体験的SV業務 -社員の能力開発はSVの基本的な開発業務だ

(商業界 飲食店経営1998年10月号掲載)

1)店長教育

なり立てのSVにとって難しいのは、今まで同僚だった店長を、急に部下として扱わなくてはいけないと言うことだ。店長にとっても昨日まで同じ店長でその長所短所を知り尽くしている店長が急に上司になるのだから、感情的に抵抗があるのは当たり前だ。そうすると店長を力でねじ伏せようとして、店長と競争をするスーパー店長になりがちだ。

新任のSVよりも経験とキャリアの古い店長を使うのはなかなか難しい物で、何か指摘したり、指示をしたりする際に、つい店長に直接言えず、アシスタントマネージャーを通して伝えがちになる。

使いにくい店長にアシスタントマネージャーを通して命令するだけなら良いが、店長が信頼できないのでモラルの強いアシスタントマネージャーをその店舗に配属して、自分にとってコントロールしやすいようにしようとする過ちを犯してしまった。信頼の出来るアシスタントマネージャーを配属し彼を通して店舗をコントロールしようとしたのだ。しかし、これが大失敗だった。どんなに優秀なアシスタントマネージャーで、SVが指示していても、店舗では店長を通してしか仕事が出来ない。店舗のアルバイトは皆店長を見ているからだ。若いアルバイトにとってはちょっといい加減なモラルの低い店長というのは身近な存在であり、格好が良く感じられるのだ。そして、モラルの低い店長と厳しいSVの指示の板挟みになったアシスタントマネージャーは消耗し、場合よっては退職をしてしまうような最悪の状況に陥ってしまった。

人事というのは人間関係であり、相性という物がある。各人がどれだけ能力があるかと言うより、相性がよいか、チームワークを旨く生み出せるかと言う方がよほど重要だ。どんなに能力の低いマネージャーチームでも、チームワークがあればかなりの能力を生み出せるからだ。

人間はプライドがあるから自分はオペレーションは一番旨いと思っている。自分とほとんど同格の人間を使う場合にはまず力でねじ伏せようと無理をしがちだ。相手の能力や人格を否定しようとするから、相手も心を素直に開かない。そんなことが分かるのは、相手のレベルよりもより地位が上がり余裕が出てからだ。その問題点を気がつかせるように、心理的な人間関係をしっかり教えようとしたのが、米国マクドナルド社だった。

米国はドライな人間関係のように思われるが、実は日本よりも上司と部下の関係はウエットであり、仕事上のトラブルと個人的なトラブルの区別が付かないと言う問題が多く発生していた。個人的に相手が気に入らないと仕事上のいじめを生み出し、結果的に会社の人材が流出するという問題が発生する。そこで、人間関係のあり方を考え直そうと言うことで、交流分析という心理学を取り入れることにした。

それがMACPACと言う授業だ。交流分析というのはお互いの気持ちの状態を理解させようと言う物だ。人間は感情の動物だから、ちょっとしたコミニュケーションの食い違いが大きな問題に発生する。朝から一日機嫌が安定しているわけではなく、気分の良いとき、悪いときが周期的に発生する。しゃべり方一つでも相手を傷つけたりする。

人間の性格をかえることは難しいが、自分の行動を理解し、それを変えることは可能だ。部下の仕事が旨く行かないのは、性格が悪いからだとか、能力がないからだ、と個人的な性格のせいにすることが多い。そういわれた部下は変えられない性格を指摘され、精神的に自信を失い余計に仕事上で失敗を招くことになる。

そこで上下の人間関係を円滑に生かせるために、相手と自分の心理状態を理解させ、どんなコミュニケーションをとれば、問題が発生しないのかを具体的に教えるというのが交流分析だ。MACPACとあるように、人間の心理状態はP(ペアレント、親)、A(アダルト、大人)、C(チャイルド、子供)と分かれる。上司が命令調で「おい、こんな失敗をして、子供以下だよ、何を考えているんだ」とがみがみ言い出す状態はPの状態だ。この上司の言葉に「うるさい、自分でやったらいいだろう」等とこちらもPの状態で言い返せば喧嘩になる。しかし、「すいませーん、許してくださーい」というような感じで、素直に子供のような状態Cで誤れば、「しょうがないな、次から失敗をするな」ですんでしまう。

しかし、こんなやりとりでは何故失敗したかも分からないから、次も失敗する可能性があり、進歩しない。そこで、Aのアダルトな状態で丁寧に話すようにしなくてはならない。等とその時々に心理状態を把握させ、言葉上、コミュニケーション上のトラブルをなくすようにした物だ。

もう一つは相手の存在や考え方を認めようという物だ。長く店長やSVを務めていると部下が何かを提案しても、そんな事は「無理だ、効果がないよ、こういう風にやればいいんだ。言ったとおりにやれ」等と相手の内容を全く聞かないで否定し、命令しがちだ。そうすると、仕事上の提案が否定されただけでなく、自分の存在そのものが否定されたように感じて、上司の命令を素直に実行する気がなくなる。つまりやる気を削ぐのだ。そこで、4つのコミュニケーション状況を設定し、今どのような状況にあるのかを考えさせながら会話を進めさせるようにした。基本的には相手の言い分を聞いて肯定し、それからメリットデメリットを評価して、良い案を提案するという考え方だ。

AOCの講義を聴いただけでは身に付かないから、PACの言葉とコミニュケーションの4つの状況をイラストで描いた紙を胸に入れておき、コミュニケーション時に相手の状態や自分の状態がどんな状態であるかを紙を入れ替えることで、わかりやすくしようという現実的な手法だった。

米国のAOCで学んだ交流分析の手法を具体的な改善の手法に活用できるようになるまでにはまだまだ、時間と、数多くの失敗という経験が必用だった。この上司と部下のコミニュケーションについてはもう少し先で詳細に述べよう。

2)新入社員教育

そんなわけで、ベテランの店長のコントロールが旨く行かないから、鉄は熱いうちにうてとばかりに、新卒の育成からしっかり行おうと考えた。

マクドナルドは日本展開の当初から既存の飲食店の従業員の水商売的な感覚を嫌い、中途入社の社員もなるべく従来の飲食業の経験のない人材を選んでいた。そこで、1号店出店の翌年から大学生の新卒を大量採用していた。当時は総務部の人事課が人事を担当していたが、大量出店に伴う人材確保に精一杯の状態であり、中途や新卒の教育にまでを手がける余裕がなかった。人材教育を担うのはハンバーガー大学であり、BOC(ベーシックオペレーションコース)で入社した社員を2週間、ハンバーガーの作り方から清掃の方法、人材管理、書類管理までびっちり教育をしていた。しかし、米国仕込みのマクドナルドの教育方法は教育(エデュケーション)ではなく、実務訓練(トレーニング)であった。

マクドナルド社の教育システムは、米国軍隊のMTP(マネージメント・トレーニング・プログラム)を基本にしており、各職種に合わせてトレーニング項目を明確にしておき、各職種に合わせたMTPプログラムを元にトレーニングを進める。一定の能力が付いたら、その職種に合わせた集合トレーニングを実施する。トレーニング内容はあくまでも現実的な内容で、日本の会社が行うような社会人としての常識とか、社内の報告方法などの幼稚園的な内容は教えなかった。

米国では高卒であっても新入社員教育はしない、仕事に必要な訓練(トレーニング)をするだけである。その違いは学校における教育制度にある。米国と日本で最も異なるのが学生の常識だ。日本の場合大学を卒業した新入社員であっても、電話の受け方、挨拶のしかた、手紙や報告書の書き方、欠勤や遅刻の場合の連絡などの社会人としての最低限のマナーを教育しないと使い物にならない。米国の大卒の社員は社会人としての基本的なマナーを教える必要がない。日本で言うと入社後5年くらいたった社員と同等の常識と、業務におけるプレゼンテーション手法などしっかりと身につけている。大学生だけでなくても中学生の頃から基本的な常識や時間管理を厳しく指導される。中学での授業の合間の休憩時間は5分間くらいと短く教室に走って行かなくてはならない。授業に遅刻すれば成績に影響し、2回も遅刻すれば(朝でなく授業の合間であっても)親が呼び出され厳しく叱責される。時間管理などの基本的なマナーを学校、家庭の両方で厳格に教育されている。これは私立ではなく公立の学校の話だ。

筆者が後に米国に駐在したさいに、高校卒業した人間を店長として採用していた。筆者の英語力は小学生くらいのレベルだから、地区本部等や弁護士から(米国では日常生活で弁護士と接触しなくてはならない業務がたくさんあるのに驚かされた)難しい手紙が来るがさっぱりわからない。そこで店長にその手紙を読ませてわかりやすく説明させようとしたが、店長はその内容は筆者と同じくらいしか分からない。しょうがないので、大学生のクルーに読ませたら、すらすらと読み必用な返事まできちんとした英語で書いてくれるではないか。米国の高校卒と大学卒は日本とは比較にならないくらい差があるのに気がつかされた。最近筆者の米国人の娘が交換留学制度で日本の上智大学に留学した。その娘は「日本の女性は学校に勉強に来ていない、化粧に来ている。」と嘆いていたくらい、米国の大学生と日本の大学生の質が違うのが現状だろう。

米国の学卒のレベルは高いし、新卒で集団採用するという習慣はない。その為、トレーニングシステムなどで日本の甘ったれた大卒を教育するシステムを考えていなかった。ハンバーガー大学は米国システムをとり入れているから、電話の応対、勤務態度、日常生活に対するトレーニングなど全く考慮していない。

人事課も忙しいし、配属される店舗でもそんな基礎教育に携わる時間と気力がない。そこで各SVが配属された新卒のトレーニングに当たったわけだ。

3)新卒に必用なトレーニング内容

普通の会社であれば、電話の受け答え、報告の仕方、挨拶、身だしなみ、集団生活のルールなどを教育することから始まる。そんな内容は店長が日常のトレーニングで教えられるが、一番の問題は商売人と言う考え方を教え込むということだった。当時のマクドナルドは急成長しており、新卒も第3期生となり、大会社に入社するという雰囲気が出てきた。つまり、外食産業がなんたるかを知らないで普通の事務職のサラリーマンとなるような気持ちの新卒が増加してきたのだ。

普通の事務職のサラリーマンであればすぐに単独で仕事をすると言うこともないから、数年をかけてじっくりトレーニングをする時間がある。しかし、マクドナルドの場合は3ヶ月もすれば1人で開店や閉店業務をこなしたり、アルバイトの採用から評価までやらなくてはいけない。すぐに1人で店舗を運営しなければいけないと言うことだ。店舗の運営は以前の店長編でも述べたがフロアーコントロールといい、五感を駆使したアウエアーネスが重要だ。このフロアーコントロールの感覚は飲食業や小売業に従事していた経験があれば簡単に分かることだが、そんな商売の経験の無い新卒に難しい課題だった。

マクドナルドはQSCと言う言葉を標語に品質とサービス、クレンリネスを重視している。しかし、QSCというのは理論ではなく、ハンバーガー大学の教室で教えられると言う簡単な物ではない。実際に優れたQSCを見せたり、体験させるという実学でないと納得できないのだ。この連載で何回も述べているように、当時のマクドナルドではマニュアル、教育システム、厨房機器、設備、内装建物、がまだ十分に整備されていないため、本来のQSCを実現できない状態、あるべき姿のQSCを見せられない状態だった。

だが、料理の質に置いては当時の日本はまだプロの職人が残っており、チェーンレストランよりも優れた品質を誇る店舗が存在していた。

また、お客に接する際に笑顔を自然に出せるようにするというのもなかなか難しい事だ。一番難しかったのはお客様第一主義と言うことを徹底すると言うことだった。会社のポリシーではカスタマーファーストと言うことでその大切さを言っているのだが、どこまで客を大切にしなければいけないかという程度を教えるのが難しい、接客の経験がないままマクドナルドに入社し、マクドナルドのやり方しか知らないとマクドナルドの接客が一番良いと錯覚を起こしてしまう。サービスの極意というのは自分の限界をしり、自分より優れたサービスをする人から素直に学んで自己改善出来るようになることだ。

クレンリネスも同様だった。マクドナルドではもの凄く売れる店舗が多い反面、店舗の厨房設備や空調などの不備でなかなか綺麗にすることは出来ず、クレンリネスという言葉が恥ずかしいほどだった。

そこで4人ほど配属された新卒を月に一回、彼らの休みの日に一日費やし、教育をすることにした。教育と言っても店舗の実践ではなく、集合トレーニングによる座学と、優れた飲食店を見て回ろうと言う手法だった。単に自分の店をマクドナルドの中で比較するのではなく、飲食店というジャンルでどんな位置づけなのか、小売業の中ではどうなのかを体験させようと考えたのだ。

[1]井の蛙にならない方法

大きな会社に入ると案外その業界の勉強をしないので、自分の会社のレベルがどの位なのか分からないと言う問題がある。また、大きなデパート等のテナントに入っている場合に大家の小売りの業態が分からず、世間話をする際に馬鹿にされることになる。そこで、飲食業界や小売業、サービス業の一般知識を身につけさせるようにした。

その為に、まずしなければいけないのは業界の情報を正確に入手すると言うことだ。飲食店経営などの専門誌だけでなく、日経流通、日本経済新聞を読むと言うことを実践させた。新聞や雑誌で大事なのはどこを読むかという事と、その知識を取り入れてどうやって使えるようにするかという実践だ。日経流通や飲食店経営で取り上げられた記事を読むだけでは何にもならない。単なる知識にすぎない。その店舗を実際に訪問して、料理を食べサービスを受けて初めてその記事の内容が正しいのかどうかを判断できるのだ。

新聞で重要なのは記事だけではなく、出版物の広告欄だ。同じ日の朝日、読売、日経をの1面記事の下の出版物の広告を見てみると全く違った本の広告なのに気がつくだろう。朝日は文芸、読売は娯楽、日経はビジネスと言う風にジャンルの異なる本の広告が出ている。つまり、読む新聞により読むべき本の情報が異なってしまうと言うことだ。次に重要なのは本屋だ。新聞広告に載っている本だからといってどこの本屋でも売っているとは限らない。外食や小売りなどのビジネスに強い専門の本屋があるのだ。ちょうど筆者の担当店舗が神田にあったので、神田の本屋の特長を新聞の広告に載った本を探しながら実践させた。学生時代によく行った三省堂は学生用の参考書などは充実しているが、ビジネスの本となると分類が不十分だし、従業員の知識が不足している。そばの書泉グランデは遥かに小さな規模だが、ビジネス本や技術書の分類と取りそろえはぴか一だった。また、雑誌等は配本する日、販売する日が決められているが、いち早く読みたい人向けに規定の発売日の一日前に売り出す本屋がある。人より情報をいち早く知るというのも業界人の基本だからだ。

[2]他業態が一番勉強になる

マクドナルドは色々な管理方法を科学的にわかりやすくトレーニングするようになったが、当時まだフロアーコントロールに必用なアウエアーネスには五感をどうやって使うかというトレーニング手法を開発していなかった。

また、新卒はマクドナルドの教育方法と洗脳が優れているので、マクドナルドの店舗運営の仕方が一番優れていると誤解をしてしまう。しかし、世の中広い物で、難しいフロアーコントロールに優れた店もまだまだ数多く存在していた時代だった。

当時筆者がフロアーコントロールとQSCで優れていると思っていた店は二つほどあった。価格的にかけ離れていては何にもならないから、大衆的な身近な店から選定をした。

神田小川町のビアホール「ランチョン」と目黒のとんかつ屋の「とんき」だ。ランチョンは新鮮な生ビールを正確に冷やして最適のタイミングで提供するので有名な店だ。当時は先代の経営者がまだ元気で、毎日ビールディスペンサーの前に陣取ってビールをついでいる。この仕事は目が黒いうちは誰にもさせない重要な仕事だった。当時既に白髪のお愛想一つ言わない気むずかしい親父だった。ビールディスペンサーのあるカウンターは一段高くなっておりそこから店内全て見通せるようになっている。この店はビールの最適な温度と泡を保てるようにグラスは何時もピカピカに磨き上げ冷やしている。そして、最大の秘訣はのみたいタイミングにビールを提供するという心意気だ。ビールを最後まで飲み干し、もう一杯のみたいなと親父を見ると、注文をしないのに間髪を入れず注いで、ウエイターに運ばせる。その間髪を入れないタイミングのために店の隅々まで目を光らせているのだ。この親父のアウエアーネスのすごさは本当に感心させられた。実際にビールを飲ませ実感させるのが一番効果的だった。勿論、厳しく勉強させた後の息抜きとしての効果も抜群だった。

目黒のとんかつの「とんき」は筆者が子供の頃からの超人気店舗だ。この店の特徴はとんかつが美味しいという事もあるが、クレンリネスとサービスだ。新卒は教育でクレンリネス、クレンリネスと言う物だからマクドナルドが一番優れていると錯覚してしまう。だが、忙しい店に配属されると汚いのは忙しいからで、しょうがないのだと思い違いを起こす。

普通のとんかつ屋の厨房は水が流れたままの汚い状態で調理人は汚い前掛けと長靴姿、客席も油煙で汚れているのが当たり前だ。そんな常識を覆しているのが「とんき」だ。一階の店舗はオープンキッチン(今全盛のオープンキッチンを40年以上前から実現している凄い店だ。)で厨房をカウンターが囲んでいる。カウンターは寿司屋のように磨き上げた白木だ。閉店後毎日磨いているのか、何時行ってもシミ一つ無い。天井やカウンター上の照明器具もほこり一つついていない。厨房の床は何と当時からドライキッチンだった。すのこも磨き上げた白木を使用している。従業員は真っ白なスニーカーを履いて仕事をしている。多分毎日洗っているのだろう。当然の事ながらエプロン、ユニフォームにはシミ一つ無い。

職人は鍋の前に陣取って慎重に揚げ物をしている。店の親父は上がったとんかつをまな板で包丁を入れながら揚がりの状態と皿への盛りつけを一つ一つチェックする。ご飯とキャベツは食べ放題だが、ご飯を食べ終わりお代わりをしようと思うと従業員が、すぐによってきてお代わりをしますかと聞いてくれる。そして食べ終わると間髪を入れず、冷たいおしぼりを持ってくる。常に客の状態に注意を払っているのだ。広い店舗には従業員が大勢いるのだが、私語は一切無い。

QSCはこのように素晴らしいのだがフロアーコントロール、アウエアーネスはもっと凄い。この店は超繁盛店だから夕食時には何時も長蛇の列だ。カウンター客席の周囲を待つ客用の椅子が置いてある。現代だと順番に並んだり、入ってきた順に名前を書くことになる。しかし当時の日本ではまだ並ぶと言う習慣がないから、入ってきた客は勝手に座って待っている。そうすると順番が分からなくなるのが普通だが「とんき」は客の順番を絶対に間違えなかった。当時年輩の女性の方が常にフロアーに立ち、入店した客から注文を取り、順番を間違えないように記憶していた。その歯切れの良い口調と、記憶力の素晴らしさがとんき最大の売り物だった。

フロアーコントロールとQSCの素晴らしい店を見るだけでなく、ファーストフードやファミリーレストランの競合他社も訪問し、その特徴と学ぶべきQSCを勉強させることにした。当時デニーズが日本に開店したばかりであった。デニーズの素晴らしさはサービスだった。当時の日本のレストランでは店に入ったら客が席に勝手につくのが普通だったがデニーズではデニーズレディーという客席案内係を置いて、着席のコントロールをしていた。また、マネージャーの身だしなみとフロアーコントロールも素晴らしかった。当時の飲食店のマネージャーと言えば従業員と一緒になってウエイターとなって働いているから、誰がお店の責任者か分からなかった。デニーズのマネージャーは刈り上げた頭で、すっきりとブレザーを着こなし客の応対をしているから、誰が責任者か一目瞭然で、客は安心して食事をできる。しかしピークになり料理が出なくなると、自ら厨房に立ち調理をする。当時の飲食店ではマネージャーは調理場には立たないのが普通だったから大変新鮮な作業ぶりだった。また、デニーズレディの仕事ぶりは先月号で書いた、フロアーホステス(STAR)へのトレーニングに大変参考になったのだ。

フロアーホステスでもう一つ参考になったのはアンナミラーズだった。当時から、あのかわいい制服だったので、アルバイトの人気が高く、チャーミングでにこやかなサービスを実現して大人気だった。アンナミラーズからは制服や、スマイルを勉強するのに大変役に立った。後で、女子クルーをフロアーホステスにトレーニングする際にはデニーズとアンナミラーズに必ず連れていったのだった。KO店のフロアホステスのミニスカートはそのストアツアーの産物だ。

このように色々な繁昌店やチェーン店を勉強して歩いたが、それらの店を漫然と選んだのではない。同じチェーン店であってもQSCのひどい店は幾らでもあるから、事前に何回も訪問して何時も安定したQSCを実現できる店舗だけを選定しなければならない。

他業態の店を見るメリットは良いところだけ見えて悪いところが見にくいという事だ。同じマクドナルドの他店舗を見ると良い点も見えるが、悪いところが全部分かってしまう。人間面白い物で、学ぶべき良い点よりも悪い点に先に目がいってしまう。他の飲食店だと運営の基準が分からないから、良い点しか見えないと言うメリットがある。QSCの全部が優れていなくてもそのうち一カ所が良ければ参考になるし、素直に受け入れやすいと言うメリットがあるのだ。

月に一回のトレーニングでこれだけの内容を伝えるには一年間という歳月が必用だった。時間はかかったが毎月1日を費やして勉強をするというのは合宿をするような物で、同じ釜の飯を食う同期と同じ感じになる。全員の考え方を理解できたし、新卒も筆者の考え方を理解する事が可能になったのだ。

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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