NEWSな外食2012「大手チェーンも事故が絶えない食中毒『衛生管理に気をつけなければ、顧客は店から逃げていく!』」(商業界 飲食店経営2012年5月号)
平成8年に堺市の学校給食で腸管出血性大腸菌0-157により患者数8000人弱、死亡者3名という大規模な食中毒事故が発生した。それを契機に政府はより高度な衛生対策としてHACCPを導入するなど衛生対策に躍起になっているが、食中毒事故は無くならない。食中毒を引き起こすとその企業の売上が低迷し倒産するだけでなく、業界全体の売上が低下することになる。その典型が焼肉業界だろう。東日本大震災の後のえびすの事故により焼肉業界の売上はひどく落ち込んでいる。日本フードサービス協会の発表によれば、他の業界が回復した2月でも、焼肉業界は前年比マイナス9.8%と低迷している。
厚生労働省の統計によれば平成22年の食中毒患者総数は25972人で死亡者数は0人であった。しかし、平成23年は富山県を中心とした焼肉屋えびすのユッケによる食中毒などで5名の死者が出たこともあり、患者総数(現在の速報値)21700人、死亡者数11名と、患者総数は減少しているが、死亡者が10名を超える悲惨な年であった。
また、別表のように食中毒を引き起こすのは零細な飲食店だけではなく、管理の行き届いているはずの大手外食チェーンでも起きていることがわかる。その食中毒が絶えない理由を見てみよう。
1)油断と慢心:過去の成功体験に縛られない
大手や老舗で食中毒が発生するのは、今まで事故がなかったから大丈夫だという油断や慢心だ。食中毒というのは食中毒菌による消化器器官の病気で死亡するような危険でない伝染性の病気である。しかし、腸管出血性大腸菌o-111やo-157は少量の菌でも死亡者が出るようになった。本来は食事を中心に家族や友人との団欒を楽しむ場であったレストランが、死に至るかもしれない危険な戦場となってしまったのだ。
この危険な牛肉を起因とする腸管出血性大腸菌による事故は比較的新しく、1982年のマクドナルドによって引き起こされた。オレゴン州やミシガン州のマクドナルドで販売されたハンバーガーによる食中毒の原因をCDC(米国防疫センター)が腸管出血性大腸菌o-157による物であると発表した。翌日からマクドナルドの売上は30%も低下し、当時の牛肉離れというトレンドも影響し、本格的に売上が快復するのに10年ほど必要であった。マクドナルドはそれ以来、食品メーカーの厳格な衛生規格のHACCPを導入して対策にあたっている。しかし、マクドナルドの事故から学ばなかった米国外食業界はその後大きな事故を発生させてしまった。1993年はワシントン州シアトルでジャックインザボックスのハンバーガーを食べて発生したo-157の食中毒では、700人以上が感染し、200以上が入院し、4名が死亡した。これを契機にo-157による食中毒が注目を浴び、外食産業業界団体のNRAはHACCPと言う衛生管理システムを導入し、衛生管理を強化するようになった(後にServe Safeと改名)。
日本では1996年の堺市の学校給食で腸管出血性大腸菌による食中毒で4名の死者が出てから衛生管理が強化された。しかし、外食業界の対応は遅く、2000年2月に横浜のハンバーグレストランチェーンA社(社長が業界団体会長を務めるなどの老舗企業)が腸管出血性大腸菌による食中毒を引き起こし3店舗が長期間の営業停止処分を受け、全店の売上が低迷し、殆どの店舗を売却せざるをえなくなった。原因は挽肉を使ったハンバーグステーキを十分に加熱しないで顧客に提供したからだった。小型フットボール状のハンバーグステーキの表面を焼いて、内部は真っ赤な状態で熱々の鉄皿に乗せ顧客の前で肉を切り、赤い面を鉄皿に向けて余熱で焼くスタイルで人気があったのだが、この方式では肉の内部温度が75°Cに達せず、腸管出血性大腸菌を殺すことが出来なかったのが原因だ。このA社の調理スタイルを模倣したハンバーグレストランは現在でも多く存在し、何時食中毒を引き起こしてもおかしくない危険な状態だ。
この腸管出血性大腸菌はハンバーグだけでなく、サイコロステーキや加工サーロインステーキの内部にも入り込み、多くのファミリーレストラン・チェーンで事故を引き起こしている。コストを下げるために加工肉を使うのは良いのだが、それに対応したしっかりとした調理法が必要なのだ。
若者向けのステーキチェーンB社は生の肉を熱々の鉄板に乗せ顧客に焼かせるスタイルで人気であった。筆者が危険性を指摘すると「昔からやっていて大丈夫だよ」と真剣に取り合わなかった。しかし、加工サーロインステーキを顧客に焼かせる料理で、顧客が生焼けでも大丈夫だろうと食べたため腸管出血性大腸菌の事故を引き起こしてしまった。
食中毒の世界は30年前などと言う古い知識は通用しない。新型菌やウイルスがどんどん出現している。従来は海産物の食中毒は従来は腸炎ビブリオが多かったが、最近は、ノロウイルス(元・小型球形ウイルス)による生牡蠣の食中毒が発生している。ノロウイルスは米国で近年発見された食中毒原因ウイルスだが、あっという間に世界中に汚染が広がっている。昔、保健所の衛生講習会を受けた人は、食中毒は食中毒菌によって引き起こされると定義づけられてたが、今ではこのノロウイルスのようにウイルスも食中毒を引き起こすと定義変更が行われている。
最近は生牡蠣が原因のノロウイルスによる食中毒が一番多い。発生し始めた頃の2003年に高級フレンチレストランでノロウイルスによる食中毒を発生させてしまった。オーナーシェフは顧客に手紙を書き「ノロウイルスという食中毒があるのを知らなかった」と、自分の無知と勉強をしなかった事を詫びていた。
当社は大手で管理がきちんとしているから、昔から事故はなかったから、と安心や慢心すると事故を引き起こすという事例だろう。
2)外食は金儲けではない
富山の焼肉店えびすのように、大事故を起こすのは金儲け手段として外食に参入した新興企業や、安全性を軽視した企業だ。
以前、筆者の指導先のコンサルタント会社C社から「食中毒を起こしたらしい、どうしたら良いのか?」と相談があった。どのような食材で事故を起こしたかを聞いてみた。鳥わさが原因でカンピロバクターによる食中毒を出したという。何と、パッケージにしっかり「加熱調理用」と書いてある鳥肉を使用したという。それではまるで食中毒を引き起こすのを承知で営業していたことになる。
C社は人材専門のコンサルタント会社であるが、会社上場のために売上を増やせる外食に参入したのだった。安全で美味しい食事を提供するという外食に必要不可欠な信念が欠如しており、これでは食中毒を引き起こしても当然だろう。
大手ファミレス創業者のD社が2003年に商社の仲介で米国の有名惣菜店と提携した。惣菜店の開業にあたって人気カフェを経営しているデザイナーと提携して開店した。開業から数日して訪問して観察していると、調理人が髪の毛に触った手を洗わずに調理をしているのを見て唖然とした。その数週間後食中毒を引き起こし、営業をしばらく停止した。母体となった人気のカフェは従業員が私服のまま調理場に入り調理をするなど、格好は良いのだが衛生管理の意識は欠如していた。調理した食品をその場で食べるカフェであれば良いのだろうが、惣菜店のような持帰り形態では食中毒を引き起こしても当然だろう。
外食産業で長い経験を持ちながらもこのD社のように食中毒を引き起こすのは外食を単なる金儲けであると思っているからだろう。外食は顧客を喜ばせる反面、食中毒により命を奪う危険性もあると認識して真剣に経営しなくてはならないのだ。
3)常に最新の情報を入手
どの外食産業でも調理に携わる従業員やオーナーシェフは保健所が発行するの衛生責任者の資格をとっている。しかし、一度とったきりでは新型菌等の新しい機器に対応ができないのだ。
労働厚生省のHPでは最新の食中毒のデーターを公表している。(食中毒の発生件数、過去の発生件数、原因、等)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/112-1.html
また、食中毒予防の情報やマニュアル等、最新の情報を提供している。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html
食中毒が増加している原因は、新型の食中毒菌の出現と、従来の食中毒菌のパワーアップだ。日本人は魚が好きで、海水中に存在する腸炎ビブリオ菌により食中毒が多いことは知られている。従来の腸炎ビブリオ菌は7℃以下で保管すれば菌が増えないと言われていたが、新型菌は4℃以下に保管しないと菌が増殖するようになった。つまり、昔の知識の7℃で保管していると危険だと言うことになる。米国のレストランでは魚を凍り漬けにした状態で冷蔵保管するほど気を配っている。
愛知県衛生研究所のHPでは4℃以下に保存するように述べている。
http://www.pref.aichi.jp/0000005990.html
サルモネラ菌も同様で、従来、卵の外側だけが汚染されており、内部は大丈夫だと言われ、冷蔵庫で保存しないで生食していた。しかし、新型菌のサルモネラ・エンテリデュス菌は卵の中を汚染し、冷蔵保存をしないと食中毒菌が繁殖し加熱して食べないと危険と言われるようになり、常温保管でなく冷蔵保管の食品となった。
食中毒の発生が多い状況の中日本医師協会もHPで注意を呼びかけている。
http://www.med.or.jp/kansen/index.html
世界では常に新型の食中毒菌やウイルスが発生し、海外の食中毒菌やウイルスがあっという間に世界に伝搬する時代となっており、出版物に頼ると最新の情報を入手できない。常に、上記のHP等を閲覧して最新の情報にしておこう。
つい最近、平目や馬肉に寄生虫が存在し、食中毒症状を引き起こすと報告されている。従来は生で食べることが可能であった食材でもあっという間に危険な食材になるので、常に注意を怠らないようにするべきだろう。
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a15300/anzenjohou/kudoa.html
http://www.pref.niigata.lg.jp/HTML_Article/474/179/s10,0.pdf
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/f_encyclopedia/s_fayeri_qa.html
なお、世界の情報については米国疾病センター(C.D.C.)がHPで公表するほか、週報として最新の食中毒情報を世界中に発信しているので必要であればそれも閲覧し、メールを登録するべきだ。
http://www.cdc.gov/mmwr
4)QSCという基本的な企業理念をもう一度見なおすべきだろう。
QSCという順で言うので、Cが一番最後に思われがちだが、どんなに美味しい料理を素晴らしいサービスで提供しても、顧客が食中毒を発症し命の危険にさらされてはいけない。CSQの順で大事にし、企業の理念のトップにそれを掲げるべきだろう。
そして、顧客の健康を考えると、今後使用する食材が限定されるのは止むを得ないだろう。馬肉、刺身、牛肉、牛内臓肉、牡蠣、等、いくら顧客に人気であっても、危険性がある食材を顧客に提供しないという理念や勇気が必要になる時代だと認識して欲しい。