業種・業態別動向 「デザートの動向」(日本食糧新聞社 外食レストラン新聞1998年5月4日)
米国では日本と同様の老齢化が進んでいるのと、カロリーの摂取量の多さを反省してか、ヘルシーな料理が流行っている。特に家庭での牛肉などの赤身離れが著しく、より健康的なターキーや鳥料理が流行りだしている。その典型はボストンマーケットであり、ターキーや、チキンをローティサリーオーブンで焼いた物と新鮮な野菜を調理した付け合わせを出して大人気だ。食品スーパーで取り組んでいるHMR(ホームミールリプレイスメント)とかMS(ミールソリューション)というのもボストンチキンに刺激され、あっさりした健康的な食事とたっぷりの野菜を付け合わせにした物だ。
健康志向のせいか食品スーパーも自然食品を扱うホールフーズというチェーンが急成長している。日本の自然食品を扱う店は何か素人が経営しているような汚い雑然とした店が多いが、このホールフーズの最新の店舗はオープンキッチンを備え、HMRを前面に打ち出し、ベーカリーとサラダバーまで備えている。
健康志向の最たる物はたばこの規制で、カリフォルニア州では全レストランは禁煙となり、レストランの入り口の灰皿も離れたところに置かなくてはいけないほどだ。このように健康志向は力強い勢いがあるが、あまり健康志向だけでは面白くない。食事も毎日自然食品で禅僧のような食事では米国のような競争社会では生きてはいけないようだ。そこで健康的なあっさりした食事を補完するかのごとく、よりこくのある食品が人気を持ち始めている。
飲み物の世界では健康志向と飲酒運転禁止の強化によりアルコール離れ現象が見られるようになり、食後の強い酒からイタリアブームを取り入れたエスプレッソが大人気になった。コーヒーが濃くなるだけではなく、マイクロブリュワリーの濃い地ビールが増えている。アメリカのビールといえばバドワイザーのように薄口の軽いビールしかなかったが、現在はボストンビールやアンカースティームなど、エール系の濃いビールをじっくり楽しもうという風になってきたわけだ。ハードリカー離れを起こした人々のうち、ある層はスターバックスのような濃いコーヒーに、そして別の層は地ビールに流れたと言うのがダーク飲料がはやっている理由だ。
では料理を見てみよう。アメリカ料理というのはフランス料理をベースにしながら、ソース類を軽くして、野菜の付け合わせを多くした物で、カリフォルニアフレンチとかいわれているものだ。肉料理などもバターやフォンドボーを使用しないさっぱりしたローティサリー料理が増加している。イタリアンはパスタなどが多く、あまり肉を取らなくてもボリュームを楽しめかつ健康的であるという事で人気が出ているわけだ。バブルがはじけてフレンチのように高額なレストランはあまり行けなくなったと言う背景と相まってフレンチは廃れ、イタリアンが全盛になってきた。
さっぱりした料理を食べてお酒の変わりにエスプレッソ、そして禁煙と来たら従来のグルメの胃袋は何となく物足りなくなり何のための外食かわからなくなる。また、外食に行くレストランの決定権は女性が握っているからその女性の人気を取る必要が出てきた。
そんな難しい環境の中でフレンチが最近見直されてきた。フレンチと言っても料理ではなくフレンチのデザートが見直されてきたのだ。
ニューヨークなどで一番人気の店はオーリオールというアメリカ料理で新鮮な野菜を使った盛りつけの見事な料理で有名だ(アメリカ版ミシェランのZAGATでトップ評価を誇る)。先日、このオーリオールで食事をした。確かにソースをあまり使わない料理法でその飾り付けの見事さで食べさせるのだが、その人気の秘訣はどうも料理だけではないというのが最後にわかりだした。一番見事なのはそのデザートだった。量もたっぷりあるし、出てきたその盛りつけが見事で女性の間からは「ホーッ」というため息が思わず出るほどの見事さだった。
前回紹介したが、和の鉄人3代目の森本氏がシェフを務めるニューヨークのNOBUが人気が出たのは、鮨というエキゾチックな食事の他は前菜からデザートに至るまで和食とは思えないほどきちんとしたコース料理となっているからだ。特に和食で弱かったデザートを完璧なフレンチのパティシェが和風の盛りつけをするという意外性を出し女性に大人気となったわけだ。和食だけでなく米国では今は東南アジア料理が大人気だ。シカゴのレストラン王と言われるレタスエンターテインユー社のリチャード・メルマン氏の(日本ではダスキンが繁盛店のツチバヌーチの展開で提携している。)最新のコンセプトがBenPaoという中華料理店だ。そこでも最後のデザートの量と飾り付けが人気の秘訣のようだ。
先ほど紹介した自然食品のスーパーのホールフーズやサンフランシスコ位置のグルメスーパーのドレイガーズでも入り口の最も良い場所に手作りの綺麗なデザートコーナーを売り物しているのでもわかるように、デザートが客寄せの販売促進効果を持ってきているようだ。
さて日本ではどうだろうか?日本も同様にフレンチからイタリアに勢いが移っているが、そのフレンチの中でも健闘している店がある。フランスで三ツ星を誇っていたロブション氏がプロデュースする恵比寿のタイユバン・ロブションは日本で本格的なフランス三ツ星レストランとして開店以来、大人気を博している。高単価なレストランではあるがなかなか予約が取れないほど大人気だ。その中でもランチは7、500円からと女性に大人気だ。しかし、料理は確かに美味しいのだが、女性にとっては本格すぎて胃に重いという声がある。それなのに人気が絶えない理由はデザートの充実ぶりだろう。毎日10種類以上の見た目にも綺麗な豊富なデザートを用意している。このデザートを食べたさに重い料理を我慢して食べに行くと言うほどデザートにとりつかれた女性客が多いようだ。
リーズナブルな価格のフランス料理を経営している石鍋氏のクイーンアリスの人気が絶えないのも、食べやすい料理だけでなくデザートの盛りつけの見事さからも一因だ。
ホテルのレストランでフレンチではなくて大人気を博したのが、パークハイアットのニューヨークグリルだ。昼のランチは5000円弱と高価ではあるが、女性に大人気だ。元々ニューヨークで人気のアメリカ料理を目指していたわけで、イタリアンの影響が強いローティサリーオーブンを使った料理が多くさっぱりして食べやすいのが特徴だ。悪く言えば物足りないかもしれない。それなのに大人気なのはホテルの最上階という景観だけではなく、オードブルとデザートのブッフェによるところが大きい。イタリアン料理系のカラフルなオードブルだけではなく、見事なデザートの陳列だ。女性が蟻のように群がり食べ尽くしてしまうが、そのパワーに負けないように補充をしている。このデザートを食べるだけで価値があるという女性も多いようだ。
低価格のホテルビュフェで人気のある品川プリンスホテルのハプナの魅力を女性に聞いてみると(11時半の開店前には女性の行列が出来て男性1人ではその迫力にタジタジとさせられる。)他のホテルのケーキとお茶だけの価格と同じ料金で、料理をたっぷりと食べた食後に、友人たちとケーキを食べながらゆっくりと話が出来るのが良いという。
中華料理がブームの中でも色々なコンセプトを打ち出して急成長をしている、際コーポレーションが開いた広尾の胡同四合坊を見てみよう。この店は北京ダックを売り物に隠れ家的な雰囲気で大人気だ。北京ダックの陰に隠れて目立たないが、この店のもう一つの売り物はデザートだ。中華の定番の杏仁豆腐はもちろんの事、ゴマ豆腐等というデザートの味のすばらしさに驚いた。フレンチのパティシェを入れてデザートを作らせているのが、中華料理では美味しいデザートにありつけないと言う不満を持っている女性に大人気の秘密のようだ。
1000円のコースランチ、2500円のコースディナーを食べさせるフレンチの店が多くなったが、店のサイズが小さかったり、厨房のスペースが十分に無くてなかなかデザートが充実していないのが不満だっが。しかし、中野でフレンチとイタリアンの店を5店舗経営しているプロバンスグループでは、1号店のニース食堂の前にあるニースカフェでは女性のパティシェをおいてデザートを充実させている。昼は1200円のランチコースに300円の追加で本格的なデザートが食べられるので大人気だ。筆者が5店舗ある内からこの店を選ぶ最大の理由はデザートだ。フレンチの店は普通2時頃から5時まで閉店しているが、この店は2時でランチを終えた後、4時までカフェタイムで一品料理とデザートを出している。このアイドルタイムにカフェタイムとして営業できるというのがデザートを充実させる最大のメリットのようだ。また、デザートをお土産として販売することにより、客席の能力に縛られずに売り上げや客単価を上げることが可能にもなる。
環太平洋料理で大人気を博しているロイズもデザートは温かい焼き菓子を出して大人気だし、居酒屋でも同様の傾向で、最近東京にも進出してきたチャントフーズではデザートの面白さから若い女性に大人気で、女性客の比率の高い居酒屋として異色の存在となっている。
今後より一層、栄養問題が騒がれる傾向にあり、その物足りない健康的な料理を補うデザートの重要性がますます出てくるだろう。どんなに美味しい料理を出しても最後に出すデザートがお粗末では全体の印象を著しく低下させるからだ。従来はパティシェは料理人の陰に隠れていたが、今後、フレンチの低落傾向とは逆にフレンチのパティシェに脚光が浴びるだろう。美味しいデザートは食後に家庭や友人への土産として求められたり、ランチタイムの後のデザートタイムとしての稼働率の向上を可能にし、不景気の昨今重要な差別化に取って必要不可欠な武器となるだろう。