トレーニングを自主的に行わせる手法
(商業界 飲食店経営1997年7月号掲載)
体験的店長実務ステップアップ講座第11回目
当時のマクドナルドは出店を加速していきそろそろ60店舗を越えようとし、郊外への出店を開始しだしていた。繁華街では圧倒的な売上を誇るマクドナルドでも郊外(と言っても私鉄沿線の繁華街ではあるが)ではその売上は今一歩の状態であった。そのために各店舗の課題はトレーニングよりも売上を上げると言うことであった。
勿論、売上が低いのを指をくわえて見ているマクドナルドではないから、60店舗を越えた時点からテレビコマーシャルを開始した。店舗で行う販売促進は歩兵戦の地味な活動であるが、テレビコマーシャルは空軍による絨毯爆撃であり、ある一定の放映量を越えると(専門用語ではGRPという。興味のある方は筆者の飲食店経営の95年2、3月号の価格競争時代に打ち勝つ、第11、12回目マーケティングをごらんいただきたい)売上が爆発的に伸びる。毎月の売上が前年度比30%から店によっては倍近い伸びを示すようになる。
売上が急増すると今まで暇な郊外型の店舗でもアルバイトへのトレーニングの必要性に迫られて従業員。忙しくなる前からじっくりとトレーニングに当たっていればよいのだが、急に忙しくなるから店舗を切り回すのがやっとでトレーニングを十分に行うことができないと言う悪循環に陥るようになってしまった。
普段から、「売れない店舗でもトレーニングをしっかりやれ!」と命令すれば簡単でよいのだが、マクドナルドの店舗への指導方法は上意下達の封建的な命令ではない。命令ではなく、各店長が自分の店舗でのトレーニングの必要性を理解し、自らトレーニングを開始するという自主性を重んじる。軍事顧問はものすごく厳しい指導方法をするのだが、決して何々をしろとは命令しない。自分で実行しなければいけない方針を考えさせその中から選ばせるようにしている。その理由は命令されて、嫌々やるのは失敗したときに直ぐに他人の責任にしがちだからだと言うトレーニングポリシーからであった。
しかしながら、ただ放置しておくだけでは問題点に気がつかないし、問題点に気がついてもその解決方法を知らないと困る。そこで命令はしないが、店舗を自己診断し問題点を認識させ、それに対する論理的な解決方法を考えさせ、その実行過程の善し悪しまで自己評価できるような手法をガイドブック化していた。当時のマクドナルドのマニュアルはまだ、概念的な内容であり、具体的な問題に対応できるほど事例の収集が行われていなかった。そのために各店舗で考えて対策を練る必要があり、出来上がったのがこのガイドブックという考え方だ。
その米国のガイドブックを単に日本語に訳して使用しろと言うのではなく、それを日本でも使えるかどうかを検討し、実際に使えるように細部を調整するという細かい配慮をする。そこで、トレーニングの必要性に迫られていた筆者と、周辺の2店舗の店長にその課題が与えられ、検討作成したのが以下のトレーニングワークブックだ。
トレーニングワークブック
トレーニングは店舗での効率や生産性を向上していくために非常に役に立つだけでなく、従業員がよりよい仕事、チームとしてより効率的な仕事をする事ができ、店舗のQ.S.C.の維持、向上に役に立つ。
トレーニングは正しい仕事をするための技術や知識に欠けている人やグループに常に必要だ。即ち、トレーニングは従業員がなすべき事と今やっていることの間に差が生じたときに必要になる。
事実、仕事上での問題点は従業員の悪い態度、欠陥調理機器、まずいスケジュールの立て方、その他の種々の原因による。しかし、それは仕事の上で最良のやり方を知らないと言うところに端を発するわけだ。多くの場合、トレーニングは従業員の仕事がどうあるべきかと言う基準に立ち返らなければいけないと言うことだ。
このワークブックは、仕事の効率をよくするためのトレーニングプログラムを確立するために助けとなるだろう。あなたがトレーニングを成功させるためにもこのワークブックに精通しなければならない。
<ワークブックの使用方法>
このワークブックはあなたが行うトレーニングを最も実り多いものとするために作られた。使用上、次のステップに従って順を追って進んで行かなければならない。
1.ワークブックの内容を完全に熟知する。一ページづつ吟味しながら進み、そしてそれぞれのステップで何を求められているか十分把握する。
2.スーパーバイザーとマネージャーの間でミーティングを設ける。
3.ミーティングでは次のようにしなければならない。
1.あなたの店で存在する問題点を明確にするように各種のチェックを行う。
2.管理上の帳票チェックの数値記録を見て、気がついた問題点を明確にし文章化する。また、チェックリストにあなたが気がついている他のチェック方法を記入する。
3.3つの主要な問題点を選び出す。現実の仕事と要求される仕事の違いを明確にする。
4.それぞれの3つの問題点について質問に答える。
5.3つの問題点を見返し、再評価してそれらの中で最も差し迫っている重要な問題点を決める。また、その1つについて:
a.論じ、次の質問に答えなさい。
b.そして最適なトレーニング方法を選ぶ。
c.次に進み目標を作り検討する。それは、スーパーバイザーとマネージャーの二人ともが満足できるものでなければならない。
6.他の2つの問題点について上記ステップを繰り返す。
7.その次のステップを読んであなた方二人で誰がそれぞれの管理上の項目について責任を持つかを決定し、チェックリストを完成し、ミーティングを終了する。
4.店長はトレーニングのための準備をしなければならない。最初に自分自身がトレーニングに関わり合うか、店舗の他のものをそれに当てるかを決める。
5.同意に基づいて決定されたトレーニングを始める。トレーニングは、優先度の高いものから始める。(ミーティングで同意された3つの問題点について)
6.トレーニング1週間後に店長は、ワークブックの最後の質問に答えなければならない。そしてトレーニングの成果についてスーパーバーザーと話し合う。
7.トレーニング後30日目に問題点を再検討し、再び最後の質問に答える。そしてスーパーバイザーとその結果について話す。 スーパーバーザーはトレーニング過程における結果を全社的に話し合うことによってより完璧なトレーニング方法を開発できるだろう。
8.早急に、このワークブックとその過程についてアシスタントマネージャーと話さなければならない。それによって彼らも店舗運営を効率よくしていくトレーニング方法を学ぶことが出来る。
<問題点をいかに明確にするか?>
問題点を解決するためのトレーニングをする前に、あなたはまず問題点を把握しなければならない。そして他のものをトレーニングする前に現実に正常な状態でないということを自分自身見いだせるよう自己トレーニングをしなければならない。
<表1:問題点の明確化>
は、問題点となりうるいくつかの兆しだ。これらの兆しがあなたの店舗に現実に存在し、トレーニングが必要か否かをチェックし問題点を明確にする。
<表1:問題点の明確化>
YES | NO | |
離職率が高い | ||
商品の廃棄処分が多い(どの商品か?) | ||
欠勤が多い(誰が?) | ||
モラルが低い | ||
商品の歩留まりが悪い(どの商品か?) | ||
調理機器が正しく作動しない(どの機械か?) | ||
商品の品質が悪い(どの商品か?) | ||
顧客のクレームが多い(何についてか?) | ||
遅刻が多い(誰がどのくらいの頻度で? ) | ||
調理場へのオーダーの出し方が悪い | ||
店舗内が清潔でない | ||
店舗外が汚い | ||
調理機器の調整が行われていない | ||
アルバイトの服装、態度がだらしない | ||
開店、閉店作業のやり方がまずい | ||
労働災害事故回数が多い | ||
アルバイトの配置がまずい | ||
現金差が続いている | ||
調理機器の定期点検が行われていない | ||
調理マニュアルが守られていない | ||
アルバイトのスケジューリングがまずい |
<表2:管理上の帳票チェックによる問題点の明確化>
次の種々の管理上の帳票をチェックすることによって、しばしば問題点を見いだすことが出来る。 |
運営日報 |
損益計算書 |
現金日報 |
品質管理週報 |
週報 |
<表3:問題点を収集し明確にする>
一度あなたが問題点を見いだしたなら、次にその問題点についてより多くの情報と事実を集める。ここに通常行わなければならないステップは以下の通りだ。 |
|
<優先順位を決める>
種々の兆しを探し始めると、いくつかの問題点に気がつくだろう。その為上記のステップは大変重要だ。いくつかの問題点は、他のものより深刻で問題がより大きいだろう。あなたは最も深刻な金銭に影響する問題を最初に扱わなければならない。そして、次の優先順位のものへと移行する。
<表4:トレーニングは本当に役に立つか?>
今までにあなたはいくつかの問題点を明示し、どちらが最も重要か理解できただろう。トレーニングはしばしばこれらの問題点を解決するのに役立つが、全て解決できるわけではない。トレーニングが役に立つか、下記の簡単なテストを行い確かめる必要がある。 もし従業員がいい仕事をすることを望んでいる場合、それを達成することが出来るか? (彼らはすでに十分な技術と知識を持っているか?) |
1.いいえ、出来ません この答えの意味は、従業員が必要な知識と技術を身につけていないと言うことになる。この場合トレーニングは絶対に役に立ち、トレーニングはされなければならない。 2.はい、出来ます この答えは、従業員がすでにいかに仕事をするか知っているのにも関わらず、何かの理由によりなされていないということを示す。トレーニングは役に立つだろうが、あまり期待は出来ない。店舗の状況、環境をぐるりと見回してなぜ従業員が正しい仕事をしたがらないかを探さなければならない。店舗の従業員が正しい仕事をしたがらない問題を解決し、それからトレーニングをしなければならない。 3.確かでない この場合、従業員に疑問をもたせるようにしなければならない。そして何らかの技術か知識が不足していると考えトレーニングをする。 |
<表5:トレーニングの必要性の分析>
それぞれの問題点には、数多くの原因が考えられ、それらの全てをこのワークブックにリストアップするのは困難だ。しかし、トレーニングを進めていくために答えが必要となるだろう。ここに履行上の問題点の原因と考えられるものをいくつか示す。これらは、質問形式になっている。もし、あなたがこれらのどれかに”いいえ”の答えを出す場合、トレーニングを進めていく段階でこのページの下段に薦められている解決法を試みなければならない。 | ||
分析 | はい | いいえ |
1. 仕事の基準が実在しているか? | ||
2. 従業員が基準を理解しているか? | ||
3. 従業員はよい仕事に対してほめられているか? | ||
4. 彼らの仕事が満足できるものでない時、注意されるか? | ||
5. 従業員は、いかにしてチームとして仕事をするか知っているか? | ||
6. 機器は、正常に作動しているか? | ||
7. 仕事がきつすぎないか?(基準が高すぎないか?) | ||
8. 資材類は十分あるか? |
解決法 |
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<表6:どの程度のトレーニングが必要か?>
トレーニングが必要であるという事を知ると同様に、どの程度必要であるかという概略的な考えをもつ必要がある。そのために次の質問は役に立つであろう。 |
1.この従業員は当社で最近働き始めたばかりか? はい (相当量のトレーニングが必要)いいえ 次の質問に進みなさい 2.この従業員は過去にそのエリアの仕事をしたことがあるか? はい (訓練が必要なだけであろう)いいえ(さらにトレーニングが必要とされる) 3.この従業員は将来においても同じエリアの仕事をしていくのか? はい (相当量の突っ込んだトレーニングをしなさい) いいえ(限定されたトレーニングだけでたぶん十分であろう) 4.もし従業員が過去にそのエリアの仕事をしたことがあり、その時点においてはOKな仕事をしていたか? はい (いくらかの訓練が必要とされるだけであろう)いいえ(十分なトレーニングをしなさい) |
<表7:トレーニングのプランニング>
トレーニングをする前には、周到なプランニングが必要だ。もちろんトレーニングは状況に合っていなければならないが、ここに示すものはトレーニングを始める前に考えなければならないいくつかの質問であり、必ず答えを得ておく必要がある。 |
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<表8:トレーニング方法の選択>
1.トレーニング方法を選択する場合、以下のことに留意する。 トレーニング上の問題点の種類 トレーニングされなければならない人数 教える仕事の難しさ教える仕事の重要性 トレーニングに使用できる時間 2.トレーニング方法の種類とその特徴 1.講義方式を使用する場合は(Lecture) 同じ仕事を複数の人間に教えることが出来る。 仕事が簡単に学べる。 細かい実践を必要としない。 トレーニングを短い時間で興味深くできる。 参考になる仕事の背景を教える。 4.実践方式を使用する場合は(Demonstration) 言うだけではなく正しいオペレーションを見せる。 完全なオペレーションを休むことなく見せなければならない。 多くのことを一度に教えなければならない。 調理機器を実際に操作するオペレーションが必要。 5.コーチング方式を使用する場合は(Coaching) 一人の従業員をトレーニングする。 動機を与える。 チームワークを養成できる。 あなたの気持ちを示す時間が十分ある。 複雑で詳しいオペレーションを教える。 従業員の上達を評価したい。 6.訓練方式を使用する場合は(Practice) 技術を錬磨する必要がある。 従業員が訓練不足から鈍くなっている。 仕事をする上でのタイミングが重要である。(例:複数の人間が共同作業をする場合 ) 仕事上のまずい習慣をなくしたい。 手先の器用さが重要である。 |
さてあなたはトレーニングの必要性を知り、使用するトレーニング方法を選択した。次のステップは、トレーニングが問題を解決するのにどの程度効果的であるかを調べるための目標が必要である。最良の方法は、トレーニングを始める前に目標を定めることであり、良いトレーニング目標は、良い仕事のための基準に大変似通っている。丁度仕事の基準を決める場合同様に目標を決める際には、次の3つの主要なことを知らなければならない。 |
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良い目標は可能な限り明確でなければならない。そして従業員をトレーニングする前に何が目標であるかを知らせる必要がある。そうすれば彼らは、何をして欲しいか何を目標として近づけばよいか、わかるはずである。 下の余白に最優先の問題点を解決していくトレーニングのための目標を書きなさい。 | ||
目標を二重チェックしてから、次の質問に答えなさい。 | はい | いいえ |
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<表9:トレーニング効果の測定>
ここで最後のステップを踏まなければならない。それはトレーニング段階でのそれぞれのステップを誰が責任を持って一日一日の仕事の中でやっていくかを決めなければならないということである。 下記は、トレーニングに関係する色々なリストであり、当社の組織での職務を示してある。それぞれの項目においてどの職務の人間が責任があるかを番号を入れなさい。 | |
1.スーパーバイザー 2.店長 3.アシスタントマネージャー 4.スイングマネージャー | |
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もちろん、空白に番号を入れられた職務の人間が自動的にこれらの事項について責任を持つかは、さだかでない。これらについて討議されるべきで、厳密に誰がトレーニング過程のそれぞれの段階でトレーニングをしていくかよりも、ここに関係するみんなが全て彼の役割が何であり、何をしなければならないかを意識しているほうが大事である。我々の全てが完全なチームとして一緒に働き、トレーニングが完了した時、我々当社でのトレーニング過程が我々の店舗での仕事を向上するのに効果があり、役に立つと言うことを改めて認識するであろう。
<表10:レーニング後の自己評価>
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もし、トレーニング後、これらの全ての質問に”はい”の答えが言えたらおめでとう!あなたのトレーニングは100%成功だった。
そしてもしいくつかの質問に、”いいえ”の答えをしたのなら再度見直すべきだろう。たぶん必要なのは、後少しの訓練だからだ。
おめでとう! あなたは基本的なトレーニングのサイ従業員を終了した。我々は、あなたが問題を指摘し、トレーニングの必要性を認め、トレーニングの方法を選択し、目標を定め、トレーニングの有効性をテストするために測定できるようにしてきたことにこのワークブックが役立ったことを望んでいる。これらの段階を将来もフォローして効率を良くするためのトレーニングを持続することを期待する。
上記のガイドブックは当時の日本の状況ではやや進みすぎており、結局店舗で使われることはなかったが、米国的な問題分析と解決のアプローチは論理的な問題解決方法を学ぶのに役に立つだろう。
続く