飲食業界もインターネットの波に乗り遅れるな (日経BP社 日経レストラン1997年3月5日号)
飲食業界もインターネットの波に乗り遅れるな
インターネットが急速に普及し始めている、パソコンの出荷台数はファックスをはるかに上回る勢いで、今後パソコンを使った通信、情報検索がますます盛んになることは確実だ。インターネット上に外食関係では一番使いやすいホームページを開設しているコンサルタントの王利彰氏は「飲食店情報もここ2、3年内にはインターネットで検索されるようになる」と語る。
ただ、王氏は「インターネットはあくまでもサービス。それですぐに儲けようとするものではない。企業の広報誌を作るぐらいの気持ちでホームページを作るべき」とも言う。
加藤
お恥ずかしい話ですが、私も最近インターネットを始めまして、その面白さにのめり込んでいるところです。そこで、外食関係のホームページの中では一番充実したものを作っていらっしゃる王さんに色々お話を伺いに来たのですが(笑い)。まず、王さんがインターネット上にホームページを作ろうとされたきっかけというのは。
王
いや、私もパソコンは奥手でして、正直言ってコンピューターのことはよくわからないんです。4、5年前からパソコン通信のニフィティサーブに入っていまして、その頃はインターネットとパソコン通信の区別すら分かりませんでした。ただ、コンサルティング先のお客様に「あなた、インターネットやってないの。コンサルタントやっていて、それじゃダメじゃない」と、えらく叱られましてね。それでその会社に呼ばれまして、コンピューター担当の方が一日つきっきりで教えてくれまして。それでその簡単さと面白さを頭ではなく、体で知ったというのが始まりでした。
加藤
そのお客さんというのは、どんな会社だったのですか。
王
外食企業です。それで事務所に帰って「インターネットは面白い」と言ったら、「うちでもつながっていますよ」と。「知らぬは私ばかり」ということでした(笑い)。それで初めにニフティ経由でコンピュサーブにつないでいたのですが、これだと遅くて、それならうちでサーバーを買って専用線を引いてプロバイダー機能も持ってしまおうということになったわけです。
加藤
プロバイダーもやっておられますよね。
王
ただ、実際には私が使うのと、うちのお客様に使っていただいているだけで一般向けに売っているわけではありません。お客様に「インターネットって便利だから始めなさい」と言っていて、どこかプロバイダーを探してもらうのも大変だから、そういう場合はうちのを使ってもらおうということです。
「情報装備率の差が競争力の差につながる」
加藤
インターネットはコンサルティング先のお客様に勧めるに値すると。
王
そうですね。私が日本マクドナルドから独立して一番感じたのは、情報落差でした。情報が不足する。これが私がパソコン通信からインターネットへのめり込んでいった一番のきっかけでした。マックと中小チェーンの違いは、情報装備率の差なんですね。これが生産性などにものすごく影響してくる。労働生産性を上げるには人の教育といったソフトの面と、装備というかパソコンで何をするとか、POSで何をするといったハードの面の装備も大切なんですね。この両面のバランスが取れないと生産性は上がっていかない。ソフトだけでこの生産性を上げようとしても数%が限度です。ドラスティックに上げるには、ハードの整備、情報装備率の向上が欠かせないわけです。私もマック時代は衛星通信とパソコンをつないで居ながらにして世界中の売上がすぐに手にはいるといったことをやっていましたから、独立してみてこの落差に愕然としたわけです。それでお客様に叱られたことも重なり、「これはいかん」と急速にこの面にのめり込んだ訳です。
加藤
しかし、コンピューター関係の知識というのはどのように勉強されたのですか。
王
いや、先ほども申し上げたとおり、コンピューターのことは分かりません。ただ、それを使うことが分かればいいだけなんです。例えば、コンピュータソフトの技術者というのは、放っておくと一枚のシートに一つの情報を打ち出すようにしてくる。これだとデータの一覧性という点ではものすごく見にくいわけです。これを「一覧表の形にしてくれ」といえばいいんですね。その中身は例えば数字の単位を一つ落として、使う人だけが分かる呪文みたいにしたっていいわけです。そのことが分かっていて、しかもマックを辞める4年ほど前から商品開発などで他人に文書を打ってもらうことが秘密を守る点でしにくくなったこと、それと私は非常に字が汚いもので、藤田社長に「おまえの字は読めない。ワープロを使え」なんて叱られていましたから(笑い)、仕方なくノート型パソコンをワープロとして使い始めたんです。どうしてノート型にしたかというと、隣の席の人間がそれを使っていたので同じものにしておけば何とかなるだろうという、実に単純な理由でして(笑い)。
加藤
実によく分かります(笑い)。
王
それでワープロとして使い始めたんですが、当初はブラインドタッチなんてできないから、一本指で打っていまして、王選手の一本足打法ならぬ「王の一本指打法」なんて冷やかされましてね(笑い)。
加藤
それも実によく分かる(笑い)。
王
それで口惜しいから、その年の正月休みを使ってブラインドタッチの練習するソフトを買って、2週間でマスターしました。これができるようになるとパソコンに触るのが楽しくなりましたね。
加藤
パソコン入門は、まずワープロだったんですね。
王
そうです。それから表計算とかに進みました。温度管理のグラフなんて表計算のソフトを使うと瞬時にグラフ化できるなど本当に便利なんですね。これでその便利さが分かりますますのめり込んでいきました。
「中小の飲食店に無料の情報を提供したかった」
加藤
ハードの中身が分からなくても使い方が分かればいい。それで昨年の4月頃には自分でホームページを作るまでになられた。
王
まあ、その時は外食産業の中によいホームページがなかったこともあり、それなら自分で作ろうかと。それと、うちでは飲食店を家業でやっていまして、私も2年ほど手伝っていた経験があるので、中小店には本当に情報が入ってこないということを身をもって感じていました。コンサルタント業をしていて、金銭的にうちに相談できない方にも何とか情報だけは提供したいとか、私が雑誌などに記事を書くと、その問い合わせなどもあるわけです。場合によっては海外からもある。それで、そういうことにいちいちファックスで対応していたのでは大変だから、それならホームページで見ていただいた方がいい。まあ、ものぐさ発想もあったわけです。
加藤
本当に外食業界に関する良いホームページがありませんね。
王
そうです。業界団体である日本フードサービス協会も、農林水産省の外郭団体である外食産業総合調査研究センターもホームページを作っていません。米国ではNRA(全米レストラン協会)などがよいホームページを持っていたり、大手チェーンなどはみんな自社のホームページを作っていますからね。
加藤
王さんのホームページの中の「外食・サービス産業のページ」でも「ホームページを持っている外食企業を網羅するつもりです。でもまだまだ少ない。がんばれ外食企業」と書かれていますね。
王
大手外食企業で本格的にインターネットに取り組んでいるのは、シダックスさんくらいですね。本格的に事業として考えていらっしゃる。食品に広げると小西酒造さん。このクラスになると数千万円の投資をして取り組んでいる。他は味の素さんにしても大阪ガスさんにしても社内ボランティアがやむにやまれずやっているという程度ではないでしょうか。ただ、米国では情報公開をインターネット上で行うということが合意されていますから、公開企業は必要に迫られてやっているという面もあります。何しろ国内で時差がある国ですから、インターネットを通じる方が情報が平等に行き渡る。これに対し日本ではインターネットを通じて情報を出すことはインサイダー取引につながる恐れがあるなんていうことを役所が言うくらいで、これには唖然としました。こんなことでは企業の間にインターネットのホームページをまじめに作ろうという気が起こるはずがない。
「昨年のO157事件がネット上の情報整備を加速した」
加藤
そうですね。日本ではまだまだ紙による情報伝達が重視されていて、記者発表も「何月何日付、朝刊解禁」などというスタンプが押された資料が来たりしますから。
王
ただ、日本でも昨年のO157事件を機に、厚生省や農水省がホームページを立ち上げるなど、相当変わってはきています。この時点では米国の方が、はるかに進んだ情報をインターネット上を通して提供していたわけです。それで日本のお役所もあわててやりだした。最近ではかなり充実してきているといってもいいでしょう。またO157に関していえば、専門紙が病院での治療データまで含めた、ものすごく詳細な情報をインターネット上に公開しています。これを全部読めばそこいらの大学の先生より、よほど詳しくなれる。インターネットの世界というのは大手が必ずしも大きなことをしているわけではない。一部の極めてオタッキーな人の方がすごいことをしているということもあるのですね。
加藤
その通りですね。ところでインターネット上にホームページを持つことで、例えば飲食店なら販促につながるといった直接的な効果というのはあるのでしょうか。
王
私はインターネットというのは基本的にはボランティアのサービスだと思っています。企業でいえば広報誌を作るのと同じです。これで儲かると考えてはいけない。
加藤
ただ、例えば日本サブウェイなら、ホームページ上でフランチャイズ店の募集をしていますが、そういう使い方はできますね。
王
そうですね。ただ、個店の販促となると、まだまだ視聴率が低いだろうからどの程度効果があるかは現時点では疑問でしょう。実際に効果が上がっているし、業界として本格的に力が入っているのは、ホテル・旅館でしょう。インターネットを通して直接予約が取れるようになれば、旅行代理店に支払うマージン分が助かることになりますからね。外食の場合は、残念ながらこのような実利に結びつく部分が少ないでしょうから、皆さんもうひとつ本格的にならない。
加藤
高級店などはインターネットを通して受注が取れないものでしょうか。
王
まだまだでしょうね。ただ、給食などは面白いと思います。例えば大きなビルに入っている給食会社が「今日の日替わりランチはこれです」といった情報をインターネット上に流しておけば、そのビルに入っている企業の社員は、それをみてきてくれるかもしれない。館外へ行ってしまう需要を引き止める効果は期待できますよね。
加藤
ただ、インターネットの検索をしていると、B級、C級グルメも含めてグルメ情報というのは実に多い。それだけインターネットを使う人にそういう情報ニーズが高いなら飲食店としても将来的には販促につながりませんか。
王
2、3年後でしょうね。でも、その時初めても遅い。ホームページを立ち上げるなんて十万円から数十万円の投資で済むし、私でもできたのだから皆さん考えられた方がいいことは間違いないと思います。
(聞き手日経レストラン編集長・加藤秀雄)