店長への昇進 No.2
(商業界 飲食店経営1997年6月号掲載)
体験的店長実務ステップアップ講座第10回目
1)さらなる人件費の削減の必要性
やっとアルバイトの人件費をプラスマイナス0.1%で管理する高精度管理システムを構築することができた。この人件費管理は新にトレーニングとポジショニングと言う人員配置の正確さと言う副産物をももたらした。
これで経費コントロールは完璧かと思っていたらそれは甘い考えだった。正社員の削減とその埋め合わせとしてのアルバイト社員、スイングマネージャーの育成が待っていた。石油ショックのおかげで原材料コストが上昇するだけでなく社員の人件費の上昇という問題も抱えており、人件費の総合的な削減というのは避けて通れない道だった。しかしながら店舗のQSCが大事だと主張し、いくらSVにいわれても育成には取り組まない筆者にはSVもほとほと手を焼いていたようだった。
そんなある日、例の軍事顧問が店舗にやってきた。彼に「何故育成しないのか?」と聞かれ、「そんなの無理だ」と即答した。そこで直ちに「育成するか、退職するか好きな方を選べ!」と言う命令が下った。選択の答は一つ「育成します」しかなかった。
2) アルバイトに対する考え方
今でこそ飲食店はアルバイトを中心に運営するのは当たり前になり、場合によってはアルバイトの店長まで出る時代になった。しかしながら当時はまだアルバイトに仕事の責任を任せるというのはとんでもないという雰囲気があり、マクドナルドの店長の中にはまだ、社員で運営した方がサービスも良くなるのにと思っている人が多いという状況だった。
筆者はそこまで保守的ではなかったがアルバイトにマネージャーの仕事をやらせ、夜間の金庫の開閉、開店、閉店作業を任せられるとは全く思っていなかった。アルバイトはやはり社員でないから何か問題があったときに責任を持って仕事をやり遂げられないのではないかと思っていたわけだ。
3) 米国のトレーニングシステムの問題点
絶大な権力を持つ軍事顧問は米国での店舗経験が1年ほどと少なくてマクドナルドのマニュアルを殆ど知らない状態だったし、米国マクドナルドとしても初めての海外の出店であり、どうやって英語を知らない人間をトレーニングするかというノウハウを持っていなかった。
そのため、「米国でスイングマネージャー制度があるから日本でもやれ」と命令だけが下るわけだ。その仕事内容、トレーニング方法などが文章やマニュアルでくるわけではなく、米国の研修ツアーに行きそこで運営の仕方を見るだけで真似をするという手法で、ずいぶん乱暴なやり方であった。勿論、後にそれでは問題があるのでハンバーガー大学の参加の際の米国ツアーだけでなく、米国に店舗を購入し、1フランチャイジーの立場で店舗を運営し、現地での生活を体験させ生活慣習の異なり、考え方の違いを体験させながら、店舗の運営を現地人を使い実感させるという風になった。が、それまでには10年以上の年月がかかったわけだ。
4) 米国と日本の慣習の違い
アルバイトに店舗の運営を任せるというスイングマネージャー制度は筆者たちにとってはずいぶん画期的な考え方であったが、米国ではあまり抵抗がなかった。その理由は米国と日本の慣習が違うということであった。それはアルバイトという概念がなかったと言うことだ。
一日8時間、週に5日間働けばフルタイムであり、それ以下で、変動する労働時間であればパートタイムワーカーであるという物だ。マネージャーであってもワーカーであっても一日8時間、週5日間働けば有給休暇等の法的な権利は受け取れるという考え方だ。また、学生のパートタイムワーカーでも責任を持って仕事をするのだという考え方が一般的だ。それはアルバイトを一定の時間しっかり行うと学校の単位に反映するという社会的な習慣に現れている。学校としても卒業してすぐに職に就くよりも在学中に少しでも社会勉強をしっかりさせた方が、仕事に就く際にどんな仕事が自分にあっているかという判断ができるからという、大変現実的な考え方だ。
そういう社会的な背景から、パートタイムであっても責任を持つマネージャーの仕事をさせるという考え方にあまり抵抗がないのだ。そのためスイングマネージャーのトレーニングと言ってもそう特別の物があるわけでなく、マネージャートレーニングプログラムをやや簡素化した物を使うだけであり、どうやってトレーニングをするかという事にふれた文書やマニュアルは全くなかったわけだ。
5) アルバイトへのモラルの植え付けの必要性
日本ではドイツ語のアルバイトー労働―という言葉を学生のやる、責任のない気楽な仕事と言う意味にしてしまったことにより、労働における責任感が希薄になってしまったのだ。日本では学生のアルバイトをあまり歓迎しない傾向にあり、学校によっては禁止すると言う現実の社会とはかけ離れている風潮があるのは困りものだ。
その米国との慣習の異なりにより日本では独自の教育システムを開発する必要があった。それはモラルの植え付けであった。つまり仕事をしっかり責任を持ってやり遂げるのは社員もアルバイトも変わりは無いという従来とは全く異なった観念だ。
6)人選
筆者が来る以前からスイングマネージャーは存在したが、単なるアルバイトの兄貴分という存在であり、店舗のマネージメントを地道にこつこつとやるタイプではなかった。彼らを再トレーニングしようとしたが所詮地味な仕事には向いていなく、新規に選定しトレーニングを開始する必要が出てきた。
96年12月号と97年1月号で述べたように、頭の良い人間より仕事をこつこつ真面目にやるタイプを選定した。朝の開店と夜の閉店作業をできる人間から5名を選定した。2名は朝、3名は夜だ。朝の1名は頭が良く気が効いているが後の4名は地方出身者ですれていなく地道な人間ばかりだった。
7)教育当時はまだ外食産業という言葉はなく、水商売というのがこの産業の代名詞の時代であったし、当時のマクドナルドはまだ小さな会社であった。そのためマクドナルドで働くことは金銭以上にどんな社会的な意味を持つのかを理解させるという、新入社員に対するのと同じレベルの教育が必要だった。
選定した彼らはすでに朝の開店のマニュアル化や、夜の閉店作業のマニュアル化に取り組ませており、実務面での教育は殆ど必要なかった。そこで、新入社員に対するのと同じレベルの意識とモラル面の教育をすることにした。
何故店舗で優秀なマネージャーがほしいかというと、店舗の運営を行う全員のやる気を出させる必要があるからだ。店舗の仕事は大変苦しい物があり時には思わず手を抜きたくなることがある。そんなときに、「何故このつらい仕事をやらなくてはいけないのか?」、「我々の仕事の社会的な意義は何なのか?」と言うことを説き聞かせる伝道師の役割をマネージャーが担う必要がある。アルバイトがマネージャーになる場合でも社員と同じく会社に対する忠誠心と社会に対する仕事の意義を理解し、布教できるだけの知識と説得力が要求されるわけだ。
そこで、週に一回5名を集めて店外の喫茶店で3時間ほど勉強会を行うことにした。まず、外食産業の歴史、チェーンの動向等を、飲食店経営やその他の雑誌、出版物を使用しながら、学んでいった。何故勉強会が必要かというと、彼らが筆者と同じ考え方になれるように、筆者が読んだり、学んだりした本を一緒に読みその内容を解説することにより、筆者とほぼ同じ考え方ができるようになるからだ。つまり洗脳を行ったわけだ。
現在のように外食産業が28兆円の売上で、マクドナルドが3000億円の売上を持つようになると、目標が明確に見えてきて、この会社のために一生懸命(一所懸命でなく)にやろうという信頼度が向上する。そのように、社会的な意義も認知されアルバイトといえども会社に対する忠誠心は最初から持つようになり、こんなモラル教育は殆ど必要が無くなってくるようになる。実際に、現在のマクドナルドのスイングマネージャー教育システムは実務だけのシステマチックな物であり、精神的な教育無しで自動的にモラルの高いスイングマネージャーが誕生し、社員の半分はスイングマネージャー出身者になるようになっている。
会社が小さいうちはこのような意識付けやモラル向上の洗脳教育が必要なのだ。産業や会社が小さいうちは「Why何故、Howどうやって、やるのか」と言う理由や意義を教え、大きくなれば「 Whoだれが、 Where何処で、What何を、When何時までに、行うか」の実務を教えれば良くなるということだ。
8) 遅々として進まないモラル教育に神風が吹く筆者は真剣に洗脳を進めるのだが、元々鈍な奴を選んだせいかなかなかモラルが上がってこない。特に問題だったのはクレンリネス、特に閉店間際のクレンリネスがひどくそれが翌日まで持ち越され、常に床が汚れているという状況だった。
米国と日本で大きく異なるのはクレンリネスのレベルの違いだ。米国の店舗を訪問すると日本より汚いように見えるが詳細に見ていくとかなりクレンリネスが異なる。レベルと言うより汚れが違うのだ。米国と日本では環境が異なる。米国の空気は乾いており、日本より空気が綺麗だということだ。空気が綺麗なのはトラックなどのディーゼルエンジン付きの車が少なく、空調機の外部空気のフィルターが厚く汚れを完全に遮断し、調理機器の排気ダクトの吸い込みが完全で油汚れが店内のたまらないと言うことだ。例えば天井に汚れが着いている場合、日本では雑巾で拭き掃除をしないと落ちないが、米国の店舗では毛バタキで汚れを払うとハラハラと汚れが落ちてくるくらいの差がある。
クレンリネスの最大の違いは床の汚れだ。米国の店は床が汚いように見えるが、それは紙屑などが落ちているだけであり、紙屑をきちんと拾えばぴかぴかの床であることが多い。ところが日本では紙屑が落ちていないので綺麗に見えるが、床の隅や立ち上がりなどは汚れがこびりつきどす黒くなっている。この理由は、米国は車社会でありあまり泥道を歩かないので人間が汚れを持ち込んでこないということと、空気が綺麗で油汚れが床に落ちないということだ。もう一つの大きな違いは厨房の大きさが十分に大きいので清掃を営業中にもモップがけなどできちんと行うので何時も綺麗だということだ。また、水がこぼれたらすぐにモップをきちんとすると言う習慣が身に付いていると言う背景もある。
そこで営業中もモップをきちんとかけ、水がこぼれたらすぐに拭く。モップをかけるときも一度しかかけないのではなく、2名で一度拭いた後を乾燥拭きをするようにさせようとするのだが、面倒くさがってなかなかやらない。
だんだん疲れが溜まってきた筆者は、ある時に良い見本を見せればよいだろうと、ある売上の低い店舗を訪問することにした。その店舗は筆者のライバルの優秀な店長がおり、売上が低い分クレンリネスで差別化をしようという考えを持っていた。モップがけもそうだ。彼はモップがけもショーであり顧客にアッピールする必要があると考え、モップがけ毎にそのモップ洗うだけでなく、漂白殺菌までしてしまう。だから、モップは何時も真っ白で新品のようだ。当然の事ながらダスター、箒、ちりとりまで毎日洗いぴかぴかとしている。それに感銘して、その店舗を5名で訪れたとき、5名のスイングマネージャー候補は「何だ、売上が低ければ綺麗にするのは簡単ですよ」と全然乗ってこない。「こりゃだめか」と思ってがっかりしていたときに突然神風が吹いた。
見学をする案内をつとめてくれたその店舗のスイングマネージャーが、彼ら5名のスイングマネージャー候補に対して「あんた方のS店は大型店舗だけどオペレーションがひどい、あんなクレンリネスじゃ同じマクドナルドに働いている者として恥ずかしいよ」と激しい言葉を投げかけたのだ。
それを聞いてそれまで静かに拗ねていた我が店舗のスイングマネージャー候補は店に帰る電車の中で激怒し興奮した。そして2週間ほどして夜の閉店作業に入った筆者はびっくりさせられた。
閉店後の店舗は洗い物や、油の濾過、シェイクマシンの洗浄、グリドルの油研磨などの作業により、水と油と汚れでべたべたの泥沼の様な状態なのだが、その日は水一滴こぼれていないピカピカの床だったのだ。驚いた筆者が彼らスイングマネージャー候補の仕事を見たら、筆者のボディーガード役のスイングマネージャー候補はなんとステンレスの50kgもあるプレパレーションテーブルまでシンクに持ち込み、裏側まで洗っているではないか。また、床に水一滴こぼれていないわけを見てみたら、普通洗い物をした調理器具の水切りが不十分でその水が床にこぼれて泥沼のようになるわけだが、バンケースを重ねた一番下にビニールシートを引き、その上に汚れたダスターを数枚敷く。その上に空のバンケースをおき、そこに洗った調理器具をおく。調理器具から垂れた水は下のダスターに吸収される。それがビショビショになると乾いたダスターに交換しているので、水が床にこぼれないのだ。
そして、閉店後にも拘わらず、水がちょっとでもこぼれるとモップがけをしている。そのため、閉店後全ての作業が終了すると従来とは異なり、床がピカピカで夜間の清掃作業のアルバイトはすぐに清掃作業にはいることができるようになった
筆者が何回言っても聞かなかった彼らスイングマネージャー候補だったが、自分たちと同じ身分のスイングマネージャーに店の悪口を言われたことで彼らのブライドが傷つけられ、一気に火がついて爆発したのだ。それ以後筆者がクレンリネスに文句を言う必要は全くなくなった。 彼らはその他店で馬鹿にされたことをアルバイトのミーティングで発表し、全員でクレンリネスを向上するように働きかけたからだ。この時点で彼らの考え方、モラルは筆者たちと全く同様になったのだ。
そして、ある日、彼らの卒業式を行い、一度に5人のスイングマネージャーの登録という離れ技に成功したわけだ。このプライドを刺激してモラルを高めるというやり方はものすごく効果があるという事がわかり、後に店舗対抗のQSCの対抗戦である、白旗コンテストで活用され、QSCの向上と標準化に大きく役に立ったのである。
9) 彼らの仕事ぶり
さて、彼らをスイングマネージャーとして認定し、社員のマネージャーと同じ制服を着用させ、髪の毛を刈り上げさせて店舗を運営させてみた。最初は心配だったのだがあっという間に新入社員のマネージャーより優秀に店舗を切り回し、店長の筆者の出番はほとんどなくなる状況になった。
まず、他店のスイングマネージャーと競争させ、彼らのプライドに働きかけ、次にその業績を評価しスイングマネージャーとして認定したことが、彼らの仕事を認めたことになり誉めたことになったわけだ。そして、スイングマネージャーとしての職位につくことにより、自信を持って仕事をできるようになったという事だ。この自信を持って仕事をするというのは大変重要なことだ。
格闘技などのスポーツの世界ではこの職位、タイトルというのは大変重要だ。大相撲で横綱になるとそれまでひ弱でやや心配であったのがものすごく安定して強くなることがある。そして、一度負けるととたんに自信を失い引退に追いやられてしまう。格闘技の世界では自信がものすごく大事なのだ。筆者は学生時代に格闘技のクラブに所属していた。その時に2年上の先輩にものすごく体のひ弱な人がいた。ところがその先輩が3年で副主将になり、後輩を指導するようになるとがらっと人が変わったかのように強くなり、それまで彼を追いつめていた後輩の連中を苦もなく叩きのめすまでになった。端から見ていても体力が付いてわけではなく、ただ自信がついただけなのにあれだけ強くなるというのは精神的な自信の強さだなと実感させられたものだ。
スイングマネージャーというタイトルと制服が自信とプライドを持たせ彼らに実力以上の力とやる気を持たせたのだ。そしてさらに重要なことは教えられる前に自分たちで勉強をするという向学心まで出てきたという事だ。この後は筆者の出番はほとんどなく、彼らのうち2名は後に社員にまでなってしまった。
このときにアルバイトの初期トレーニングとして開発したシステムを後にBCC、スイングマネージャーのトレーニングシステムをACCと名付け、各店舗で採用するようになった。この時点ではまだ米国のトレーニングシステムとは別途に日本的なトレーニングシステムを独自に開発していたわけだ。勿論米国も同じ頃スイングマネージャートレーニングプログラムを同時に開発していたわけで、後に日本と米国のシステムを融合するようになったのである。
しかしながら米国のシステムがなかったおかげでそのやり方を試行錯誤で日本で独自に組み立てるという苦労は、日本的教育方法の構築に置いて大変貴重な経験であり、後に日本のハンバーガー大学のプロフェッサーの経験と米国ハンバーガー大学での度重なる研修を積む際に大変役に立つことになった。
また、このスイングマネージャー制度は96年のマクドナルドの500店舗以上の開店の原動力となっており、現在のマクドナルドの売上が3000億円にまでなりえた最大の理由だ。96年に開店した店舗の殆どはサテライト店という小型店舗であり、それらの店舗は基本的にスイングマネージャーだけで運営できるようにした結果、社員の増員無しで新規開店を可能にした。その結果損益分岐点を大幅に下げ、さらに新店舗の開店を加速させ、売上を大幅に伸ばしながら利益を200億円台という外食産業初めての成果をもたらしたのだ。教育システムがチェーンシステムの構築に如何に重要かという事がよくわかるだろう。
続く