0912「海外情報 外食事情Overseas」イタリアプーリア地方の食文化 第6回目(日本厨房工業会 月刊厨房2009年12月号)

5月8日(金) 7日目  チーズ工房、アドリア海の魚養殖場、17世紀の領主の館、青果市場、ラストディナー
明日が帰国日なので、視察は今日が実質的な最終日。8時30分にホテルを出発して地元酪農農家の協同組合が運営するチーズ工房に向かう。

9時10分、チステルニーノの郊外にある「C.A.V.I.」
コーペラティバ・アレヴァトーリ・ヴァレ・ディトリア
Cooperativa Allevatori Valle D’itria
http://www.caseificiocavi.it/
というチーズ工房に到着。約30種類のチーズで主に牛のチーズを生産している。イトリアの谷を中心に半径30km範囲の酪農農家の協同組合で、30年ほど前に設立された。1日に2000リットルほどの牛乳を製品化する。手作り中心で、製品は周辺のレストランや消費者に直接販売する。チーズのタイプは「パスタ・フィラータ」と呼ばれる、モチのように伸びるタイプのものだ。

製造しているチーズの種類は
http://www.caseificiocavi.it/it/prodotti.html

早速工場内に入って、モッツアレラチーズの製造過程を見ることになった。陽気な工場長の解説を聞きながら、手造り製造の実演を拝見する。工場長は、チーズ種を前にしてチーズが生まれた逸話からミルクからチーズ種を作る工程までを説明してくれる。そして、いよいよモッツアレラチーズ製造の実演が始まった。種をタバコの箱程度に細かくカットして大きな桶に入れる。これに90度の熱湯を入れ、素早く船の櫂のようなものでかき混ぜていく。まるで麩を作っているようにグルテンを出すのだ。あの作り方でモチモチとした感触が出るのだと納得した。そして大きく伸ばし引っ張り上げる。チーズがモチのように伸びていく。これを何度か繰り返し伸ばした先端を小さくちぎって水の中に投げ入れると、モッツアレラチーズのできあがりだ。ちぎるときに、いろいろな形に細工する。
できたてを試食する。柔らかいけれど腰のある独特の味で、チーズ独特の臭いもなく、まるでつきたてのお餅を食べているような食感だ。モッツアレラチーズは鮮度が大事だと言うのがよくわかった。
食後は売店で買い物タイムだ。モッツアレラチーズは日持ちの問題で無理なので、熟成したチーズと、パルメジャンチーズを買い求めた。10時40分工場前で記念撮影の後、出発。
次の視察場所は、ファサーノ郊外のアドリア海に面した「トーレ・カンネ
Torre Canne 」というところにある魚の養殖場だ。ここにジョバンニさんの従姉妹の方が勤務していて、その方のご尽力で視察を受け入れてもらえることになった。
http://www.torrecanne.it/
周辺の画像
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGLL_jaJP315JP315&q=Torre+Canne&um=1&ie=UTF-8&ei=g4NKSvXNMorW6gP8loG9BQ&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=359201217

11時過ぎに「パンチカ・プーリエ Panittica Pugliese Spa」という燦々と太陽が照りつける海沿いの温暖な土地にある養殖場に到着する。http://www.panittica.com/

この会社は他に2つのグループ企業を持っている。一つは漁船で漁業をする企業で20隻ほどの操業船を所有している。もう一つは収穫した魚や養殖した魚の物流会社だ。
Maricoltura Adriatica Srl
http://www.maricoltura-adriatica.com/contatti.swf

この二つと魚の養殖を担当するパンチカ・プーリエの3企業でグループを組んでいる。この養殖場はまた、漁獲した魚介の物流センターも併設している。今日はあまり水揚げが多くなかったのだが、サメ、メルルーサ、ベラやカジカ系の小魚と蛸などだった。

養殖しているのはスズキと黒鯛の一種のオラータと呼ばれるもので、いずれも採卵からの完全養殖。ただし、90%は稚魚の販売で、成魚までの養殖は1割程度。早速、養殖の技術責任者に場内を案内してもらう。孵化後40日間のエサになる動物性プランクトンの栽培から、クロレラの栽培槽(材料の生クロレラは日本から輸入している)、孵化後から2センチくらいまでの養殖槽、採卵用親漁の水槽、そして屋外の2センチ以上出荷前までの水槽と見て回る。5センチほどの大きさになったら出荷で、スズキの場合1尾25セントで販売する。1シーズンで300万尾の出荷規模のようだ。
スズキと黒鯛の一種のオラータは思わず活け造りにして食べたくなる。新鮮でおいしいのだろうか?でも、以前、シカゴのHeatという活け造りのお店でフロリダ沖のヒラメの活け造りを食べたことがあるが、活きているのに身が柔らかいのだ。魚は寒くて海流の早い場所でないと身がしまらないからだったのだが、温暖なアドリア海で育ったお魚はどんな食感なのだろうか?
水槽で使う水は目の前のアドリア海の水深200メートルほどのところから汲み上げた清潔な海水だ。2年ほど前から、マグロの養殖も実験的に試みているそうで、卵はアフリカのある地域から入れていると言っていた。成功すれば地中海産の養殖マグロとして日本に輸入されるだろうから楽しみだ。
施設見学をアレンジしてくれたジョバンニさんの従姉妹の方に御礼を言って、12時50分に養殖場を後にする。

20分ほどで今日のランチスポットの「マッセリーア・サラミーナ
Masseria Salamina」に到着。オリーブの海の真っ只中にあるマッセリーアで、17世紀に建てられたこの辺の領主の館だ。館といってもレンガ造りの中世のお城のような威容を持っており、道路から数十メートル奥に聳え立っている。20数年前に、隣町のモノポーリ出身の弁護士夫妻が購入して、アグロツーリズモとして再生し、現在はその息子さん、娘さんの代に移ろうとしているそうだ。館の後方には、樹齢400年のオリーブの広大な林が広がっている。

マッセリーア・サラミーナ
Masseria Salamina の日本語HP
http://www.masseriasalamina.it/
ブログ建物外観
http://blog.tabista.jp/italia/2008/02/3_2.html
http://pirorin3.web.fc2.com/cn18/pg159.html

優雅な館内の奥にある広い食堂でランチを開始する。前菜は、カタクチイワシのカルパッチョ、たことルッコラのマリネ、大麦とケッパーのビーツ風味、茄子ときのこのムサカ、そしてピアットはラザニアだ。前菜類の味付けが薄くて美味しい。もちろん、副菜のサラダは、ここでもたっぷりと出てくる。キリッとした微発泡性の白ワインが料理にぴったりマッチしていた。部屋の雰囲気も良いのでリラックスして食事を楽しんだ。
食事の後、館内を見学する。食堂などの施設は1階にあり、2階が居間や寝室のプライベートな場所となっている。元領主の館ということで、とても優雅で豪勢だ。居間には豪華なシャンデリアとゆったりとした椅子、暖炉が備わっている。歴史を感じさせる絵もかかっており、のんびりと滞在したくなる。見て回った2階の部屋のほとんどが宿泊可能で、宿泊費もあまり高くないようだ。4人泊まれる部屋が1週間で1000ユーロ以内だと言っていた。ここに1週間滞在し、美味しい食事を摂りながらアグロツーリズモを楽しむのもよいだろうと思わされる。

部屋の写真
http://www.masseriasalamina.it/

15時過ぎに館を後にして、近くにある青果市場にむかう。このツアー最後の視察だ。
「コンソルツィオ・ファサーノ・チェントロ・アグロアリメンターレ Consorzio Fasano Centro Agroalimentare」
http://www.agralfasano.it/
という青果市場だ。ここも、ジョバンニさんの従姉妹のご主人(学校の先生)の関係で視察可能になったもので、事務所には彼も待っていてくれていた。この市場はローマ以南では一番大きく、9年前に現在の場所につくられたものだそうだ。

青果市場といっても、日本の卸売市場とは異なり、民間による運営となっている。日本の卸市場は明治時代に法制化され、国による管理がなされている日本が発明した生鮮流通システムだ。それに対して、ファサーノの市場は、ファサーノの商工会と市場に出店する卸売業者の出資によりつくられたものだ。18社の卸売業者と周辺農家の協同組合が29のスタンドを開設している。ここに周辺農家及び他地域の新鮮な農産物が集荷されるわけだ。われわれが行ったときは、農作物を運び込む生産者のトラックが入ってくるところだった。午後4時頃から、小売店、外食業者など、買い付け人の車がやってくる。

市場責任者、いわば事務局長のFiorenzo Marsellaさんからレクチャーを受ける。テーブルの上に並べられた地元名産の瓜等の野菜を食べながら気楽な雰囲気でレクチャーが進められた。青果は年間約150万トンの扱い量で、卸売業者1社10億円ほどの商いをしている。現在は、アルバニア、ユーゴスラビア、北アフリカなどの市場と連携を作ろうとしているそうだ。
説明の後、スタンドの並ぶ1階を見学する。日本人など珍しい土地柄、陽気なお兄さん、おじさんたちが群がってくる。皆とても人なつっこく。女性の多い一行にすっかり興奮気味だった。女性陣はちゃっかりと試食させてもらっていた。

“やっちゃ場”のお兄さんたちの歓声を後に、16時過ぎ市場を後にする。17時30分にホテルに到着。20時30分のラストディナーまでの時間は自由時間。旧市街に行ったり、周辺を散歩したり、パッキングをしたり、みな思い思いに最後の宵を過ごした。

20時30分、ホテルのバンケットルームでラストディナーだ。前菜はモッツアレラチーズだが、何と目の前で朝方のチーズ工場のように練り上げて新鮮なモッツアレラチーズを造ってくれる。まるでめでたい時に餅つきを行い、突きたてのお餅を振る舞うのと同じで、場が一気に盛り上がった。新鮮なモチモチとしたモッツアレラチーズとワインで乾杯だ。
そのあとは、ムール貝のワイン蒸し、パパデッレ(手打ち平打ち麺)子羊のトマトソース、黒鯛の炭火焼・グリーンピースソテー添え、マグロのカルパッチョ、そしてデザートにミッラフォリエ。デザートワイン。と地元プーリアの名産品のオンパレードだ。

今回のツアーの感想を各自発表する。皆さん、ジョバンニさんと大橋さんのホスピタリティ溢れるフル・アテンドに大感謝。普通のツアーでは決して味わえない地元の人たちとの濃密な交流や、なかなか見ることのできない場所を体験できたことが、本当に嬉しかった。そして最後に、この席に同席してくれたジョバンニさんのお父さん自ら手造りのオリーブの枝で編んだ小さな手提げ籠がプレゼントされた。全員大感激だ。ワイワイガヤガヤ食事を楽しみ22時40分、ラストディナーはお開きとなった。

5月9日(土)、10日(日) 8日目、9日目  帰国日

9時過ぎホテルを出発、10時50分バーリ空港に到着。フライトが1時間遅れ、ローマ空港ではアリタリアのスタッフが先導してくれ、無事に乗り換えができた。我々は焦ったが、地元の人に言わせると飛行機が遅れるのは日常茶飯事で、特にローマ空港の乗り換えは要注意のようだった。そして無事に成田に到着。

イタリアというと治安の悪さを心配したのだが、さすがイタリア最南端のプーリア、治安は全く問題はない。また、人々の温かい思いやりで旅は楽しいものだった。イタリアというとローマ以北のイメージが強く、南部と言うとシチリアが多いが、このプーリアまで足を延ばすとイタリアのイメージもずいぶん変わるだろう。今回の旅行をアレンジしていただいたジョバンニ・パンノフィーノさんと大橋美奈子さんの心遣いに感謝して、今回の旅の報告を終了する。

最近は、米国でもプーリア地方の素朴な料理を注目して取り入れるようになっており、日本でも徐々に人気がでてくるだろう。そこで、日本でプーリア地方の料理を出しているお店を紹介しておこう。
プーリア地方で修業した何人かの料理人がイタリア料理店でシェフを務めている。そのリーダー的存在が東京青山の骨董通りのリストランテ コルテージアの江部シェフ、 http://www.r-cortesia.com/index.html
新宿のオステリア・イルピッチョーネ に最近シェフとして呼ばれた山本シェフだ。http://www.il-piccione.com/index.html
その他、JR中野駅のイル・フォルネッロというお店では、プーリア生まれローマ育ちのオーナーシェフ フランコ・カンツオニエーレさんが腕をふるっている。超人気イタリアンだった恵比寿のイル・ボッカローネの元調理長だ。時々本格的なプーリア料理を提供するフェアーを開催している。
http://gourmet.yahoo.co.jp/0000942076/
新鮮なモッツアレラチーズを食べたい方には六本木のオビカobikaがお勧めだ。ワンダーテーブルがブルガリの役員が個人的に経営しているobikaと提携して、モッツアレラチーズ・バーとして開店したお店だ。イタリアから週に何回か新鮮なチーズを仕入れており、最近は米国にも出店し人気のようだ。
http://www.wondertable.com/app/tenpo/tenpo?code=Obika
http://www.obika.it/english/index.html

以上

<参考資料>
今回の視察旅行には、長年商業界飲食店経営、ファッション販売、などで編集長を務め、2009年4月より名古屋文理大学健康生活学部フードビジネス学科教授を務めていられる石川秀憲先生にご同行をいただき、そのレポートを筆者の主宰するメーリングリストとメールマガジンに執筆いただいた。今回の原稿においてはそのレポートを参考にさせていただいている。http://www.nagoya-bunri.ac.jp/cgi-bin/teacher/index.cgi?gakka

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