新興外食フランチャイズの業態開発現場(日本経済新聞社 日経MJ2004年2月)
電話も鳴らない静かな土曜日の社長室の朝。A社長は半紙と硯と筆を机に並べ、瞑想している。数分経過、筆を取り上げ半紙に五文字を書き上げた。さらに数枚の半紙に3~5文字を力強く書き上げている。立ち上がるとその半紙を机の上に広げ、数分間目を通し、比較をする。そのうちの一枚を取り上げると、その余白に絵を描き加える。店舗の入り口のイメージだ。墨で力強く書かれた店舗外観にはたった今、閃いた店名が書かれている。店名、店舗外観をしばらく眺めていると、もう一枚の半紙にすらすらとメニューを書き上げる。
そして、ネクタイを脱ぎ捨て、ウインドーズパソコンに向かって静かに仕事をしているダークスーツの本部スタッフを横目に階下に降りていく。階下はマッキントッシュに囲まれたジーンズやTシャツなどの色とりどりの格好をしたデザイナーが仕事をしている。別会社ではない、A社のデザイン開発部門なのだ。周囲を見渡したA社長は一人の若者をつかまえると、半紙を渡し、「店舗コンセプトができたぞ、これですぐデザインを起こしてくれ」担当者は即座にその店名、店舗外観、メニュー、を元にマッキントッシュに入力を開始する。メニューに基づいて、ネット上で検索し、価格、盛り付けなどを決めていく。
新業態の開発に当たっては、イメージが明確になっていなくてはいけない。そのため京都の老舗の食べ歩きだけでなく、東南アジア各国、ヨーロッパ、アメリカなどを常に食べ歩きをして、アイディアを数多くのポケットにしまっておく。見学だけではない、店舗設計やデザインに関するあらゆる資料を収集しておく。しかし、単に資料を集めたり、食べ歩きをしても、目的意識がないと成果が出ない。そこで、新業態の開発を行う際に、過去の資料、食べ歩きのイメージをまとめ、もう一度そのイメージを確定するために食べ歩きに行く。
例えば、田舎風和食と言うテーマを考えるとする。田舎風、では、どこの田舎なのか?何年前の田舎の風景か?その土地の食材は何があったのか? などを瞑想する。そして、半紙を前に店名を考える。名は体を表すと言うが、店舗の店名を見ただけで、サービス、雰囲気、料理が連想されるので大変重要なのだ。従来のチェーンは単一のブランドで勝負できるが中小のチェーンがのし上がるためには大手チェーンを凌駕するイメージが必要だ。それが個性的な店舗名なのだ。
フランチャイズチェーンの場合、職人を使わなくても良いようにするのが普通だが、A社長は「昔は調理人の給料が高い時代だったが、現在は調理人の給料はリーズナブルだし、やはり差別化をする美味しい料理を作れるのは調理人だ。調理人を使わないで機械化した厨房でメーカーに仕様書発注した食材を使用すると、競合チェーンに簡単にコピーされてしまう恐れがあるが、調理人を使った料理はそう簡単には真似ができないよ」と言う。
今、A社長が数年前から取り組んでいるのは、和風料理だ。最初は、お釜でご飯を炊き、焼酎で和食を食べるというコンセプトだった。次は女性が一人で食べられる和食屋を開発した。女性が一人で食事をしようと言うときに小料理屋などのカウンターに座ると、男性の調理人と向き合って食事をしなくてはいけないから、女性の調理人を使い女性も気楽に食べられるようにと言うコンセプトだった。
しかし、開発した和食店は今一歩人気がなかった。従来の外国料理のような強烈なインパクトがないからだ。そこで、A社長は京都に外国料理のお店を出店することにした。自店舗を立ち上げ、京都の人に溶け込んで学ぼうという戦略だ。京都の自店舗を運営しながら他店舗をじっくり観察して、どうやって老舗になったかを徹底して分析した。さらに京都のサービスに詳しい人をスカウトし、東京の自社和食店に本物のサービスを勉強させた。次に、茶道やお花、着付けの専門家に依頼し、本格的な大型和食業態を開店させた。今年はその大型店を母店として和食業態を50店舗開店する予定だとA社長の鼻息は荒い。
新興フランチャイズチェーンの社長は芸術家的なセンスだけではなく、経営者としてのしっかりした考え方が重要だ。昨年の米国牛にBSE発生の報道の数ヶ月前にA社長と新業態の開発の打ち合わせをしていた際に、「王さん、そろそろ牛肉導入して良いかな?」と聞かれた。続けて「でも、牛肉だけに頼ると危ないから他の肉を入れようかな。うちの主力業態は外国料理だけれど、もし、その国の食材に問題があったり、その国と国際関係が悪くなると、その外国料理を食べなくなる危険があるんだ。だから、外国料理でも東南アジアから、欧州、米国、と分散をしているんだ。また、外国料理は食べる頻度が低いから、和食もやらなくてはいけないんだ。私は当社に加盟してくれているジーや多くの社員に責任がある。リスク分散の必要があるから、経営効率は悪いのだけれど色々な業態を開発するようにしているんだ」と危機管理に関する心得を披露しくれた。また、新業態はリスクが高いので、まず直営店を開いて成功してからフランチャイズを募集すると言う慎重さをも合わせ持っている。
最近の元気溢れる中小のフランチャイズチェーン本部はこのようなクリエーティブな社長に率いられている。皆さんが加盟するフランチャイズ本部を選定するときには、社長に面談し、どのようなクリエーティブさを持っているかを見ることが加盟後の業態の寿命を左右すると言って良いだろう。
以下は業態開発別の特徴の表だ。
新業態開発のタイプ 特徴
独創的な発想で、全てを自社で開発する 注目を浴びる店舗やコンセプトを作り続ける。店舗コンセプトの寿命が長い。
東京でアイディアを得て地方に持ち帰る 流行の時差を利用した手法。安全性が高い。
有名店の価格の1/3で提供する 料理は真似だが、お洒落な店舗デザインで若者に受ける。
有名調理人、デザイナーを使う 一風変わった料理や、斬新なデザインで女性誌などに取り上げられ売上が高い。
海外や地方の繁盛店のコンセプトを買う 費用はかかるが時間が節約でき、完成度も高い。話題を呼ぶ。
店舗総合プロデューサーを使う 店舗コンセプト、店舗デザイン、メニュー、レシピー、食器、ユニフォーム、広報、まで全て外部委託する。完成度の高いお店になる。