嚥下障害と介護食「介護食と法定化されたバリアフリー施設」 第3回目(日本厨房工業会 月刊厨房)
嚥下障害というと、皆さんは、食物や飲み物を摂取する際の嚥下困難や肺に誤嚥してしまう事だと思うだろう。しかし、実は食物や飲み物を摂取しなくても誤嚥し肺炎になることがある。人間常時唾液が出ており、それを無意識に飲み込んでいるが、老化したり脳卒中(脳梗塞や脳出血)などで、嚥下能力が落ちると、喉の下部の食道と気道分岐点にある喉頭蓋がうまく機能せず、飲み込んだ唾液をうっかり気道に誤嚥し肺に入ってしまう。唾液中には雑菌が多数存在し、肺に入ると老人などの体力や免疫力が低下している場合、肺炎を引き起こし、酸素を体内に取り入れられず、死に至る場合があるのだ。筆者のように脳梗塞性嚥下障害の場合、喉頭蓋が麻痺し機能しにくいので問題は深刻だ。
どんな問題があるかというと、声をかけられると喉頭蓋が反応し、唾を誤嚥し咽(むせ)るのだ。電話がかかってきたときも同様だ。声をかけられたときに、慌てて声を出そうと肺から空気を声帯に送るために食道と気道の分岐点にある食道と気道の分岐点にある喉頭蓋開いて空気を気道から喉に送る。麻痺していない健康な状態であれば空気を出してすぐ閉じ、唾液を気道に入れないが、喉頭蓋が麻痺していると、うまく作動せず唾液を気道に誤嚥し咽るのだ。
食堂で患者たちと食事をする際に、介護の人が親切心から声をかけたりして会話の輪に入れようとする。それが大変苦痛であった。誤嚥の嚥下障害を持つ人には話しかけないほうが親切なのだ。会話を聞いているだけで楽しいので、話させないでほしいのだ。また、咽た際に、背をたたくのは意味がないのでやめてほしい。さすったほうが楽になる。健康な人が咽た際に水やお茶を飲ませるが、嚥下障害の人には逆効果だ。かえって水分を誤嚥して大騒ぎになる。古新聞や空の容器を差し出し、口中の飲食物を吐き出させたほうが良い。咽が収まってから初めて水やお茶を勧めるほうが良い。筆者のような年代は、一度口に入れたものを吐き出すのは、無礼だしもったいないという昔の教育を受けているので、咽ても飲食物を吐き出さないので注意が必要だ。
咽るには2通りがある。飲食物が肺に入り、排出しようと激しく咽る場合と、飲食物を誤嚥しそうになるのを防ぐために軽く咽る場合だ。健康な人は、舌と歯で口中に入れた食品の味(塩分、辛みなど)や、温度、異物の存在を判断し、異常を感じたら吐き出せる。しかし、老齢の方や脳卒中の場合、歯と舌の機能が低下したり、麻痺して感知が遅くなる。代わりに喉頭蓋のちょっと上の喉がその役割を持つようだ。喉を飲食物が通る際に食品の異常を感じ取り、異常を感じたら軽く咽て吐き出す。その際、咽をうまくコントロールしないと、口の上部にある、鼻から空気を取り込む際に食品が鼻に逆流しないための軟口蓋が誤操作し、鼻に飲食物が逆流する。鼻に飲食物が逆流すると、大きなくしゃみで飲食物を出そうとする。そうすると、口中や咽喉の飲食物がぐちゃぐちゃに攪拌され、喉頭蓋が誤動作し、肺に飲食物が入りより肺が懸命に排出しようと大きな咽となり、収まるのに時間がかかるし、周りに口中の飲食物をまき散らし、せっかくの楽しい食事が台無しになる。
軽い咽をうまくコントロールすることが大事なのだ。ということは、喉頭蓋のちょっと上の喉をなるべく刺激しないことだ。刺激とは、筆者の場合、熱い、辛い、ざらついたもの、その他の刺激物だった。急性期病院でもリハビリ病院でも病院では、食事に安価ながら良質の植物性たんぱく質を含み脂肪分が少ない豆腐をよく使う。生の豆腐の場合、型崩れのしにくい木綿豆腐を使うことが多い。筆者も健康な時には気にも留めなかったが、嚥下困難になると、この木綿豆腐の硬さとざらつきが喉を刺激し咽がちだった。また煮物に高野豆腐を使うことが多いが、水で戻すのが不十分だったりすると、喉を通過する際に大変だった。これは、ペースト状にすりつぶしても同様であった。前回も述べたが、コーラのような炭酸飲料も喉を刺激するし、ましてやアルコールを含むビールやスパークリングワインはもってのほかだ。このように喉は大変敏感になっていることを、管理栄養士の方や調理に携わる方は知っていただきたい。
筆者の体の状態は、2歳から3歳半の離乳食から軟らかい食事に代わるころの幼児と同じだ。この年代の幼児はハイハイから2本足歩行に移る時で、体のバランスをとれず、何度も転びながら、体のバランス取りを覚え、脚力をつけ歩けるようになる。食事もお粥や、瓶詰加工の離乳食などのペースト食からスタートしだんだん柔らかい食事に慣れていく。左半身が麻痺で不随の筆者も同じ状態でふらふらしながら杖で歩行しているし、食事も同様だ。しかし学習速度が異なる。子供は、脳や神経をきちんと備えており、体のバランスのとり方や、食事を学習するのが早い。脳卒中(脳出血と脳梗塞)の筆者の場合は、脳と神経が破壊され、その機能の一部回復と代替えを懸命に行おうとしているが、すでに脳と神経のある子供よりも学習に時間がかかるという問題を抱えている。
筆者は、リハビリ病院においてゼリー食、ペースト食、ソフト食、軟菜、普通食の順番で食べるの嚥下食の訓練を行った。
嚥下食は子供が食べるペースト状の離乳食でよいのではないかと思われがちだ。しかし、離乳食は基本的に味が薄い。そして、子供と老人の最大の違いは食の好みだ。人生70年以上も生きていると、食の好みがはっきりする。離乳食のような無難な味では食べられないのだ。この点が、基本的に既製品の工場生産の嚥下食の欠点だろう。それぞれの患者が、自分の好みに合った嚥下食を作ってほしいと思っているからだ。
では食の好みを見てみよう。筆者は、職業柄、高級フレンチや高級懐石などの食べ歩きが大好きであった。そうすると入院時に食べたい食事は、それらの高級な食事に思われるだろうが、意外なことに瞼に浮かんだのが、いわゆる普段食べるB級グルメだった。中華料理であればラーメン、焼き餃子、野菜いため、などの大衆的で日本化した味。其の他、とんかつ、かつ丼、安いてんぷら定食、カレーライス、ビーフシチュー、焼き鳥、などだった。
入院中に、そんな筆者のリクエストにこたえるようにそれらの料理が少量出てきた。おいしいのだが、健康な時とは違い意外な苦労があった。
関東に住んでいる方は、とんかつを良く食べるだろう。では、嚥下障害の場合とんかつの何が難しいかお分かりだろうか?(写真1)皆さんは、かりっとした衣や、肉が難しいと思われるだろう。実は筆者にとって難しかった(今でも苦労している)のは付け合わせのキャベツの千切りだった。キャベツの千切りは噛んで飲み込もうとすると、ばらばらの状態でまとまらないし、ざらざらして喉を刺激して咽て誤嚥しやすい。嚥下しやすい食品とは、噛んだ後で軟らかくなり、適当な水分とともにふんわりと固まることだ、軟らかい水分を適当に含んだ状態が飲み込みやすいのだ。
次に難しいのは具の入った味噌汁だ。具材とみそ汁は嚥下速度が異なり、食道と気道がわかれる分岐点にある喉頭蓋が判断しにくく、誤嚥しやすい。もちろん増粘剤を入れて粘度を持たせて飲むのだがこれも難しい。過去に学習し記憶した視覚や味から、飲食物を認定し喉頭蓋を開閉するが、増粘材を入れることにより脳が混乱し、喉が拒否反応を起こし飲みにくいのだ。
3番目に難しいのは、トマト・スライスだ。身は柔らかくペクチンという自然の増粘剤があり飲み込むのに問題ないが、薄い皮が曲者だ。喉を通りにくいし、喉の途中や喉頭蓋に貼りついて困る。健康な人は、嚥下能力が強く、唾液も出るので問題ないが、筆者のように麻痺して嚥下能力が衰え、潤滑剤の唾液も少ないと苦労する。
また、意外なことにご飯も苦労した。ご飯を噛んで、みそ汁やお茶で流し込もうとするとご飯粒がばらばらになり、誤嚥しがちなのだ
とんかつ定食で一番食べやすかったのは、付け合わせのポテトサラダやマカロニサラダだった。ポテトやマカロニは茹でて柔らかいし、味付けのマヨネーズが適度な潤滑剤となり喉越しが良かったのだ。
かりっとした衣は、早めにソースを全体にかければ軟らかくなるし、肉は調理用ハサミで細かく切れば問題ない。でもとんかつの場合、卵でとじたカツ丼の方が食べやすかった。難しいキャベツもないし、だし汁が衣と肉を柔らかくし。適度に固まった溶き卵が潤滑剤となってくれる。
リハビリ病院の嚥下の指導は、上記のように従来の食べ物を食べる際の工夫を学習させるために、いろいろな食材を食べさせることだった。そしてリハビリ病院に転院し1か月半過ぎ、外出の食事でクリスマスを楽しんだ後は、年末の年越し蕎麦と正月のお節料理だった。
年越しそばを食べるにあたっては、汁物を食べる難しさがあるので、昼食に療法士のS.T.による立ち合いテストにパスする必要があった。(写真2)
テストメニューはパン粥2枚の代わりに冷やしそうめんであった。これに合格してやっと夜に、年越しそばにありつけたのだった。具材は食べやすい温泉卵であった。翌日は楽しみの正月お節料理だった。(写真3)
朝食はちょっと変な祝い膳であったが、昼はお節料理の祝箱と寿司がでた。(写真4-5)
祝箱は
黒豆福め洋酒風味(とろみをつけている)
栗きんとん(とろみをつけている)
寿玉子(デンプンを混ぜような柔らかい食感)
昆布巻き(昆布は溶ける寸前の柔らかさ)
菜の花サーモン巻き(サーモンはペースト状)
寿司盛り合わせは
まぐろにぎり
ホタテにぎり
うに軍艦(軍艦の海苔の代わりに塩昆布のみじん切りを付けている)
海老にぎり
玉子(デンプンを混ぜような柔らかい食感)
この昼の寿司は傑作だった。シャリはお粥の一歩手前の柔らかさにした酢飯。具材はねぎとろのように叩いて柔らくしている。次回の外食の際の参考になった。夜は通常のソフト食でがっかり。そのかわり、お屠蘇がついたが、(純米酒に金箔を散らしており、とろみをつけてスプーンで食べられるようになっていた。)(写真6)やはりちゃんとした料理を食べたくなり1月4日の昼に外食で健康な時に大好きだった高層ビル上階のPホテルの和食Kでランチ(お節料理)を食べた。
造りは薄い嚥下食対応の鮪薄造りにした(写真7)。富士山と眼下にみえるリハビリ病院を眺めながら(写真8)乾杯にあっさりした日本酒を注文したが、喉が受けつけず同行のスタッフが飲んでいた。家喜物(焼き物)の 鰆(さわら)味噌柚庵焼 はパサパサで喉越し悪く、同行スタッフ注文の 和牛サーロイン肉ステーキと交換した(写9)。でも、一番美味しく食べやすかったのは、デザートの栗のアイスクリームだった。
さらに、1月21日の昼に外出しHホテルの和食店で外食。私は先のPホテルで食べやすかった和牛のグリル、刺身、うどんを食べた。調子に乗ってカフェでデザートのイチゴショートケーキを食べたが、意外なことに苺で苦労した(写真10)。ケーキに入れるイチゴは崩れにくい米国産などのイチゴを入れる。それが意外なことに食べにくいのだ。それ以後、ケーキのフルーツは食べやすいものにするようになった。
外食2回の和食はおいしかったのだが、ここで和食の難しさを認識した。和食は料理が少量づつだが、品数が多く目を楽しめるようにしている。嚥下訓練中の私にとっては口に入れるたびに異なる触感の食材に戸惑うのであった。嚥下困難者にとっては嚥下しやすい料理というだけでなく、同じ喉越しの料理のほうが食べやすいという発見だった。
このようにいろいろな料理を勉強する入院中に、何と8回の外食をしたのだった。
また、施設のバリアフリーの勉強にもなった。車椅子と杖歩行では全く異なるということだった。自力走行の車椅子の場合(電動などの動力補助がない)、段差は全く歯が立たないし、傾斜も自力では無理だ。その場合は介助が必要だということだ。車椅子のもう一つの問題は、トイレだ。トイレを利用する際に、車椅子でトイレ内に入り、自力で立ち上がり、便器に移り用を足す(場合によっては介護人の援助を借りて)。車椅子でトイレに入るためには、多目的トイレという車椅子の向きを変えられる3畳から4畳ほどの面積が必要だ。又、オストメイト(人工肛門をつけている)の方のための専用の湯が出る洗浄機も必要になる。そのため平成15年前以降に建設された建物以外対応できないことが多い。
筆者が入院中訪問した西新宿のホテルは、古いもので築50年、新しいもので築20年だ。いずれもハートビル法の適用外ではあるが、多機能トイレへの改造、スロープ化を実施していた。だがホテルによっては古いトイレがそのまま残っており、車椅子で入れない。入り口で車いすを降りて、介護の人の手を借りなくてはならず苦労した。
では施設の身体障碍者への対応を見てみよう。政府は高齢者、障害者の増加に伴い、公共性のある建物を利用しやすいようにするため、平成6年にハートビル法を制定。平成15年4月1日に法改正。平成18年12月に同法(不特定多数利用の建物が対象)と交通バリアフリー法(駅や空港等の旅客施設が対象)を統合し、バリアフリー新法として施行している。
外食や宿泊業は、面積により、新築時、改造時に法の対象となる。大きな規制は車椅子と人がすれ違える廊下通路巾の確保(1.2m)。トイレの一部に車椅子用のトイレがひとつはある。目の不自由な人も利用し易いエレベーターがある、車椅子用のトイレが必要な階にある
。床はなるべく段差を設けない。床の段差はスロープとし、1/12以下の勾配とする。(16cm以下の段差の場合は1/8以下)。床仕上げは滑りにくいものとする。階段やスロープに近接する床には点状ブロックを設ける。出入口巾は80cm以上にする、身障者用駐車場を設ける
などだ。次回から細かくご説明しよう。
<ハートビル法>
ハートビル法とは、《heartful+buildingから命名》公共性の高い建築物に対して、高齢者や身体障害者らに利用しやすい施設整備を求めた法律。平成12年(2000)施行。正式名称は、「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」。平成18年(2006)、同法と交通バリアフリー法を統合したバリアフリー新法が施行された。
国土交通省の説明
「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新 法)」 が、平成18年(2006年)12月20日に施行。
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.html
東京都 の説明
平成15年よりハートビル法が制定
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/bfree/kn4-01.htm
<多機能トイレ>
国土交通省設計基準
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.files/11-07benjo.pdf#search=’%E8%BB%8A%E3%81%84%E3%81%99%E4%BD%BF%E7%94%A8%E8%80%85%E7%94%A8%E4%BE%BF%E6%88%BF’
埼玉県 の説明
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0601/fukumachi/documents/522266.pdf#search=’%E8%BB%8A%E3%81%84%E3%81%99%E4%BD%BF%E7%94%A8%E8%80%85%E7%94%A8%E4%BE%BF%E6%88%BF’
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お断り
筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。
食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。
王利彰 略歴
立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL oh@sayko.co.jp