運営部長、統括SVのための実力養成講座- プロフェッサーのもう一つの仕事:マニュアルと開発業務
1.プロジェクトの遂行
- プロフェッサーという仕事の傍ら、クオーターパウンダーと言う大型ハンバーガーの導入という商品開発の仕事も与えられた。SVとしてプロジェクトに関与していたのだが、仕事量が多くなり専任で対策に当たる必要がでてきたのだ。
グリル全面改良、レイアウト変更、トースター増設、と言う設備面、大型ミートパティを製造するための新規工場ミート製造ラインの導入、工場での品質管理技術の導入。配送車の温度管理の向上、店舗のオペレーショントレーニング、オペレーションマニュアルとVTRの作成、店舗のグリドル、トースターのプリベンティブメインテナンスシステムの導入、温度管理の向上のために正確なデジタル温度計の作成、グリドル増加に伴うグリドルクリーナーの導入、とたった一つの商品の導入のために、数多くの開発を同時に効率よく進めなくてはいけなかった。
ハンバーガー大学に行ってからの仕事が変わったかというと今までとほとんど変わらない。従来からハンバーガー大学のマニュアル開発の中心になっていたし、数多くのプロジェクトに関わっていたから、それを片づけるのに専念する毎日だった。まあ、左遷であっても限界に来ていた店舗管理の仕事がなくなったので、懸念であった山積みのプロジェクトを片づける事ができるのは嬉しかった。
2.当時の課題
- 当時の課題は、米国のマニュアルを使える環境を整えると言うことだった。クオーターパウンダーの店舗導入のプロジェクトを通じて理解できたのは、幾ら米国のマニュアルが優れていても、調理する調理機器、厨房レイアウト、優れた原材料、原材料の配送などがきちんとしていなくては、米国のマニュアルを使うことは出来ないと言うことだった。米国のマニュアルが使えるような環境をそろえるためには地道な土木作業が必要だった。そこで、開始したのが以下の機器類と各種のシステムの開発だった。
「機器類」
- グリドル
- フライヤー
- トースター
- スチーマー
- スープ
- 炭酸飲料ディスペンサー
- シェークマシン
- 自動グリドル
「システム」
- 厨房レイアウト
- ドライブスルーシステム
- 照明システム
- 省エネシステム
- 清掃システム
- サービスシステム(スタープログラム)
- マニュアルの発行
これらの課題を短時間で効率よく開発する必要がある。そこで、ハンバーガー大学のプロフェッサーという立場を最大限に生かすためにマニュアル検討会のスピードを加速することにした。関係各部の参加を強力に求め、必要なら厨房機器メーカー、原材料製造メーカーの工場を訪問し、開発担当者に講義をしてもらうことにした。マニュアルを作成するためという大義名分があるし、ハンバーガー大学プロフェッサーと言う素人の立場だから、遠慮なく質問をして、分かるまで教えてもらうことが出来た。ここでよく分かったのは、誰が本当に信用のおける機械、材料、メーカーなのかという事だ。本当にきちんとしたメーカーは、懇切丁寧に素人でも分かるように論理的に教えてくれる。それをきちんと整理して、マニュアルを作っていくと、その説明内容に矛盾を感じるので、専門書を読んで、もう一度メーカーの専門家に話を聞くという作業を丹念に繰り返した。言葉だけで聞いていると聞き逃すのだが、それをマニュアルにきちんと書くと色々な矛盾点が明らかになるからだ。その矛盾点を時間をかけてじっくりと解析を行うことにより、原材料や調理機器の原理原則を明確にすることが出来た。
3.マニュアルの完成
「マニュアル作成に学ぶマクドナルドの現実主義」
1.哲学
- 以前在籍していたダンキンドーナツは業務開始の前に全てのマニュアルを翻訳していたのに、何故、ファーストフード最大手のマクドナルドのマニュアルがきちんとしていないのかという疑問をマクドナルド入社以来抱いていた。その疑問を解決するために、先ず、日本のマニュアル、米国のマニュアルのチェックを開始した。その結果、米国マクドナルドのマニュアルはしっかり網羅されているのにそれが殆ど日本で導入されていないという事だった。米国からは軍事顧問という駐在員がいるし、米国から各部の担当者も頻繁に来日している。それなのに何故大事なマニュアルを放置しているのか疑問だった。当時の日本で言われていたチェーンストア理論では本部の定めたマニュアル通りに店舗が行動しなくてはいけないからだ。
ところが、ハンバーガー大学に来て色々な米国人と話して理解しだしたのは、米国マクドナルド社はマニュアル至上主義でもないし、米国のやり方を押しつけるのでもないと言うことだった。彼らは現実主義者で、その国に最もあったやり方を各国で自ら開発すれば良いではないかというフレキシビリティを持ち合わせていた。しかし、米国研修をして、日米の品質の違いに気がついた筆者にとっては、国によってQSCのレベルが異なるのはおかしいではないかと言う疑問を抱いていた。
当時の米国のトップマネージメントは日本に対して自分たちでできる範囲で、自ら勉強し、改善することを望んでいた。単なる米国のやり方をただ真似をすることを望んではいなかった。米国人が来て米国の基準はこれだと言う押しつけは一切しなかった。自分たちで問題点に気がついて、自分たちで勉強してこそ初めてノウハウを修得できるのだという大変現実的なアプローチだった。それは当時の社長のフレッド・ターナー氏を初め多くの本社スタッフが店舗からのたたき上げで自ら苦労してきたという経験から来ているのだった。
2.マニュアル第一号
「1958年にフレッド・ターナーの作った最初のマニュアルの内容」
- ハンバーガー大学にあるマニュアルに目を通していった。最新のマニュアルを読むだけではなく、過去のマニュアルを読み、オペレーションがどのように進化、変化していったのか、その理由は何なのかを考えるのは大変参考になるからだ。外食チェーンのマニュアルを読んでいると、他チェーンのマニュアルを参考にして作っているのをよく見かける。一番多いのがマクドナルドのマニュアルだ。マクドナルドは最大手で、アルバイトの使い方が旨いと言うことで、そのマニュアルをそのまま真似をしようという例が多いようだ。しかし、それぞれのチェーンの規模にあったマニュアルを自ら作り上げないと、幾ら文面はきちんとしたマニュアルであっても、実際の店舗現場とかけ離れているのでは絵に描いた餅だ。もし、他チェーンのマニュアルを参考にするのなら、自らのチェーンと同様の業態で、同じくらいの規模の時の物を参考にするべきだ。同じ規模の頃の物が一番参考になるし、その通りに行いやすいからだ。今ではマクドナルドのマニュアルは重ねたら数メートルにもなるような巨大な分量だが、マクドナルドが米国で発足した当時の第一号のマニュアルをみてみると何と84ページと薄い物だった。その著者はマクドナルドの2代目社長のフレッド・ターナー氏であった。薄かった物だから、英語の勉強になるだろうとノートに写していた。その目次をちょっとみてみよう。
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以上のように主に販売品目の品質管理と、清掃を述べた大変シンプルな物だ。
ちなみに「(1)仕事の進め方と方針」では当時の販売品目と値段が書いてある。
ハンバーガー | 15セント |
チーズバーガー | 19セント |
ミルクシェイク | 20セント |
フレンチフライ | 10セント |
炭酸ドリンク | 10セント、15セント |
ミルク | 10セントまたは12セント (原価により異なる) |
コーヒー | 10セント |
ホットチョコレート | 12セント (冬季のみの販売) |
オールドファッションケーキ | 15セント |
如何ににシンプルなメニューかがおわかり戴けるだろう。
3.マニュアルの根拠
- 勿論、米国も日米のQSCの基準が異なることを放置しているわけではなかった。日本人に自ら気がつかせ自主的に改善させるには、「百聞は一見にしかず」の手法を取り入れていた。つまり、関係各部の担当者を米国の各部や機器製造工場、食材加工工場、農場、ハンバーガー大学、各地区の店舗、を見学させ、違いに気がつかせることだった。その、米国研修旅行の費用の多くを当時の米国マクドナルド社は負担をしてくれていたのだ。
しかし、米国側も段々、単なる海外研修旅行だけでは不十分ではないかという事に気がつきだした。見るだけだと気がつかないことが多いのだ。店舗の運営で言えば、実際に店舗で働いて食材や厨房機器を扱い、現地の人間を使ってみないと本当に米国の調理機器や原材料が優れているのか、何故そのマニュアルが必要なのかが理解できないのだ。
例えば、当時の日本ではステンレススチールは高価だった。調理機器で一般的に使用するステンレススチールはSUS430とSUS304の2種類があった。簡単に言うと同じステンレスでも430はさびやすく、304はさびにくいと言う特性があった。米国では304を多く使い、日本では430を使うのが一般的だった。米国の機器開発は304を使えと言う指導だったが、筆者達は同じステンレスなのに何故高価な304を使用しなければいけないかよく分からなかった。米国も何故304を使わなければいけないのかという明確な理由を言ってくれなかった。彼らにしては当然の常識だったからだろう。後でその理由が理解できた。理由の一つはNSFと言う基準があるという事だった。1944年に設立された団体のNational Sanitation Foundationの略だ。食品を取り扱う調理機器が食品衛生上の安全基準を満たしているかどうか審査し、合格すればNSFという認定マークを発行し、認定された調理機器はそのマークをつけている。各地区の保健所はNSFの認定マークがつけた調理機器だけを認めており、米国に於ける調理機器が取得しなければいけない規格の一つである。(もう一つの規格はULと言う電気規格だ)
NSFの規格は厳しい物で、シェークなどの乳製品を製造する機械は全て分解できる物でなくてはいけないし、ステンレスの溶接の後は凸凹が出来て最近が溜まりやすいので、サンドブラストで溶接の後を綺麗になめらかにしなくてはならない。食品が直接触れるステンレスはSUS304を使用しなくてはいけない。食品が直接触れない垂直の部分は430でよいと言う物だった。これが米国の機器開発部が日本に304を使えという根拠だったのだ。彼らにはNSFの規格を取得するための条件だから当たり前なのだろうが、日本人はそんな規格を知らないから理解できなかったわけだ。
NSFの規格では食品が直接触れる部分だけ304であるが、米国機器開発部は食品の触れない部分も304にしろと言い張る。この議論は長年続けられ、筆者達はその理由を理解することが出来なかったが、ある時にその理由を発見することが出来た。フレッド・ターナー社長(当時)が書いた最初の上記のマニュアルにマクドナルドで使用するステンレスは
304でなくてはならないと言っていたのだ。その理由は衛生上優れているという事と、色が430は青ざめて見えるが、304は柔らかい色だという2つの理由からだった。
NSFの基準とフレッド・ターナーのマニュアルにその原点を見いだしてから、やっとステンレスの問題は解決した。食材に直接触れる面のみ304でその他の部分は430にしてコストダウンをすることにした。色については蛍光灯照明の色を変更することなどにより改善できるようになっていたからだ。マクドナルドが出来た当初は蛍光灯の色は少なかったが、既に色々な色の蛍光灯がでていたのでそれは改善できるようになったのだ。それでも当時の米国機器開発部は304を全ての部分に使えと言い張っていたが、日本では高価だし、NSFの基準をみても全部の部分で使えと言っていないと回答していた。後に、米国のコストダウンの動きにより、無駄な部分のステンレスを430に変更せざるを得なくなったことを考えると、その理由をよく考えておくことの重要性を気がつかされたのだ。
4.米国の店舗を導入する
- 当時、遅れていた厨房施設をきちんとするには米国の店舗の真似だけでなく、出来るだけ同じ店舗をつくろうではないかと、100号店あたりから、米国のレイアウトをそのまま導入し、車に乗ったまま帰る大型のドライブスルー店を開店しだした。そして、部分的に米国の機械を導入したがまだちぐはぐだった。
日本人が米国のオペレーションを理解する上で3つの大きな壁がある。それは「言語」「文化的な背景」「マネージメントスタイル」の3つだ。それらを通じてマクドナルドのマニュアル、原理原則、会社の方針を理解するには米国の店舗や、本社などで働いてみることが必要なのではないかと気がつきだしたわけだ。
そこで、藤田社長は米国の店舗を買い取りフランチャイジーとして日本人の駐在員に運営させることにした。筆者がハンバーガー大学のプロフェッサーになったと同じ頃にカリフォルニアサンタクララに(シリコンバレーのど真ん中)に海外店舗第一号店を開店したのだった。
マニュアル作成のプロジェクトや開発のプロジェクトに熱中し、なれない授業で生徒にぼろくそに評価されながらあっと言う間に1年が終わろうとしていた。やっとハンバーガー大学の仕事に慣れ、楽に鳴り出した頃だ、例の軍事顧問が来て、次の課題を命じられたのだ。
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。