マクドナルド 調理機器技術50年史より <後編>

■マクドナルドの調理技術の歴史/蒸気保温技術 その2
マクドナルドは前回ご紹介したスチーマーの蒸気加熱の原理を徹底的に解析しました。そして、その蒸気加熱の原理を利用し保温の品質を、より高めるようにしたのです。

日本では、ハンバーガーと言うとマクドナルド社のイメージが強く、国産の各社はそのコピーをしています。しかしマクドナルド社の強さはマーケティングと店舗運営に携わる人のトレーニングにあるのですが、厨房のシステムという点では遅れている事に気がつかない人が多いようですね。
ハンバーガーチェーンの厨房で最も進んでいるのは、米国ハンバーガーチェーン2位のバーガーキング社です。
オートマチックのチェーンブロイラーでミートパティとバンズを焼き、加湿保温庫に保管し(60分間位)、必要に応じてアッセンブルし、パッケージングして電子レンジで加温し提供する方式を30年ほど前から導入していました。
この方式を取る事により、バーガーキング社の労働生産性はマクドナルド社の1.5倍だと言われています。
そこでマクドナルド社はオートマチック調理のクラムシェルグリルを開発したり、加湿保温庫と電子レンジのアッセンブル・ツー・オーダーの方式を取り入れたのです。

この加湿保温庫を開発するに当たって、保温庫の種類を徹底解析しました。

(1)保温庫の種類
<1>直接加熱型+無加湿
古くからあったタイプで、庫内の上下にヒーターを入れ保温をする単純なタイプです。コストが安いが温度ムラが発生し易く、食品が乾燥してしまう欠点があります。
<2>熱風循環型+無加湿
庫内で熱風を循環させ加熱します。温度ムラは少ないのですが、食品の乾燥が早く短時間しか保温できません。
向いた食材はトンカツのようにブレディング(衣)をつけた状態の食品の保温に向いています。トンカツやコロッケ、チキンナゲットのようにブレディングをつけた食品を蒸気保温すると衣に湿気が帯びてカリカリ感がなくなるので乾燥タイプが向いているわけです。
その他の用途としては、製造が簡単で温度ムラが少ない為にクックチル等で調理済みの食品をパッケージした状態で、再加熱する用途として最近米国で開発がされています。特に大型の刑務所での使用が増加してきています。
また、ローストビーフ、ターキー等の低温調理の器具としても使われています。
<3>壁面加熱型+無加湿
上記の問題点を解決するために庫内の壁面に遠赤外線などを発生させるようにして加熱するタイプです。
庫内の壁の熱容量が多いため冷め難く、庫内の開閉の頻度が多くても庫内温度の回復が速いという利点があります。
温度ムラが少なく、食品の乾燥は上記の機種より良いが、やはり乾燥するという問題をまだ抱えています。
<4>飽和蒸気加熱型
中華饅頭などを加湿保管する物です。
内部の加温にヒーターを使用せず、蒸気発生器の作動を庫内の温度によりコントロールする物で、内部の蒸気量は飽和状態にあり、蒸し物以外には向いていません。蒸気発生器の内部にはスケールが沢山付着するというメンテナンス上の問題を抱え、定期的に酸性の洗剤で清掃しないと、壊れてしまう事があるので注意が必要です。
<5>熱風循環型+自然蒸発型加湿
<2>のタイプの欠点を補うため、庫内に水の皿を置き、熱風がそこを通過する時に加湿するタイプです。加湿量は外への排気穴のサイズを変更し調節します。構造が簡単で、価格も妥当で最も普及している機種です。

このタイプの加湿保管庫は、米国のフライドチキンチェーンのKFC社によって開発された物が有名です。
圧力釜で揚げるのには15分間ほど時間がかかるので、揚げたてのジューシーなフライドチキンを加湿保管庫に2時間ほど保管する事によりお客様を待たせずまた廃棄商品を出さないで済むのです。
2時間というと長いようですが、メニューの多角化により商品が増加し出数にばらつきが出る為、保管期間を長くする事が必要になっており、より性能の良い保管庫が必要になってきているのです。

温風循環タイプの場合、温風が食品の表面に当たると調理が進み、揚げ色が濃くなり黒ずんで乾燥し、肉質が堅くなってしまうという問題を抱えています。また、扉の開閉時に内部の湿度が全部出てしまい、庫内の湿度を正確にコントロール出来ないと言う欠点があります。
<6>接触加熱型+無加湿
温風加熱タイプは温度ムラが無いという利点はあるのですが、扉の開閉による温度低下が激しいという問題点があります。その欠点を解決するのですが、庫内の棚に加熱した液体を通し、そこに置いたトレイの食品を直接加熱するタイプです。

液体は車のラジエターの不凍液に使用されるプロピレングリコールと水を混合した物を使用し、上部のヒータータンクを通し加熱循環します。
このタイプの最大のメリットは、液体加熱であるので温度制御が正確に出来て棚による温度ムラが無い事と、棚内部の液体による熱容量が高いので、扉の開閉時の温度低下が少なく、温度回復が速いと言うことです。
また、単に調理済みの食品を保管するだけではなく、低温調理にも使用出来ます。

煮物の低温調理については、早稲田大学の小林教授の「博士鍋」という保温効果のある鍋の研究が参考になるので紹介しましょう。
小林教授によると、ぐつぐつと摂氏100℃で煮込み続けるのは、材料の組織を壊し、ビタミンや酵素、特有の香りを飛ばすばかりか、肉などのタンパク質を硬くするし、そのうまみを煮だしてカスにしてしまいます。
鍋にいれた食品をひと煮立ちしたらおろして保温する。
そうすると、まず味の染み込みが極端に良い。
塩分、糖分アミノ酸といった調味料は、鍋の中がゆっくりと冷めていく時に最も良く染み込みます。また沸騰し続けないから香りが飛ばずおいしいのです。余り加熱せず、ゆっくり冷めるから材料が硬くなりません。
また、ガスの使用量が減少する省エネルギー調理法でもあるのです。
小林教授はこの方法を保温調理法と名付て、この鍋の市販をしています。
(朝日新聞 1990年1月19日付朝刊)
同様のコンセプトは日本酸素から魔法瓶の技術を応用した、断熱調理機器として販売されています。

米国マクドナルドはこの保温庫をフラッシュクッキングと言う調理方法として採用したことがあります。
フラッシュクッキングとは食品の内部温度を上げて置き、必要に応じて表面の色づけをする調理法です。
フライドチキンやピザは調理に時間がかかります。速く調理しようとして温度を上げても、表面は焦げるが内部の温度は低いという問題があるのです。
そこで事前に食品の内部温度を60~70℃に上げて置き、お客様に出す直前に、高温のフライヤーなりオーブンで、1分位調理します。

この方法をとると、調理後の食品を保管するよりフレーバーが良いという利点があり開発が進められています。
しかしながら、この保管庫は加湿していない為、チキン等は乾燥してしまうという欠点があり、その欠点を補うため工場での特殊な加工が必要になるのです。

余談ですが、私はこのフラッシュクッキングのシステムをフライドチキンプロジェクトの際に検討をしましたが、この保温庫を発明したと言うリーバーマン氏の言動に疑問を持ち、採用しませんでした。
米国マクドナルドはこの保温庫を気に入り、マクドナルドの調理機器を作っているテーラーフリーザーに製造を委託しました。
ところが数年後にリーバーマン氏から特許権の侵害だと訴訟を起こされ、その対応に困ったという事件がありました。
採用していなかった私はほっとした経験があります。
特許がらみの機械開発はなかなか難しいものがあるようです。
<7>正確な湿度コントロールをする保温庫
ハンバーガーパティのように、乾燥させないで保温するためには湿度を正確にコントロールしながら保温する必要があり、この仕組みはバーガーキング社により開発されました。
ではどのように湿度を正確にコントロールするか見てみましょう。

(2)湿度コントロールの方法
湿度には絶対湿度と、相対湿度があります。絶対湿度(AH)は1立方メートルの容積の中の水分の含有量のことで、g/m3で表します。
相対湿度(RH)とは、ある温度での絶対湿度を飽和水蒸気量で割った物を意味します。一般的に湿度という時はこの相対湿度のことで、相対湿度が100%の状態を飽和という。

飽和蒸気量は温度により異なり以下の表のようになります。
温度 飽和蒸気量
0℃ 5g/m3
10℃ 9g/m3
20℃ 17g/m3
30℃ 30g/m3
40℃ 52g/m3
50℃ 80g/m3
60℃ 130g/m3
70℃ 190g/m3
80℃ 250g/m3
90℃ 380g/m3
100℃ 550g/m3

○相対湿度の計算方法
温度が70℃の飽和蒸気量は190g/m3ですがその時、95gの水が蒸気になっていると、95÷190×100=50%となります。
80℃で90%の湿度は225gの水が蒸気になっているわけですが、この状態から70℃に温度を下げると、79℃の時の飽和蒸気量は190gですので、余分の35gの水分は露結します。
保管庫の扉に断熱の悪いガラスを使うと温度が低くなり、そこで露結が発生し、内部の湿度が正確でなくなるわけです。
正確な湿度コントロールをする保管庫の場合、庫内の温度差が無い事が重要なのです。

(3)湿度コントロールの各種の方式
<1>乾湿球方式
これは2つの温度計を使用し、1つは室温を計測し、もう一つの温度計を水を含んだガーゼで巻いて、その気化熱の温度差で相対湿度を計測する方式です。気化熱を利用するため、ガーゼの巻き方と、水の汚れがない事が必要です。水に油が入っていると蒸発量が異なるので純水を使い、ガーゼも脱脂する必要があります。
一見正確なようですが一般的にプラスマイナス20%の誤差が発生し、40%以下と90%以上の計測は難しいのです。

この原理を応用し、上記の欠点を解決するために精度を上げたのが、私がフライドチキンプロジェクトで採用したGroen社のSCOでした。
温度計に正確な白金抵抗体を使用し、庫内の温度と、蒸気発生器の水温を計測し、湿度をコントロールするのです。
湿度のコントロールの際、温度を下げる時には蒸気発生器の水を排出し、冷たい水を注入しコントロールします。これによって水も常にきれいな状態に保たれるのです。
温度が60~90℃の間で、40%~90%の湿度の幅で調節出来ます。
60℃の低温で保温すると、庫内の風が強く摩擦熱で温度を上昇させ、乾燥させるので、ファンをON、OFFさせて風量を変えます。
この機能をクック・アンド・ホールドといい、調理した後の食品をそのまま保管したり、真空調理などの正確な低温調理に使用していました。
<2>フィルム方式(毛髪式)
毛髪の伸縮を利用し計測します。
応答速度は遅く経時変化があり、時々校正が必要です。
誤差はプラスマイナス20%位です。
空調機の湿度センサーとして、ナイロンセンサーが使われる事がありますが、加湿保管庫での使用はありません。
<3>鏡面露点計
鏡を冷却しその温度で露結する鏡に付着した水のくもりを、光を当て読みとり計測します。精度が大変高いのですが、高価で、実験用、校正用に用いられています。
温度幅は-70℃~+100℃です。

<4>電子式
<A>高分子タイプ
電極の上に高分子(プラスチックなど)をぬり、湿度により高分子に水が吸着すると電気抵抗が変化するのを読みとります。
用途はエアコン、加湿器、ハンディのデジタル湿度計などです。
大変精度が高いのですが、センサーが何回か濡れると使えなくなります。
また、酸やアルカリに弱いので、食品の保管庫には不向きです。
<B>セラミックタイプ
セラミックの中の、電極のセラミックの亀裂部分から入ってくる蒸気の量により電気抵抗が変わる変化を読みとる方式です。
これも水に濡れると使えなくなります。
<C>塩化リチウム方式
電極の上に塩化リチウムを塗り、温度の変化による電気抵抗を計測する。
これも水が付着すると洗い流され使えなくなります。
<D>サーミスター使用絶対湿度計
乾湿計の原理を使用します。
2つのサーミスター温度計を使用し、乾燥した空気と湿った空気の間の熱伝達の差を計測します。
一つのサーミスターを乾燥した容器に密閉し、もう一つのサーミスターに計測する空気が当たるように開放した容器に入れます。
両方のサーミスターを170~180℃に加熱します。
湿った蒸気が触れるサーミスターの温度は下がるので、その差から絶対湿度を読みとり相対湿度に換算し湿度表示をするのです。

大変正確で、センサーの耐久力があり広く使われています。
国産の湿度コントロール方式の保管庫に、多く使用されています。
ただ、絶対湿度量が1m3当たり145g以上になると、センサーが冷却されず加熱されてしまう欠点があります。
飽和蒸気量と温度の関係の表を見てみると、70℃の温度でのコントロール出来る範囲は76%位の湿度にしかなりません。
温度が70℃以上の場合はコントロール出来る湿度の%はもっと低下するのです。
メーカーが保証する温度と湿度の関係は以下のようになります。
60℃ 47~89%
70℃ 33~68%
80℃ 23~45%

ここで注意して戴きたいのは、湿度の発生方法である。
このタイプは湿度を発生させるのに、ウォーターバスタイプの蒸気発生器を使用します。ヒーターで加熱した空気をファンで蒸気発生器に送り、そこで発生させた蒸気を庫内にいれ湿度コントロールするのです。
上の表にあるように60℃の場合最低の湿度は47%です。
これは湿度を0%にしようとしても加熱された空気が蒸気発生器を通過する際に、湿度を含んでしまいます。

また、現在の方式の最大の問題点は、設定した相対湿度が正しいかどうか計測する方法が無いという事です。
センサーを使用する場合、必ず再調整出来るようになっていなければいけません。センサーメーカーは、解決方法を検討していますが、コントロールパネルを、マイコンを使用した精度の高い物にする必要があるのでまだ実現しておりません。
<5>最新型の加湿保温庫
<A>熱風循環型+乾湿球方式
米国のバーガーキング社が開発した方式であり、相対湿度が庫内の温度と、蒸気発生器の温度でコントロール出来る事を利用しています。
複雑なコントロールが不要で比較的安価に出来るのです、温風を利用するために湿度のコントロールの幅が狭いと言う欠点があります。
また、ドアの開閉の時に失う湿度の保証が出来ず、開閉の頻度が多い場合は内部のドロアーに特殊な工夫が必要となります。
Winston Industries
http://www.winstonind.com/
保温庫説明
http://www.cvap.com/
<B>壁面加熱型+コンピューターコントロール加湿器
そこで米国マクドナルド社がバーガーキング社に対抗して開発したのがこの方式です。当初サーミスター絶対湿度方式で開発したのですが、欠点を克服できないので、コンピューターを利用し蒸気量を積極的にコントロールするようにしました。

加湿保管庫で最大の問題は、ドアの開閉です。
ドアが開くと蒸気は乾燥した所に逃げてしまい、それを補充するのに時間がかかります。センサー式を使用してもセンサーが関知するまでに時間がかかるのです。
また70℃以上での湿度は70%以上にコントロール出来ず、食品に広く対応できませんでした。そこで温度と飽和蒸気量のグラフを使用し、庫内の容積に必要な蒸発水量を計算し蒸発させるようにしたのです。
ウォーターバス方式を使うと湿度の調整の幅が狭くなるので、庫内の下にフラッシュヒーターを置き、そこに水を点下し蒸発させます。
これにより温度が60~82℃の間で、湿度を0~90%の範囲でコントロールする事が可能になりました。

湿度の再調整はコンピューターにインプットした状態で、フラッシュヒーターに添加する水量を計測する事で簡単に出来、調整もすぐに出来るようになっています。
ウオーターバス方式の加湿器を使わないので、スケール溜まりが少なくメンテナンスが容易です。
ドアの開閉による湿度の補償はドアセンサーにより行うので、安定して湿度を保つ事が可能となりました。

温風を使うと食品の表面の調理が進み、色がどす黒くなります。
その為、温風ではなく庫内壁面に特殊な形状のヒーターを埋め込み、壁面加熱するようにしました。
これにより商品の保管期間を大幅に延ばす事が可能になったのです。
Carter-Hoffmann
http://www.carter-hoffmann.com/
加湿保温庫
http://www.carter-hoffmann.com/html/4_accufresh.htm

■マクドナルドの調理技術の歴史/蒸気保温技術 その2
ステージングシステムとメイド・フォー・ユー
(1)高精度蒸気保温庫
前回ご紹介した高精度な蒸気保管庫を使ってマクドナルド社はステージングと言うシステムを完成させました。

カーターホフマン社に「壁面加熱型+コンピューターコントロール加湿器」を開発させステージングキャビネットと名付け全店に採用することにしました。
ステージングキャビネットで焼いたミートを20分間保温し、常温で保管した焼成済みバンズと組み合わせて電子レンジで加熱し熱々のハンガーガーを提供できるようにしたのです。
このステージングシステムは厨房の合理化と小型化に大きく貢献し、サテライト店舗と言う小型店舗の展開を可能にしたのです。
その結果、空港、ショッピングセンターのフードコート、ガソリンスタンドなどとの複合店、大学、病院など従来開店できなかったロケーションに進出する事を可能にし、店舗の急速展開を可能にしました。
(2)味の評価の低下
しかし、このステージングシステムの最大の欠点は、電子レンジを使用することと、包装済みのハンバーガーを客から見えるホールディングキャビネットに保温したことです。
保温して10分間たったハンバーガーは廃棄処分にしなければいけませんが、忙しいときや廃棄コストをおそれる従業員はホールディングタイムを守らないと言う問題があったのです。また客の目からも電子レンジの使用がわかり、冷凍食品をただ暖めているだけの印象で手作り感を失ってしまいました。

また、マクドナルド社はどうせマイクロウエーブで温めるのだから、バンズを焼かなくても良いのではないかと考え、さらに品質を低下させてしまったのです。
その結果、米国の外食専門の雑誌社R&I紙(http://www.rimag.com/)などの消費者アンケート等で、西海岸で急成長中のイン-N-アウト社とウエンディーズ社がトップの座を毎年交代で獲得しているのですが、マクドナルドは「便利さ」という点以外は評価されず、「品質」ではホワイトキャッスルと並んで低い評価となってしまいました。
(3)マクドナルド社の味の向上作戦、メード・フォー・ユー
消費者の悪評に対する回答が1999年から導入を開始した、メイド・フォー・ユーと言う熱々ハンバーガー提供システムです。
従来のステージングシステムは、焼成後常温保管のバンズ(当初は焼いていたが後に焼かなくなった)、焼成後高精度な加湿保管庫で保管したミート、調味料、野菜を組み上げ、包装後電子レンジで加熱していました。
その電子レンジの代わりに、バンズを15秒以下で焼き上げる超高速トースター(従来は30~60秒かかった)を開発し、注文後即座にバンズを焼き上げ、熱々のハンバーガーを電子レンジなしで提供できるようにしたのです。
高速トースターを開発した会社は、昔私が感激して日本にもって帰ってきたバンズ・スチーマーのメーカーでアンチュネスと言う会社です。
A.J. Antunes & Co.
http://www.ajantunes.com/

従来は焼き上げたミートを保管する高精度加湿保温庫と、フライしたチキンやフィッシュポーションを保管する乾燥保温庫の2種類が必要でしたが、複雑な作業とスペースを削減するため、ミートとフライ物を同時に保温保管できる高精度のユニバーサルホールディングキャビネットも開発しました(高速トースターとホールディングキャビネットはマクドナルド社がパテントを保有しています)。

このホールディングキャビネットは、遠赤外線を発生するアルミヒーターを使っています。ミートのように湿度を保つ必要のある場合には、密閉したプラスチック容器にいれ、遠赤外線ヒーターで上下から温めて保温します。
フライ物のようにカリカリする必要がある場合には、容器の上に隙間ができるような工夫をして対応しました。
カーターホフマン製の蒸気保温庫は大変精度が高いのですが、扉を開閉するとどうしても保温している食材の温度が下がると言う欠点がありました。
しかし、遠赤外線を発生するヒーターの熱を保持する能力が大変高く、保温温度も保てるため、保温期間を長くすることも可能になったのです。

さらに、従来は包装したハンバーガーをウォーマーに10分間保管していましたが、それを廃止し、客の注文後、調理組み立てを行うようにしたのです。
できあがったハンバーガーは、客に提供するまでの数秒の間にも冷めないようにランチング・パッドという小型の保温スペースに置き、客に熱々のハンバーガーを提供できるように工夫を凝らしました。

注文後組み立てて、熱々のハンバーガーを作ると品質は良いのですが、客を待たせては売り上げが低下してしまいます。
そこで、客の注文を素早く厨房に伝える工夫を行いました。
カウンターの販売員が客の注文をPOSに入力すると、その内容が厨房の各セクションに置かれたモニターに表示され、速やかに調理が開始されます。
このPOSシステムの導入により、客の好みにあった熱々のハンバーガーを待たせないで提供できるようになったのです。

このシステムは米国で全店に導入されました、東南アジアでは日本だけが導入に熱心で、他の東南アジアの国では賛否両論です。理由は、何と宗教上の問題です。と言っても深刻な問題ではなく、宗教により顧客行動に違いがあると言うことです。
米国は清教徒が建国した国で、今でも敬虔なクリスチャンが大勢おります。
昔、禁酒法と言う悪法でお酒の販売を禁止し、その隙間をぬって荒稼ぎをしたマフィアの親分アル・カポネとFBIのネス長官の戦いが有名ですね。

この禁酒法と言うのは清教徒の宗教上の理由から来ています。
禁酒法の解けたいまでも州によってはドライステーツと言って日曜日にはお酒の販売を禁止しています。キリスト教にとって日曜日は安息日で、教会の礼拝に参加した後は家に帰って静かにすごさなくてはいけないのです。
そのため、平日は夜9時まで営業しているショッピングセンターも日曜日には午後6時には閉店してしまいます。
飲食業にとっても一番暇な日が日曜日なのです。
一番忙しい曜日は金曜日で次が土曜日です。
しかし、忙しい曜日と暇な曜日の売上げの差が少ないのが米国の大きな特徴です。

ちなみに、日本では道路や海岸などでお酒を飲んでも問題ありませんが、米国では公衆の場所(パブリックスペース)である道路、海岸、公園などではお酒を飲むのは軽犯罪法違反で罰則を受けます。
映画などで浮浪者がビールやウイスキーを紙袋に入れて飲んでいる姿がありますが、それは警察に捕まらないようにしているためです。
また、ウイスキーなどの蒸留酒(ハードリカー)はテレビコマーシャルも禁止で、ビールもグラスに注ぐ映像だけで、人がビールを美味しそうに飲みほす光景は放映禁止なのです。

しかし、キリスト教国でない、日本などの東南アジアではお酒の規制はないし日曜日は家族で外出し、レストランでわいわい楽しむ日なのです。
そのため、日曜日の売上げは平日の2倍から4倍もの売上げになります。
この習慣の差が実は上記のメイド・フォー・ユーの有効性を左右します。
メイド・フォー・ユーは売上げの差がない米国で開発されたため、東南アジアのように日曜日が極端に売り上げが高い国では、ピーク時に商品の品切れが発生し、顧客を待たせると言う問題を引き起こしているのです。
そのあたりを考慮しないで導入している日本はピーク時の売上げが取れないと言う問題を抱え、売上げに影響を受けていると言われています。


さて、マクドナルドの調理機器技術50年史を13回連載しましたが、マクドナルドの調理機器技術はそんなに最先端ではありません。

競合の技術を分析し、それ以上の性能の調理機器を開発するのが得意なのです。日本のある電機メーカーも他社の製品がヒットするとその製品の性能を改善し価格をよりリーズナブルにすることで業界トップの企業になりました。
会社の名前をもじって「真似下電器(まねしたでんき)」と呼ばれていますね。
私たちも冗談でマクドナルドを「真似ドナルド(まねどなるど)」と呼んでいました。

ですから、マクドナルドは完成度の高い調理機器を開発していましたが、特許をとって競合他社に差別化をすることはできませんでした。
そのため、ハンバーガー業界にはマクドナルドの後にはバーガーキング、ウエンディーズ、ハーディーズ、カールスジュニア等の企業が成長し、各地には独特のハンバーガーチェーンが存在しているのです。

その外食業界で革新的な調理技術で業界トップ企業になったのが、実はKFCです。
どんな調理技術で世界一のフライドチキンチェーンになったかを見るために、KFCの1号店サンダース・カフェ(Sanders Cafe)をのぞいて見ましょう。

KFCの創業者のカーネル・サンダンダース氏はテキサスのカービンという田舎町の州道沿いで旅行客用のモーテルを経営していました。宿泊客の要望によって、ガソリンスタンドと食堂をモーテルの前と横に営業していました。

南部ではフライドチキンはポピュラーな食べ物で、旅行客にも当然フライドチキンを提供していたのです。特殊な調味料と、圧力鍋での調理に工夫を凝らしていたので、フライドチキンは人気商品でした。
現在では、内部を博物館にして、当時そのままの状態を再現しています。
厨房は普通のレストランと同じであり、当初はガス・レンジの上で一般的な圧力鍋を使用し調理していたのです。厨房の片隅には皿洗い機もあり、お皿で普通の料理を出していたことがうかがえます。客席はオークのクラッシックな椅子とテーブルが並んでいます。そのかたわらに、スパイスと圧力釜が展示されています。カーネル・サンダース氏は11種類のスパイスを調合し、塩と、小麦粉を混ぜ、圧力釜とそのスパイスを使うことで独自の味を作り出していたのがわかります。
このサンダースカフェは1940年に開業しましたが、その10年後の50年に州道の代わりにハイウエイが建設され、店舗前の通行量が減少してしまいました。
売上が激減し、商売をやって行く事が出来なくなったカーネル・サンダース氏は評判の良かったフライドチキンで使っていた11種類のスパイスを売り、生計を立てることにしたのです。
しかし、スパイスだけでは売れません、お客は美味しいフライドチキンの調理方法まで教えてくれとカーネル・サンダース氏に要望するようになりました。
やがて経営の方法の指導までするようになり、ケンタッキーフライドチキンと言うフランチャイズチェーンの展開に発展したのです。

そしてチェーン店が600店になった64年に、会社をテキサス州知事などを務めた地元名士のジョン・ブラウン氏率いるビジネスマングループに売却し、それから本格的なKFCのチェーン展開が開始されたのです。
会社を売却後もカーネル・サンダース氏はトレードマークの白のスーツと帽子に蝶ネクタイと言う格好で、亡くなるまで世界中を飛び歩きフライドチキンの普及をしていたのです。
今でも、日本のKFCの店頭にはカーネル・サンダース氏の人形が昔を偲んでいますが、私も空港であの目立つ格好をしたカーネル・サンダースと何回かすれ違ったものです。

では、カーネル・サンダース氏が開発し特許を取った骨付きのチキンを圧力鍋で調理するメリットとその工程を見てみましょう。

<圧力フライの原理>
オープンフライヤーで調理した場合、肉温が70℃以上になっても、骨の内部の髄温は60℃位で、骨から血の色をした髄液が流れ出して食欲を減少させます。180℃の油温でフライしても、常圧では水は100℃で沸騰するので、水分がある限りは品温を80℃以上にすることは難しいのです。
肉の温度を上げようとすると、肉は水分を失い固くなってしまうのでした。

そこで、圧力をかけて揚げることを考えたのです。圧力を上げて揚げると、水の沸点が上昇するため、加圧の程度に応じて100℃よりも高い温度まで食材を短時間で加熱することが出来るのです。
85気圧~2.0気圧で揚げると、水の沸騰温度は116℃~121℃になり、肉の内部温度は90℃に容易に達します。しかも、骨からの肉離れがよく柔らかいのです。液の温度が80℃以上に上がり固まって、流れ出す事がなくなります。
その為、肉の内部の黒ずみがなく髄液の臭いもないのです。圧力をかけて短時間で調理する為、肉の旨味を含んだ水分を失う事がなく、ジューシーなフライドチキンになるのでした。

揚げ方を見てみましょう。
圧力鍋に油を入れガスストーブの上に置き、180℃まで加熱をします。
温度計で油の温度を確認します。
40~45日飼育した重量1kg位のヒナ鳥を9つにカットします。
その鶏の臭みを取るために、牛乳と卵を牛乳でといだバッター液につけます。
次に11種類のスパイスと塩と小麦粉を混ぜたブレディングをまぶします。
ブレディングが十分についたチキンを入れ、蓋をします。
この時のポイントは油の量2に対してチキンの量が1になることです。
180℃の油に入れられた鶏肉の表面についたブレディングは高温の油で天麩羅の衣のように固まります。この衣が鶏肉内部の肉汁を閉じ込めて柔らかく仕上げるのです。

加熱された鶏肉から水蒸気が出て釜の内部の圧力を上昇させます。
一定の圧力に上昇した後は、圧力調整弁から余分な蒸気を逃がしながら、圧力を保つようになっています。
チキンを入れてから数分で油の温度は130~140℃位まで下がってきます。
その温度でも、圧力がかかっているので水の沸点は116℃以上なので肉の調理は充分に行えるのです。
油の温度を130~140℃以上に保つように火の調整をします。
余り温度が低すぎるとチキンの出来上がりが油でべたべたになるので、好みにより温度を調整するのです。調理時間は大体15分間です。

カーネル・サンダース氏は、この圧力フライによる調理の温度カーブの特許を取得し、独特の11種類のスパイスとともに誰にも真似のできない味を作り上げ、世界最大のフライド・チキン・チェーンになったのです。
そのため、ハンバーガー業界とは異なり、直接競合するような巨大なフライドチキンチェーンは誕生しなかったのです。
強力な特許と言う意味ではKFCは偉大な外食企業というべきでしょう。

○会社のページ   http://www.kentuckyfriedchicken.com/
○歴史   http://www.kentuckyfriedchicken.com/about/colonel.htm
○1号店のサンダース・カフェ   住所 exit 29 on Interstate 75 in Corbin, KY.
○問い合わせ   931-381-3000 (内線1)

さて、マクドナルドもレイ・クロックさんがマクドナルド兄弟時代にフランチャイジーとして開店した11号店を博物館にしています。場所はシカゴ郊外の小さな町デスプレインです。何の変哲もない寂れた街です。

創業者のレイ・クロック氏が1955年に1号店を開店したときの売り上げはたった366ドルだったそうです。
でもこの1号店を見学してみると50年前のレイアウトと現在のマクドナルドのレイアウトがさほど変わっていないのに驚かされます。
それだけ1号店の設計が優れていたのだと言えますね。
でも実はレイ・クロック氏は、マクドナルドの本当の生みの親ではないのです。

しかも、マクドナルドはハンバーガーチェーンとしては最初の企業ではありません。米国のハンバーガーレストランチェーンの第1と言われているのはホワイトキャッスル社です。ホワイトキャッスル社は関西のファミリーレストランのサトと提携して1号店を大阪に開きました。
現在の重里社長が店舗で一所懸命ハンバーガーを焼いていたのを思い出します。
http://www.whitecastle.com/

ホワイトキャッスル社は 1921年にカンサス州のウイチタで1号店を開店しました。ホワイトキャッスル社は焼いた挽肉をバンズに挟んで提供するという今のハンバーガーチェーンの商品を既にそのときに開発していたのです。

カリフォルニアのある町で、ディックとマックという、マクドナルド兄弟は、1950年にまったく新しいファーストフードレストランを考案したのです。
今までのドライブインレストランと異なり、ウエイトレスや陶器の皿を使わない、セルフサービス方式のドライブインレストランです。
1種類のハンバーガーとフレンチフライ、シェイク、コーラという限定メニューでした。(当時のメニューを忠実に守っているのは実はマクドナルドではなく、カリフォルニアで大人気のIn&Out社です。)

マクドナルド兄弟は、当時の巨大産業であった自動車産業、特にフォードの、コンベアーシステムの生産性の高さを参考にしようと、当時の自動車工業界で使われていたインダストリアルエンジニアリングという作業改善の手法を用いてハンバーガー店の設計を開始しました。
店を作る前にテニスコートに原寸大のレイアウトを描き作業性を検討したと言う伝説が残っています。この高い生産性を可能にしたレイアウトが現在のマクドナルドの繁盛ぶりを築き上げたわけですね。

マクドナルドの初期の頃のメニューはハンバーガーが11種類であり、そのため全メニューで10品目ほどでした。そのためハンバーガーを事前に調理してウォーマーに保管しておき、オーダーがあったらすぐに提供できるようにしていたのです。これをストック・ツー・オーダーシステムと呼びます。
このシステムによりテイクアウトのビジネスを成功させることが出来、かつドライブスルーのような新しいビジネスチャンスを物にする事が出来たのです。
シェイクを作るマルチミキサーのセールスマンをしていた、レイ・クロック氏がマクドナルド兄弟の店と出合い一目惚れし、兄弟からマクドナルドの権利を買い取り、シカゴのディスプレインというオヘア空港からすぐ近くの町に1号店を開いたのです。
これが現在はレイ・クロック創業の1号店として博物館となっているのです。
実はこの創業の時にはレイ・クロック氏は既に52歳でした。

○博物館の1号店の住所
McDonald’s  #1 Store
Museum 400N. Lee Street Des Plaines, IL 60016
http://www.mcdonalds.com/corp/about/museum_info.html


過去14回ほど米国マクドナルドの調理機器技術50年史を連載しましたね。

これから日本マクドナルドの調理機器技術の歴史を私の体験談を通じてご紹介しましょう。

大阪万博が開かれた1970年代が日本でのファーストフードの夜明けでした。
ケンタッキーフライドチキン、ダンキンドーナツ、ミスタードーナツ、マクドナルド等が続々と日本に上陸。ファーストフードと同時にアメリカ製の機械が日本に導入されたのです。

私はレストラン西武(現、西洋フードシステムズ)の米国ダンキンドーナツ社と技術提携した日本ダンキンドーナツ部門で2年間勤務しました。
まず、池袋ISPと言うショッピングモールでのテスト店の店長を務め、その後、ダンキンドーナツが1号店を銀座に開いた時にドーナツマン(手作業でドーナツを作る仕事)として開店作業に従事したことがあります。
大変売れて、ドーナツのフライヤーの温度の回復が間に合わなくなった経験があります。
当時は売上が高すぎるのが原因だと思っていたのですが、実は日本の当時の都市ガスのカロリー、圧力が低い為、天然ガスを使用しているアメリカの仕様のままでは、売上の高いピーク時に必要な熱量が出なかったことが後でわかりました。しかし、当時の厨房業者や私の知識では問題を解決することができなかったのです。何故フライヤーの温度を保つことができないのだろうと言うちょっとした疑問が後に厨房機器開発の道に導いたのですが、そのときにはそのいばらの道に迷い込むことを何も知らなかったのです。

ダンキンドーナツに2年ほど勤務、ダンキンドーナツ3号店の田無店の店長を1年経験して、当時のレストラン西武の体質に満足できなくなり、外資系のハンバーガーチェーンである日本マクドナルドに転職しました。
日本ダンキンドーナツは技術提携をした純国産の会社ですが、日本マクドナルドは50:50の合弁会社の外資系ですから、もっとシステム化している会社だと思って入ったのが間違いでした。

歩行者天国に格好の良いハンバーガーとフレンチフライ、マックシェイクはピッタリとはまり、各店舗の売上は異常に高かったのです。当時の単価でも歩行者天国の日曜日には数百万円を売るような忙しさです。日曜日のピーク時には、まるでハンバーガーが空飛ぶ円盤のように空中を舞うような状態です。フレンチフライを揚げるフライヤーは170℃と高温に保たれてないといけないのですが、冷凍ポテトを連続して揚げ続けると、指を入れられるくらいに温度が下がってしまいます。
奥行き900mm、幅1500mmのグリドルには冷凍パティが全面並び、湯気がほわーっと昇りミートパティを焼くというより蒸すというような状態でした。

当時日本は冷凍のパティで最初からスタートしたにもかかわらず、グリドルをフレッシュミート用の温度リカバリーの遅いタイプを導入していたのです。
そのため、本来は綺麗に焼け焦げがつくのに蒸し上げるような状態になってしまい、生焼けのハンバーガーを販売していました。
当時はまだ危険な腸管出血性大腸菌O-157が発生する前であり、お客様に生焼けのクレームを言われても「本場のハンバーガーはミーディアムレアーで食べるのが当たり前ですよ」と平気な顔で答えていたりした。今考えると恐ろしいですね。

このグリドルの問題が更に表面化するのは通常の2.5倍の、大型のミートパティを導入する事になってからでした。フレッシュミート用の機器はサーモスタットが温度が下がるのを感知するとガスバルブを徐々に開けていき、負荷が最大になるとバルブの開度を大きくして供給ガス量を増やし、温度が戻っていくとガスバルブを徐々に閉じていき、オーバーシュートしないようにしてあり、温度の安定性は大変良いものでした。

しかし冷凍の熱負荷の高いミートを焼くには温度の回復が遅過ぎたのです。
さらに、温度センサーがグリドルの鉄板の下部に接触して取り付けられており温度の感知も悪かったのです。

さて、店舗での調理機器の問題を体験した私は入社2年後にスーパーバイザーと言う4~5店舗を管理する仕事に就くようになりました。
スーパーバイザーの大きな仕事は店舗のQSC(品質、サービス、クレンリネス)の維持と人・物・金の管理です。QSCの管理のためには店舗を無予告抜き打ちで訪問し状態をチェックする仕事があります。
最初のうちは1時間ほどの簡単な店舗状態のチェックでしたが、それでは店舗のレベルが向上しないということで、「コンサルテーションリポート」と言う詳細なチェック方法が導入されました。このレポートの作成に携わることが、私を調理機器開発と言う泥沼の戦いに導くことになったのです。

法学部を卒業した私が、調理機器に興味を持つようになったのは好奇心でしょう。その始めはスチーマーでした。
マクドナルドのメニューに、フィレオ・フィッシュと言うお魚のサンドイッチがありますね。ミートパティを使用したハンバーガーに使用するバンズ(パン)はトーストして焼いたミートパティをはさみますが、フィレオ・フィッシュはバンズを蒸してサンドイッチします。具とバンズの硬さが同じにならないといけないからです。
当時バンズを蒸すために米国ではエンバーグローと言う会社のスチーマーを使用していました。
蒸気を発生させるためにスチームアイロンのように蒸気の穴が開いている厚いアルミ板に、もう一つの穴が開いていないアルミ板を重ね、その間にそれぞれの穴から蒸気が漏れるのを防ぐシリコンゴムのパッキングを挟んで、ボルト締めをします。
水にはカルシウムやマグネシウムが含まれていますから、何ヶ月か使っているとその蒸気穴や水路に詰まって蒸気が出なくなります。電気ポットを使っていると下部に白い結晶物が溜まるのと同じです。まだ店長になる前のアシスタントマネージャーの頃です。
スチーマーが詰まってバンズが蒸せなくなりました。
歩行者天国で忙しい日曜日です。これは大変とドライバーで穴に詰まった石を取り除いたら、旨く蒸せるようになりました。
それを見ていたスーパーバイザーが「王君、凄いね、良くやったよ」と褒めてくれました。そのスーパーバイザーは褒め上手の人だったのです。大したこともしないのに褒められたので気分がよくなり、もっと機械を直そうと思いはじめたのです。

当時ハンバーガーも売れていましたが、5月の連休時には歩行者天国に人があふれて、その暑さに冷たいマックシェイクが飛ぶように売れるのです。
当時のマックシェイクは、カップにまずシロップ(当時はバニラ、苺、チョコレート)を3/4オンス入れます。次に、ソフトクリームマシンのようなシェイクマシンで固めたソフトクリーム状のミックスを一定量入れ、それをマルチミキサーというミキサーで攪拌して、シロップを均等に混ぜ飲みやすくします。
通常のミキサーは一つのスピンドル(攪拌機)に一つのモーターなのですが、マルチミキサーは一つの大きなモーターで5つのスピンドルを駆動します。
モーターに大きなプーリーをつけ、そのプーリーが各スピンドルを駆動するのです。その駆動力を旨くコントロールするためにプーリーとスピンドルモーターの間隔を調整しなくてはいけません。
それを日曜日などの朝にきっちり行うとマックシェイクの製造時間が短縮し、販売能力が高まるのです。
次に挑戦したのはその間隔調整です。
間隔調整に使ったのは車で使用するプラグのギャップ調整機でした。
マクドナルドの当時の教育システムは2段階ありました。
新入社員や中途入社社員は入社時にBOC(ベーシック・オペレーション・コース)と言う2週間の基礎コースを受けます。
このコースは店舗運営で必要な最低限のQSCと人・物・金の知識です。
それが終了すると店舗に戻、MTP(マネージャー・トレーニング・プログラム)を実施します。数ヶ月のコースで毎日学ぶことがかかれており、店長の指導のもとにそれを実施していきます。
それが終了し、スーパーバイザーのチェックに受かると、マネージャートレーニー(見習い)からアシスタントマネージャーへ昇格します。
次に店長を目指すためにはファースト・アシスタント・マネージャーにならなくてはいけません。
一人で忙しい時間に店舗を切り回す際、他店舗担当のスーパーバイザーが無予告で訪問し、能力があるかどうかをチェックするのです。
もちろん、損益計算書を作れるかなどのペーパー管理能力もチェックします。
この厳しいチェックに合格すると、AOC(アドバンス・オペレーション・コース)を受講することができます。これは一週間のコースです。
私はBOCの時にはまじめな生徒ではなく、点数は芳しくなかったのです。
でも、後で研修コースでの成績は給料と昇進に大きく影響すると言うことがわかり、今回は真剣に勉強をしました。そのお陰で、首席で卒業することができました。

さて、AOCの講義内容で特徴的なのは人間管理を詳細に勉強するのと同時に、調理機器の知識を学ぶことでした。
マクドナルドのように単品で持ち帰りの商品の場合には瞬間的な売上げが大変高いので、調理器の作動原理から、簡単な修理、メンテナンスを教えます。
そして店舗で実際に調理機器を分解清掃する実習も組み合わせる、大変実用的な講義です。
このAOCで私はマクドナルドの調理機器の作動原理と分解清掃方法を学ぶことにより、より調理機器への興味がわいてきたのです。

そして、店長になり、入社後2年目でスーパーバイザーに任命されました。
当時は社員の数に比べ、店舗展開の速度が速いので、2~3年でスーパーバイザーになれたのです。現在ですと超特急でも10年、平均で15年くらいですからずいぶん出世が早かったのです。

スーパーバイザーになり、品質管理に真剣に取り組む必要性が出てきました。
それが、スーパーバイザーが品質管理のために行う店舗のチェックリストの作成でした。マクドナルドのスーパーバイザーは顧客から見た品質としてQSCと言う、品質、サービス、クレンリネスの3つを管理しなくてはいけないのです。
でもそれだけでは企業として成り立ちません。売上げと利益を継続的に伸ばすためには人・物・金の3つの分野を管理しなくてはいけません。

当初は顧客から見たQSCの管理として、「SVR(ストアー・ビジテーション・リポート)」と言うチェックリストを作成していました。
店舗を無予告で訪問し、顧客の視点でQSCをチェックし、点数をつけます。
マクドナルドは顧客を待たせないようにあらかじめハンバーガーやマックフライポテトを作り置きします。でも賞味期限をハンバーガーで10分、マックフライポテトで7分と設定し、時間が経過したら廃棄します。
作り置きをする量が少ないと品切れで顧客を待たせるし、あまり作りすぎると廃棄ロスが増えて利益が低下します。そのバランスが難しいのです。
店舗前を通る人の数を見ながら販売予測をする技術が難しいのです。

店舗に入ったら、まず、どの位商品を作り置きしているか、賞味期限を守っているか、を観察し記録します。
次に商品を購入してマニュアルどおりに作っているか、温度は正しいかを確認します。ハンバーガーであれば肉にきちんと火が通っているか、焦げ目がきちんとついているか、バンズは綺麗な狐色に焼けているか、をチェックします。
コーラであれば、温度と氷の量が正しいか、炭酸ガスの量が適正かをチェックします。もちろん、注文してから1分以内で提供されるかも大事です。

注文受けをしたアルバイトが、正しい手順で商品を提供するか、つり銭を間違えないか、レシートをきちんと手渡すか、注文時に他の商品のお勧め売りをするのか、笑顔があるのか、を瞬時にチェックします。
クレンリネス、清潔さについては、店舗入り口周辺、窓ガラス、客席の床、テーブル上、トイレ、厨房内を瞬間にチェックします。

店舗に入って15分ほどで以上の点をチェックし、チェックリストに記入し、店舗の責任者に伝えます。このチェックは1店舗に月に2回実施します。
訪問するたびに問題点が解決しているか、改善されれば良いのですが、改善されなければ担当の社員や店長の評価が下がり、昇給やボーナスに影響するようになっていました。

このストアー・ビジテーション・リポートは効果があるのですが、店舗の根本的な解決にはなりませんでした。
店舗をほんの15分で判断することは十分ではないのではないかということになり、店舗の総合的な診断を行うべきだと言うことになったのです。
それが「コンサルテーションリポート」と言う総合診断でした。

この綜合診断は店舗に実施時期を数ヶ月前に予告し、事前にチェックリストを渡し、店舗であらかじめ改善をさせておきます。
清掃が必要な箇所は清掃し、修理が必要な場所は業者に直してもらうか、自分たちで修理を行います。料理の提供時間もあらかじめ計測し、問題があれば、従業員のトレーニングを行うなど対策を行います。この総合診断の目的は店舗自ら問題点に気がつき、改善をさせると言うものです。

そして、予告した日にスーパーバイザーが店舗を訪問し、店長とともにすべての箇所をチェックしていきます。
品質であれば、ハンバーガーの肉の重量、形状、冷凍状態から、バンズの気泡、直径、厚さをノギスで計測します。
そして、ハンバーガーを焼くグリドルの温度の設定、バンズを焼くトースターの温度と時間設定、炭酸飲料の温度と炭酸ガス濃度、希釈倍数のチェックなど、計測機器などを使用して詳細に記録をつけていきます。
さらに、人の教育や計数管理もしっかり行っているのかも確認してきます。
販売面では、マーケティング面では、商圏の把握、近隣への販売促進はどのように行っていくのかを見ていきます。
次は利益管理ですね。
エアコンの温度設定から、原材料のロス管理、人件費管理まで詳細にチェックします。

この総合診断は朝から晩まで2日間かけて徹底的におこないます。
導入当初は劇的な効果が出ました。ところが、何回か実施するうちに改善していない問題が発生しました。改善していないのが、店長の責任であれば良いのですが、調理機器や食材が悪いため、品質のスコアーが悪い場合は、どのような対策も効果がないのです。
それが、グリドルの温度ムラや温度回復力、トースターの温度ムラや回復力でした。ハンバーガーのミートパティが綺麗に焼けない理由はグリドルのせいだけではありません。冷凍のミートパティが平らで円滑でないといけないし、冷凍焼きを起こしてもだめです。つまり、原材料の加工工程自体も大事なのです。

当時のマクドナルドは初期入社の10名の人が作り上げ運営をしていました。
マクドナルドに入って驚いたのはマニュアルが手書きでガリ版刷りだったことです。私が以前に勤務していたダンキンドーナツはきちんとしたマニュアルがあるのにずいぶんだなと感じていました。

そして、スーパーバイザーになって1年ほどして米国研修旅行のチャンスを与えられました。まず、西海岸の店舗を1週間ほど見学し、シカゴ郊外にあるマクドナルドのハンバーガー大学のAOCを受講するのです。
この研修旅行が私にとっては大きな転換点だったのです。
店舗で見る機械、食材、オペレーション、そしてマニュアルが日本とは全く異なるのです。それは衝撃的でした。当時の日本マクドナルドはとりあえず店舗を作ることが大事で、細かいことには目が行き届いていなかったのです。
主力商品のハンバーガーを調理するグリドルは外観こそそっくりですが、肝心のガス燃焼部分が全く異なっていたのです。当時の米国の調理機器マニュアルは詳細なもので、機械の部品から交換方法まで詳細に記載されていました。
私はハンバーガー大学で依頼して当時のすべてのマニュアルを持って帰ることにしました。

帰国後、それらのマニュアルを読むにつれ、調理機器や原材料の問題は店舗を預かる私たちの仕事ではない、資材部(商品の仕入れと品質管理を担当)や機器開発部(調理機器と店舗設計施工担当)の仕事だと不満を持つようになりました。上司の米国人にそれを訴えていました。
ある時に米国の副社長が日本を訪問し、上司の米国人と一緒に食事をしました。副社長は「何か問題があれば遠慮なく言いなさい」と言うので、原材料が悪いことや調理機器が悪いことを訴えました。彼は「それは王君、君が直しなさい」と言うではありませんか。

私は「私の仕事は店舗の管理であり、機械や食材はその専門の部署が改善するべきだ。それに機械や食材の知識は学んでいません」と答えました。副社長は「問題を感じる人がその問題を解決するのだ。私もそれらの知識を持っていなかったけれど、勉強して自ら改善してきたのだ。他の部署の責任だと逃げないで自分で勉強して改善したまえ。そのために必要な予算はあげるし、失敗してもかまわないよ」というではありませんか。この一言で私の逃げ道はなくなり、それから真剣に品質管理に取り組まざるを得なくなったのです。

最初の課題はバンズトースターです。
マクドナルドのハンバーガーは切り口をトーストして提供します。
トーストする理由は予め工場で焼き上げたバンズを温かくするためと、切り口を狐色に焦げ目をつけて、ケチャップや肉汁などが染み難くするためです。

マクドナルド創業時にはバンズはミートパティを焼き上げる鉄板に切り口を下にして並べ、上に蓋をして焼き上げていましたが、売上げが上がりミートパティを大量に焼く必要が出てくると、バンズ専用の電気トースターの導入を行うようになりました。
ヒーターを鋳込んだアルミにテフロン加工したトースターで、同時に24個のバンズを焼き上げることができます。温度制御はサーモスタットで行い、華氏400度(摂氏204℃)に保ちます。トースト時間の55秒はタイマーで制御します。
理論的にはきちんと焼きあがるはずですが、切り口全体が綺麗な狐色になりません。この原因はバンズの製造工程とトースターの構造にありました。

まず第一の原因のバンズですが、マクドナルドのバンズはスペック(仕様基準)があり、クラウン(上部)とヒール(下部)の直径、厚さが厳格に決められています。トースターはその基準内のバンズを焼けるようになっているわけでその基準以外の寸法のバンズは綺麗に焼けないのです。工場で焼き上げたバンズは、バン板からはずされ、コンベアーの上で冷却されます。十分に冷却したバンズをバンドソーでスライスするのです。十分に冷却しないでバンズをスライスするとスライス後にバンズが乾燥して切り口が反ってしまい、綺麗に焼くことができなくなるのです。バンズの製造工程では、バンズの肌理の細かさ、厚さ、スライスの状態が大変重要なのです。

マクドナルドは創業時、日本側は藤田商店の藤田田氏と、H氏が経営するD製パン(第一製パン)が25%ずつ、米国側が米国マクドナルド社50%の出資と言う形態でした。藤田田氏は主に女性向けブランド商品の輸出入業者として成功していましたが、食の関係はあまり詳しくないので、バンズを製造する能力のあるD製パンと提携したのでした。

ファミリーレストランは店舗での作業を省力化、標準化するために、自社でセントラルキッチンを設け、加工した食材を店舗に運び込みます。つまり、食材の加工と物流を自社で行うのが特徴です。そのために多額の設備投資と不慣れな食品製造を行うと言う負担が生じます。そこで、米国生まれのファーストフードは食材等の原材料の加工を専門の食材メーカーに任せます。製造された各食材を集荷し、それを店舗に配送するためにディストリビューターと言う専門の配送業者を作りました。食材の製造工場と配送業者はマクドナルドとは資本関係のない外部業者です。
これにより、食材の製造、配送、をアウトソーシングし、店舗展開に100%投資をすることを可能にしたのです。

D製パンはバンズの製造とバンズの配送だけでなく、その他の食材(冷蔵、冷凍、常温)の配送も受け持つことになりました。株主として、食材の製造と配送を受け持つことは小回りがきくと言うメリットがあったのですが、マクドナルドの要望を聞き入れないと言うデメリットも生じました。
当時のD製パンは大変優れた製造技術がありましたが、マクドナルドの厳しいバンズ基準に適合するためには大変な努力が必要でした。店舗からはバンズの形状、重量、スライスについて様々なクレームが出ましたが、大株主としての立場に安住してか、なかなか対応をしてくれませんでした。
店舗サイドとしては口頭でクレームを言っても埒が明かないので、コンサルテーションリポートのバンズの寸法を明記し、全店の問題点を記録するようにしました。また、問題が発生した時点で、クレーム報告書を作成し、ポラロイドカメラで撮影した画像を添付して全店から問題を集める様にしたのです。
この問題の改善については、後に藤田田氏と藤田商店側がD製パンから株を買い取ることになりました。
その後に全く資本関係のない、Fパン(フジ製パン)にバンズの製造を依頼するようになり、やっと品質問題が解決したのです。

次の問題はトースターの加熱能力です。
マクドナルドのバンズトースターは、204℃±7℃で温度を保つはずですが、計測すると±20℃もあり、焼け色に濃淡が発生しました。また、24枚のバンズを焼き上げる大きなアルミ板のゆがみの発生なども均一な焼き色がでない原因となりました。
その原因を追究すると、温度を保つためのサーモスタットの精度が低いことがわかりました。当時のサーモスタットはロバートショー社製の液膨張型を採用していました。
センサー部分がトースターの側面に接触して温度を感知するのですが、その接触が十分でないと言う問題がありました。
そこで、全店に情報を流しサーモスタットセンサーの接触方法を確認させ、改善を促しました。しかし、それでもセンサーの特性上十分な精度になりません。
当時のロバートショー社のサーモスタットは使用していたスロータイプの感度の遅いものと、クイックアクションタイプの精度の高いものがありました。
マクドナルドで使用していたサーモスタットはスロータイプのものでしたので、クイックアクションタイプのセンサーに変更することにしました。

温度制御は改善したのですが、バンズを24個焼き上げるときと12個焼き上げるときとでは焼き上がりが異なります。
一度に24個を焼き上げるトースターは精度上均一の間隔にならないのです。
米国視察の際に米国はその問題を解決するために12個ずつ焼き上げるトースターを2台に変更していました。
そこで、12個焼き上げるトースターに変更を要望したのです。

さて、温度はトースターだけでなく、ミートパティを焼き上げるグリルやフライヤー、マックシェイクのシェイクマシンの品質管理には大変重要です。
温度計測が品質管理の基本ですが、当時の温度計は大変原始的で、グリドルやトースターの表面温度を計測するにはバイメタル式の温度計を、フライヤーは高温対応の水銀温度計を、シェイクなどの低温はアルコール式の温度計を使用していました。
グリドルやトースターなどの表面温度を計測するバイメタル式は、使っていると汚れやカーボンなどが堆積し精度が狂ってきます。数個の温度計を並べ平均値で測定するなどといういい加減な温度計測でした。
ここで、正確な温度計の必要性が出てきたのです。
そこで、温度計メーカーを探して、精度の高い機械式の温度計を探してきました。
当時、サーミスター式という温度センサーとメーターの組み合わせが販売されていたので、それを標準温度計としました。ところがこの温度計はサーミスターと言うセンサーの特性から、ある一定の温度幅以外の精度が低く、また、使っていくうちに精度が大幅に狂うと言う問題にぶつかりました。しかし、予算の関係上店舗では問題のある温度計を継続して使用せざるを得ませんでした。

そこで精度の良い温度計をスーパーバイザー専用に数台購入して、コンサルテーションレポートの作成時に使用することにしたのです。スーパーバイザーが使用する精度の高い温度計もサーミスター式でしたが、当時、日本のサーミスターの製造トップメーカーの製造する温度計で店舗の温度計の5倍はする高価なもので、精度は大変に高かったのです。
しかし、温度センサーの熱容量が高く、正確な温度を計測するのに大変時間がかかると言う欠点がありました。
その頃に米国のセンサーメーカーと提携して、熱伝対(サーモカップル)方式のセンサーとデジタル表示を組み合わせる温度計が販売されました。
当時の高精度な温度計の3倍もする価格でしたが、精度が高く測定速度も物凄く速く、正確な温度を計測するのに向いていました。これを店舗に導入したかったのですが、価格があまりにも高すぎて不可能でした。

当時、私はスーパーバイザーで店舗の問題点の改善に取り組んでいましたが、所詮素人で毎日が勉強の連続でした。
当時アメリカのエンジニア部門の副社長で天才エンジニアだった、ジム・シンドラー氏が日本の建設部(後の機器開発部)の指導にあたっていました。
シンドラー氏は日本が大好きで、日本に長く滞在することが多かったのです。
氏は発明家ですから、常に新型の調理機器の開発に余念がありませんでした。
第2回目でお話した全自動のハンバーガーマシンを米国で開発していたのですが、それとは別なアイディアを日本で実現しようとしていたのです。

米国で開発中の全自動のハンバーガーマシンはミート一枚分の鉄板で上下からミートを挟んで焼き上げる形式でした。
氏が日本で開発を考えたのは、鉄板の代わりに向かい合った36本の熱せられた鉄棒の間をミートパティが下部から上部に上がりながら焼き上げるローラーグリルでした。
冷凍のミートパティを焼き上げるには多大な熱カロリーが必要です。その主な熱カロリーは肉の70%を占める水分です。冷凍の肉を焼き上げると肉内部の凍った水分が溶けて蒸発し大きな熱を奪うのです。ローラーグリルは焼き上げる肉の水分が鉄板に接しないで下に垂れるために熱効率がよいというコンセプトでした。
氏はそのローラーグリルを日本のベンチャー企業に依頼して開発しようとしたのですが、氏は常時日本にいるわけではありません。そこで、日本マクドナルドの建設部(店舗の設計施工と調理機器の設計開発、メンテナンスを担当)にフォローアップを依頼しました。
しかし、日本のエンジニアはその機械を見て、こんな複雑な機械の開発を手伝わされたら大変だという事で皆逃げ出してしまい、何もわからない筆者が手伝わされる羽目になってしまったのです。氏と仲の良い日系米国人(米国側より派遣された運営部顧問)が機械の改善を担当している私に目をつけ、上司の特権でやれと命じたのです。

さて、このローラーグリルは温度制御が複雑であり、サーミスターセンサーのアナログ温度計では応答が遅く、温度計測に1時間も時間がかかってしまい、温度データを取るだけで一苦労でした。
当時、ある大手の温度計測メーカーY社から、初めてサーモカップルセンサーを使用したデジタル表示の温度計が発売されていました。値段が高かったので当時の会社でも1台しかなく引くてあまたの人気機種でした。

あるときに寒風吹きすさぶ赤城山の麓で温度計測をしている際に、アナログ式サーミスターセンサー温度計メーカーS社の老齢のエンジニアが筆者に合流しました。S社はローラーグリルの温度コントロールを作っていたのです。温度計測をする際にその老エンジニアに、S社の温度計とY社のデジタル温度計を比較してみせ「あんたの会社の温度計は時代遅れだ」と文句を言いました。
顔色を変えた老エンジニアは「何だそんなもの、俺の会社で作ってやろうじゃないか」と言うではありませんか。
名刺を交換してみると、何とその老エンジニアはS社(現在は上場会社)の創業社長ではありませんか。
それからS社を毎週訪問し、別のエンジニアに温度計のセンサーのレクチャーを受けながら新型の温度計の設計に取り組んだのです。

今まで、バイメタル、サーミスター、サーモカップル、とセンサーの種類を述べてきましたが、レクチャーを受けるまでその意味がわかりませんでした。素人の怖さですね。
バイメタルと言うのは熱膨張の異なる2つの金属を張り合わせ、熱膨張で金属が変形する量を温度計測に当てる形式です。
サーミスターと言うのは金属酸化物や半導体などが、温度で電気抵抗値が変化することを利用して温度を測る物で、半導体の一種です。低価格で一定温度帯で精度が大変高いのですが、精度が高い温度帯は狭いので、冷凍温度のマイナス30℃~250℃と言う広い温度幅の計測をしなければいけないマクドナルドの用途には不向きだったのです。また、センサーが焼成した半導体で大きく、感度が鈍いと言う欠点もあったのです。それが上記の計測が遅いと言う不満につながっていたのです。http://www.comb.kokushikan.ac.jp/lecture/envmeasure/node23.html

サーモカップル(熱伝対)とは、2種類の異なった金属を張り合わせ温度をかけると微量な電流が発生し、その電流値を読み取り温度表示をするものです。
このサーモカップルは形状がフレキシブルで、応答速度がよいというメリットがありました。一般的に使用するサーモカップルにはCAと言う表示があります。
その他、CCとかあります。
CAとはクロメルとアルメルという金属の組み合わせで、温度精度が比較的安定し、金属も色々な食材に接触しても劣化しないと言うメリットがあり幅広く使われています。その他、CCとはコンスタンタンとカッパーの組み合わせで低温域の精度が高いと言う特徴があります。その他色々なサーモカップル用の金属の組み合わせがありますが、それぞれの精度、特徴を見て用途別に使用するのです。食品用にはCAが一般的に使われています。http://www.comb.kokushikan.ac.jp/lecture/envmeasure/node20.html

そんなことを勉強しながら、マクドナルドで使用する温度計の仕様書を作っていったのです。素人の恐ろしさです。レクチャーを受け、専門書を読んでいると色々なことがわかります。温度計には誤差があります。
測定温度プラスマイナス何度が誤差なのですが、多くの温度計に表示されている誤差は測定可能な最低温度と最高温度の差に対して、数パーセントの誤差が発生すると表示します。それを真に受けると10度以上の誤差が一般的なのです。でも私が求めているのは各温度帯で何度の温度の誤差があるかと言うことです。この誤差表示はJIS(日本工業規格)で定められたものでした。

今回使用するCAセンサーの特性を見てみると、どの温度帯でも安定した直線性(リニアリティ)を持っています。各温度に対して発生する電流値の誤差が少ないのが良いのです。その数値を見てみると、各温度に対して±2の誤差の範囲だったのです。素人にわかりやすいのは「温度誤差±2」と言う表示なのですが、JIS表示ではそのような表示はできません。しかし、企業内で使用するならそれで良いではないかということになりました。

次にその誤差の保証です。
本当に誤差が各温度帯で±2℃なのかを保証しなくてはいけません。メーカーにより実温度を測定して、温度校正をして温度計を販売する場合がありますが、とてつもない費用がかかります。
そこで注目したのが、S社の工場です。私が何か機械や食材を開発する際には必ず工場や農場を確認します。現場には色々なヒントや問題が隠されているからです。
S社の工場を見たときに注目したのが、温度校正槽が数十台と沢山並んでいることでした。S社の本業はサーミスター素子の製造です。沢山の素子を製造し出荷する際に抜き打ちで温度精度を校正しているため、多数の温度校正槽を持っていたのです。その温度校正槽で温度チェックをしてもらえればよいのですが、多額の費用がかかります。そこで、部下の社員を大量に動員し、当時発注しようとしていた100台の温度計の温度校正を行うことにして、温度校正費用を無料に仕立てたのです。こんなことをやれるもの素人の恐ろしさです。

また、マクドナルドは米国で作られましたから、度量衡は華氏やインチ、オンス、を使います。
グリドルの温度は華氏400度、摂氏204℃と華氏のほうが覚えやすいのです。そこで、デジタル表示なんだからスイッチで摂氏と華氏を切り替え表示できるようにして欲しいと依頼しました。
しかし、度量衡法の規制でそれは違法です。そこで、法律を調べました。
すると摂氏の時には204℃と表示しても華氏の時には400とFの表示をしなければ問題ないということがわかりました。
そこで、その切り替えスイッチを組み込むことにしたのです。

次は使い勝手です。
通常の温度計は片手に表示部分を持ち、反対の手にセンサーを持って計測するのですが、計測数値をメモする時にいちいち表示部分をテーブルの上に置く手間があります。そこで温度計を首にかけるようにして、十分な長さの温度センサーケーブルにすることにしました。

次はサーモカップルセンサーCAの応答速度の問題です。
細い(または薄い)2つの金属を張り合わせ、保護ケースに入れます。高温の油の温度計測をする場合にはその保護ケースが太いと温度測定時間がかかるし、誤差が発生します。細いと破損の恐れがあります。
グリル用の表面温度計センサーも同様の問題です。
グリルは温度に敏感ですから、温度計センサーが表面に置いただけで数度の温度が低下します。
そこで、温度計センサーの熱容量を最小にし、かつ耐久力を持たせる工夫をしました。これは店舗で実際に使ってどこまで許容するかを調べなくてはいけないのでした。また、競合の温度計を数社買い求め、仕様の比較をしたのです。

次は温度計の保護でした。
精密機械の温度計の計測部分は、落下すれば下は固いタイルですから、壊れてしまいます。でも精密機械を扱いなれていない店舗の従業員ですから、落とす可能性は十分にあります。そこで衝撃を吸収できる厚い保護ケースを作りました。そして落下して床に接触する部分には緩衝部分を設けショックを吸収する工夫をしました。緩衝部分には充電池のコードを確保するようにしました。
この部分にはボタンをつけるのですが、一つでは耐久力に心配です。
そこで2つのボタンをつけて耐久力を増しました。
通常の温度計は使い捨ての電池を使用していましたが、マクドナルドで温度を計測する際には、電気屋が営業していない深夜ですから、電池切れになっては困ります。そこで、コストアップを覚悟に充電式の電池を採用し、電池が切れても電源ケーブルをつないで充電しながら計測できるような工夫を凝らしました。
(今では24時間営業のコンビニがどこにでもありますから、こんな必要はなくなりましたね)
これだけ壊れないように開発しても忙しい店舗ですから、床に落下させたり、水につけたり、フライヤーで揚げたりと、必ずトラブルはあります。
トラブルがあった際にどのようにしてメーカーに送り返すか説明書に書いてあるのですが、店舗は説明書をすぐになくしてしまいます。
そこで、計測器のケースに丈夫なラベルで取り扱い説明とメーカーへの返送の方法を印刷し貼ることにしました。店舗の現場ではこんな細かい工夫も必要なのです。
さて、温度計を開発し100台を発注することになった時です。
1台7万円と当時使用していた精度の低い温度計の3倍ほどの値段でした。
でも、同じ機能の他社製品は15万円もしたので、それに比べれば半額です。
しかし、100台となると700万円も必要です。
そこで、提案書(稟議書)を書き、分厚い開発資料を添付しました。
当時の上司の運営部長はそれをチラッと見るなり「俺はこんなのわからないから判子を押してやるから、お前責任持って社長(当時の藤田田氏)に説明しろ」と言うではありませんか。普通は上司の運営部長が社長に説明するのですが、しょうがないので、私が直接持参し判子をもらいました。

その高精度の温度計を全店舗に導入し、店舗の温度計測の基準は大幅に向上し、それからの調理機器や食材の品質改善に絶大なる効力を発揮しました。
私はこれは成果だから当然お褒めの言葉をもらえるのかと上司に聞いたら「馬鹿、古い温度計の処理はどうするんだ、あれだけで数百万浪費したじゃないか」と逆に怒られてしまいました。マクドナルドって厳しい会社だなと実感させられたのでした。

温度計には後日談があります。
この温度計の開発に味をしめ、もう一つの温度計の開発に取り組みました。
開発した温度計は精度が高いものでしたがそれでも±2℃の誤差があります。
当時品質改善を迫られていたマックシェイクの温度計測にはその精度では不十分です。±0.1℃の誤差が必要ではないかと思いました。
そこで、それまで学んだセンサーの知識をフルに使い、精度の格段に高い白金抵抗体を使用したセンサーを開発することにしました。例によって販売されている各社の温度計を購入し、使用し、特性を把握して、メーカーのレクチャーを受けながらの開発です。

その結果、短期間で±0.1℃の温度計の開発に成功しました。しかし、商品化には失敗です。その理由は温度計の精度は高いのですが、肝心のシェイクマシンの温度制御がそんなに精度が高くなかったからでした。あまり理想を追ってもだめだと言う教訓でした。
この温度計の開発にはスーパーバイザーになってから、ハンバーガー大学プロフェッサー、そして統括スーパーバイザーになるまでの5年ほどの月日が必要だったのです。でもこの温度計の開発を通じて色々な勉強をしました。

最近、高度な衛生管理のHACCPと言うシステムがありますが、このシステムで重要なのは温度管理です。
今ではデジタル温度計が普及していますが、温度計は使っていくうちに必ず狂いが生じます。その狂いが適切な範囲内なのかを計測することが、HACCPでは必要なことなのです。CAなどの熱伝対を使用するデジタル温度計は直線性があるので、0℃と100℃の2点で温度を計測して誤差を測ればよいのです。
0℃を作るにはカップに氷と水を入れ、攪拌すると0℃になります。
100℃はお湯が沸騰する温度ですね。
でも夏などのように外気温が35℃にもなると水道水の温度も30℃を超えますから、カップに氷と水を入れても3~5℃にしかなりません。
そこで、カップを2つ用意し、一つのカップにたっぷり氷を入れ、そこに水道水を入れ攪拌して冷やします。もう一つのたっぷり氷を入れたカップに冷却した水を入れさらに攪拌するとようやく0℃の水になるのです。
沸騰温度も同様です。
鍋でお湯をぐらぐら沸いた状態でも蓋が開いて蒸気がどんどん出ると、温度は98℃程度にしかなりません。そこで、蓋をした薬缶で湯をぐらぐら沸かし、注ぎ口からセンサーを入れて計測すると100℃になることを発見しました。

その温度校正の手法を明記しマニュアル化したのです。
でも現在のHACCPの本ではそんなノウハウは書いていませんから多分、温度校正をした方は温度計が狂っていると慌てるはずです。
温度計開発5年の経験が生きていると言えるでしょう。

温度センサーの知識http://www.comb.kokushikan.ac.jp/lecture/envmeasure/node19.html


以前もご紹介しましたが、ダンキンドーナツ1号店を銀座に開いた時、爆発的に売れてドーナツ・フライヤーの温度の回復が間に合わなくなったことがあります。
その後、転職したハンバーガーチェーンのマクドナルドも同じ問題を抱えていましたが、売上が高いために問題はもっと深刻でした。
ピーク時にはフレンチフライを揚げるフライヤーに指を入れられるくらいに温度が下がってしまい、グリドルからは、湯気がほわーっと昇りミートパティを焼くというより蒸すというような状態だったのです。

その本当の原因は日本のインフラが貧弱だったことです。
現在では日本のほとんどの都市ガスは発生カロリーの高い天然ガスを使用していますが、当時の日本はコークスを製造する際に発生する石炭ガスや石油から製造するガスをミックスして使用していました。そのため、発生するカロリーは低いし、ガスの供給圧力も低かったのです。
そのため、昼や夕方のピーク時は、他のレストランや家庭で調理に使用するガスのために店舗のガスの供給圧力が低下するという問題を抱えていたのです。

もう1つの原因は日本側の機械に対する理解度不足です。
銀座第1号店に開店した時には3日で作り上げたことが話題になっています。
当初は調理機器のグリドルを米国から輸入したのですが、天然ガスの仕様しかなく日本のガスでは動かなかったようです。
そこで見よう見真似で外観はそっくりのグリドルを作り上げました。米国の機械とは性能が全く異なるのです。

3つ目の問題は米国マクドナルドの進化の早さについていけないということでした。米国マクドナルドの創業時には企業規模が小さかったので、ハンバーガーのミートパティは地元の肉屋に依頼してフレッシュのミートパティを製造してもらい、店舗で焼いていました。
ちなみにマクドナルドで使用しているレギュラーのミートパティは45gですが、これは特殊なサイズではありません。
テン・ツー・ワン1:10という呼名のパティで、1ポンド(450g)のひき肉から10枚のパティを作り上げるという意味で米国の標準規格です。
当時の脂肪含有量も16~17%と肉屋で一般的に販売している脂肪含有量でした。
バンズも同じく、4インチバンズという直径が4インチ(約10cm)のバンズで、米国の標準バンズです。
ちなみに、米国の食品スーパーに行くと、4インチバンズや1:10のミートパティを購入することができます。米国人はそれを買って公園や庭でバーベキューを楽しむのです。しかし、街の肉屋でミート・パティを製造していると品質管理の問題が発生します。悪い肉屋ですと脂肪含有率を上げてしまったり、賞味期限が3日と短すぎて廃棄ロスが多いということでした。
そこで、ミート工場でミートパティを集中製造しそれを冷凍保存し、店舗まで冷凍流通するようにしました。
冷凍のミートパティは保管期間も長く便利だったので、日本では1号店の銀座店の頃から冷凍のミートパティを使用していました。
しかし、冷蔵のミートパティと冷凍のミートパティでは焼き上げるのに必要な熱カロリーが大幅に違うのです。ミートパティの重量のうち約70%は水分ですが、氷の状態から解凍するために通常の80倍の熱量が必要なのです。ですから、グリドルは冷蔵と冷凍では仕様が全く異なっていたのです。しかし、当時のスタッフも技術陣もそれを知りませんでした。

日本で製造を開始したグリドルはまだフレッシュミート用の温度回復(リカバリー)の遅いものだったのです。
冷蔵ミート用の機器はサーモスタットの温度が下がるのを感知するとガスバルブを徐々に開けていき、負荷が最大になるとバルブの開度を大きくし供給ガス量を増やし、温度が戻っていくとガスバルブを徐々に閉めていき、温度が上昇しすぎないようになるものでした。
温度の安定性は大変良いものの、冷凍のミートを焼くには温度の回復が遅いのでした。
さらに、温度センサーがグリドルの鉄板の下部に接触して取り付けられている物であり、温度の感知も悪かったのです。
しかも、当時の日本の都市ガスのカロリーは圧力が低い為、天然ガスを使用しているアメリカの仕様のままでは、売上の高いピーク時に必要な熱量が出なかったのです。

しかし、やがてその問題に気がついた技術陣は、米国の冷凍用グリドルを導入することにしました。新型のグリドルは、サーモスタットセンサー(熱感知部分)をグリドルの鉄板内部に埋め込み応答性を早くし、さらに、電気式のサーモスタットにして温度の低下を関知すると、ガスバルブを即座に開くタイプで温度の回復の早い物でした。
しかしながらこのグリドルを店舗に導入しても、ピーク時にはまだ焼けないというクレームが店舗から寄せられたのです。
このグリルの問題が深刻になったのはクオーター・パウンダーという1:4のサイズの大型ミートパティを日本で販売することになった時です。
通常の2.5倍、約112gの大型の冷凍ミートパティを焼くにはどちらのタイプのグリドルも駄目だったのですが、従来の冷蔵タイプのグリドルでは不可能だったのです。

しかし、当時の技術陣は面子もあり、それを認めません。何回も交換を要請したのですが、事実を無視します。余りひどいので、あるときに経営トップと技術陣と共に、売れる店舗でグリドルの実態調査を開催しました。
その厳しいテストには旧型のグリドルは耐えることができず、交換しなければならないことが明白でした。
ま、そんな強引なテストをしたおかげで面子を失った技術者からは後で色々意地悪をされて困ったものですが、問題は問題で是正しないとお客様に迷惑をかけると押し切りました。

これだけ強引に新型のグリドルへの切り替え作業を急いだのですが、新型の冷凍用グリドルでもピーク時には旨く焼けないという問題を解決できません。
何が原因だろうと悩み続けましたがわかりません。そこで、ガスの専門家に改善を依頼しようと、東京ガスを訪問しました。当時はまだ外食産業の規模が大きくなく、業務用厨房に対する理解や研究はまったくなされていませんでした。
「ああーこんな資料がありますよ」と持ってこられたのが溶鉱炉の資料だったりする有り様でした。また、機械の技術陣も店舗建設で忙しく、改善に取り組んではくれません。

そこで試行錯誤で実際に機械を改良する事からスタートすることにしました。
グリドルのバーナーに穴を開け直し、燃焼の実験を徹夜で何日も実施したのです。またアメリカから持ち帰った機械のマニュアルを熟読し、各パーツの作動を検証していったのです。
国産化のグリドルの外見はアメリカ製と同じですが中身は全く違うのに気がつきました。グリルの温度回復が悪い原因を発見したのです。
米国のグリルについていて日本のグリドルについていない部品がガスプレッシャーレギュレーターだったのです。
当時の厨房機器メーカーはガスプレッシャーレギュレーターの役割を理解せず、グリドル、フライヤーに取り付けていなかったのが大きな原因でした。
機械を設置しテストランするのは夜間であったり、ガスの消費量が少ない時なので高いガス供給圧だったのです。
ガスプレッシャーレギュレーターの役割は一日のうちで一番ガスの圧力が低い圧力にあわせ、供給されるガスの圧力が高まっても機械に入るガスの圧力を一定に抑えるという役割でした。これによりガス圧の低くなるピーク時でも能力を低下させることがなくなるのです。
ところがガスプレッシャーレギュレーター無しで、ピーク時に最大能力が出るようにすると、夜や早朝など家庭でガスを使用していないときには、グリルで燃焼するガス量が増え、不完全燃焼を起こし、火災の原因となります。
そこでガスバーナーに供給するガス量を制御するオリフィスを、ガス圧が高い時の状態の小さな口径に設定してしまうのです。
そのため、テスト時には問題ないのですが、昼などのピーク時には炎が小さくなり、焼けなくなってしまうのでした。
この問題を発見し、やっとプレッシャーレギュレーターを設置させる事を社内に説得することができました。
これで問題は解決されるはずであったと思ったのが甘かったのです。


ガスプレッシャーレギュレーターを取り付けてもピーク時には温度の回復が遅いのです。よくよく観察してみるとガスプレッシャーレギュレーターの調整が悪いのです。
厨房業者はまだ、ガスプレッシャーを高く設定しているので、昼時にはガス圧が下がり、出力が出ないのです。
そこで、ガスのノズルを最大限にして、ガスプレッシャーを最低のレベルに下げるように調整しようとしましたが、元々米国の高いガス圧用に製造したガスプレッシャーレギュレーターはうまく機能しないというのです。ガスプレッシャーレギュレーターを分解してみるとガス圧の調整をするバネが低い圧力でうまく作動しないのです。そこでバネをカットしてみたり、二重にしたりの加工をして対策をしたらうまくいったのです。

私の機械の知識は実は車のメンテナンスだったのです。
当時の日本の車の品質はひどいものでした。車好きな学生時代、親にスカイラインGT(初代)を買ってもらい乗っていました。直線の加速では当時のポルシェもかなわないものすごい車でしたが、何せ、レースに出る生産台数を稼ぐ手作りの車でしたから信頼性はなくひどいものでした。馬力を出すために燃焼圧力を上げているので市内と高速ではプラグを変えないと走らないし、ファンベルトはすぐに切断するし、ディストリビューターのポイントはしょっちゅう研磨しないといけないというじゃじゃ馬でした。そのため、ほとんどの軽整備を自分で行っていたために、その知識が役に立ったのです。

バネをカットして強くするのはサスペンションの改造の経験からですし、ディストリビューターやプラグの研磨と間隔調整の技術はサーモスタットの調整に役立ったのです。ファンベルトの交換は空調機器のファンモーターベルトの交換に使えました。この車の知識が役に立つことに自信をもち、どんどん改造を実施することにしたのです。

さて、グリドルの温度回復力は改善したのですが、今度はグリドル表面の温度ムラの問題を抱えました。
マニュアルには表面の温度差は10度以内とあるのですが、奥と手前では30度以上も温度が異なり、ハンバーガーパティの焼け色が異なるのです。

そこで、ガス燃焼の専門家の意見を聞こうと東京ガスの研究所に相談しても、業務用厨房に対する理解や研究はまったくなされておらず、「ああーこんな資料がありますよ」と持ってこられたのが溶鉱炉の資料だったりする有り様でした。
また、当時のマクドナルドの技術陣も店舗建設で忙しく、運営担当の私が改善せざるを得ない状況でした。
そこで試行錯誤で実際に機械を改良する事からスタートしました。グリドルのバーナーに穴を開け直し、燃焼の実験を徹夜で何日も実施したのです。

このときに学んだのが、ガス燃焼の理論でした。
やはり機械工学や燃焼工学をきちんと学ばないと燃焼機器は動かないのです。
そこで、徹夜の仕事の合間に東京ガスの出している燃焼原理の本をじっくり読み、ガス燃焼の基礎知識という魔法の方程式を発見したのです。

以下は当時の私のメモです。
こんな資料は天然ガスを使用する現在の日本では使い物になりませんが、いまだに東南アジアでは重要な資料なのです。読むと今でも頭が痛くなるような資料ですが当時は真剣に勉強し改善に役に立ちました。
ちょっとご紹介しましょう。

<1>ガスの種類
当時日本には約14種類以上のガスがあり、表-1のように分類されている。表-2は代表的なガスの組成成分の違いと、比重の関係を示す。

都市ガスとは、石炭ガス、石油から作るナフサガス、LPG(プロパンガス)と空気と混入、天然ガスとLPGと空気の混入ガス等から構成される。一般的に頭の数字が4~7、アルファベット記号がA~C等のガスである。
現在は天然ガスへの転換が進んでおり東京ガス、大阪ガスの地区では転換が終了している。しかし周辺の中小のガス会社ではまだ転換に時間がかかる。
天然ガスは12A、13A」の2種類である。

ガスの燃焼の遅い速いにより3種類に分けられる。
燃焼速度の数値が大きいものは燃焼速度が速い事を表す。
Aが遅く、Bが中間、Cが速い。
Cタイプはコークスガス等から作られ水素を多く含む為比重が軽く、燃焼速度が速い。また水素を多く含むため、燃焼ガスに水蒸気を発生しその水分が燃焼成分の酸と結合し金属を侵すという問題を発生させる。
燃焼が速いという事は、逆火を発生しバーナーで燃焼しなくなるという問題も発生する。
またカロリーとガス圧が低いため、能力がでないという問題も発生するなど、輸入のガス機器にとってCタイプのガスは対処に注意する。

なお余談ではあるが、都市ガスには一般的にCO(一酸化炭素)が含まれる。
そのためガス自殺をする例が多くあったが、天然ガスの場合はCOを含まないためガス中毒による自殺は出来なくなった。それを知らずに自殺をしようとし、死にきれずにタバコを一服しガス爆発を引き起こすという大事故が増えている。

ウオッベ指数というのは、ガスの発熱量をガスの比重の平方根で割ったものである。この指数をさらに1,000で割ったものが、ガスのタイプの頭にくる数字13とか6になる。この6Cとか13Aの数字とアルファベットの記号はガス器具の互換性を表す。一般的には、LPGと天然ガスのグループと、都市ガスのグループの2種類の器具に分かれる。
これは特に、燃焼器具のバーナー、ガス圧、ノズル径のデザインに関係する。
LPGは燃焼速度がもっとも遅く、比重も空気より重いため燃焼特性が悪いが、コスト的に安いため広く使われている。

<2>ガス燃焼
ガスの燃焼方法は、ガスと空気が混合する場所や、あらかじめ混合する空気(1次空気)の量によって、次のように分けられる。
・ブンゼン式燃焼方法
・セミ ブンゼン式燃焼方法
・赤火式燃焼方法
・全1次空気式燃焼方法
まず最初にブンゼン式燃焼方法から説明する。

理科の実験で使ったブンゼンバーナーを思い出していただきたい。
一般的に使われているバーナーである。ガスの燃焼には大量の空気が必要である。ノズルから吹き出したガスの流速により、ガスバーナーのマニフォールドの吸い込み口(狭くなった首の部分)の所に負圧を発生し空気を吸い込むのである。ガス量が多ければ負圧が大きくなりそれだけ大量の空気が吸入される。
この空気の事を1次空気と呼ぶ。更に、この開口部を大きくしたり小さくする事により空気の吸い込み量を調整するのである。これをエアーシャッターまたは、エアーカラーという。
1次空気の量は燃焼に必要な空気の量の50~70%である。
残りの30~50%の空気は炎の周囲の空気から供給される。この空気を2次空気と呼ぶ。

バーナー当たりのガス発熱量が同じ場合には、都市ガスの方が単位当たりのカロリーが低いためガス量が多くなる。バーナーに噴射されるガス量が多いためバーナーのマニフォールドの所で負圧がより大きく発生するので、吸入される空気量が多くなる。ところが都市ガス、特に6Cの場合は燃焼速度が速いため、1次空気が多すぎると更に燃焼速度が速くなり、逆火を発生するので、エアーシャッターを閉じて1次空気の量を40%位に抑える。米国製バーナーの場合改造の必要もある。
反対にプロパンの場合はカロリーが高いので、ノズルから噴射するガス量が少なく、1次空気の吸い込み量も少な気味である。また燃焼性も悪いので、エアーシャッターを大きく開けて、1次空気の量を多くするようにしないとススが発生する。
バーナーのデザインで大事なのはバーナーの先端にある穴の面積である。
この穴の事を、炎孔と呼ぶ。
バーナーのガス発熱量(バーナーに送られるガス量)×(ガスの発生熱量)をバーナーへ供給される穴の総面積で割る。kcal/mm2で表す。
一般的に都市ガスは8~13kcal/mm2であり、天然ガスLPGの場合は5~8kcal/mm2である。

現在、日本ではユニバーサルバーナーといって両方のバーナーに対応する物になっている。
この場合、炎孔の形状を工夫したりする場合もあるが、一般的には8~10位にこの炎孔負荷の値を設定しているだけである。業務用の出力の高いバーナーではそのタイプにあったバーナーを使用する方がよい場合がある。


輸入、特に米国製のガス器具の場合、米国内では天然ガスとLPGしか使用していないため、一般的に炎孔負荷を低めに設定している。都市ガスの地区で、特に6C等のように燃焼の速いガスの場合、逆火を発生しやすくなる。対策としては炎孔負荷をあげるために炎孔径を小さくする事などが考えられる。炎孔径を大きくするのはドリルで穴を開けるだけなので簡単であるが、小さくするのは
出来ず、メーカーが対策用のバーナーを持っていなければならない。

都市ガスの地区で炎孔負荷の高いバーナーを使用していて、天然ガスやLPGに変換すると別の問題が発生する。天然ガスやLPGは燃焼しにくいガスであるため、炎孔径が小さいと2次空気を十分に取り入れる事が出来ず、ススが発生し清掃を頻繁に行う必要があり、不完全燃焼の危険もある。
この場合は炎孔径を大きくするだけでよいので、計算をし直し必要な径のドリルで穴を拡大すれば良い。
きれいに燃焼している炎は、バーナーの炎孔から離れすぎずに青白い光でしっかりと燃える。もし炎の色が赤くゆらゆらしている場合は1次空気の不足であり、バーナーの炎孔から大きく離れて青白い光で燃焼している場合は1次空気の過剰である。燃焼状態はガス種により若干異なる。
また、周囲の空気中に細かい塵などが含まれていると燃焼する炎の色が変化する。1次空気が不足し赤火で燃焼するとススを発生し、バーナーの炎孔を詰まらせたり、ガス器具内部にススが溜まり燃焼効率を下げ、最悪の場合には出火する事がある。1次空気が多すぎると、逆火を発生しバーナーに火がつかないため、かえって熱効率が落ちる。
また、バーナーや、オリフィスを痛める事になる。逆火とはガスと空気の混合物の炎孔からの噴出速度がその燃焼スピードより遅い場合に、炎孔面で燃焼せずオリフィスの部分まで押し戻されて燃焼する事をいう。
オリフィスはバーナーマニフォールド吸い込み口の中心に直角にガスを噴射するように位置決めをしなくてはならない。
さもないと負圧が充分に発生せず、1次空気の吸い込み量が少なくなる。
特に、LPGの場合、噴射ガス量が少ないため、注意する必要がある。その他の燃焼方式のセミブンゼン式燃焼方式は1次空気の混入量を30~40%に落とし、赤火式は1次空気が0%、全1次空気式は1次空気量が100%である。

業務用のガス機器は一般的にブンゼン式が多く、その他のタイプでは全1次空気式のタイプの赤外線燃焼バーナー、ブラストバーナー、パルス燃焼バーナー、触媒燃焼バーナー等が出てきている。そのほかの燃焼方法はあまり使われていない。

<3>ガスインプット(ガス入力量)の調整
ガスバーナーの入力は供給されるガスの量で決まる。ガスの流量はガスガバナー(ガス圧調節弁、ガス圧レギュレーター)の圧力と、バーナーへガスを噴射するオリフィスの開口の直径でコントロールされる。
表-1のガスの圧力とはガス会社から店舗への供給ガス圧力を意味する。
最高と最低があるが、これは途中の配管や距離、周囲の使用状況により供給ガスの圧力が異なるためである。
特に影響するのは、夕方各家庭で食事の支度をしながら風呂を炊くので、ガスの使用量が増え、店舗の夕食ピーク時に供給圧力が落ちてしまう。
ガスの圧力が落ちるとフライヤー、グリドル、オーブンレンジなどの能力が落ちるのでそれを防ぐため、最初から機械のノズルの径を低いガス圧に合わせて大きく設定しておく。その場合、もしガス圧が高くなると不完全燃焼を起こして危険なので、ガスガバナーを設置し設定以上にガス圧が上がらないようにするのである。ガスガバナーはガス圧が低いときにそれを上げる物ではない。
ガス入力が高くなるとダイヤフラムを押し上げその結果、バルブが閉まりガスの流量を少なくする。ガスの圧力が下がると、スプリングによりバルブが戻され、バルブの開度が大きくなり、ガスの流量が増加する。ガス圧の調整は調整ネジでスプリングの固さを変えたり、スプリングを取り替えて行う。都市ガスなどの中で変更するときは調整ネジの調整ですむが、都市ガスから、天然ガスやLPGへ変更するときはスプリングを変更する必要がある場合がある。
バーナーの炎の高さが変動したり、揺れて息つきをするときには店舗への供給圧に問題がなければ、ガバナーのスプリングの問題が考えられる。
ガス圧の測定はガスバーナーを燃焼中に検圧孔にガス圧測定器のゴムホースを差し込んで計測する。ガス圧測定器はガラスのU字管を使用する。
U字管に水を入れ片側にホースをつなぎ、そのホースを検圧孔に差し込む。
ガスを燃焼させると検圧孔からガスが入り、U字管の水を押し上げる。その下限と上限の差がガス圧である。単位はmmH20である。

これが魔法の方程式です

ガス器具のインプットの計算式(ガスインプットの調整に必要なので覚えておく)
I=Q×H=0.11×D2×K×(P/d)×H

I=インプット、入力(kcal/h, 1時間当たりの消費熱量)
Q=ガス量(m3/h、1時間当たりの使用ガス立方メートル)
H=使用しているガス種類の発熱量(kcal/m3、1?当たりのカロリー)
D=ノズル(オリフィス)の直径、mm
P=ガス圧力、mmH20
d=ガス比重
K=流量係数(配管抵抗などの係数)、一般的に0.85~0.95だがガス種や配管径、配管の抵抗によって異なるので実測する方が正確である。

この計算を見てもわかるように、ノズル径を変更するとガス量はノズル径の2乗で増減する。ガス圧は圧力の平方根に比例して増減する。ノズル径を2倍にするとガス量は4倍になり、1/2にするとガス量は1/4になる。ガス圧を2倍にすると1.414倍になり、1/4にするとガス量は1/2になる。つまり入力の微調整にはガス圧で対処し、大きく変更するときはノズル径を変更する。天然ガス、LPGの場合はガス圧が高いので調整は比較的容易である。天然ガスの場合ガバナー圧で100mmH2O前後に合わせる。LPGは150~200mmH2Oで調整する。都市ガスで特に5Cのタイプはガスのカロリーが低くガス圧も低いので、場合によっては40~50mmH2Oに合わせる必要がある。ガバナーによっては対応できずスプリングの変更が必要な場合がある。
どの位の圧が良いのかというと、実測するのが一番である。
もし、ピーク時に機械の能力が落ちると思ったら夜間に、計測するガス機器のバーナーをONにしガスインプット(ガス入力)を計測する。その際、他のガス機器は口火も全て消すこと。インプットは備え付けのガスメーターのガスの使用量を数分間計測し、1時間当たりのガス使用量に換算し直すと算出できる。
ガスメーターにも誤差があるのでこの値が設定値の±10%位であれば問題はない。インプット計測中にガバナーの点検孔のガス圧を平行して計測する。
機器のインプットの計測が終了したら、他のガス機器の口火を全て点火する。
計測対象の機器を点火しガス圧を見る、次に店内の全てのガス機器を点火する。特に湯沸かしも必ず点火すること。そして、もしガス圧が下がらなければ問題ない。下がる場合はその下がった圧でも設定のガスインプットになるようにノズルの直径を拡大し、ガス圧の設定を最低圧に設定し直す。
再度ガスインプットの計測をし、再確認する。必ずメーカー指定のガスインプットになるように調整する。

*上記の計測はかまわないが、ガス圧の調整やノズルの調整は危険なので、
勝手にやってはいけない。必ずメンテナンス会社か、機械の販売会社に依頼する事。ただメンテナンス会社がこのように調整するかの知識とチェックは必要である。

*絶対にメーカーの設定値以上にバーナーの出力を上げてはいけない。
炎孔負荷の設定値が異なり不完全燃焼する危険性がある。

*ガバナーも長く使用していると、作動しなくなる事があるので安全の見地か
ら、年に1回くらいは設定値のチェックは必要である。
さて、グリドルの開発では色々なトラブルをかかえました。
私が執筆した「失敗に学ぶクレーム対処術」岩波アクティブ新書
http://www.iwanami.co.jp/
電子出版 http://www.papy.co.jp/act/books/1-24680/
にも述べましたが、グリドルで大変なクレームを受けたのです。
私のクレーム処理最大の失敗は、異物混入のクレーム処理で、サラリーマンが絶対にやってはいけないこと、「社長を謝りに行かせる」でした。

私がスーパーバイザー(数店舗の監督、以下SV)時代のことでした。
「お客さんがハンバーガーを食べたところ、喉に針が刺さって入院した」というクレームが入りました。私はすっ飛んでいきました。
レントゲン写真を見ると、確かに喉に針状の金属が刺さっています。
現物はステンレスの細い針で、よく見てみると、ハンバーガーを焼き上げるグリドル(フライパンの代わりに使用する厚さ3センチ、幅1.5メートル、奥行き0.9メートルの鉄板)の研磨に使用するステンレス製の金たわしの破片でした。
清掃した後に綺麗に拭き上げ、さらに翌朝また丁寧に拭き上げてから使用するのですが、どこかにミスがあったのでしょう。

当方のミスなので謝りましたが、病院に入院中の客は納得しません。
「俺の商売は屑鉄商だ。鉄屑が喉に刺さって死ぬなら本望だ」と絡み出します。
どうすれば解決するのかと聞くと、「偉いやつが謝りにこい」と言うではありませんか。しょうがないので上司でなるべく年齢の高い部長を連れていったのです。当時の会社はまだ日本進出4年目、店舗数60店くらいで、そんなに年齢の高い部長はおりませんでした。年輩の部長を連れていっても、客は納得しません。「どうしたらよろしいのでしょうか?」と聞くと、「もっと偉いやつを連れてこい」「でも、この上は社長しかいませんよ」と言ったら、「その社長、藤田 田を連れてこい」ということになってしまいました。
まるでやくざのような言いぐさに困り果てた私は、藤田田社長(当時、2004年4月死去)に行ってくれとお願いしました。
まだ店舗数の少ない時代、藤田社長は「よっしゃ」と身軽に謝りにいってくれました。病院で揉めるかと心配していたのですが、なんということはありません。
握手をして「がはは」という笑い声でクレーム処理は終了です。
これで良かったとほっとしたのが間違いのもと、故藤田社長はそんな生やさしい社長ではありません。きっちりと「王君、ワシ、社長や、暇やないんやで」ときました。私はサラリーマンとしてやってはいけないクレーム処理をしてしまったわけです。そこで、責任をとって、金たわしを使わない清掃方法を開発させられることになってしまいました。

マクドナルドに入社したての新人教育の際、グリドルの磨き方、シェイクマシンの洗浄殺菌(マックシェイクを作るアイスクリーム製造器)、フライヤーの洗浄、シンクでの器具洗浄などをやらされました。
マクドナルドを外から見たときにはすべて全自動の機械を使用しているように見えましたが、実際の作業は相変わらず前近代的な手作業だったのにはがっかりさせられていました。グリドルをピカピカに磨いたり、器具洗浄を真夏にやらされたら、パンツまで汗びっしょりになります。新人アルバイトにやらせたら次の日には来ないという重労働でした。

その新人のときのつらさと、客のハンバーガーに鉄屑が混入したクレーム事故が、私を清掃方法の改善に追い立てたのでした。
幸いなことに、事故の直前、アメリカへの研修旅行の際に、マクドナルド店舗で使用している合理的な洗剤を目の当たりにして、それをヒントに洗剤で清掃する方法を開発することにしました。

洗剤はアメリカのサンプルがあるから、それを洗剤会社の専門家に見せれば最適の配合をして、洗浄能力も優れた物を作ってくれると思ったら大間違いだったのです。
アメリカと日本は水質が異なる。そのため、アメリカの配合成分をもとに日本の水にあった洗剤の開発をしなくてはなりませんでした。
また、アメリカ人と異なり日本人は品質にうるさく、アメリカ製の洗剤の洗浄能力ではOKが出ないという問題にもぶつかりました。
アメリカの洗剤はグリドルの上についたカーボンを落とすだけで良かったのですが、日本の品質基準はたいへん高く、手作業で研磨剤を使い、鏡のようにピカピカになったのと同様の仕上がりでないとOKを出してくれません。
また、アメリカと日本の安全に対する考え方が異なっており、洗剤は少量でも残留する可能性がある以上、配合成分にすべて食品添加剤として認定されているものを使用しないと安全でないという厳しい要求が出てきました。

私は、洗浄能力などは何か汚れのサンプルを使用して、機械で自動的に計算できると思っていたのですが、どうもそうではないということがわかってきました。店舗の調理機器で一定量の調理をしてできた汚れを研究所で再現することが不可能なのです。つまり、店舗で実際に使用した後に機械の洗浄を行って評価しなくてはいけないのです。
洗剤メーカーに「じゃあ店舗で再現して清掃テストをしてよ」とお願いすると、洗剤メーカーは「それは現場の作業を熟知している人がやらないといけないですよ」と言う。
つまり、私にやれということなのです。
現場の作業を熟知している同じ人が作業をして、評価をしなくてはなりません。
なんと、私が毎日清掃作業を行って洗剤の評価をするはめとなりました。
当時の担当店舗は盛り場にあり、ラッキーなことに閉店時間が21時、22時、23時と異なり、清掃を1晩に3回もできます。
そこで担当店舗を毎晩3店回り、グリドルの清掃作業をしました。
実験と試作を繰り返すグリドルクリーナーの開発には2年間、しかも徹夜の作業が必要だったのです。お陰で洗浄作業は会社で1番うまくなってしまったのです。
今でも目隠しをしても掃除ができるくらいです。
しかし、洗剤ができれば終わりというわけにはいきません。
他の洗剤のいろいろな問題も出てきて、すべての洗剤を開発する必要に迫られ、足かけ5年の歳月が必要でした。
しかし、この洗剤の総合開発により、世の中に食中毒が増えた現在でも、事故を起こさず、完璧な衛生管理を行うことができているのです。

クレーム処理というのは、その場の処理よりも、同じクレームを出さないようにするのにたいへんな努力が必要なのだと実感したのでした。

教訓
よく、クレームに社長を出してはいけないといいますが、企業規模が小さく、経営者が決断力と度胸がある場合でしたら、社長自らクレーム処理に当たれば簡単にクレームは収まるのです。
クレーム処理というのは起きてから処理していては問題の真の解決になりません。二度と同じクレームが発生しないように清掃の方法を根本的に見直すなど地道な改善が必要だということです。

後日談-1
グリドルクリーナーはあまりに良い洗剤で、特許が成立しました。
特許は開発した洗剤メーカーが取得しました。
もちろんこの洗剤の開発は私が担当しており、マクドナルド向けの専用洗剤でした。ところが、この洗剤メーカーはグリドルクリーナーを競合のハンバーガーチェーンに販売していたのです。
「それは契約違反ですね」と担当者に確認したら、「そんなことはしていません」と言いはります。私は各チェーンに友人がおりましたから、店舗で洗剤を使用している写真を撮影し、メーカーを訴えることにしました。
真っ青になった洗剤メーカーは他社に販売しないことを約束し、その証として特許をマクドナルド社に譲渡することになりました。

後日談-2
グリドルクリーナーには、こびりついたカーボンを簡単に落とし去る能力があるのですが、アルカリ成分が高く、目に入ると失明する危険がありました。
そこで、使用する際には使い捨てのゴーグルを使用するようにマニュアルを設定し、教育に当たっていました。
15年ほど無事故でしたが、ある店舗で、アルバイトがそのマニュアルを守らずにグリドルクリーナーを使用し、運悪く目に洗剤が入り、失明の危機に陥りました。これは、使用マニュアルを守らなかったアルバイトが悪いのですが、そのたった一件の事故で、会社は大事なアルバイトに万が一のことがあるような洗剤を使用してはいけないと使用を中止しました。
それから、あわてて、安全な中性の洗剤を開発することになったのです。

教訓
このグリドルクリーナーはよくよく問題があるのですね。クレームが発生してから、完全に解決するまでに足かけ20年ほどの日時が必要だったのです。


このように機械だけ改善してもお店での使い勝手は十分でなく、清掃方法まできちんと構築しなくてはならないのです。
これが世界にチェーン店を築き上げる企業の宿命なのですね。
でも、この洗剤の事件は本当の仕事の序章だったのです。
この後、更なる試練が待っていました。


機械工学の知識のない私が、調理機器開発に携わるようになって困ったのは、専門知識です。
以前も書きましたが、専門知識のない私は専門家の話を聞き、技術書を読み、理解できなければまた専門家に聞く。
そして、実際に機械を操作して問題点を探すという原始的なものです。

それを何回か繰り返すうちに、要領がわかってきました。
どんな機械もそうですが、作動原理を発見すれば、そこそこ機械のスペックを定めることが出来るというものです。専門家は機械をわかりきっているので、本当の作動原理を深く考えないで作り上げるものです。素人の私のほうが、本当の作動原理を理解しなくてはいけないので、スペックを明確に出来るのでした。

温度計の開発でわかったのは、センサーの選択と形状設計と温度計本体の設計という当たり前のことです。
センサーの選択では種類により精度が変わるということがわかりました。そして、どの温度帯でどのくらいの精度が必要かということが決まれば、センサーの選定が決まるという単純な原理です。そして、色々なメーカーのセンサーをテストしてわかったのはセンサーだけではなく、その形状が大事だということです。
ハンバーガーパティを焼き上げるグリドルは温度に敏感です。
空調の風が吹き付けただけで表面温度は低下します。
そのグリドルの表面温度を測る表面温度計の設計で重要なのは温度計の形状と熱容量でした。形状というのはグリドルの表面にぴったりとくっつくバネ状でなくてはいけないということです。このバネの復元能力がしっかりしていないと温度誤差が生じます。
ファーストフードの従業員は乱暴に扱うので、センサーを頑丈にしがちです。
米国の温度計は面倒くさがりやの米国人向けに、表面温度計を持って図るのは面倒だと形状を大きく重量を増します。頑丈に重くすると耐久力は増すのですがグリドル表面の温度を奪い、実際よりも温度を低く表示したり、計測に時間がかかります。そこで、表面温度計のグリドルに接する本体を金属でなく、テフロンにするとか、センサーをより補足するなどの工夫を凝らします。
しかし、余り細くすると壊れるので、そのバランスは店舗のテストをしながら微妙に設定することが必要なのです。

フライヤーなどの液状の針型温度計は太さがポイントです。
フライヤーの油温を図る場合には太目の針でも良いのですが、焼き上げたハンバーガー・ミートパティなどの中心温度を計測する場合には肉が薄いので、太い針が熱を奪い、低めの表示をする。といって、余り細いと温度表示は速いのだが、簡単に曲がったり、破損する。その兼ね合いを見つけるのは現場の作業なのです。
その結果、液状の場合、料理の中心温度を計測する場合、堅い冷凍食品を計測する場合でセンサーの太さを最適にすることにした。
温度計本体の場合、熱電対(サーモカップル)のセンサーを使用する場合には、金属同士の接続部分の熱に反応して発生する微電流を増幅して温度に換算する。その際に熱電対が電線や本体計器につながる際の異金属で温度差があるとそれが誤差になる。そこの温度補正のために温度計の設置が必要になり、そのコストが高いことが問題であった。
そこで、温度補正を、温度幅を計測し幅が狭いことを確認し、よりコストの低いサーミスターを使用することで、低コストの温度補正を実現した。

このようなアイディアは実は勉強をしながら私と私の先生で考え出したのだ。
素人のほうが、変わったアイディアを生み出すことが可能だったのだ。
このように開発で自信を持ち出したのは、機器の開発は原理原則が同じだということがわかったからだ。
機械工学や電子工学、電気工学、熱力学などと難しいと思うことがいけないのだ。身近で普段接している機械を例に考えればわかりやすいことに気がついたのだった。

それが、車の知識だ。車の性能を考えてみよう。
車の最高速度はエンジンの馬力とトルク、トランスミッションのギヤ比、そして、空気抵抗やタイヤなどの走行抵抗だ。それらの数値を入れれば簡単に最高速度の予測が出来る。加速も同様だ。
加速の表現は停止状態から400mを走りきるか、1kmを走りきる時間で出来る。400m加速は出足の評価だが、50m、100m、200m、400mの数値を詳細に見ると最初の出足が良いのか、伸びが良いのかがわかる。カーブでの安定性も同様だ。
車重量の前後バランス、サスペンションの形式、カーブでの傾き加減、などの数値を見るとその特性が一目瞭然だ。
そんな、車の数値管理を勉強してみると調理機器はもっと単純だということがわかる。車は電子機器も備えており、その知識も重要だ。また、車のメンテナンスでは定期点検表があるが、それは調理機器のメンテナンスと同様だ。
このように自分の好きな車のスペックを連想しながら、調理機器の性能を決定するスペックを羅列するうちに、知らず知らずに調理機器の原理原則を学ぶことが出来たのだ。

過去数回ハンバーガーの肉を焼き上げるグリルの話をしてきました。
当初は火力が不足するという問題でした。
これはどんな機械でもそうですが、一流の機械を使ったことがないと機械の改善をすることは出来ません。

車の開発もそうですね。
私は現在、埼玉県新座市にある立教大学の観光学部で外食産業論を教えていますが、新座キャンパスは私が高校時代に通っていた場所です。
家は西武池袋線の練馬ですから、池袋に出て東上線に乗り換え、志木まで行き、それからどろどろの田圃の中を徒歩で10分もかかります。
朝は1時間ほどもかかるのです。朝寝坊の私はたまりませんでした。そこで父親に軽四輪のスバル360を買ってもらい家から通うことにしました。車ですと渋滞がないので30分で到着です。
家から学校の途中にホンダ自動車技術研究所があったのです。
当時、本田はS360という軽スポーツカーを開発中でした。その他、本格的に四輪車に進出するべく研究していたのです。当時、ホンダはヨーロッパの最新の車を購入し、社員が毎日運転しては研究していたのです。
研究所の玄関には何時も最新の車が並んでいたので、どんなジャンルの車を研究しているのかが一目瞭然でした。
本田はS500というスポーツカーを最初に開発したのですが、それは後輪駆動でした。しかし、本田の本当の狙いは家族が乗れるスポーティな小型車だったのです。後のアコードやシビックを開発するために当時のヨーロッパの前輪駆動の小型車を取り揃えて研究をしていました。
サーブ、シトロエン、ミニクーパーなどが並んでいましたが、その中で印象的だったのはパナールという小型の前輪駆動車です。エンジンは1,100ccしかない非力な車ですが、流線型のデザインと高いギア比により140kmを超える巡航速度が可能だったのです。その車と毎朝近所から競争をしていました。
スバル360は軽ですが、2ストロークで簡単な構造なので、シリンダーをボアアップし、圧縮を上げて、マフラーを抜いていましたから、結構な速度が出るのです。そんな競争を毎朝やって、優れた車を目の当たりにすると本当に良い車とわかってくるのです。
高校にはホンダの本田宗一郎氏、トヨタ自動車販売の神谷氏などのご子息が在籍していたためか、かなりの人が車通学です。本当はいけないのですが、近所の農家にお願いして預かってもらい、帰りには皆で車のボンネットを開けて車談義をしていました。
夜になると友人の六本木の家に夜な夜な集まり、当時開通したての首都高速で横浜まで爆音をとどろかせてドライブを楽しんでいました。
この間、閉店してしまいましたが、夜になるとお腹を減らして六本木のハンバーガーインやピザのニコラスに通ったものです。
当時の車仲間にはトヨタのドライバーになった舘信秀やF1を作った三村など、車キチガイがそろっておりました。そんな周囲の影響から車好きになり、大学に進学すると初代スカイライン2000GTという化け物車を手に入れました。
当時のポルシェより早いのですが、曲がりませんし止まりません。怖い車でした。
大学に進学すると体を鍛えようと、間違って体育会空手部に所属してしまいました。空手というと攻撃が主のように思いますが、殴られても大丈夫なようにまず、腹筋を鍛えるのです。それも毎日最低でも300回、時々2,000回という気の遠くなるような練習です。腹筋を木の床に座って行うので、お尻がすれてサルの尻のように真っ赤になり血がにじんでくるのです。そうするとひりひりして痛くてクラッチを踏めなくなりました。
そこで、ギア付を諦めて自動変速機にすることにしました。もちろん自分の運転技術が低いことも自動変速機にする大きな理由でした。
そして、当時まだ日本で余り人気のなかったBMW2000CAという車に出会うのです。この車の出来は素晴らしく、これで車に対するメカの目が向上したといってよいでしょう。

その経験をグリルの開発に生かすことにしたのです。まず、米国研修の際にハンバーガー大学で本場のグリルを目の当たりにしました。しかし、分解掃除などをする暇はありませんでした。
チャンスはやってきました。スーパーバイザーの最後の時に結婚をすることになりました。これはチャンスと新婚旅行を香港にしたのです。当時の米国人上司が出来立ての香港マクドナルドの社長と仲が良かったのです。
そこで、現地で夜にグリルの分解作業をさせてもらうことにしたのです。旅行カバンの中には計測用の温度計やガス圧計をぎっしりとつめていきました。
香港では3泊したのですが毎晩徹夜でグリルを分解していました。
新婚旅行で来たのに毎晩一人で徹夜ですから現地の人は気を遣ってくれて、女性社員が当時の奥さんの案内をしてくれたほどです。
この香港で本場のグリルを徹底的に分解研究したおかげでずいぶん勉強になり後のグリルの開発に大きく役に立つことになったのです。
でも、このおかげで当時の奥さんには早々と見切りをつけられたようです。


馬力があれば良いのではない
グリルの話をしてきました。
当初は火力が不足するという問題でした。そこでパワーアップを目指してきたのです。パワーアップの問題を解決するためには米国のグリルと同じ圧力調整弁(プレッシャーレギュレーター)を取り付ければよいということがわかり、全店にそれを取り付けることで解決することが出来ました。

火力という馬力をアップすることに成功したのですが、今度は温度の安定性という問題にぶつかりました。
最初は火力さえあれば大丈夫だと思ったのですが横5フィート(約1.5M)奥行き3フィート(約90cm)の米国サイズのグリドルの表面温度のバラツキという問題にぶち当たりました。
当初はハンバーガーを焼き上げるためには、肉の焼き加減を目視で判断していました。
しかし、大量に焼き上げるためにタイマーコントロールと、ターン・レイ(ハンバーガーパティを焼き上げるシークエンスを明確にした調理方法。ミートパティの片側が焼けてひっくり返した後、次のミートパティを並べ、次に焼きあがったミートパティを引き上げるという、連続調理システム)という連続調理システムの導入が温度の安定性を要求するようになりました。
改良して温度回復力は早くなったのですが、鉄板表面温度のムラがあるのです。グリルの表面温度の設定は華氏375度(摂氏191℃)ですが、高い場所で210℃、低い場所で160℃と50℃以上の差があるのです。
マニュアルで規定されている温度差は15℃ですが、それに比べて高すぎ、焦げすぎたり生焼けだったりするのです。
当時はまだ出血性大腸菌のO-157なんて危険なウイルスは存在していなかったので、危険はなかったのですが生焼けの肉は気持ちが悪いとクレームになるのです。
原因を色々調べてみました。そうすると色々な問題点が判明しました。

<1>口火の大きさ
当時のグリルは3cm近い厚さの鉄板の下にバーナーを並べて加熱したのです。バーナーは鉄パイプに穴を開けた簡単なものです。
構造は理科の時間に使ったブンゼン式バーナーを横にした形状です。
ブンゼン式のバーナーはガスがオリフィス(狭い穴でガスの流量を制御する)からガスを噴出す場所にくびれを作り、そこに負圧を発生させ、外部の空気を吸引し、ガスと空気を攪拌させながらバーナーに供給するのです。
手前に口火を設置し、空気と混ざったガスがバーナーの穴から出るところに着火するのです。その口火が小さいと着火がし難くなるために口火を大きくしがちです。
そうするとグリルの上に冷凍ミートを置いていない場合でも火がついているので、その場所の温度が高くなるのです。
悪いことに温度計のセンサーは手前についていますのでそのセンサーを温めるためにグリルの奥部分の温度が下がっても火がつかず、温度差が広がるのです。
米国のマニュアルを見てみると口火の大きさが明記されておりますが、日本は機械の設置業者がガス爆発を怖がって、口火を大きめに設定するのです。
口火は開店時には良いのですが、だんだん燃焼ガスの煤がたまり、口火が小さくなるのが原因です。
そこで、口火の大きさを明記し、定期的な清掃を義務づけることになりました。

<2>1次空気の取り入れ口の開口面積
ブンゼン式バーナーはガスと空気の混合率が着火速度に影響します。
ブンゼン式バーナーが取り入れる空気は、オリフィスの場所から取り入れる空気を1次空気といい、バーナー出口で燃える際に取り入れます。
この1次空気の量が多すぎても少なすぎても燃焼速度が変わるのです。
特に当時の日本のガスは種類が多く、それぞれのガスの特性により最適な1次空気の量が異なるのです。そこで、サーモスタットが感知してから着火するまでの時間を設定し、最短の着火時間になるように調整するようにしました。
また、米国のバーナーの1次空気の調整は簡単に出来るのですが、形状の異なる日本のバーナーはそうも行きません。そこで、マニュアルに明記し、調整をわかりやすくすることにしました。
当時の米国は既にプロパンガスか天然ガスの2種類のガスしかないので、その調整は簡単でしたが、日本の場合はガスの種類が多く、着火時間で設定せざるを得なかったのです。

<3>バーナーの形状
バーナーには上部の鉄板側に穴を開け、ガスが噴射し、周囲の空気を取り入れ燃焼するようになっています。
米国のバーナーは鋳物でオリフィスの当たりの形状がくびれ、1次空気を吸いやすくなっていたり、バーナーの穴の大きさが一定でした。また、手前のガス通路が太く、奥が細くなる形状にして、それぞれの穴から噴射するガスの量が一定になる工夫が凝らされています。
日本のバーナーはコストダウンのためか、鋳物ではなく同じ大きさの単純な鉄パイプを使用し、バーナーにあけた噴射穴の大きさが一定なので、手前の炎は大きいのに奥の炎が小さいのです。これが前後の温度差を生むのです。
米国と同じ鋳物のバーナーを採用したかったのですが、当時の日本のグリルの生産台数を考えると鋳物を使うことが出来ません。
そこで、場所により炎孔の大きさを変えることにしました。
<4>炎孔負荷
グリドルの火力は燃焼するガスのカロリーで表現されます。
ガス・プレッシャー・レギュレーターの設置で米国と同様のガスカロリーを燃焼させることになったのですが、文献を分析するとバーナーにあけた穴とカロリーのバランスが安定した燃焼に大きな影響を与えることがわかりました。
ところが当時の日本は10種類以上のガス種があるにもかかわらず、同じ炎孔に設定していました。そこで、ガス種により異なる炎孔の設定をすることになったのです。

<5>仕様を明確に設定
以上の問題点を当時の100店舗あった店の実測から明確にしました。
そして、炎孔の計測機器を明確にして、グリル製造業者に製造をきちんと行うようにしたのです。

以上つまらない話ですが、問題点を明確にする作業を毎晩実施したのです。


作動原理の発見
先週号で仕様を明確に設定すると説明をしました。
色々な調理機器の研究を試行錯誤してわかったのは、それぞれの調理機器の作動原理があるということです。その作動原理を理解して、仕様を決定していくのです。
それはそんなに難しいことではありません。
まず、グリル表面の温度のムラの幅を決めるのです。マニュアルでは約10℃となっています。グリルの表面の温度ムラは両サイドや前後の端から1インチ(2.54cm)、バーナーの炎から離れているため、使用しないようになっています。
そこで、グリルの温度ムラを計測するためにどの部分の温度を計測するか決めます。
また、温度を計測するタイミングも決めます。
グリルはサーモスタットによってバーナーに着火したり消えたりします。ミートパティを焼いていない場合でも、放熱により温度が下がります。サーモスタットが温度低下を感知すると接点が閉じて電流が流れ、ガスバルブをあけ、口火の炎によりバーナーに点火するのです。グリル表面の温度ムラとはサーモスタットのONとOFF時の温度を計測し、上下どのくらいの幅なのか、そして、グリル表面の温度ムラは何度なのかということです。
また、温度の回復力は冷凍のミートパティを焼き上げるのに重要なので、ある一定温度から50℃ほど上昇するまでの時間はどのくらいか、などで表現するのです。
それらの基準は米国マニュアルを参考にして定めて計測し、問題があればステップバイステップで作動原理を解析し問題点を解明するという地道な仕事なのです。
これらの計測には特殊な計測機器は不要です。ストップウォッチとグリル表面温度計、巻尺、という簡単な道具だけです。
さて、グリル表面の温度差を追求していく上で色々な勉強が必要になったのです。グリルの温度差を左右するのは機械の性能だけではなかったのです。
使用しているガスの種類も大きな影響を与えたのでした。

<その19> で、詳細なガスの説明をしましたが、その内容をわかりやすく見てみましょう。

(1)温度回復力
グリルの温度回復には1時間にガスをどれだけ燃やせるかというインプットが大事です。そして、他の店舗や家庭でガスを使用しているときにも、供給するガス量を規定量保てるようにガスプレッシャーリリーフバルブをつけます。そして、ガスの種類によりガス供給を決定するオリフィスの直径を決めるのです。

このインプットの計算に役に立つ作動原理がガス器具のインプットの計算式です。

I=Q×H=0.11×D2×K×(P/d)×H

I=インプット、入力(kcal/h, 1時間当たりの消費熱量)
Q=ガス量(m3/h、1時間当たりの使用ガス立方メートル)
H=使用しているガス種類の発熱量(kcal/m3、1?当たりのカロリー)
D=ノズル(オリフィス)の直径、mm
P=ガス圧力、mmH20
d=ガス比重
K=流量係数(配管抵抗などの係数)、一般的に0.85~0.95だがガス種や配管径、配管の抵抗によって異なるので実測する方が正確である。

この計算を見てもわかるように、ノズル径を変更するとガス量はノズル径の2乗で増減する。ガス圧は圧力の平方根に比例して増減するということです。
つまり、ノズル径を2倍にするとガス量は4倍になり、1/2にするとガス量は1/4になる。ガス圧を2倍にすると1.414倍になり、1/4にするとガス量は1/2になる。つまり入力の微調整にはガス圧で対処し、大きく変更するときはノズル径を変更する。ということだったのです。
これは、ガスだけではなく液体の場合も同様で、その後の調理機器の開発の際に大変役に立つようになりました。

(2)ガスの燃焼速度が与える温度ムラへの影響
ガスの燃焼速度はグリルの前後の温度差に大きな影響を与えました。
燃焼速度が早ければバーナーの燃焼ガスがバックしてオリフィスで燃えてしまい、バーナーには着火しません。これをバックファイアーといいます。この調整にはオリフィスの部分から吸引する1次空気を制御するのです。
ガスの燃焼速度を表すのは13B、6Cなどと、数字の後のアルファベットです。
Cはガスの成分に水素を多く含み燃焼速度が速いのですが、Aは水素含有量が少なく燃焼速度が遅くなるのです。つまりそれぞれのガス種に対して、一次空気量を調整しないといけないということです。当時の東京は6B、大阪は6Cという異なるガスでそのガスの特性により問題点が異なるということがわかってきました。
米国で一般的に使っている天然ガスは12Aか13Aに近いのです。
天然ガスというと性能が良いように思われますが、Aという表現からわかるように燃焼速度が遅いという特性を持っています。プロパンはもっと燃焼速度が遅く、ガス比重が重いので、ガス漏れを引き起こすと部屋に溜まって爆発するという欠点を持っています。
ガスの性質を分析するとそんなガスの個性がわかってきます。
それがわかれば後はグリルがそれに対応できるようにすればよいわけですね。
これが魔法の方程式です


■グリルのオペレーションと基準 その1

(1)オペレーション
グリルの温度差はサーモスタットセンサーの埋め込み位置と調理方法が影響することがわかってきました。
米国の最新型のグリルは一人の人間の横の作業範囲の90cmの幅です。
冷凍のミートパティの幅は約10cmですから、それを横に8列並べます。奥行きは70cmですから6枚並べます。つまり、4ダースのミートパティを並べることが出来るのです。1回に焼く量のミートパティは1ダースだけです。
毎回1ダースの肉を焼き上げれば問題ないのですが、少量のミートパティを焼く場合があります。
サーモスタットは手前から1/4程度の場所に埋め込んでありますから、手前に並べると毎回サーモスタットが感知して、ガスに点火してグリルを温めます。
しかし、奥には冷凍のミートパティを並べませんから、毎回手前だけに並べておくだけで温度が上がっていくのです。つまり、肉の並べ方で温度が変わってくるということです。また、サーモスタットの埋め込み位置の精度も大切で、それがいい加減だとサーモスタットが感知しなくなるのです。
調理能力は単にグリドルの能力によってだけで決まるのではありません。
店舗でどのようなオペレーションで調理するのかでも能力が左右されるのがわかってきました。
調理の方法にはオーダー毎に作業するバッチ処理方式と、連続処理方式では以下のように能力が変わるのです。

*バッチ処理のオペレーション
12枚焼いてから次の12枚を焼く。一度に焼く最大の枚数は12枚。
焼成時間は2分10秒間。1時間で332枚のミートを焼成出来る。
*連続処理のオペレーション
12枚のミートを焼いてひっくり返した後、次の12枚のミートを並べる。
70秒毎に12枚の肉を焼成出来る。1時間で600枚のミートを焼ける。
バッチ処理に対して1.8倍の生産量となります。

でも、人間的な作業ロスを考え、生産能力を計算上の70%と設定するのが現実的です。すると、1時間に420枚の生産枚数となるのです。
さて、冷凍肉を連続して焼くためには一定の熱カロリーを入力する必要があることは説明しましたが、美味しく焼き上げるには冷凍肉を置いたときグリドル表面の温度が余り低下しないようにしなければなりません。そのためには、グリドルの鉄板を厚くします。鉄板の厚さを決めるには冷凍のミートパティを並べて、ひっくり返す時にグリドル表面の温度を計測し、必要な熱量を蓄積できるだけの厚さに設定するのです。
その結果、安定した表面温度を保つ上でも最低20mmは必要になったのです。
また、冷凍肉を置いたらすぐにサーモスタットが感知し点火しなければななりません。そのためには、サーモスタットの種類と、グリドル内部への埋め込み方法、位置が問題になってきます。また、サーモスタットの位置と、ミートを置く位置は同じでないと、温度を感知できず温度の回復が遅くなるのです。

(2)必要な熱量
45gの冷凍肉を焼成するのに必要なエネルギーは、1枚あたり15kcal必要なのです。これは焼き上げる前の重量と焼成後の重量を比較し、いくら水分と脂分がなくなったかなどから計算します。600枚の焼成には9,000kcal必要になるのです。
次に熱効率を定めなければなりません。熱効率は燃焼方式に左右されるので機械の特性に合わせて熱効率を定めるのです。仮に50%の熱効率だとすると18,000kcalのガス入力が必要になるのです。
また、グリドルの表面からの放射熱損失は約2,500kcalもあります。調理していてもしていなくても損失があるのです。
という事で、合計で約20,000~25,000kcalは必要になることがわかりました。
当時の燃焼方式はまだ熱効率が35%程度であったので30,000kcal近い入力を必要としていました。

(3)グリルの性能測定方法
日本の場合エネルギーコストが高価なので、熱効率は重視しなければなりません。ブンゼン式のバーナーの場合には35~40%の熱効率です。

測定方法
<1>
水平に置いたグリドル全面に鉄板で囲いを作り、水を20cm程入れられるようにします。そして水を10cm程入れます。
<2>
次に、バーナーに点火し水が沸騰するまで加熱します。グリドル表面全体が安定して沸騰し始めたら、水の深さを計測し、ストップウォッチにより時間を計測し始めます。
<3>
一定時間計測し、その間のガスの使用量、水の蒸発量を計測します。
水の蒸発量に水1ccの蒸発潜熱539kcalをかけ、それをガスの使用量と発熱量をかけたもので割ると、熱効率が算出できるのです。


(4)鉄板表面の温度分布テスト
グリルは温度の回復が早いだけではなく、焼けムラを生じない様に、表面温度が均一でなくてはなりません。
温度ムラの原因はバーナーの配置、バーナーの設計、排気流量とグリドル表面の風量、鉄板の材質などです。
鉄板表面の肉を焼く場所に計測点をマークし、室温からスタートして、調理温度になるまで、一定時間ごとに各計測点の温度を計測していきます。
次に、1時間ほど放置しグリドルの温度の変化をチェックするのです。
問題があればまず排気風量を正しく設定します。
次にガス入力を各バーナー均一になっているかチェックします。
また、空調の冷却風が直接グリドルの表面に当たらないようにするのです。
日本の厨房の空調はスポット空調が多く、噴出しの勢いが強すぎます。
グリルの表面に冷気が当たるとあっという間に温度が低下します。
左右の温度ムラについては、はじの方が温度が低めにでるので、バーナーの入力を大きくするか、バーナーの配置を変更して対処します。前後の温度ムラは排気風量を調整します。それでも駄目な場合はバーナーチューブの奥と手前の火力をバッフルなどで調整するのです。
なお、燃焼状態が良くないとカーボンがたまり、性能が低下しやすいので燃焼状態が見れるようにしなければなりません。
グリドルが設定温度に達してから、ミートを焼かないで放置しておくと、温度ムラが出ることがあります。これは口火を常時点火している、ブンゼンバーナー式のグリドルで顕著な現象です。口火がグリドル前面を加熱することと、2次空気が多いためグリドル後部を冷却するためです。口火の大きさは立ち消えがない範囲で小さくする方が良いのです。
ミートを焼き始めてから温度差が出ることがある。
これは、サーモスタットの配置とミートの置き方により影響されるのです。

(5)温度の安定性、温度回復時間及び、応答時間の測定
グリドルの表面温度が設定温度に対し一定の温度で保たれていないと、ミートの焦げ目が微妙に変わり風味が安定しない原因となります。低すぎると色が薄く、高すぎると焦げすぎるし、グリドル表面にカーボンが付着し焼けがかえって悪くなるのです。日本のファミリーレストランでハンバーグの焦げ目が少ない原因はグリドル表面の温度が高すぎるからです。

*温度安定性と静特性の負荷のチェック
調理温度に設定し、調理を全くしない状態で、1時間バーナーが点火している合計時間を測定します。これは静特性といい、何も調理をしない状態で調理温度を保つにはどのくらいのエネルギーを消費するかを測定するものです。また温度の回復時間の測定にもなります。
*温度が下がってバーナーに点火する最低の温度とバーナーが消える最高
温度をチェックします。さらにバーナーが消えてから、どのくらい温度が上昇するかチェックします。これは温度計のセンサーの感度をチェックするものです。

*鉄板の各箇所の温度分布を計測します。温度のムラは5℃以下がベスト
です

(6)調理能力テスト
グリドル上に冷凍ミートを12枚並べて調理します。
並べてからサーモスタットランプの点灯する時間と、バーナーに点火するまでの時間、焼き終わった時の温度と、温度が回復しサーモスタットが消えるまでの時間を計測し、サーモスタットが消えてから温度がどの位上昇するかチェックします。
これは、連続調理の為に大変重要です。
次に、冷凍ミートを12枚並べ、ミートをひっくり返す際のグリドルの最低温度を計測します。余り温度が低いとミートの焼成はうまく行きません。この能力を左右するのは、鉄板の厚さとサーモスタットの感知の組み合わせです。
幾らグリドルのガス入力があっても鉄板が薄かったり、サーモスタットの感知が悪くては温度は低下し肉の焼成は旨くいかないのです。

(7)消費エネルギーチェック
1時間の最大能力の半分の200枚の冷凍ミートを調理し、そのガス使用量を計測します。そのガス使用量から計測した1時間あたりの静特性時のガス使用量を差引き、焼成した200枚で割ると1枚あたりの現実的な消費エネルギーを算出できるのです。
この計算を行うことにより、正確な原価コントロールが可能になります。またエネルギー使用量に問題があるときには、商品の販売個数から妥当なエネルギ
ーコストを算出でき、問題点の発見が容易になるのです。


■グリルのオペレーションと基準  その2
次にわかってきたのは排気風量の調整が必要だと言うことです。
グリルの構造は厚さ2cmの鉄板の下にバーナーを置き、それで加熱します。
バーナーはブンゼン式タイプですから、1次空気と2次空気の供給が必要になります。グリルの下部と前面に1次と2次空気を吸い込むための開口部をあけ、グリル背後には排気穴を開けておきます。前面から吸い込まれた空気は前面にあるバーナーの1次空気穴から一部吸い込まれ、グリルの下部から吸い込まれた空気はバーナーから出てくる炎を完全燃焼させる2次空気となります。

これらの燃焼を助ける空気が十分な量でないと不完全燃焼を引き起こし、危険な一酸化炭素を発生し、室内に充満すると作業者が死亡する危険があります。
この燃焼に必要な空気をコントロールするのが、グリル背後にある排気口で、調整可能な形状になっています。
一酸化炭素を発生しないように必要十分以上の空気を排気するように設定すると、バーナーが燃焼していないときにグリルの温度が下がり、熱効率が低下したり、後部が冷えすぎると言う温度差の問題が発生します。

マクドナルドの厨房システムは基本的にデニーズなどのコーヒーショップをモデルに製作しました。デニーズやロイヤルのカウンターに座って見ると、目の前にディシャップがあって、通路を挟んで奥の壁側にグリルやフライヤーが一直線に並んでいます。ハンバーガー焼いたり、フライをする人はウエイトレスの注文を聞いて、壁側を向いて調理を始めます。そして焼きあがったミートパティをディシャップのお皿に盛り付けるわけです。マクドナルドも基本的には同じレイアウトですが、ちょっとレイアウトに工夫を凝らしました。

マクドナルドは注文を受けてから1分以内に提供するために、ハンバーガーを作り置きします。しかし、品質を守るために、作り置きして10分経過すると廃棄処分します。廃棄を恐れて完成品ハンバーガーのストックが少ないと売上げが低下するし、ストックが多すぎると、廃棄分の食材コストが高くなります。

そこで、グリルマン(ハンバーガーを焼く担当者)が顧客が店舗に入ってくる人数を見ながらハンバーガーを焼けるようにグリルの向きを変えました。グリルマンは顧客が多く入れば予めハンバーガーを焼き上げて、ストックを切らさないように出来るのです。

ミートパティを焼き上げる間に後ろのドレステーブルに置いたバンズのクラウン(丸く盛り上がった方)にケチャップ、マスタードをディスペンスペンサーでドレスします(1人前の量が正確に抽出できるようにマクドナルドが特注しました)。
後はピクルスを1枚乗せます。
グリルマンは焼きあがったミートパティをスパチュラで掬い取り、ドレスされたバンズの上に置くのです。そして、ミートパティの上に焼き上がったバンズの片割れのヒール(平たい方)を乗せて出来上がりです。
出来上がったハンバーガーを乗せたトレーをグリル越しに、プロダクションコーラー(ハンバーガーの数を予測してグリルマンに幾つ焼くか伝え、出来上がったハンバーガーを包装する)に渡します。

このグリルの向きを変更し、さらに排気フードの工夫が必要でした。
通常の排気フードは調理機器全体をカバーするように天井にフードを取り付けますが、それではハンバーガーをプロダクションコーラーに手渡すときに排気熱が直接当たってしまいます。そこで、人の胸の高さの位置に小型のフードをつけ、天井から細い排気筒を下げて、プロダクションコーラーとグリルマンのお互いの顔を見れるようにしました。そして、排気フードには斜めにグリースフィルターを取り付けると言う工夫を凝らしました。

グリルの排気は汚れていないので、フィルターを通らないで直接排気するようにしました。この排気の工夫はマクドナルドの最大の特徴で、このシリーズ第2回目で紹介したように、1970年代の半ばのエネルギー危機の際に、機器開発部在籍の給排気空調設備HVAC専門家ジョー・ナップ氏(Joe Knapp)を採用し研究を進め、1983年に厨房用給排気システム研究所(Commercial Kitchen Ventilation Lab)を設立し排気システムを完成させたのです。

さて、排気風量のコントロールについては当時の日本の技術陣は無頓着でした。業者任せだったのです。業者は安全なほうが安心なので、全体の排気風量を多めに取ったり、グリル燃焼空気に外部の空気をなるべく混ぜて温度を下げるようにします。そうするとグリル表面の前後の温度差が大きくなったり、熱効率が低下するのです。

そこで、当時の米国のグリルの設置方法、排気方法を徹底的に研究した結果、グリルの燃焼空気を正確にコントロールするようにグリルはレバーで固定するようにしていたのです。
しかも、後部の排気風量のコントロールも正確に調整できる工夫を凝らしていました。

それらの問題点に気づき、一つ一つ直していくのにこれまた数年かかると言う大変な作業でした。しかし、この基礎的な研究を続けたおかげで、日本マクドナルドのエネルギー効率は米国よりもはるかによくなったのでした。
日本の一般的な厨房の排気風量のコントロールに関する基礎研究はまだまだ遅れております。
私が排気風量のコントロールを研究していたのは今から30年以上も前のことです。その経験を生かすべく、現在、最適厨房研究会を発足させ会長として厨房の作業環境を改善する作業をしていますが、まず、排気風量はどうあるべきかの基礎研究に着手したばかりです。

ご興味のある外食企業の方には将来研究会にご参加をいただこうと思っておりますので、王宛 oh@sayko.co.jp にお便りを下さい。

○最適厨房研究会のサイトは http://www.saitekichubo.com/ です。


■グリルのオペレーションと基準  その3
調理機械の改善作業はきっかけが必要です。
会社として投資をする大義名分がいるのです。
それが、世界のマクドナルド5,000号店の記念店の江ノ島店でした。
日本の店舗数で言うと200店ほどのところでした。
この記念店を開店するに当たり、米国と同様のレイアウトと調理機器を導入しようと言うことになりました。
すべて米国の機械を導入したかったのですが、当時の機器開発部の部長の面子で、一部の機械だけの導入で、殆どは日本の機械を米国ベースで改善するものでした。完全な米国の調理機器を導入することは出来ませんでしたが、少なくてもレイアウトは米国並みにすることに成功しました。また、調理機器の能力は米国並みに改善しました。もちろん、温度ムラとか、性能の安定性などまだまだですが、劇的な進歩といえるでしょう。
さて、ここで私はもう一つの課題をもらってしまいました。
それはオペレーション(調理作業技術)です。

調理機器の開発には自らオペレーション(調理作業)ができることが必要なのです。私はダンキンドーナツからマクドナルドに転職した当時、店舗のオペレーションを一通りやりましたが、ベテランのクルー(アルバイト)ほど旨くはありませんでした。しかし、マネージャーに必要なのは人・物・金の管理技術であり、それほど調理作業は必要ないということで、店長からスーパーバイザー、そして統括スーパーバイザーになるまで、ハンバーガーの調理技術は余り旨くなかったのです。しかし、調理技術を身につけざるを得なくなりました。

当時の米国から派遣されていた軍事顧問(顧問ですが、軍事顧問と言ったほうが正しいほど厳しい上司でした)の教育方針は今で言うコーチングです。
仕事でどのようにすればよいかは命じません。
特に重視していたのは何か仕事を覚えるには、その仕事をマスターする動機と環境が必要だと言うことです。動機に関しては質問をして、その仕事が何故重要なのか、誰がそれを成し遂げたらよいのかを質問し、私がその問題点を解決するために、何がしたいのかを明確にして行くのです。
次に、その仕事を学ばざるを得ない環境におくのです。
彼は私がグリルやその他の厨房機器の改善をしているのを見ていました。
グリルの改善が進みながらも、米国はそのグリルの性能を最大限に生かすオペレーション技術を明確にしていったのです。日本のグリルも性能は米国に近づいてきましたから、次はオペレーションだと言うことです。当時の米国はオペレーションの明確化に乗り出しました。
米国マクドナルドが創業した当時はハンバーガーミートの調理時間は明確でなく、経験と視覚に頼った作業でした。
しかし、グリルの能力が明確になると、次は肉の焼く時間を明確に定めるようになりました。
第25回目でご説明したように米国は1時間当たりのグリルの調理能力を明確に定めたのです。
まず、グリルの能力を明確にし、次はグリルのオペレーション能力です。
それが、米国マクドナルドが考案したオペレーション、ターンレイ連続調理法式でした。

*ターンレイ・ミートパティ連続調理方式のオペレーション
12枚のミートを焼いてひっくり返した後、次の12枚のミートを並べる。
70秒毎に12枚の肉を焼成出来る。
ノーミスであれば理論的には1時間で600枚のミートを焼ける。
バッチ処理に対して1.8倍の生産量になります。

<オペレーションロス>
人間的な作業ロスを考え、生産能力を計算上の70%とすると、1時間に420枚の生産枚数となります。実際の生産能力としては420枚とするが、機械の製造能力としては1時間に600枚を焼成できる能力に設定したのです。

さて、私は1時間で420枚焼けるターンレイ方式を自ら身につけざるを得ない環境におかれることになりました。
それが軍事顧問が私に命じた香港出張です。
米国が開発したターンレイ方式は店舗に対するトレーニングが世界各国マクドナルドに迅速に浸透できなかったのです。軍事顧問は香港などの東南アジアへの指導も行っていました。当時の香港は、店舗が米国以上の巨大な店舗で、すべて米国の調理機器を使用していました。
新婚旅行でそれを目の当たりにした私はうらやましく思っていました。
しかし、店舗の調理システムが米国と同様でありながら米国のオペレーションの導入が遅遅として進まなかったのです。
そこで、軍事顧問は私に白羽の矢を立てたのです。香港にターンレイ調理法式を教えて来いと命令したのです。私は米国の調理機器の能力を試したかったので、出張するすることに同意しました。しかし、私は1時間に420枚のミートパティを焼き上げることは出来ません。しかし、オペレーションを教えるには実際にオペレーションを身につけなくてはいけません。

私は5,000号店の江ノ島店をハンバーガー大学のプロフェッサーの時に機械の設定に参加させてもらい、それ以後、江ノ島店には調理機器の開発で何回も通っていました。江ノ島店開店後数ヵ月後に統括スーパーバイザーに昇進し、1年ほどしてから江ノ島店を含む神奈川地区の担当となったのです。
当時の江ノ島店は夏場の売上げはものすごく、最盛期には1月で1億円も売れたことがあります。1時間当たりの売上げで言うと50万円も売れます。
当然のことながらグリルもフル稼働で、1時間で420枚を焼き上げるのは簡単です。
そこで、香港出張前に江ノ島店でクルーユニフォーム(アルバイトのユニフォーム)に着替え3日ほど練習をしました。でも、3日間しかありません。合理的な練習方法を編み出さなくてはいけませんでした。そこで、徹底した作業分析を開始しました。

ターンレイで1時間に420枚のミートパティを焼き上げるのは並大抵ではありません、作業手順に一瞬の無駄も許さないのです。

■グリルのオペレーションと基準  その4
そこで、香港出張前に江ノ島店で、クルーユニフォームに着替え、3日ほど練習をしました。でも3日間しかありません。そこで、合理的な練習方法を編み出さなくてはいけませんでした。徹底した作業分析を開始しました。

(1)ハンバーガーの製造手順
ではハンバーガーの製造手順を分解して見てみましょう。
最初はプルレイ(1回1回焼き上げる方式)の製造手順です。
①片手に6枚づつミートパティを掴み、手前から奥に並べていきます。
②タイマーを作動させます。
③20秒後にシアーブザーが鳴ったら、ボタンを押してブザーを止めます。
④グリルの奥においてあるシアースパチュラを掴み、1枚1枚のミートパティ
に上から押し付け、しっかりとシアー(焦げ目をつけること)をします。
パティをしっかりシアースパチュラで押さえ、グリルの奥から手前に向かって焦げ目をつけていきます。シアーが正しくできていれば押した時に「ジュー」という音がします。
このシアーの作業が必要なのは、冷凍のミートパティは平らでないと言うことです。ややでこぼこしたり、縁にバリが出ています。
そのままにしておくとミートパティがグリルに接触する面積が少なくなり、生焼きになったりします。
使用したシアースパチュラは、綺麗なタオルで拭いてから正確にスパチュラホルダーに戻します。綺麗にしないと次に使うときにミートパティに汚れがつくし、脂が固まるとミートパティがシアースパチュラについてしまいます。
⑤55秒後にターニングブザーが鳴り始めたら、パティを1枚ずつ手前から
奥に裏返していきます。スパチュラは両手で持ち慎重にミートパティをターニングします。その際にシアーでついた焦げ目を損なわないように慎重にターニングします。ターニングブザーは自動的に止まります。
この際に使用するミートスパチュラはやすりで丁寧に研ぎ、最後は包丁と同じ位切れるほど鋭く歯をつけます。研磨が不十分だとターニングの際にパティを傷つけたり、取り上げる時にグリルに汚れが残ります。
グリルの汚れはスクレーパーで削り取るのですが、その作業が殆ど必要ないようにスパチュラの研磨を行うのです。鋭い歯がついたスパチュラで作業をすると疲れません。
1時間の作業を行うのあれば、途中で刃が丸くなるので、スペアーを用意しておきます。
⑥パティを全部裏返したら、各列ごとに塩コショウを奥から手前に均等に6イ
ンチ(約15cm)の高さから振りかけます。この際には正確にかかるようにします。
そのために、綺麗なテーブルの上で、この作業を行い、平均的に塩コショウがかかるか練習をするのです。

⑦戻しオニオンを手前から奥へ1/8オンス(約3.5g)ずつミートパティに載せ
ます。これも片手に21gを掴み、正確に分けられるように練習をします。
⑧ドレスしたバンズが載っているバントレーをグリルクリップ(トレーを掛ける
ところ)に掛けます。
⑨105秒後にリムーブブザーが鳴ったら、一度に2枚ずつのミートをスパチ
ュラで取りながらドレスされたバンズの上に載せていきます。
この時、ミートから出ている肉汁を切ってはいけません。(ダブルバーガー、ダブルチーズバーガーのミートパティは肉汁を切ります)パティは、ドレスしたバンズの中央に置いてミートパティを引き抜く要領で載せます。
⑩バンパーソンにビッグマックの場合は「クラウンプリーズ」、その他の場合
は「ヒールプリーズ」と声を掛けます。
⑪グリルマンの横にいるバンマンが焼き上げたヒールをスパチュラでクラウ
ンの上に乗ったミートパティの上に滑らせます。
⑫グリルマンは完成したハンバーガーを載せたトレーをパッケージングエリア
にまわしながら「バーガーズアップ」と声を掛けます。
⑬グリルスクレーパーを使ってグリル表面の肉汁とカーボンを取ります。
グリルスクレーパーの刃は特殊鋼で大変硬いので、専用の研ぎ機で研磨し、剃刀のように鋭くします。そして、グリル手前から奥向けて削りとっていきます。何回もその作業を行うと刃が丸くなるので1回だけで正確に清掃します。

以上で終了です。

このプルレイは簡単ですが、今度はターンレイと言う連続作業で休みなくミートパティを焼き上げる手順を見てみましょう。

ターンレイの製造手順は、最初のミートパティをターニングした後、休むまもなく、直ちに次の回のミートパティを並べます。
次に、最初のミートパティに塩コショウを振り、オニオンを乗せます。
そして休むまもなく2回目の肉のシアーをして、最初の回のミートパティを取り上げてバンズに乗せます。そしてグリルを清掃し、スパチュラを拭き上げます。
次は2回目の肉のターニングです。そして3回目の肉を焼き上げ開始です。
このように休む暇もなく、1時間に420枚のミートパティを焼き上げるのですから、一瞬の時間の無駄も許されないのです。


(2)無駄な動作をなくす練習
<1>ミートパティの掴み方と並べ方
そこで、冷凍のミートパティを両手で6枚づつ掴む練習をします。
それより少なくても多くても、冷凍庫に戻したり、取りにいったりと作業に無駄が出ます。正確に6枚づつ掴む練習をします。
そして、掴んだミートパティを正しいグリドルの位置に並べます。
グリドルの横幅は900mmです。直径10cmのミートパティを8列並べると800mmです。グリドルの左右25mmはコールドゾーンと言って温度が低いので使えません。そうするとミートパティ同士の間隔は5mm程度あけて並べます。
それをつけて並べると、片側が焼きあがってスパチュラでターニング(ひっくり返す)する時に横の肉を傷つけます。これだけきっちりと寸法が決まっているとミートパティを正確に位置決めをして置かないといけません。
本物のミートパティで練習すると肉が溶けてしまうので、コルクをくりぬいてミートパティの大きさの模型を作り、それを使って掴んでグリルに正確に置く練習をしました。大体1時間ほどで旨くなります。
<2>ミートパティの準備
次は準備です。
当時の冷凍技術はまだ遅れていますから、冷凍したミートパティ同士がくっついている場合があります。そうすると作業がスムーズに行きませんから、360枚入りのミートパティのケースを2つ出し、中のミートパティを予め剥がしておきます。
<3>備品の準備と位置決め
スパチュラやシアースパチュラ、スクレーパー、タオル、ソルトシェイカー、グリルクロス、などの備品を十分にそろえ、位置を決めておきます。
作業をする際に場所を目で見ないでも掴める様に練習をします。スパチュラやシアースパチュラを掴む際にも見ないで取れるようにします。タイマーも見ないで押します。
<4>手を鍛える
ミートパティをグリルに並べる際に熱いグリルに接触したり、焼きあがったミートパティを取り上げるときに、指に火傷を負います。熱いと作業が出来ません。
そのために最初はグリルの横に氷水を置き、火傷を負った指を冷却し水膨れがでないようにします。これを3日ほどやると、指の皮が厚くなり熱さを感じなくなるのです。空手で巻き藁を突いて拳を鍛えるのと一緒です。

後にターンレイは通常3名で行うが、4名でやるシステムを作り上げ、1時間に750枚のミートパティを焼き上げることに成功したのです。


(3)作業分析のノウハウは空手
作業分析のノウハウは空手です。
私は子供の頃は喧嘩に何時も負けて泣いてかえっていましたが、それを見た父が空手を習うことを薦めてくれたのです。台湾からの留学生にカンフーを習い、それで興味を持ち、町道場に通うようになりました。
立教中学時代には校舎のすぐ近所にあった大学空手部の道場の練習を見学にいき、大学に進学したら空手部に入ることにしました。
立教大学の空手は和同流という流派で、マイナーな流儀です。
元々沖縄空手に学んだ創始者が体の小ささをカバーするために流しと言うカウンターで大きな相手を倒すのです。カウンター戦法は大変実戦的でよいのですが、危険が伴います。
空手と言うとK1などで巨体が強いように思えますが、実は基礎体力が大事なのです。大学1年生の時には毎日、腹筋、腕立て伏せ、突き、蹴り、の基本練習と型の練習だけ。自由組み手は夏休みまでやりません。基本をきっちり練習することにより、基礎体力と体の動きを学ぶのです。
空手と言うと攻撃が必要に思えますが、実は防御が必要なのです。
K1などを見ると突き蹴りや、ハイキックなどの格好のよい技にあこがれますが、鍛えないであんな試合に出て腹を1発殴られたら、痛いだけでなく骨を折ってしまうのです。そこで、腹筋や腕立て伏せ、ヒンズースクワットで腹や腕、足の筋肉をつけ、バットで殴られても大丈夫にするのです。

さて、空手の基本はいかに無駄のない体の動きを身につけるかです。
そのために、鏡を見ながら突き蹴りを行ったりしていきます。また、型を演じる際に、いかに無駄のない動きをするかが大事です。
すべての動きに無駄は許されません。少しでもミスをすると竹刀か飛び蹴りが襲ってきます。
この時の体の動きに無駄をなくす練習は、無駄な作業をなくす作業分析に大きく貢献したのです。

さて、次回は香港武者修行です。

■グリルのオペレーションと基準  その5
サーいよいよ香港武者修行に旅立ちです。
試合の場所は香港の高級リゾート地のレパルスベイ、香港の江ノ島です。
スパチュラとスクレーパーを包丁のように研ぎ澄まし、さらしに巻いて出発です。
出発は私一人だけです。
軍事顧問は「空港に迎えに来てやるから」と言われましたが、それを信じるとトンでもないことになります。ホテルの住所を確認し、香港ドルを用意しました。
迎えに来なければ自分でタクシーを捕まえてホテルまでたどり着かないといけないからです。
案の定、空港に鬼軍曹の姿はありません。探す無駄もしないで、即タクシーを捕まえ、ホテルに向かいました。
ホテルのロビーに入ったら鬼軍曹が爪楊枝で歯を掃除しながら(彼の癖です、本人は木枯らし門次郎のように格好よいと思っていたようですが?)待っています。私が到着する姿を見て、つまらなそうに「よく来れたね」と人事のように言います。
でもこんな訓練が思いがけないところで役に立ちます。
後に私はカリフォルニアに駐在することになり、日本からの研修生をトレーニングするために、シカゴのハンバーガー大学やニューヨークに連れて行きました。
ご存知のようにニューヨークには飛行場が3つあります。
国際線はJFK、国内線はラガーディアとニューアークです。サンフランシスコから一緒にJFKに飛び、ニューヨークで数日滞在しシカゴに出発となりました。
ニューヨークに到着後、研修生の航空券をチェックしました。これも鬼軍曹の教えですべて自分の目で確認しろと言うものです。
日本から来た研修生はJFKからシカゴ・オヘア空港行きの航空券を持っています。私の航空券も同じ便ですが、出発はニューアークになっています。
「何で同じ便なのに飛行場が違うの?」と思い電話をすると、何と日本人研修生の持っていた航空券が間違っていたのです。
世界でもトップクラスのクレジット会社の旅行代理店部門の発行の航空券でもこんな間違いがあるのです。気がつかなければ立ち往生でしょう。
鬼軍曹は平気な顔をして、そんな間違いは当たり前だよ。人を信用するのが馬鹿なんだと平気な顔で言います。
それ以来、すべての航空券やレンタカー、ホテルの手配は自分で行い、必ず確認することを実施しております。
そのその厳しい訓練のおかげで、飛行場で立ち往生しても大丈夫なようになりました。

到着後、旨い中華料理を食べに行きました。
豪華な船のレストランでの会食です。ここでも鬼軍曹の訓練は続きます。
香港ですから美味しい魚料理を食べるのですが、食用蛙のおいしいのがあると薦められます。注文する前にお魚でも蛙でも見せると言います。
注文したらぴょんぴょん飛び回る蛙を持ってきました。「活きが良いので美味しそうだね」と言ったら、鬼軍曹は「君、調理しているところを見ていないだろう。生きている蛙は見せるだけで、調理は冷凍の蛙だよ。」と言います。つまり、必ず自分の目で確認しろと言う教えなのです。ま、厳しく鍛えられながら(殆ど虐めの世界ですが、何せ言葉が通じなかった頃ですから抵抗できません、はいはいと聞いているだけでした)パクパク食べて明日の他流試合に備えました。

さて、翌日は早朝からレパルスベイに出発です。
このレパルスベイは香港の金持ちの別荘が林立している高級リゾート地で夏場の売上げは江ノ島店よりも凄いのです。
昼時を前に、現地の統括スーパーバイザーとグリルオペレーションの競争です。
相手のスパチュラを一見するだけで勝利は確信です。
ただし、米国サイズのグリドルに慣れていない私にはハンディがあるし、使うミートパティの状態も良くありませんでした。しかし、言い訳は効きません。それから1時間、2台のグリルでオペレーションを競いました。
結果、相手の統括スーパーバイザーも数ヶ月前の私と一緒でグリルオペレーションはぜんぜん出来ませんでした。という事で私の圧勝。
このオペレーションの競争で、香港マネージメントチームの私を見る目が一変。
それ以来、先生となりました。
この香港グリル競争は大変勉強になりました。
言葉が通じる日本であればオペレーションが出来なくても、口でごまかせるのですが、言葉が通じない国では体で見せるしかありません。
しかし、一旦、体で説得をすれば誰でも納得するのです。
しかも、この機会に私もグリルオペレーションをマスターすることが出来たのです。つまり、一石二鳥だったのです。

この競争は鬼軍曹にも効果的な研修の方法があることを実感させたのです。
この研修の後に用賀というお店に米国の調理機器をすべてそろえた店舗を作りました。その担当スーパーバイザーは優秀だと言われていました。
そこで鬼軍曹が彼に「香港に調理機器のメンテナンスを教えに行って来い」と命令しました。彼は人を口で使うのはうまかったのですが、自らの体を使う調理機器のメンテナンスが不得意でした。
鬼軍曹は、彼が口だけの人間か体を惜しみなく使う人間か判断しようとしたのでしょう。
言葉の通じない国に自分の不得意な調理機器のメンテナンスを教えに行くと言うのはものすごいプレッシャーです。そのプレッシャーに彼は負けて、旅立つ2日前にダウンして入院です。
鬼軍曹は私に代役を出せと要求します。そこで数人のスーパーバイザーにいけるかチェック。ポイントはパスポートを持っているかどうかです。
でも、数人がパスポートを準備していません。鬼軍曹は関係のない私に向かって怒り狂います。しょうがないので、パスポートを持っている私の部下のスーパーバイザーに白羽の矢を立てました。
でも彼は調理機器のメンテナンスなんて全く知りません。
香港出発の前の晩に店舗に呼び出し、「明日から香港で調理機器のメンテナンスを教えて来い」と命令しました。「エー、そんな、私調理機器なんて全く知りませんよ」「うるさい、これから徹夜で教える」という事で、徹夜でメンテナンスを教え、翌朝そのまま香港に出張させました。
心配したのですが、これが大成功。
彼は香港でメンテナンスの神様と言われるようになり、今まで機械音痴だった彼がそれ以来自信満々、機械大好き人間となったのです。しかも、この研修で行けなかった人と行けた彼の昇進の差が大きくつき、彼は後に営業本部長の地位まで上り詰めたのでした。人生の岐路ってあるのですね。

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