2009 新春対談 厨房業界の次世代を担うコア人材の育成~長期的ビジョンでの人材育成と協業~(日本厨房工業会 月刊厨房2009年1月号)

2009 新春対談
厨房業界の次世代を担うコア人材の育成
~長期的ビジョンでの人材育成と協業~
学校法人立教大学大学院教授
王 利彰

社団法人日本厨房工業会会長
福島 裕

司会:広報・編集委員長 中川 幹夫


企業と学校の垣根を超えた
フランス式プロフェッショナル育成システム
中川 新春あけましておめでとうございます。2009年の新春対談は、昨年に(社)日本厨房工業会の厨房研究会座長に就任されました王利彰・立教大学大学院教授、そして当工業会会長・福島裕㈱福島工業社長にご出席いただきました。
王 私は外食産業に長く従事しておりまして、㈱レストラン西武(現西洋フード・コンパスグループ㈱)を皮切りに日本マクドナルド㈱に20年ほど在籍した後、コンサルタント会社を設立して外食産業向けのコンサルタントを営んでおります。それと共に、8年ぐらい前から立教大学や女子栄養大学で教鞭を取るようになり、5年ほど前に立教大学大学院にMBAコースができた時にそちらで教授に就任いたしました。立教大学の観光学部で主に外食のマネジメントを教えていまして、大学院ではやはりF&B、外食マーケティング、それからサービスマーケティングを教えております。また、2008年より(社)日本厨房工業会で厨房研究会の座長を務めさせていただいております。
福島 私は2007年の6月から工業会の会長を務めさせていただいております。厨房工業会は420社以上の会員さんがいらっしゃる、厨房を主な生業とする会社の集まりで、厨房に携わる人たちの教育・啓蒙、資格と人材育成、それから厨房機器の衛生・安全面についての規格・基準作り並びにその基準に沿った指導といいますか、運営ということを主業としております。私が会長職を拝命して1年半近くになりますが、おかげさまで、今申し上げたようなことを一応順調に進めさせていただいております。今、工業会では次世代の厨房界を担う人たちが次世代フォーラムという研究会を作ってさまざまなテーマで議論していますけれども、そういう次世代の人たちがこの業界を世の中できちっと役に立つような、世の中に貢献できるような業界にしていくために、そういう有為な人材を輩出できるような環境を作るのが、私の任期中に是非実現させたいことだと思っております。
中川 工業会の広報・編集委員長の中川です。本日は司会ということで、よろしくお願いいたします。今回のテーマは「厨房業界の次世代を担うコア人材の育成」ですけれども、福島会長はご就任以来、教育事業に大変力を入れられて、今おっしゃられたようなことをやってこられたわけです。そして王先生はご自身の外食産業での直接のご経験やコンサルタントとしてのご経験を通して大学で教えられているということで、お二人ともこの分野では非常に造詣が深いと思います。
王 教育に関してはいろいろあるのですけれども、先日ヨーロッパに行った時にすごく感銘を受けたのが、教育です。パリにフェランディーという創立して80年ぐらい経っている歴史のある料理学校がありますが、中川さん、そこを運営している母体がどこだと思いますか?
中川 厨房メーカーですか。
王 パリ市の商工会議所が運営しているんです。私もびっくりしまして、それは何故だと尋ねたら、料理だけじゃなくて、いわゆる手仕事、職人の仕事、いろんな細工とかも含めて、十何種類の職種を教えているんです。そのうちの一つ、生徒が一番多いのが、外食です。3年ぐらいのカリキュラムがあって、高卒ぐらいから教える課程と、1回料理関係の仕事に就いてまた勉強したいという人を再教育で教える課程があります。例えば日本の料理学校は、ずっと料理学校で教えます。正直言うと、現場で使えないというと語弊があるのですが、料理学校を出てもう一度やり直さないとものにならない。それは教えられたことと現場のやり方が合わないんです。フェランディーのカリキュラムで非常に感心したのが、半年間座学で学んだら、今度は半年間実地研修に行って、それでまた戻って来て、それを3年間繰り返すという教育方法です。それで卒業したら、すぐ実際に現場で使える人材を輩出するということをやっているわけです。それを民間の学校とか財団とか国がやっているというなら分かるのですけれども、商工会議所がそこまでやる、という点に感心したんです。
御存じだと思いますが、フランスは世界で一番海外からの観光客が多い国です。中でもパリ、やはりミシュランでも御存じのように、そこのレストランがすごく大きな吸引力になっています。フランス料理が隆盛なのはそういうお国柄なのだと思っていたら、そういうきちっとした教育システム、それもまた商工会議所あたりが町を盛んにするためにそういう後押しをしている。特に産業界と一緒にやっている点が、やはり現実的な教育になる。日本では、学校は学校、後は社会に出てからまた覚えるという流れですけれども、教育という意味では両方の経験がいるでしょう。
中川 社会人経験のある業界の方が集まって再学習する機会があれば、今まで見えなかったニーズが分かって、新しい商品開発やサービスの開発につながりますね。
王 日本はこれだけの技術がある国ですから、うまく対処すれば、非常に良い製品ができると思います。それを専門に教える所がないという点が、最大の問題点です。厨房というと、レイアウトや設計の研究と、機械そのものの研究と、二つに分かれますから、両方の専門家を育てるのは非常に時間がかかると思います。
福島 どちらかというと、工業会は機械でなくて、設計とか現場の施工ということが事業の主な対象ですね。機械そのものはそれぞれのメーカーがそれぞれに対処しています。もちろんそういった状況で、工業会は去年ぐらいから、NSFの基準に準拠した衛生基準作りをしてきました。そういうことは一歩前進しています。
王 将来的には共同して研究することが必要となっていく時代に、基礎研究を個々で競争してもしようがないです。基礎研究は共同してやって、製品化の部分で差別化するとしないとだめですね。
福島 われわれメーカーも、気づいていてもメーカーの論理でできないということはけっこうあると思います。
王 だから、そこは勉強する場でユーザーの声を直に聞く機会があると、もっと有益なのではないでしょうか。

若手の技術者が、厨房業界に
誇りと希望を持てるようにする策とは
中川 王先生は厨房業界の外にいらっしゃるからうかがいたいのですが、私たち厨房業界は外から見ると、地味だとか閉鎖的だとかいう印象を感じられることはありますか。
王 いろいろな厨房メーカーさんに伺ってみると、皆さんコミュニケーションは取りやすいですし、決して閉鎖的じゃないです。特に営業の方は非常にオープンです。けれども現場のエンジニアの方は、ノウハウの問題があるのか、あまり交流できません。営業の方は非常に業界で協力していろいろおやりになっているんですが、設計の方の交流がまだまだ少ないと感じます。
中川 一つの研究を業界横断的にやりましょうというのは、面白いテーマですね。
王 そういうテーマはあった方がいいですね。個別に企業さんでやられている部分を、混成チームでやるとか。例えばスチームコンベンションオーブンの蒸気発生器なんて、同じ大きさのオーブンには同じ大きさのものでもいいと思うので、その他の部分、厨房機器のドアとかコンピューターのプログラム、使い勝手等を個別に開発するのでも良いのではないでしょうか。今、車のメーカーでもそういう協業の時代に来ていますから、より良いものを効率良く作るためには業界全体で協力しないと。本当のライバルは海外なのに、日本国内で喧嘩していても仕方がない。海外に対抗するためには、もっと協力しないといけないと思います。日本はこれだけの工業国ですけれども、厨房だけはまだまだ外国製品が強いです。
中川 中国に限らず、海外に対して、日本食の評判が常に高くなってきています。そんな中で調理にしても、衛生管理にしても、日本の厨房機器が果たす役割がもっとあるのではないかと思います。
福島 日本の食文化を海外でもきちんと守っていただき、かつ今後さらに発展していただくためには、日本の厨房機器が必要になってくるんですね。それと、今注目されている話題で、やはり環境とか安全--安全というのは食の安全でなくて、厨房機器の安全ですね。そういうことをもっと幅広く、異業種の人、厨房業界のクライアントの方々に知ってもらうことは、非常に大事だと思います。だから、勉強会をやるにしても、やはり環境という切り口で厨房を語るような先生を起用して、そこで学んでもらうことが必要だと思っています。
王 環境問題については、外食はまだほとんど対応しきれていません。
福島 改正食品リサイクル法も厳然たる課題です。そういうこともやはり環境の中に含まれていると思います。環境問題については、改善の余地のある材料は厨房の中にはたくさんありますし、機器の安全性については経済産業省から指導を受けたりもしています。工業会もやはりそれをやっていかなければならないと思っています。そういう意味で、機会があれば私たちがどんどん出ていかければならないと思っています。
王 自動車とかは燃費を1割改善するのは大変だと思いますけれども、厨房機器ですとまだまだ改良の余地が大きそうですね。
福島 機器の運用とか、ハード面だけでなく、ソフトという面もあります。もちろんそこには設計の問題も出てくるでしょうし、環境に配慮した設計、機器はみんな私たちメーカーが環境に配慮したものに一生懸命取り組んでいて、どんどん進化しています。そもそも設計にしたって省エネ型の設計をするとなると、エネルギーとか空気調和、換気という部分が非常に大事になってくる。音の問題とかも、われわれはコンプレッサーの音をどうしたらもっと小さくできるのかと、一生懸命考えています。音エネルギーを小さくしようとか。今はインバーターになってきて、コンプレッサーを、例えば20Hzぐらいで運転させたらものすごく静かになります。
王 こういうきっかけで、向学心のある若手が出てくるといいですね。
福島 どうしてもそういう地味な仕事は一線を引いた人がやるから、ベテランに頼りがちになりますね。若い人は、もう目の前の火を消すのに大変ですし。
中川 先ほど技術者がなかなか出てこないというのがありましたけれども、当社なんかも技術者はとにかく毎日缶詰めになって、火消しに大変です。
福島 そういう技術者が誇りと希望を持って働けるものを示さなければいけません。
王 業界として伸びるには、やはり教育は大事、基礎ですね。それにある程度労力を払わないと。教えるのはお金というより労力ですね。先ほどもフランスの商工会議所は80年教育事業を行っていると申しましたけれども、長く続けるということは大事でしょうね。どれだけ長く地道にやるかでしょう。派手というよりも地道に続ければ、最初のスタートは小さい規模でも、だんだん人が増えてくると、輪が増えて大きくなっていきますから。
福島 工業会でも、研究論文として対外的に発表できるものとできないものとあると思うけれども、例えばインバーターの回路についてどうこうといった研究、そんな協業をやっていけると思います。私は今日本食品工学会に入会しているのですけれども、そこはけっこう面白いですね。例えばコンベクションオーブンの研究をしている人がいます。
王 学者ですか。
福島 学者というか、例えば大阪府立大学の食物栄養学科とかの学生さんですね。日本食品工学会というのはそういう人たちがやっていますから、例えば電磁場冷凍とか、電磁をかけた冷凍の実証をしてみた、実証してみてどうだったか、いや、全然効果はなかったという研究論文だったのですけれども、そういう学生や教授がいる研究室レベルでのユニークな研究と実験結果がけっこう出ているんです。そういう所とタイアップするのもいいでしょう。例えば洗浄機器の洗浄能力とか、洗浄剤メーカーの研究を共同で学ぶとか、そんなことがあってもいいと思います。
王 追究していくと、数限りなくありますね。
中川 それはどれ一つ取ってみても、深い中身を有していますね。
福島 立教大学の学部の中にそういうカリキュラムがあって聴講する機会を設けていただくとかすると、面白いと思います。例えば先日産業環境管理協会の大阪支局とお話しする機会があったのですが、そこを通じて、今LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)と、それからMFCA(マテリアル・フローコスト・アカウンティング)についての研究を進めています。端的に言うと、結局CO2を減らせば原価が下がるという話で、そういうことを、そこに加わっている経済産業省の人たちが教えてくれます。認定されたら、これだけメリットがありますよ、と。こういう話をもっと、例えば中川さんの会社のエンジニアに聞いてもらうとか。やはり僕らがそういうことを伝えられる、何かきちっとした教育機関の枠組みを作っていかなければいけないと思います。

幅広い知識を持ったコア人材が
厨房業界の将来を担う
王 外食産業は25兆円もの大きな規模の産業なのに、日本にはこれに関する講座・学校が不足しているのが現状です。海外で見ると、アメリカに加え、スイスとかヨーロッパもそうですが、観光業と並列の状態で外食をしっかり教えています。日本にも卒業生が多数いますが、外国ならばコーネル大学という大学がありまして、そこではきちっとした外食に関する実務的な内容を教えています。そういったバックグラウンドの差があって、日本では外食産業がこれだけ大きいのに、ちょっと教育面が物足りない。厨房に関していえば、以前、私も月刊『厨房』で記事を書かせていただいたんですが、実は厨房工学を学校で教えることはありません。厨房というのは結構複雑な扱いを要し、電気系統、電子回路、ガス燃焼などを知らなければいけないし、金属工学の知識も必要です。そういうかなりの技術が必要ですが、それを教える所がないという点が非常に残念です。それでは現在業界で働いている方はどうしているかというと、学校自体は全然違う学部を出て、そして就職して、それから自分で必要だと思って自分で勉強しなければいけない。または、各企業の教育機関に頼らざるを得ない。
中川 調理師とか栄養士とかにはきちんとした教育システムが昔からあるのに比べると、ずいぶん不遇だったのですね。
福島 われわれ厨房の業界も、長年、厨房設備士や厨房設備施工技能士、通信教育という厨房の専門の教育を広くたくさんの人に提供し、例えば2級厨房設備士だけでも本当に何千人という人が資格を得て、社会に厨房の仕事に携わる人材を送り出してきました。しかし工業会として、あるいは厨房業界としてこれだけでいいのかと考えた場合に、もう少しお客さま、つまりわれわれのお客さまは外食産業であり、そういうクライアントの人たちに対して、コンサルタントまではいかなくても同じレベルでいろいろ会話ができたり、提案ができたりというレベルに持っていかなければいけない。
そのためには今までの1級・2級厨房設備士とか技能士とかをすべての人がよく学び実践すること、あるいはそれらを設計や施工に生かすことは当然ですけれども、そのレベルをさらに上げていくためには、やはりそういうお客さまと同じ視点で物を考えられるような人材を育てなければいけない。私はそれを将来世代を担う「コア人材」と呼んでいるのですけれども、厨房はもちろん、例えばエネルギーの問題、あるいは環境の問題、食品の問題、栄養の問題、衛生はHACCPとか、厨房業界の一員としてかなり深く掘り下げて学んでもらう必要があります。マーケティング、ホスピタリティ、あるいは外食独特のフィナンシャル、そんなことを幅広く勉強して、もっとクライアントに対して良いサービスを提供できるような人材を作りたいというのが、私が現在の立場に立って考えたことです。
外食の方も厨房、あるいは厨房の安全性や厨房機器を長く使っていただくためのメンテナンス、そんなことを学んでいただいたらいいのではないか。そんなところで何か接点というか、融合できるような場が設けられたら、工業会の次世代を担う人たちにとっては非常に大きな励みになり、将来の展望も開けるのではないかと考えています。

異分野の人材が交流し切磋琢磨して、
厨房業界を発展させよう
王 やはり教育機関を作るなら東京ですね。関西ではちょっと難しいでしょう。
福島 現在は法政大学にコーネル大学肝煎りの講座が作られて、リテーラー、小売などの次世代--今30歳過ぎの方々が10月からもう講義に入っていると聞きました。その話を聞いて、先にやられたと思いました。これは東京ですが、ある程度地方からも来れるようにする工夫がいるでしょう。
王 その講座はコーネル大学と提携したのも面白いのですけれども、ただ、コーネル大学のカリキュラムをそのまま持ってきても、正直言って厳しいと思います。やはり教育は日本式でやらないと。とはいえ私もアメリカの教材とかを使っていますけれども(笑)。
福島 アメリカ人というのは、標準化がうまいじゃないですか。そういう標準化の上に成り立っているカリキュラムじゃないですか。
王 教育はやはりその国で作らなければいけないという原則があると思います。例えば法律も基準も違いますし、料理も違うし、基本的に人間が違いますから、マネジメントといっても、アメリカ的なマネジメントと日本的なマネジメントは相容れませんから、そういう意味では非常に難しい部分があります。
中川 法政大学の他にも亜細亜大学経営学部にホスピタリティ・マネジメント科、名古屋文理大学や西武文理大学にフードサービス関連の講座ができるなど、フードサービスをより専門的に学べる課程を新設する動きが顕著ですね。
王 大学という形式でいいのかという疑問もあります。私も法学部を卒業してまったく関係のない業界に入りましたし、大学というものは、入りやすいとか、ちょっと面白いからとか、雰囲気がいいからというだけで学部を選ぶ人も多く、仕事を選ぶのとは若干違いがあります。例えば立教大学の観光学部を出て観光業に就く人は1割か2割です。後は金融とか、まったく違う業種に行ってしまうので、そういう意味で、外食大学を仮に作ったとしても、外食産業に有為な人材が必ず来るとは限らないという懸念があります。先ほどの話に出てきました、外食産業に1回入って苦労してきた人が来る大学院か、またはこういう講座の方が、絶対にいいだろうと思います。今、大学院で教えていて感じたのは、今の大学院生は平均年齢が35歳ぐらい、入学の資格条件が2年以上社会経験しているという、社会経験者を前提としているんです。社会経験者を見ると、やはり仕事上の悩みや問題を抱えていて、真剣に勉強しているんです。そういう意味で、社会経験をされた方向けの大学院としてやった方が非常に有益という感じがします。しかも会社に行って働いていて、そして、両方の勉強、座学と実務経験を経ることが非常に役に立つのではないかという印象です。
福島 大学院となると、私もよく分かりませんけれども、文部科学省の許認可とか、いろいろとクリアすべき課題とかがあると思いますが、講座ということでわれわれがそういう賛同者を募って、例えば立教大学なら立教大学でそういう場を提供していただいて、例えば外食関連の方、給食関連の方、中食関連の方、お惣菜関連の方とか、いろいろなクライアント--われわれのお客さま側のいろんな団体とかがあって、そういう方たちのご参加をその団体で募っていただき、一つの集団ができればいいと思います。そうすれば、そういう人たちが、例えば半年なら半年同じ釜の飯を食う、同じ所で学ぶということによって一つの同窓生みたいな仲間ができて、食に関係する人ばかりだけれども、そこで学ぶこと以外にもいろいろと刺激し合い、良い集団ができるのではないか。そういうものができたらいいと思います。
厨房業界にもいろいろなコンサルタントの先生が何人もいらっしゃって、それらの先生方の話を聞いても、なかなかコンサルティングだけでは飯が食えないという苦労話をうかがいます。先生方はそれぞれ、例えば厨房以外には建築、環境、経営管理などがお得意だったりします。われわれ厨房に携わる人材がそういう先生方と同レベルとはいかなくても、自分たちの殻を破って、厨房以外にこういうことについては誰にも負けないものを持っていて、それらの非常にお客さまの商売のお役に立てること、ひいては食品業界全体の発展に寄与するようなことを膨らましていったら、私たちの仕事はもっと面白くなるのではないかと思ったりします。
王 厨房というとちょっと軽く考えられがちですけれども、厨房は工学の固まりですから。例えばスチームコンベクションオーブンがありますね。あれはいわゆるスチームジェネレーターという、蒸気発生器の耐久力が一番問題です。あそこで実は金属が腐食するんです。その問題点はどのレベルかというと、原子力発電所のスチームの管が、亀裂が入って腐食するのとまったく同じ問題で、金属の材質、それから管の作り方とか、高いレベルの知識がいるわけです。ですから、厨房はちょっとした調理をするだけの機械だと思われがちですけれども、実は原子力発電所と同じような問題を抱えている、かなり高度なものなのです。いろいろな基礎研究が本当は必要なので、こういうのがきっかけとなって、そういう基礎研究をする人が出ると業界全体がすごく発展するんじゃないかと思います。だからスチームコンベクションオーブンが登場してから20年ぐらい経ちますけれども、まだ問題を解決していない。それはけっこう技術的に大変な問題点があるので、大手メーカーさんでも今だ苦労されています。
福島 工業会の厨房メーカーさんが、その辺をコラボレートして取り組めたらいいですね。厨房メーカーさんが集まって研究するという場があってもいいと思います。
王 いろいろな業界の方が入った方が、いろんな視点で学んだ方が面白いし、視野が広がる。
福島 王先生がおっしゃったように、それぞれがそれぞれの職を持って、今おっしゃったようにいろいろな悩みを持っている中でお互いに切磋琢磨するところは切磋琢磨するし、お互いに学び合う部分は学び合うという場があったら楽しいだろうと思います。
王 大学院もまったく同じで、私のような教授がいて教えるのですけれども、生徒たちはそれらで教わることと同様に、一緒の学校に入ると多様な業界の方が同級生としているので、いろいろなことを意見交換して本音で話せる。自分が知らなかった業界のことをいろいろ勉強できるので、それが非常に良い。もちろん先生に習うのも大切ですけれども、お互いの中で、例えばクラスに行ったら同じようなマネジメントを勉強したいのだけれども、いろいろな業界の方がいて、それぞれの状況をリアルに話し合えることは非常に勉強になる。そういう意味では、いろいろな業界の方と一緒にやるとお互いのことが勉強になるので、コミュニケーションがすごく重要になるし、業界全体の発展にもつながるんじゃないでしょうか。
福島 そのような中でこの厨房という、いわば縁の下の力持ち的な業界をもう少し幅広く理解していただくとか、その重要性を認識していただく場もできるんじゃないでしょうか。そうすると、われわれの仕事も、脚光を浴びるとまでいかなくても、もっと認識されるようになるのではないかと思います。
王 たぶんこういう基礎的な講座でも、一度でも触れれば、やはり本格的に勉強したくなる、さらに大学院に行きたいという人も出てくるかもしれない。そういうきっかけになればいいのではないでしょうか。
福島 働きながら学べるという、例えばコストにしても時間にしても、あるいは講座の内容にしても、いろいろ工夫していけば、皆さんに非常に魅力のあるものになるのではと思います。

最低でも10年のスパンで
続く人材育成システムを
中川 こういった大学院みたいなものが作られたとして、それを維持するのはまた大変だと思うんですけれども。こういった大学院構想ができているのでどうかというふうに言われて、お金がないとか、そんなゆとりがない、人材がいないという話が出てくると思います。そういった「維持」のための支援も必要です。
福島 現在、王先生や工業会の役員、次世代フォーラムのメンバーの方々にいろいろヒアリングをして、人材教育についてのいろんな構想を練っています。社会人教育にフォーカスするならば、いろいろな業種の人とコンバインしたいですね。
王 そうしないと学生が続かないと思うんです。細く長く続けないといけないので、やはり1年、2年で終わっては仕方がない。最低でも10年ぐらいのスパンでしっかり続けないと、本当の価値あるものにはならないですね。長期的な視点で、日本の食と厨房に携わる人たちを育成するシステムと、その基盤を工業会が築いていくのを期待しておりますし、今後も微力ながらお手伝いできればと存じます。
福島 王先生にいろいろとご相談申し上げて、厨房研究会の座長になっていただいたのは、これらの計画を実現させるのに非常にいい時機だったと思って、私もできるだけのことをこれから工業会の皆さんと共に尽力していきたいと考えています。是非今後ともお力添えを賜れればと存じます。
中川 お二人のお話をうかがって、教育という、工業会の非常に大きな方向性が見えてきたような気がします。2009年という年が工業会と業界にとって新しい時代の始まりとなることを祈りつつ、座談会を終了させていただきます。

中川 幹夫 広報・編集委員長

「同じ釜の飯を食うことにより、学ぶこと以外にもいろいろと刺激し合う良い集団ができるのではないか」

「厨房機器は、実は原子力発電所と同じレベルの、かなり高度なものなのです」

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