フードサービス地区部長の仕事の定義

フードサービス地区部長の仕事 第1回(商業界 飲食店経営2003年)

チェーン企業として成長するためには100店舗の壁を越えないとならない。しかし、100店舗を越えて店頭公開の準備を開始する頃になると、企業の効率や利益率、人材育成の速度が急減速してしまう例が多い。店舗の管理を陣頭指揮していたカリスマ経営者が、店頭公開の準備に没頭せざるをえなくなり、店舗管理が甘くなり、売り上げや利益率が低下するという問題を抱えるわけだ。この規模になるとカリスマ経営者に成り代わる店舗管理者が必要になってくるのだ。その役割を担うのが地区部長や統括部長、地区営業部長、地区運営部長などと呼ばれる6名から10名のSVを管理、教育する職種だ。(以下、地区部長と省略)

では、地区部長の仕事とはなんだろうかその職務内容を見てみよう。

<仕事の範囲> 理念だけでなく、金に対する執着心だ。
当社の経営理念と指針を店舗社員とSVに公平で率直かつ正直な態度で伝え、前年対比及び予算対比の売り上げと、予算に計上した利益を守る。SVまでは企業の理念や指針をキチンと守り、料理の品質、店舗の衛生と清掃状態、サービスレベル等、を決められた通り守ることだけが要求されるが、地区部長になると最終的な売り上げ高と利益の確保が要求される。カリスマ経営者がカリスマでいられるのは、部下の社員に対し過酷な売り上げと利益の確保を要求し実現できるからである。地区部長がカリスマ経営者と同様に売上高と利益に執着しないと企業の繁栄が望めないのだ。

100店の規模を越えると地区部長を何人かかかえることになる。全国展開を目指すと、それぞれの地区の経済状態や競合は微妙に異なり全社的な方針や対策が全国では通じない。会社トップの立案する経営方針を元に各地区で最適の経営方針をうち立て、全社としての利益だけでなく、まず、自らの地区の売り上げと利益を死守することが大きな責務だ。売り上げの低下を予測すれば、予算にこだわらずに直ちに、経費をカットし、予想利益率を確保するという迅速な利益への対応が必要である。そのために地区部長の単位をプロフィットセンターと呼び、独立した利益管理の単位としてとらえるのだ。この機能がしっかりしていれば、例え売り上げが下がっても利益率だけは確保する事が可能になる。

<目的> 辛抱強い中間管理者たれ
会社の基本的な経営方針を地区部長担当地区の全社員に正しく伝え、担当地区の意見と要望を会社全体へ反映させ、会社発展に寄与する。地区部長は経営者の分身であり、自分の担当地区に対して経営方針を正確に伝えるだけでなく、外食戦線最前線の店舗の状況、対策、問題点、等を店舗から収集し、対策を経営者や経営陣に正確に伝えなくてはいけない。

急成長している企業のカリスマ経営者は自らの経験だけに頼り、部下の意見を素直に聞かない場合が多い。地区部長の大きな職務はカリスマ経営者を納得させるだけの資料をわかりやすく準備し懇切丁寧に説得することだ。カリスマ経営者は性急な判断と実行を要求し、場合によっては会社全体に悪い影響を与えたり、利益を低下させる指示をする場合がある。その指示が誤っていると思われる場合は慎重に検討テストを行い、問題点をわかりやすく経営者に伝えなくてはいけない。カリスマ経営者に激怒されるからといってイエスマンになってしまっては何時かの時点で会社は立ちゆかなくなる。勿論あからさまに反旗を翻し、首になってしまっては元も子もないから、カリスマ経営者の考え方を理解しながら、じっくりと説得をする辛抱強さも兼ね備えなくてはいけない。この難しい機能が地区部長の最大の責務なのだ。

一番いけないのは店舗を訪問した経営者がその現状に激怒して地区部長を怒鳴りつけた場合に、自分が怒鳴られたのと同じ内容を部下にぶつけることだ。経営者が怒鳴りつけた内容を反芻し、何が問題だったか、自分が過去に下した判断が経営者の怒りをかったのではないか、等、まず自らの過去の仕事内容を分析し、次ぎに部下のSVや店長、パートアルバイトの仕事を分析しなくてはいけない。そして、部下の仕事に問題を発見したら、何故その問題を発生するのか、教育が不足しているのか、従業員人数が不足しているのか、施設が老朽化しているのか等、店舗の状況を判断して、冷静に問題解決に当たるという辛抱強さが必要になる。部下はそんな辛抱強い地区部長に信頼を寄せるようになるだろう。地区部長に一番必要なのは部下からの信頼なのだ。

<資格と必要な経験> 経験と影響力、そして全社的な見方ができること
1)経験と成果
社内における店舗運営の実務、店長、SV、店舗教育担当、を経験し、十分な成果を収めていること。この段階で注意をしなくてはいけないのは企業が急成長を遂げる中で自社の社員の能力不足により、他チェーンの地区部長経験者などを採用することだ。外食産業の経験があるからといって店舗の実務を経験させず、即座に地区部長という管理職に任命してしまう状況を見受ける。しかし、店舗の現状を把握しないまま自らの違った経験を元に指導、指示を与えると、店舗現場の人間から反発を受けることが多い。また、他チェーンの地区部長であっても本当に優秀であったとは限らない。能力がないから評価されず転職したかもしれない。他チェーンで能力がない地区部長を採用し、店舗現場の仕事を再教育しないで仕事をさせてもうまくいかないだけでなく、社員の中で軋轢を生じる危険がある。外部から地区部長候補を採用しても、まず、店舗の作業、店長業務、SV業務を短時間でよいから経験させ、その適性を判断しなくてはいけない。必要な経験の期間は最低でも1ヶ月から最大で1年間が適当だ。

地区部長は店舗の問題点を解決する必要があっても管理必要な店舗数が膨大であり、自ら店舗の改善に乗り出すことは難しい、店舗の問題を解決するために,SVや店長の実務能力ややる気、モラルを向上させることが大きな仕事である。そのためには店長やSVの教育カリキュラム、評価制度をキチンとフォローし、彼らが良い成果を上げられるような教育を施すことが必要だ。カリスマ経営者は店舗で怒鳴ったり、アジテーション演説を行ったり、陣頭指示をしたり、という手荒な手段で店舗を引っ張っている。それと同じ仕事をしてはならない。カリスマ経営者の大きな役割は父親としての指針を与えることであり、父親の指針に対して部下の店長やSVがその指針を実行できるように、きめの細かい教育を施すのが大きな仕事なのだ。

そのためには社内教育部門の仕事の経験が必要である。店長やSVの職務の時には部下に無理難題を言っても聞き入れてくれる。それは、生殺与奪の権限を持った上司の言うことは聞かないといけないと言う地位による強制だからだ。上司が下すロジカルでない命令であっても言うことを聞かざるを得ないのだ。
ところが上司でない教育担当者の場合、教え子の店長やSVに指示をしても上司でないから聞いてくれない。彼らがなるほどと納得する内容や論理的でわかりやすい指示を伝えないと効果がないのだ。そんなロジカルなわかりやすい指示をする練習が出来るのが教育担当者の経験なのだ。

また、店舗数を100店舗以上持つと言うことは1店舗20名の従業員でも2000名の部下を持つことになる。それらの従業員に会社や地区の方針を伝えるには、一対一の面談では時間が不足する。全員を集めたコンベンションや、SV別の従業員会議、店長会議などの集合教育や情報伝達の能力が必要になる。一対一の経験を幾ら積んでも、人前で話すと上がってしどろもどろになってしまう。大勢の人前で話す経験を積む必要がある。大勢の人の前で効果的にプレゼンテーションをするには、スライド、チャート、パソコンによる画像、パワーポイントなどのパソコンソフトを使いこなせる知識と能力も必要だ。自らの言葉だけでなく、書物や新聞などからの引用、テレビ番組などの活用、等、幅広い情報収集とプレゼンテーション能力が求められる。この能力は直営店を管理していてもなかなか身に付かない。集合教育をしなくてはいけない立場、つまり、教育部門の経験が必要なわけだ。

出来ればもう一つの経験を積むと良い。それはフランチャイジーの指導だ。もし自社でフランチャイズチェーンを展開していたらその指導を経験させることだ。社員は基本的に上司の言うことを聞かざるを得ないが、独立した経営者である社会経験の豊かなフランチャイジーを従わせるには、ジーが納得できる指示を丁寧に説明する、すなわち説得の技術が必要になるのだ。場合によってはジーの資金繰りへの協力、子供の就職、家庭の問題までコンサルタントとしてつき合わなくてはいけないという、辛抱強さを求められるからだ。その辛抱強さと根気、丁寧な説明能力を身につければ部下に対する指示、教育はより的確になり、信頼も勝ち取ることが出来るのだ。

2)上司や社内へ具体的な影響力を出せる。
地区部長はカリスマ経営者と同じ影響力を持つ必要がある。自分の担当エリアの成果だけでなく、その成果を元に他の地区部長や他部門の管理職に対してもその良い影響力を発揮でなくてはいけない。自分の成果を守るために何をしたかを同僚の地区部長や管理職に教えないと言う偏狭な考え方の管理職を見受けがちだ。そうなるとセクショナリズムに陥り会社の成長は望めなくなる。オープンな気持ちで自分のノウハウを公開し、さらなるノウハウを開発できる影響力のある人物を選択しなくてはいけない。

例えば、自分の地区で良い販売促進を安価に行うことが出来たとする。他の地区よりも有利な条件で売り上げを自分だけ上げることが出来れば社内での自分の評価が上がる。しかし、その内容を他の地区の地区部長に教えてしまえば自分の優位性がなく、評価が変わらないかもしれない。しかし、地区部長がお互いに協力し、隠し事をしないで、アイディアを共有しないと企業は大きく成長しない。そんな隠し事をしないで自分のノウハウを惜しみなく提供できる、全社的な影響力を持つ事が地区部長に求められる。

3)経営者の代行機能、幅の広い経営判断能力が必要。
地区部長は全社的な見地から、自発的に仕事を進めることができ、問題点を発見し、判断力を働かせて、それを解決する能力がなくてはならない。
SVまではがむしゃらに仕事をする必要があり、他社や競合、経済環境の動向などに気を配る必要はなかった。しかし、地区部長となると場合によっては経営者と同等の知識、見識、経済予測能力が求められる。特に本社本部から離れた地方における展開の責任者となった場合、地区部長は地域への顔の役割を持つ。場合によっては商工会議所のメンバーになったり地元商店街への加盟も必要になる。その場合、地区部長の言動、動向は会社の代表者としてとらえられ
る。また、駅前開発や郊外ショッピングセンター開店などの情報を素早く入手し、自店の店舗開発に生かさなくてはいけない。場合によっては密かに開店を準備している競合の状況を把握し、競合の開店に合わせて自店の改装や強力な販売促進など防衛手段をとらなくてはいけない。

以上が地区部長に必要なおおざっぱな資質を職務だ。次回から地区部長の詳細な職務内容を見てみよう。
(続く)

お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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