店舗の管理と注意力

(商業界 飲食店経営1997年3月号掲載)

体験的店長実務ステップアップ講座第7回目

店舗を運営する能力:フロアーコントロールに必要な注意力:アウエアネス

フロアーコントロールを店長と比較してみると筆者に注意力が不足していることがわかった。そこで店長がどんなことをしているのかをじっくり観察してみた。

店長は予定スケジュールより30分前に店舗に来る。店にはすぐに入らないで、店の周囲を見渡し、それから店内に入り、客席でコーヒーを飲みながら店内の状態を観察する。そして前日に作成したメモを見ながら本日にやらなければならないことをまとめる。また、朝に気がついたことをまたメモを取っている。見てみると朝のメモの行数だけで10項目以上ある。

コーヒーを飲み終わると着替え室兼倉庫に行き、ユニフォームに着替え厨房に降りてくる。厨房に元気良くおはようといいながら入ってくる。着替え室では倉庫の資材の在庫量、前日の売り上げ人件費等の数値、連絡事項を全て確認している。

そして、店にはいると手を洗い、カウンターまで歩いてくる。そのとき単に歩いているだけではない。冷蔵庫の前を通ると温度計を見て、ドアーを開け、レタス、ソース類の在庫を見る、見るだけでなく、匂いをかいで、次に試食をしている。原材料の味と腐敗度をチェックしている。ソースはボトルをくるっと回しながら、製造月日のチェックをする。ドレステーブルを通りながらケッチャップの量を計測し、ピクルスの味を見る。その側のバンズの日付を見ながら同時に、乾燥度合いをチェックし、ローテションも問題ないか見ている。

調理機器のフライヤー、グリドルの前を通ると火がついているか、温度がきっちりあっているか見る、上から見るだけでなく機器の下まで見て、清掃をちんとしているかを見る。きれいかどうかだけでなく、朝のマネージャーがやらなければいけないメインテナンスの清掃チェックリストをきちんとやっているか、現場を見ながら両方の仕事をチェックしている。カウンターまで歩いてくるまで物の5分もかからない間にこれだけのチェックをしている。

ここでなぜ筆者が店長より気がつかないかがだんだん分かってきた。AOCの際の勉強が不十分だったということだ。マクドナルドのAOCの中では機械の構造、メインテナンスの方法、食材の原材料から加工方法、工場管理、品質基準、損益計算書、利益コントロール、原材料費管理、人件費管理等の専門知識を教えていた。

しかし、筆者はなぜマネージャーがそんな知識が必要なのか疑問に感じていた。「所詮文化系の人間に機械、食材、経理などの科学的な知識を教えても無駄ではないか。餅は餅屋に任せた方が効率がいい。いくら知識を覚えても、なれない手つきで機械を修理しようとすれば壊すのが落ちだし、食品原材料のチェックは専門家に任せればいいじゃないか。経理だってそろばんが嫌いで外食産業に入った従業員には馬の耳に念仏だ。しかも機械をマネージャーになおさせるなんてなんてケチな会社なんだろうか?」と思っていた。しかしそんなことを大ぴらに口にすると怒られるから、黙っていたお陰で成績は良かったが、本当のマクドナルドの思想を理解していなかったわけだ。

このフロアーコントロールの際の注意力(マクドナルドでは後にアウエアーネスと呼ぶようになった)のためには調理機器、食材、数値管理の知識は不可欠だったのだ。たとえば、朝冷蔵庫のチェックをする。当然のことながら温度計をみる。温度は何度が正しいのだろうか?まず、冷蔵温度は1―5℃であることを知らなくてはいけない。では、なぜその温度でなければいけないのだろうか。BOCでは衛生管理の方法をしっかり教えている。食中毒の原因である食中毒菌が増殖するのは5―60℃の温度帯だ。だからその温度以外の温度帯で保管しなければいけない訳だ。

出来たハンバーガーはラップをしてウオーミングビンで10分間保管する。そのときの温度は60℃以上と言う細菌の繁殖しない温度帯になる。マクドナルドのマニュアルは何も特別な物ではない。品質管理に重要な数字をきちんと教えているのだ。その温度帯を守れば食中毒菌は増殖しないで食中毒を防げるわけだ。まずなぜその温度で管理するかの重要性を教え、それからそれぞれの温度管理の手法を教えていく。

冷蔵庫で1―5℃の温度を管理するには、今度は機械のメイテナンスをしなければならない。冷蔵庫も新品の内はきちんと冷却できるが、メインテナンスをしないと冷却が出来なくなる。そのためにプリベンティブメインテナンスをする。プリベンティブメインテナンスとは壊れてから直すのではなく壊れないように事前にメインテナンスをするという考え方だ。そのためにはAOCではまず機械の作動原理から教える。冷蔵庫の作動原理は冷却原理だ。機械がどうやって冷えるかの原理から学ぶわけだ。では冷却原理を見てみよう。

冷却機器の作動原理
図の冷却原理をみてみよう。
コンプレーサーでフレオンガスを圧縮する。圧縮されるとガスは高温高圧になり、コンデンサーに送られる。コンデンサーで冷却されると低温で高圧の液体になる。次にドライヤーで水分などの不純物がろ過され、エキスパンションバルブ(蒸発弁)に送られる。ここで、液体は気化し、低温低圧のガスになる。そのガスがエバポレーターを通り、そこに存在する熱を奪い、中温低圧のガスになる。それから再びコンプレーサーで圧縮され次のサイクルが始まる。

フレオンガスの低圧の圧力は蒸発圧力と言い、温度に影響する。高圧はコンプレッサーで圧縮されたガスの圧力であり、設定以上の負荷をかけた時とか、コンデンサーが目詰まりを起こし、冷却が十分にされていない場合に圧力が高くなり、場合によってはコンプレッサーが焼ききれる事がある。

厨房内部に置かれた冷蔵庫は調理の時に発生するオイルミストの汚れがコンデンサーに付着することが多い。オイルミストがつくとそこを冷却風が通過する際に厨房内部の煙や、埃がオイルに付着し、しばらくするとまるで、フィルターをつけたようにゴミの絨毯ができあがるわけだ。そうすると十分に冷却できないから冷却器の効率が下がり、場合によっては壊れてしまう。

コンデンサーが清掃され、目ずまりのないとき、1.5坪のウオークイン冷凍庫がー10℃のとき約10分でー20℃になる。ところがコンデンサーが50%の目ずまりを起こしていると、同じ温度を下げるのに倍の20分間もかかる。コンデンサーの汚れのため10分間余分な電力を消耗するわけである。そのために定期的にコンデンサーの汚れを清掃する必要がある。

米国のマニュアルを見るとコンデンサーの汚れを柔らかい刷毛で取り去るとある。しかしその方法でやると汚れはコンデンサー内部に入り込んだり、コンデンサーのアルミフィンをつぶしてしまう。そこで筆者が編み出したのが、車のラジエターの清掃で使用する洗剤をスプレーで吹きかける手法だ。アルカリ系の強い洗剤でコンデンサーを洗い流し油と同時の埃も除去するわけだ。

後に米国に駐在し機械のプリベンティブメインテナンスをやって分かったのは米国と日本の汚れの違いだった。ある時天井に埃が着いていたので、メインテナンスマンに清掃を命じた。筆者は雑巾で清掃するのを考えたが、彼はなんと毛ばたきで埃を払うではないか。日本でそんなことをしたら油汚れがベットリと付いているから、汚れを全体に引き延ばすことになりかえって汚くなる。

ところが、米国の天井(ハンバーガーをがんがん焼いている厨房だ!)の埃はハラハラと舞い落ち、天井には汚れの跡形もない。つまり汚れの状態が違うのである。米国と日本では空調機器の性能が異なり、汚れも当然のことながら異なっていたわけで、この改善には後15年ほどもかかった。

コンデンサーだけでなく、冷却器であるエバポレーターも霜がついていないよう定期的に霜取りを行う必要がある。エバポレーターについた霜は断熱材と同じで庫内が十分に冷却しない原因なり、フレオンガスは熱交換されないので、気化せず液体のままコンプレッサーに戻り、コンプレッサーを壊す原因になる。

この冷却原理を理解していれば、如何ににコンデンサーの清掃は重要であり、冷蔵庫の前を通りがかる時に常時チェックしなければいけないかを自覚するわけだ。こんな基本を理解していないと冷蔵庫の扉を開けただけで、コンデンサーの状態までは目が届かなくなるわけだ。機械に対する基本的な知識はアウエアーネスにつながるということだった。

昨年の堺市に於ける大腸菌o157による食中毒事件以来、新しい衛生管理としてHACCPと言う手法が導入されつつある。このシステムを簡単に説明すると、食品を管理する温度と時間である。原材料の段階から、調理、保存の消費者の口に入れるまでの食品の温度を5―60℃以外の温度、つまり、5℃以下か、60℃以上の保つと言うことだ。こんな簡単なことであるが、この温度を守るには、冷却原理を理解して適正なメインテナンスを実施しなければいけないと言うことだ。外食産業に従事する人間であっても正しい機械の知識はさけて通れないと言うことなのだ。現在の外食産業ではこれらの基礎的な知識を従業員教育で導入していないところが殆どであり、これからも食中毒は増加することがあっても減少することはないであろう。

ペニービジネス
計数管理も同じだ。マクドナルドはなんてけちな会社だろうと最初は思った。会社のスローガンでペニービジネスという。ペニーとは1セントのことで約1円だ(当時は3円以上だったが)。だから原材料管理は凄く厳しい。原材料管理の手法はポーションコントロールとイールド(歩留まり)コントロールだ。ポーションコントロールとはハンバーガーであれば肉、バンズは店舗に搬入されるときに既に一個単位に加工してある。だからハンバーガーを100個売ればハンバーガーパティ(肉)は100枚使うことになる。もし、パティを床に落としたり、失敗したらその数値を記録し報告する。そして、毎週棚卸しを行い販売数量と使用した食材を照らし合わせ、無駄がないか、不正はないかチェックする。
ポーションコントロールの出来ない調味料はイールド管理をする。ケチャップは専門のディスペンサーを使用することにより、ポーションコントロールができるようになっているが、そのディスペンサーの調整により一人前の量が変わってしまう。また、ケチャップ缶から綺麗にディスペンサーにあけているかどうかで、歩留まりが大きく異なる。そのために週毎の棚卸しでケチャップの使用量をチェックし、1缶のケチャップで何個のハンバーガーを作ることができたかの歩留まりをチェックする。

これらの数字をしっかり頭に入れておくと、フロアーコントロール時にシンクの前を素通りすることがないのだ。シンクの空き缶の中を覗いて中のケッチャップをゴムスパチュウラで綺麗にすくい取っているか、バンズにドレスする際の1人前のディスペンス量が正しいかチェックし、指示やトレーニングをするわけだ。

マクドナルドではバンズをトーストしてその上にケチャップやマスタードをディスペンスし焼いたハンバーガーパティを載せる。バンズを焼く理由は温めることと、バンズの切り口を焼けこげをつけることで(キャラメライズという)ケチャップ、マスタード、肉汁などの水分がバンズにしみ込み、べちゃべちゃになるのを防ぐ。トーストが綺麗に出来るためにはバンズの切り口が水平でなくてはいけない。水平でないとトーストが綺麗につかないので完成したハンバーガーがべちゃべちゃになる。マネージャーはバンズの切り口が平らか、乾燥させていないかの品質をフロアーコントロールの際に目を光らせ、不良品があったら返品し、乾燥しているようだったらカバーをかぶせるなどの指示をする。

このようにフロアーコントロールには機械、食材、数値管理の知識が必要不可欠だというのが良く理解できた。そこでAOCの教科書をもう一度じっくり勉強し直し、わからないところは店長やSVに教えてもらった。

優秀な上司にオンザジョブで教えてもらえたことは筆者にとって幸運であり、優秀な上司を持たない人は不幸であった。当時のマクドナルドはまだ店長に対する合理的なトレーニング方法がなく、どんな店長に仕えたかで後の出世が大きく左右していた時代であった。当時はまだ属人的なトレーニング方法であったのだ。しかし、マクドナルドのすごいのは、後に優秀な店長はなぜ育つか、体で覚えるはずの仕事をどうやって合理的に表現し教えることが出来るかということを考え出すということだ。こののち10年後に米国で合理的な店長のフロアーコントロールの際のアウエアネス向上策を考案した。

アウエアーネストレーニング
人間の能力の差でしかないと思われたアウエアネスを5感をわかりやすく説明し、それぞれどのように使って気がつくかというアウエアーネスチェックリストを作成し、どんな鈍い人間でも問題点に気がつくようなトレーニング体型を作り上げたということだ。ではその内容を見てみよう。
問題点に気がつくには5感を働かせる必要があるわけだ。5感は味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の5つだ。ここではシェークという商品を例にとって考えてみよう。

視覚
目で見ることは最も大きな情報を入手できる。売り上げ日報や連絡ノートなどの文書を見る。ここで本日シェークを十分に売るだけのミックス、シロップ、カップ、リッド、ストローの在庫があるか確認できる。シェークで重要なのは衛生管理だ。朝であれば、シェークの部品や機器の清掃と殺菌が十分か、営業中でも常時清掃し、定期的に部品を殺菌しているかをみる。シェークマシンの側を通る際には、シェークマシン内部のシェイクミックスが十分に入っているか量を確認する。旧型のタイプであったので、残量はフロートの突出の状態で判断するが、時々揺すって引っかかっていないか確認する。シェークの温度は正しいか、シロップの量は正しいか、出来る時間と色をチェックする。 衛生管理のためには当然のことながら手を洗浄殺菌する。朝、入店時だけでなく30分間に一回洗い直す。手は使い捨てのペーパータオルで拭く。いったん洗った手は、汚い物にさわったり、床においた段ボールにさわったり、髪の毛にさわったらもう一度洗い直させる。この状態を常に目を光らせることが重要だ。

また、日曜日に天気が急に良くなって温かくなるとシェークの売り上げは急上昇する。そんな場合に何をしなければいけないかというと、シェークミックスの在庫チェックだ。在庫をチェックし不足すれば追加発注をし、間に合わなくなれば他店に借りに行かなくてはいけない。マクドナルドでは品切れを起こすとSVにひどく怒られるのだ。品切れは販売チャンスを逃し売り上げを低下させるからだ。

聴覚
何か異音や普段と違う音がしないかに気を配る。たとえばシェークの機械が異音がしないか、駆動用のベルトがスリップするような音がするなら、日曜日の忙しくなる前に交換しておく必要があるだろう。また、シェークの機械は水冷だから機械が止まっているときには水は止まっていなくてはいけない。もし水がちょろちょろ漏れる音がするなら修理をする。それに気がつくためには普段から水道の使用量を把握しておく必要がある。

臭覚
シロップタンク周辺は毎日綺麗に清掃し、タンクとディスペンサーは洗浄殺菌しなくてはならない。それを怠っていると発酵したり腐敗したりして臭いが出る。また、配水管などの清掃をしっかりしていないと腐敗臭がでて、顧客を不快にさせるから常に鼻をピクピク動かしていなくてはいけない。

味覚
シェークミックスやシロップは生ものだから、賞味期間が過ぎたり、保管状態、衛生管理が悪いと腐敗する。そこで販売を開始する前に毎日味見をする。もし味がちょっとでもおかしかったら販売してはいけないわけだ。特に夏場など保健所の乳製品に対する衛生検査は厳しい物があり、検査された商品から大腸菌などが検出すると営業停止などを命じられるからだ。

触覚
シェークはフローズンのミックスとシロップを攪拌するわけだが、攪拌が不十分だと飲みにくいし、攪拌しすぎると泡だってしつこい味になる。そこでどの位の粘度なのか時々ストローでかき回してチェックしなくてはいけない。

TO DO LIST
さあこれでフロアーコントロールの際にアウエアーネスの能力が付き、問題点に気がつくようになった。然しこれだけでは問題点を迅速に解決することは出来ないわけだ。問題点に気がついてからその優先順をつけなくてはいけないからだ。店長を見ていたら、メモを整理し、優先順位をつけその順番で問題点を解決しているではないか。だから仕事の効率がよいし、少ない時間でも問題点はどんどん解決して行くわけだ。
一枚の紙に問題点を列挙したら次にその優先順位をつける。重要な問題というのは解決するのが大変だから、簡単な問題から解決するのが一般的だ。それでは何時までも重要な問題は解決できない。重要な問題から優先して解決すれば気がついたこと全てを解決できなくても、店舗運営に障害になることは極端に少なくなるわけだ。

この問題点に優先順位をつけるというやり方は後に、TO DO LISTというシステムで従業員教育に取り入れられ、そして、従業員システム手帳に組み入れられた。

科学的なフロアーコントロール
さてフロアーコントロールをもう一度整理してみよう。
フロアーコントロールは気合いでやる物ではなく科学だという事だ。数値管理、機械、食材などの正しい専門知識を身につけ、問題点を正確に把握できる知識を身につけなくてはいけない。

次にその専門知識と5感を使い問題点に気がつくというアウエアーネスだ。アウエアーネスのトレーニングはベテランの店長とアシスタントマネージャーが店舗に入り同時に問題点をリストアップし、比較することで教えるわけだ。そして何回か繰り返していく内にだんだんと身に付いてくる。

そして、気がついた問題点に優先順位をつける,TO DO LISTの作成だ。

そしてその優先順位別に直ちに(ライトナウという)解決していくと言う手順だ。

フロアーコントロールは精神力でなく科学だということがおわかりいただけたと思う。

このようにマクドナルドは非科学的な飲食店経営に科学を導入していったわけだ。これが後に世界100カ国で2万店を開店する原動力になっていったのだ。

続く
お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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