100名、社員200名の人材育成が必要になる。当然、それらの社員一人一人までマンツーマンで人材育成は出来なくなり、より効率的な人材育成が出来るように、人材育成システムをキチンと構築する必要がある。
優れた人材育成というとマンツーマンのスパルタトレーニングを連想しがちだが、人材育成の基本は本人が学びたいという自己向上の意識を持たせることだ。本人がやる気を出さなければ、幾ら素晴らしいトレーングや教育の機会を与えても、知識を脳味噌に吸収しないし、技術も身に付かない。
実際に店長の仕事に就いてから悩み、何かを学ばなければいけないと自覚して、学ぶ姿勢を持ったときに、タイムリーに研修の機会を提供すると乾いたスポンジが水を吸収するように学習してくれる。その、学びたいという気持ちを持たせる環境を作ることが地区部長の最大の仕事だ。
1)従業員の勤務経験の記録、人の組み合わせ
人それぞれの適性が異なり、従業員それぞれに応じた教育が必要であるという認識を持たなければならない。自分の経験だけを元にしたワンパターンのスパルタ教育を施すと伸びる部下もいるが、脱落する部下もいて効率が悪い。なるべく多くの部下の能力を伸ばすことが自エリアの店舗のQSCを高める上で必要になる。
そのためには、部下を知る(経歴を把握する)ために、全従業員の履歴書に目を通し、面接を実施、適性を判断しなくてはいけない。そして、彼らに必要な知識、教育、経験をどのように与えるかという教育の処方箋を書く。入社時の履歴書では現在の会社に入る前の経験を知ることが出来るが、入社後の仕事の状況はわからない。そこで、入社以来の、配属された店舗、一緒に働いた店長、同僚、SV等の記録に目を通す。
店舗の場合は、売り上げの高い繁盛店を経験させることは勿論必要だが、繁盛店は案外簡単だ。声がでかくてリーダーシップが高ければ何とかなる。難しいのは売り上げ不振店だ。店舗のQSCを見直し、損益計算書を綿密に計算し、経費削減を行いながら同時に、販売促進にお金と労力をかけなくてはいけない。一人前の店長になるには少なくても繁盛店と不振店、都心型と郊外型の店舗を経験させ、場合によってはモラルの低い店の建て直しや、客層が悪くて売り上げが悪い店の建て直しなど色々な経験が必要だ。立派なマニュアルでは学べないリアルの実務経験を積ませることが大事なのだ。

店舗の現場で仕事を覚える場合には必ず師匠が存在する。店舗では、数多くの、店長、同僚マネージャー、SV、と一緒に仕事をする機会がある。人はそれぞれ得意不得意がある。ある店長はサービスが素晴らしいが、調理が苦手だったり、ピーク時の店舗運営はものすごくうまいのだが、きめの細かい販売促進の経験がない、等、人には得意不得意と個性がある。仕事を覚える場合には一緒に働く店長や同僚マネージャー、上司のSVの仕事を見て覚える場合が多いはずだ。つまり、従業員がどんな能力を身につけたかは、どの店舗を経験し、どの店長、同僚マネージャー、SVと仕事を一緒にしたかで判断することが可能といえる。
人間はチームワークで働く。組み合わせによっては旨くいかない場合もある。両方とも優秀な人材でも水と油の正反対の性格ではかえってマイナスの場合もありうる。それらの組み合わせを考慮し、5年先までの将来を見据えた、人材配置構想をじっくり練るのが地区部長の仕事となる。

どの店にだれと働いていたかだけでなく、その際の評価はどうだったか、損益計算書の数字はどのように変わったか、アルバイトの教育レベルは、QSCの評価はどうだったか、など、それらの業績の評価推移も在籍した店舗とともに一覧できるようにするとよりきめの細かい管理が可能になる。
また、仕事上の経験だけでなく、大学時代の得意科目、専攻、前職で何をしていたか、等、本人の能力に関係することを把握しておく。外食の人材で不足 しがちなのはエンジニアリングや会計、法律などの専門能力だ。経理や総務、
法務、人事、店舗設計、コンピューターソフト作成、等の専門家が不足している。前職でそれらの経験がある場合には店舗の経験を十分に積んだ後、専門職に就かせると店舗の運営状況を頭に描きながらそれらの専門職につくので本社本部と現場の実体が乖離することがなくなる。

また、専門の知識だけでなく、本人の家庭状況を把握しておくべきだ。兄弟の人数や、長男の場合将来親と同居しなくてはいけないか、出身地に何時か戻る必要があるのか、転勤の際の家計に深刻な影響を与える持ち家状況、等だ。それらの細かい点までトラッキングし記録に残しておくと将来の人事異動の際に大変参考になる。それらの個人的な状況を把握しないで人事異動を勝手に行うと、仕事で満足しても処遇で不満を持ち、ついには退職をするという問題を引き起こす。個人的な情報までも人事記録に記載し、上司や上の階級であればだれでも閲覧できるようにしておくと仕事以外の不平不満が削減することが可能になる。
2)人事システム構築時の注意
人事システムの構築時に上記の内容をトラッキングできるようにしなくてはいけない。人事システムというと給与と昇進などのみを考えがちだが、評価の流れ、給与の流れだけでなく、配属店舗、配属日、配属日タイトル、昇進年月日、配属店舗の店長、担当SV、家族構成、親との同居の必要性、持ち家、賞罰の履歴、前職、学歴、仕事上の能力(語学、資格、得意分野)等を記載する。
人事システムを構築する担当は人事部や情報システム部などであるが、彼らに店舗勤務や人材育成の経験がない場合、人事システムに給与と昇進昇格のトラッキングのみしか組み入れない場合が多く詳細な内容が欠如してしまう。後からソフトを修正しようと思っても、それらを組み入れるには大変な労力と多額な費用が必要であり、殆どの企業はそれらのトラッキングを人海戦術で行うか、諦めてしまう。企業経営において人材育成が重要だと声を大にする企業は多いが、それを実践する企業はほんの少しである。
3)抜擢
部下全員に公平に教育の機会を与えるのは不可能だ。公平な人事と効率のよい人事とは相反する。公平な人事を行うというと、それぞれの従業員の能力に関係なく同等の教育やトレーニングの機会を与えようとする。しかし、能力のある従業員にはどんどん教育やトレーニングの機会を与えた方がより早く伸びるのだ。多くの企業は昇進や教育システムにおいて、例えば、中堅社員教育は入社何年しないと駄目だとか言う年功序列を取り入れる場合が多い。それらの年功序列的教育は平均的な従業員の能力をベースに行うので、能力のある従業員に取ってはかえって不公平な教育システムとなる。それぞれの従業員の能力、やる気、実績を詳細に見ながら、ちょっと早めのトレーニングの機会を与えることが、優秀な従業員を短期間に育成する秘訣だ。それを抜擢と言う。抜擢とは通常の従業員の1/3位の短期間で育成を行うシステムだ。

人材育成に当たってはだれが最も早く店長やSVになれるかを見極め、優先順位をつけ、年功序列でなく、最短距離で管理職になれるような店舗配置と上司との組み合わせを考える。この見極めが地区部長に取って最も重要な仕事となる。SVまでの育成には2~3年かかる。ここで、それぞれの人材の素質を見極め効率よく経験と教育の機会を与えていかないと後で、人材難という難題に直面する。

(続く)

お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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