今、ユーザーが求めるファーストフードの厨房設計 シリーズ第25回 最終回 「優れた厨房設計」(日本厨房工業会 月刊厨房)
ある旅館の厨房
先日ある旅館の厨房の増設計画を見る機会があった。ある厨房メーカーが設計図を引いたのだがそれを見て驚いた。設計者が現状の厨房の使い勝手を検討しないで図面を引いているのだ。新設の厨房であればそれでも良いだろうが、改造計画の厨房であればシェフや板前の調理手順を見てそれを更に向上する様にしないと、使いにくいという不評を買う。厨房の増設は往々にして調理人の増員が必要になる。現在何人の板前が居て、それが何人増加しないと運営できないかというソフト面も考慮しない、後で使い勝手の良くない厨房になる。とかく厨房を統一し、大型にする方が効率がよいと思うようだが、客や仲居さんの立場から考えると違うのだ。仲居さんにとっては、厨房から近い方がやりやすいし、離れているのなら、パントリーに保温庫や冷蔵庫の増設が必要だ。顧客も温かい食事をタイミング良く提供してもらうには大型旅館より小規模な旅館の方が良いというのを学んでいる。厨房の設計は板前の使い勝手、仲居さんの動き易さ、客の満足度などの総合を考慮しなければならない。
また、調理場ばかりに気を取られて、洗浄ラインの設計をおろそかにしてはならない。洋食と和食とでは洗浄の考え方が全く異なる。現在の洗浄機の使用状況、皿の数、などをしっかり把握しないとならない。旅館の食器洗浄は食器の数が多くかつ形状が複雑で、茶碗蒸し、ご飯類などの食材のこびりつきが多い、そのため殆ど洗浄液に食器を浸漬しておき、汚れが柔らかくなったら、全てを手洗いで汚れを落とし、食器洗浄機にかける。食器洗浄機の役割は温度をかけた殺菌効果にすぎない。そうすると、食器を予備浸漬しておく大きな浸漬槽と、手洗い作業に従事する作業員の作業スペースを十分の考慮する必要がある。
都市ホテルの場合
また、ある都市ホテルチェーンでは新築の厨房の壁に電気等の配管をむき出しにしているではないか。聞いてみると厨房を作っても後でシェフが勝手にレイアウトを変更するので、最初から配管をむき出しにして変更しやすい様にしているというのだ。つまり、厨房設計の段階でシェフが関与していないので、後ですぐに自分たちの使いやすいように改造すると言うことなのだ。
優れた厨房
勿論優れた厨房デザインもある。先日、低価格のビュフェで有名になったある都市ホテルの厨房を見る機会があった。そこではビュフェで大量の食事を捌くために数々の工夫を凝らしてあった。食べ放題なので大量のカレーとシチュウがでるが、それをローレンジの上で一日中大釜で煮るわけだが、調理が終わって冷却層までの移動の際あまりに重いので腰を壊してしまう。大事なシェフが腰を壊しては困る。そこでクレーンを天井にはわして大釜をつるし、冷却層まで運搬する。クレーンを天井にはわすと言うと簡単なようだが、厨房設計以前に駆体設計の段階からクレーンのレールの設置を検討しなければならない。と言うことはかなりはやい時点から設計に取り組んでいたことになる。
優れた厨房デザインというと、厨房レイアウトに目が行き勝ちだが、実は細かい使い勝手が重要になる。例えば床を平らにすることはかなり重要だ。なぜなら働く人に取ってでこぼこした床は疲れやすいからだ。作業スペースにある測溝は何もグリッドの必要はない、グリッドだとでこぼこして疲れる。そこでめくら蓋にし、作業性を向上させる。滑りどめのノンスリップの床も同じだ。調理作業を行い、水や油がこぼれやすい箇所は良いが、保温カートやワゴンの通路は平滑でないと押しにくい、ただし、滑りどめの箇所と平滑の箇所には測溝を設けないと水が流れるのでそれを防ぐため測溝を設ける。
さらに細かい点だが調理には数多くのオーブンや保温機、ワゴン、低温調理器、等を使用する。それらに食品をいれ、調理したり、保温したり、移動したりするわけだ。問題なのは食品を置くトレイの大きさがメーカーによって異なると言うことだ。ホテルパンのサイズでも日本とヨーロッパの形状が異なり、重ねることが出来ない。また、その他にベーキングパンのサイズがまた異なる。それも1/1,1/2などと種類があり、数多く形状のパンが厨房に散らばり、オーブンで焼いた後、保温庫にそのまま入れようとしたら、サイズが異なるので、入れ替えをしなくてはならないなどの作業性上の問題点がある。そこで、全てのトレイサイズを統一したのだ。簡単に言うがその作業は大変であったことだろうと思われる。トレイサイズの統一の重要性はは調理の経験のあるものでなくてはわからない点だ。
衛生上の対策も重要だ。ホテルは宴会のピークにあわせ調理を事前に行い、それを冷蔵庫に保管する必要がある。常温で放置すれば細菌が繁殖し食中毒を発生するからだ。ホテルでの食中毒は案外大手でも起こしている。それを防ぐには十分に大きさの冷蔵庫が必要だ。此のホテルでは冷却を早く行うために冷却層、ブラストチラーを入れている。しかし、クックチルではなく衛生状態の向上のために入れているのだ。
そこで此の優れた厨房デザインをどこの厨房メーカーが行ったか聞いてみたら、なんとそのホテルのシェフが自ら検討し、レイアウトを行ったと言うではないか。筆者は誰か優れた厨房デザイナーが設計をしたのかと思ったが、シェフが自ら図面を引いたのだ。此のシェフは実に厨房デザインを理解しており、上記のような細かい数々のアイディアを入れており、プロの設計者も顔負けの知識を持っている。
調理の知識
厨房メーカーの設計者は厨房設計というと図面を書くこと、うまく調理機器を納めることが大事だと言う錯覚をしているようだ。厨房設計で必要なのはまず、経営者だけでなく客、シェフ、板前、仲居さん、ウエイター、が何を望んでいるかを考慮しなければいけないと言うことだ。そして現状はどのような調理方法を行っており、それをどう改善出来るを具体的に提案できなくてはならない。そのためには実は設計能力より調理の実務の経験と知識を十分に持っていなければいけない。その調理の状態を忙しいとき、暇なとき、の色々な状態を頭の中で描いてみる。
どのように作業を進めるか、冷蔵庫の位置は右手にあった方がよいのか、左がよいのか、調味料はどのくらい必要でそれをどこにおくのか、どの料理にはどんな調理器具が必要なのか、どんな調理方法で調理するのか、など具体的な調理知識がなければいけない。
また、調理機器の知識も必要だ。厨房を一回設計すれば少なくとも10年は使はなければならないから、最も合理的な調理機器をいれておくべきだ。
例えばステーキには色々な調理方法がある。皆さんはステーキの調理方法を何通り言えるだろうか、そしてその調理方法による味に違いを説明できるだろうか。
ステーキの焼き方というと日本ではチャーブロイラー(チャーブロイラーで下から炭の輻射熱と燃焼空気の対流で焼く方法)とグリドル(鉄板でムラ無く短時間で焼く)方法が一般的だろう。しかし、その他にも数多くの焼き方があるのだ。
今年の5月に米国のステーキレストランを視察してきたが、シズラーはチャーブロイラー、南部で急成長を遂げたアウトバックステーキハスはグリドル、高級ステーキハウスのシカゴのモートンズは上火ブロイラーと各有名ステーキチェーンにより焼く方法が異なっている。ニューヨークにある有名なピータールーガーという100年以上続いたユダヤ系ドイツ人の経営するステーキ屋はブルックリンという物騒な場所にありながら大繁盛だ。
そこではブロックの牛肉をそのまま古い竈で蒸し焼きにして、後で切り分けて提供する。食べる前には独特のオニオンとトマトの酸っぱいドレッシングが掛かったサラダを食べさせる。そのサラダを食べることでしたの味覚を敏感にさせ肉のおいしさを味あわせるのだ。
このように肉の焼き方、提供の方法はは店舗により千差マン別だ。
そこで帰国してから、上記の異なる焼き方で同じ肉を焼く実験を行った。上記の焼き方で最も肉を焦がした香りが出るのがチャーブロイラーだ、焼くときにたれた肉汁が火で燃やされ、それが煙となり肉にしみこむのだ。肉の表面の焦げ目が付きにくく肉の触感が柔らかすぎ、焦げ目を付けようと火に近づけると焦げすぎると言う問題があるが、肉の香りを引き出すという意味では代表的な調理方法だろう。
グリドルは肉につけた調味料が流れ出ず、最も調味料の味が引き立っていた。表面の焦げ目もきれいについて良い。アウトバックステーキハウスは調味料に工夫を凝らして特徴を出すためにグリドルを使用しているのが理解でる。しかし焦げ目がつきすぎてやや堅くなり、柔らかい脂身のある肉でなければならない。
上火焼きのブロイラーは上からじっくり赤外線で焼くので、焦げ目がつく割には肉質が最も柔らかく仕上がり、味も上品な仕上がりだ。モートンズなどの高級ステーキハウスで使用する理由が良くわかる。
このように同じ食材、調味料を使用しても風味が大きく異なるので店舗の対象とする顧客の好みを見ながら機器の選定をする必要がある。ステーキ屋ではレイアウトよりも大事なのは優れた調理機器だ。
ではその他に色々な焼き方があるがどんなやり方があるか見てみよう。
上火ブロイラー
上火の赤外線バーナーのブロイラーで上からじっくり焼く
クラムシェルグリドル
鉄板で上下から高速で焼くのでサービス時間が短いが、上から押さえるのでうま味成分の肉汁が流れ出て、肉の表面が堅くなると言う欠点もある。
コンベアータイプのチャーブロイラー
チャーブロイラーと同様に香りがあるが、上下からヒーターで焼くので肉をひっくり返す必要がなく、自動調理できる。ただ、時間が変更できないので食材の厚さを統一する必要があり、単品の低価格レストラン向きである。
高温のブラストバーナーで上下から高速で焼く
日本で和食の焼き物器として開発されたが、燃焼温度が800度と高温であり、備州炭と同様の焼き方が可能であり、高級な食材を焼くのに適している。
グリドルと上火の赤外線バーナーの組み合わせ
日本のあるステーキハウスがグリドルと上火タイプのガス式赤外線バーナーを組み合わせ短時間で調理する方法として開発された。調理時間は短縮されるが周囲の環境が悪く厨房が高温になるのが欠点である。
電磁調理
ステーキの鉄皿を電磁調理加熱しその上で肉を調理しそのまま提供する。低価格ステーキハウスで行われているが、ステーキ皿をきれいに清掃しないと肉に焦げ目がつかず肉の美味しい香りが出ないと言う欠点がある。
たかがステーキといっても上記のように数多くの焼き方がある、それぞれの調理法でどのように味が異なるか自分で確認し、顧客の要望に応えられる必要があるだろう。
厨房設計に必要な知識
筆者の経験では、いくら良い厨房のレイアウトを作っても作業するシェフやアルバイトが正しいオペレーションを出来なければ何にもならないということだ。厨房のレイアウトはもとより、調理機器、清掃方法、教育方法、食材、洗剤、温度計、オペレーションマニュアル、メインテナンスマニュアル、など全て一貫して開発し、それを教え込む必要があるということだ。
正しい調理をしてもらうにはしっかりした教育をしなければならないし、会社の組織を知らなければ、その知識を浸透させられない。厨房を施工したら仕事は終わりなのではない。その厨房をどうやって使いこなすか、までの具体的なフォローアップが必要だ。 その為には、単にレイアウトの知識だけでは不十分だろう。調理機器の正確な知識も必要だ。同じ調理でもステーキの例で上げたように、調理機器を味がどのように変わるのか自分で確認する必要があるだろう。常に好奇心を持って仕事をし、必ず自分で確認するという習慣が欲しい。
その他に必要な知識は燃焼原理、設備、特に空調、エアーコンディション、そのメインテナンス、金属材料、(フライヤーであったら304でよいが、麺茹器であれば塩を使うし、水道水中の塩素が濃縮して腐食を起こす場合があり316を使うなどだヨーロッパや米国のメーカーであれば当たり前のことだが日本ではまだ金属材料の性質ですら理解していないのは残念だ。)等だ。
また、先ほどの旅館の例だが、注文を具体的にどのように厨房に伝えるかも重要になってくる。コンピューターやワイヤレスオーディオ、オーダーエントリーシステムなどの理解も必要だろう。
最後に
従来であればよらば大樹の陰とやらで、入社したら定年まで一生過ごすのが当たり前であった。しかし、バブルが去り、もうそんな事を行っている状態ではない。これから先、まだまだ、リストラの風が吹き荒れることだろう。終身雇用制度は完全に崩れさったのだ。まだ、会社にいられる間に実力を付け独立する気構えで仕事に当たることが必要だろう。常に、今自分は会社を辞めて何が出来るだろうかと、自分の知識の棚卸しが必要だ。もし棚卸し資産がほとんどなかったら、貴方はリストラの対象者であるというだ。会社が終わってからのんびり居酒屋で同僚と一杯やりながら、愚痴をこぼす暇はもう無いだろう。会社が終わってからどのように自分を磨くかが大事になっている。
勿論仕事をいい加減にやって力をセーブし、仕事の後に勉強をしろというのではない。良く勘違いをするのだが、仕事以外のネットワークが大事だと思い勝ちな点だ。仕事の上での実績と信用の方がより大事なのだ。仕事上の実績と信用の上で、社外の人間関係が初めて生きてくる。まず、今やっている仕事を真剣にマスターし、常に自分が何が出来るか、棚卸しをするべきだろう。
約2年間もの長い間「今、ユーザーが求めるファーストフードの厨房設計」と言うことで連載をさせていただいた。最初の内はFFの具体的な厨房論だったのだが、後半、HACCP、洗剤、衛生管理、本社組織、マネージメント、教育方法、NRA教育組織など随分厨房とかけ離れた勝手な事を述べさせていただいた。筆者の記事を読んで随分厨房と違ったことを書いているなと思われた方がいらっしゃったらお許しいただきたい。 長い間のご愛読を感謝いたします。筆者に質問やご意見のある方はパソコン通信またはEーMAIL経由でご連絡をいただけたら幸いです。