店長の対外活動

(商業界 飲食店経営1997年11月号掲載)

体験的店長実務ステップアップ講座第15回目

<安全管理>

閉店間際の店内に2人の男が「泥棒!泥棒」と叫びながら駆け込んで取っ組み合いの喧嘩を始めた。筆者はどちらが本当の泥棒かわからずおろおろし、しょうがないから、店の入り口を閉め110番し様子をみた。しばらくすると格闘術の心得のある片方の男がもう一人の男を床に押さえ込んだ。落ち着いてようやく話を聞くと隣の宝石屋の従業員だった。押さえられた男が宝石をひったくり逃げようとしたところだったわけだ。幸いなことに宝石店の従業員は元鉄道公安官で逮捕術を身につけていたから簡単に押さえ込むことができたのだが、もし、一般の人で相手が刃物を持っていたら大変なことになっただろう。後で警察からは逮捕協力と言うことで感謝状とメダルを贈られたが、上司には偉く怒られた。対処が悪いというのだ。何が悪かったかというと、店舗の入り口を閉めたという事だ。幸いなことに取り押さえることができたが、もし犯人が刃物を持っていて逃げることができず、他の客に被害を与えたり、人質に取ったりしたらより被害が大きくなるから、入り口は開けておき、犯人が逃げられるようにするのが基本的な対処方法だったわけだ。緊急事態の対処の訓練をしていないといざというときにできないと言うことを体感させられた経験だった。

店舗は都内の大繁華街でも最も柄の悪い店舗であった。当時はヒッピーとかフーテンというたむろする若者で街は溢れかえっていた。その若者の間ではシンナーが流行だし事態はより悪化しだした。

マクドナルドではサンキューボックスと言ってゴミ箱を店内に設置し、お客が食べた後の紙容器やカップをセルフサービスで捨ててもらうようになっている。日曜日には売上が高いのでそのサンキューボックスを歩行者天国になる歩道に出して、テーブルとしても使用してもらう。そのサンキューボックスをシンナーの売買に使われるようになってしまった。

シンナーの売人が売りさばき先を見つけ金額の話を付けるとそのシンナーのビンをサンキューボックスに入れる、そして買った人間がそれを取り出すわけだ。だから、サンキューボックスのゴミがいっぱいになってそれを捨てたりすると大喧嘩になったりする。それだけでなく、店内のサンキューボックスの周辺に風体の悪い臭い人間がたむろするから普通の客は嫌がってこなくなる。
こちらにとってはまさに営業妨害だった。特に閉店間際の遅い時間にはそんな連中で店内が占拠され普通の客は怖がって来店しなくなる。店内から出ていってくれと言ってもシンナー中毒の連中は反応しない。そこで自衛手段を講じることにした。
後にスイングマネージャーになったKと言うアルバイトは高校時代ラグビーをやっていたから180cm以上の巨体だ。床が全然汚れていなくても彼に「フロアーをモップを持ってラウンド」と指示をだす。彼はモップを持ってそのでかい体でシンナー中毒でふらふらしている連中を押し出すのがそのラウンドの目的だ。それでも言うことを聞かない奴はタックルだ。
態度はあくまでも丁寧に、動作は乱暴にと言うのが基本的なトレーニング内容だ。随分乱暴な話だがそのくらいしないと排除ができなかったわけだ。当然シンナー中毒の連中は怒り、筆者やマネージャーにくってかかったり、コーヒーなどを浴びせるような小競り合いはしょっちゅうだった。そんなわけで段々険悪な状態になっていき、我々だけで対処することは限界に達し、基本的な問題点、シンナーの販売を排除しなければならないような状態になった。
シンナーを販売しているのは当然の事ながら組織的な連中が関与しておりかなり危険が予測された。そこで、警察と連携してシンナーの売買を排除することにした。シンナーの売人や中毒患者は制服姿の警官を見ると逃げてしまうからなかなか捕まらない。そこで我々がその状況を警察に報告したり、歩道のゴミ箱などに隠してあるシンナーを徹底的に廃棄することにした。そうするとかなり危険な状態になるので警官の定期的な巡回と保安の協力が必要になる。

警官も治安の悪い繁華街を巡回する仕事が山ほどあり、我々のような民間の会社のためだけで活動することはできない。しかしながら彼らも人間であり、個人的に仲良くなれば話は変わってくる。そこで警官と徹底的に仲良くなることにした。
マクドナルドではハンバーガー類は製造後10分、コーヒーは製造後30分経過すると廃棄処分にする。捨てるのはもったいないからと言って従業員(社員であっても)食べることは許されていない。社員であっても商品は定価で購入しなくてはならないと言うように徹底している。その廃棄処分しなくてはならなくなる寸前のハンバーガーとコーヒーを駅前の交番の警官に差し入れることにした。
特に土日の忙しいときに毎週差し入れをするようにした。繁華街の交番というと生半可な人数ではない。大型交番であるから常に10人くらいの警官がいる。24時間3交代で勤務する。そして、休日が必要だから4チームが交代で勤務する。そうすると少なくても40人の警官が勤務するわけだ。人数を確認した後は責任者に自己紹介をして差し入れにきましたと丁寧に言う。最初の内は怪訝な顔をしていたが、だんだん慣れてくると、今度は店に夜食のハンバーガーやコーヒーを買いにきてくれる。思わぬ販促にもなったわけだ。
交番には筆者だけではなく、社員やアルバイト、場合によっては女子アルバイトに届けさせる。従業員全員が警官と顔なじみになるようにしたのだ。そうすると、今までは店舗前を素通りしていた警官も、店内に入ってきて従業員に気軽に声をかけるようになる。従業員もしょっちゅう差し入れに言って顔なじみだから気軽に受け答えをする。知らない人が見るとものすごく仲良く見えるようになってきたわけだ。しょっちゅう警官が出入りするものだから、シンナーの売人や中毒は怖がって店のゴミ箱をシンナーの売買に使用しなくなってきた。

ある時、店の裏口から急に警官が店内に入ってきた。従業員の誰かが悪いことをしたのではないかと”どきっ”としたら、「自分、誰々は長らくお世話になりました、何時付けを持ちまして転属になります」と急に敬礼をして今までのハンバーガーのお礼を言うではないか。また、裏口から入ってきて、券を頂戴という。券とはハンバーガーの無料券の事で、廃棄処分のハンバーガーがないときには無料券を配ることもあり、仲良くなった警官は腹が減ると時々ねだりに来ることがあった。

こんな感じで警官と仲良くなったから社員やアルバイトの深夜の通勤も安全になって大助かりだった。また、歩行者天国に出すサンキューボックスも本来は違法なのだがそんなに仲良くなると黙認という状況になり売上に貢献することにもなった。

米国でも同様な傾向があり、一時治安が悪化し、ダウンタウンの治安は最悪の状態に陥ったことがあった。日本とは異なり麻薬のコカインが大流行した。
最初はコカインは高価であり、金持ちの層からはやりだした。それが段々広く普及しだし、ダウンタウンの低所得層まで普及し、治安は一気に悪化しだした。ダウンタウンにはマクドナルド等のファーストフード店舗が多くありそれらのファーストフード店舗のトイレを利用してコカインを販売したり、吸引したりするようになった。
だから当時のダウンタウンのファーストフード店舗はトイレを閉鎖したり、夜間などの治安が悪化する時間になるとガードマンを雇ったりしていた。ガードマンと言っても日本のガードマンのように役に立たない人間ではなく、拳銃を持った現職の警官を雇う。米国は日本とは違い公務員である警官が民間企業のガードマンをすることができる。公務員である警官は薄給でありアルバイトをする必要があった。
同じアルバイトをするのなら民間企業の店頭にたってガードマンをすれば治安にも役立つという合理的な理由でガードマン業務を推奨する。警官は仕事を離れた際でも拳銃の携帯と使用を許されている。第一、拳銃は自分で選定する自由があり(警官は地方公務員であり、地域によって規則が異なるが)通常は拳銃を最低2丁携帯している。
最近日本の警察が従来の国産の南部式より軽量だという理由で、米国のスミスアンドウエッソンを購入するようになったと言うことだが、その米国を代表する拳銃は警官には人気がない。体のでかい体力のある米国の警官でも重いというのだ。最近はイタリア製の強化プラスチックを多用した拳銃が大人気だ。拳銃が軽い分2丁以上!携帯できるし(実際に治安の悪い地域ではまだ、命がけの仕事のようだ)十分な弾丸を持てると言うことだ。

そんな治安上の問題が日本にも影響を与えた。マクドナルドが日本にきた当時はホットコーヒーのプラスチックスプーン(マドラー)は小型のスプーン状になっていたが、10年位して先が平らになった。また、従来はストローをカウンター上のディスペンサーでセルフサービスで提供していたが、現在はドリンク購入時にカウンターで手渡されるようになった。この原因がコカインにある。

コカインの3種の神器として、粉の計量器、分配器、吸引器が必要になる。ファーストフードのコーヒーのスプーンが一回分を計量するのに最適だった。その粉をテーブルの上に載せ、クレジットカード(プラチナやゴールドのカードが格好良い)で細かく列を造る。その細い粉の列を短く切ったプラスチックストローを使用して、鼻から吸引する。これをトイレでやられるから一時は店内は麻薬中毒患者でいっぱいになり大きな治安問題となった。また、イメージとしても悪いと言うことで、コーヒースプーンの形状を変更し、ストローを手渡すようにしたのだ。その麻薬の影響の少ない日本も問題ないのに変更させられたという裏話だ。

こんな治安の悪化や爆弾テロ事件等のおかげでマクドナルドの緻密なセキュリティーマニュアルが出来上がってきたわけだ。

<対外交渉の勉強>

店長の対外交渉は警官だけでなく近隣やオーナーとの交渉という仕事も入ってくる。オーナー(家主)は当時最大手の百貨店の子会社であり、威張ってしょっちゅう無理難題を言う。オーナーの担当者だけでなく守衛まで威張り腐ってしょっちゅう細かい事で始末書を書かされる毎日だった。当時は段々、百貨店のビジネスが厳しくなり、家賃の値上げ交渉、店舗の移設の交渉などを行わなくてはならなかった。筆者は当時はまだ20代でどうやって旨く交渉するのかわからなかった。そこで本社の店舗開発の担当者に任せ放しにしないで、オーナーとの交渉に同行し、交渉のやり方を勉強することにした。

交渉には幾つかのやり方があるが、ひたすら低姿勢でお願いするタイプと理不尽な要望には喧嘩をする強気の交渉スタイルなどに分かれる。ひたすら低姿勢で交渉するのはこちらが何か失敗をして、始末書などで”がみがみ”怒られるときに有効だ。しかし、家賃交渉などのように金が絡んでくると低姿勢の弱みにつけ込まれる。ちょっとした妥協がずるずるとした限りない妥協に陥りやすいわけだ。そんなときには理路整然とした毅然とした交渉が有効だし、場合によっては喧嘩をする必要もある。筆者は店舗開発の2通りのタイプの人とケースバイケースでお願いして交渉することにした。そうして段々交渉のノウハウを勉強していった。

オーナーとの交渉と言っても問題が発生してから急に交渉しても旨く行かない。普段からの人間関係を確立しておく必要がある。でも何にも無しに雑談をするわけに行かないから、毎月売上動向の報告や新しい販売促進やキャンペーン、新商品発売の前に説明に行くことにした。ただ訪問するだけでなく、新商品やコーヒーなどを持って訪れ、じっくり説明する。オーナーなどは結構暇な人がいるからじっくり話を聞いてくれる場合がある。そして新商品販売後や販売促進終了後にその結果を報告に行く。そんなことを繰り返していく内に段々、信頼を得て人間関係を確立することが可能になる。

筆者の場合オーナーに子息の就職の世話を頼まれたり、ビジネスの相談をされるようにもなった。何か相談を受けるようになると人間関係が確立した証拠であり、その期待にきちんと応えることにより、今度、こちらサイドで頼み事をする場合に気持ちよく聞いてくれることになる。

後にこの交渉力が役に立ちSVになった時には店長の時からの人間関係から、オーナーが新規店舗を何店か紹介してくれ、店舗開発から店舗開店まで一貫した仕事を楽しむことができた。

マクドナルドでは基本的にかなり難しい交渉ごとも店長の仕事だ。交渉が難しいからと言って何時までも本社の人間が訪問して交渉していては店長が育たない。店長はいずれスーパーバイザー、統括スーパーバイザー、部長と管理職になって行く。ライン部門だけでなく、店舗開発、購買、総務などのスタッフ部門に配属になり交渉が仕事になる場合もある。だから、なるべく早い内から交渉技術を身につけさせようというわけだ。交渉は理論ではなく実践を経験する事が最も有効な手段だから、失敗を恐れずオンザジョブでトレーニングをするとわけだ。

続く
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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