先端食トレンドを斬る- マクドナルドが値下げをしても利益が出る理由(柴田書店 月刊食堂1996年6月号)

<本当の敵はCVSと気がついたマクドナルド>

ここに来てFFSの復権が顕著になってきている。マクドナルドはもちろん、ミスタードーナツも好調だし、既存店の伸びはさておくとしても利益率が抜群の吉野屋、そしてケンタッキー・フライド・チキンも回復してきた。コーヒー業界を見ても、ドトールコーヒーショップやプロントなど低価格のFFS路線は相変わらず順調だ。
バブルの頃には、メニューが少なく飽きられる、あるいは画一的なサービスでお客が離れてしまうだろうというFFS限界論もあった。しかし、現状を見てみると、限界論は払拭されつつあるようだ。

バブル経済とその崩壊を経験したことで外食業が気がついたことは、もはや敵は業界の内部ではなく外部にこそあるということだ。つまり先月号でも触れたように、セブンイレブンを代表するCVSこそが敵なのである。

マクドナルドの仮想敵はもはや外食ではないといっていい。たぶんセブンイレブンを仮想敵、いや本当の敵と見ているはずだ。なぜならマクドナルドがセブンイレブンに負けているという国は日本しかない。アメリカのセブンイレブンにしても、店数では7,000店程度で、マクドナルドの1万店には及ばない。日本はその反対になっているのである。セブンイレブンのファーストフード部門の売上も、外食トップのマクドナルドをはるかに凌いでいる。

何故このような違いが出たのであろうか。一番の問題は、FFS、つまりマクドナルド、ミスタードーナツ、ケンタッキー・フライド・チキンなどがファッションフード的に入ってきた点である。確かにマクドナルドのハンバーガー80円という価格は安かったが、石油ショックなどの節目ごとに価格を引き上げていった。しかし、ファッションフードであったから、その時でも売上はそれほど低迷しなかったのである。

もちろん、実際の客数は落ち込んでいた。しかし、それを価格の引き下げで補うことができたし、それはある程度仕方がないと考えていたところもあった。そこにCVSのつけいる隙が生じたのである。即ち、CVSが入っていける価格帯の空白を自ら作り出してしまったということだ。

CVSのFFは、セントラルキッチンで完全に加工し、パッケージして店舗に運び込んでいるのだから、本来コスト高になる。しかし、それでも利益が出るほど売れる価格帯をFFS側が作ってしまったのである。加えてバブルの時期に、FFS各社は高級化路線を敷いて、価格アップに拍車をかけた。その一方、CVSは価格帯を守りながら地道に店舗数の拡大に努めてきた。その結果、わが国のFFSはお客の支持、つまり売上でCVSに大きく水を開けれれることになったのだ。

それにいち早く気がついたのがマクドナルドだ。だからマクドナルドは、CVSに照準を絞り、徹底した低価格路線を打ち出したのである。もちろん、他社もすでに気がついてはいる。しかし、マクドナルドと同じくCVSの土俵で勝負しようと低価格を打ち出したところはほとんどない。打ち出さないのではなく、打ち出せないのだ。ここに昨年のマクドナルドの急成長の理由があるといっていいだろう。

<低価格でありながら空前の利益増の理由>

伝え聞くところによると、マクドナルドは80円ハンバーガーのプロモーション期間中も原材料コストは30%を超えることはなかったという。なぜマクドナルドはあれだけの低価格でありながら、空前の利益を上げることができるのだろうか。
勘違いしやすいのは、円高を利用して海外から安く食材を調達しているという点であろう。もちろん円高というのは大きな理由のひとつではある。しかし、実はマクドナルドは現在の為替相場になるはるか以前、サンキューセットの頃から、低価格化の準備を進めていたのである。

そのころすでにアメリカではバリュー戦争が勃発しており、それを日本でやったらどうなるかというテストが87年のサンキューセットプロモーションであった。当時のマクドナルドの仮想敵は業界内部であり、同業他社はこれに刺激され、徹底的な安売り戦争が繰り広げられた。ただし、このころはマクドナルドを含めて、安売りしても利益が出る構造的なバックグランドは整っていなかったので、大きな利益を生むまでには至らなかった。

しかし、マクドナルドは、これを契機に低価格のための標準化を進めていった。それが実を結んだからこそ、恒常的に低価格を打ち出しながら利益を生み出す構造が出来上がったということができる。では一体何を標準化したのだろうか。

いくら円高とはいえ、海外から単純に食材を持ってくるだけでは安くはならない。店舗で使用する食材はあくまで一次加工したものだ。海外から素材のまま持ってきても、日本で一次加工していたのでは食材コストはそれほど下がらない。コストを下げるためには海外で一次加工まで済ませておく必要があるのだ。

そこで問題になってくるのは、日本と同じ品質で一次加工できるかどうかだ。安いだけではダメで、同じ品質をどれだけ安定的に供給できるかということが大切になってくる。

ではその食材を標準化すればいいのかというと、それほど単純なものではない。肉質や脂の含有量など食材の標準化はもちろんあるのだが、その他に焼く技術、揚げる技術が同じでなければならないし、機械も同じでなければならない。

マクドナルドの場合は、アメリカに1万店以上の店があるので、そこで使用されているビーフパティを持ってくればいいと思われるかもしれないが、加工して輸入できないものもある。その一つがバンズだ。バンズは新鮮さが命であり、やはり国内のメーカーに製造してもらうほかない。冷凍輸入すれば新鮮さは保てるかもしれないが、コスト的には割に合わないからだ。

工場の窯も違うし、技術も違う。イースト菌の問題もあるから、アメリカと同じバンズを作るのにはものすごく苦労する。マクドナルドはその誤差を埋めるために、世界中のバンズとその工場の技術者を集めて、常に比較をしているのである。そして、技術者のプライドに訴えることで、同じ品質に近づけている。ひとつひとつの食材について、10年ぐらい前からこれを続けているのだ。

<標準化を支える数え切れないほどのノウハウ>

標準化にはハードの標準化とソフトの標準化の2通りがあるが、マクドナルドがすごいのは、ソフトの部分の標準化を徹底的に推し進めている点だろう。その一例がバンズなのだ。材料や機械を一緒にしても、同じ味ができることはないといっていい。必ず職人の技が必要なのだ。その職人の技術、つまりソフトを標準化することで、マクドナルドは世界規模で均一の味を作っているのだ。
もちろん、ハンバーガーを構成している食材のひとつひとつを食べ比べて見れば、味は微妙に異なっている。しかし、その差をできる限りミニアムに近づけることで、ハンバーガーとしては世界中で標準化した味を持っているわけである。

同じ味で統一した結果、グローバルパーチェシング、すなわち世界規模での食材の購買が可能となった。世界中の食材の相場が瞬時にわかり、低コストで調達できるのも、同じ味を追求していったことで、どこからでも購買できる仕組みを一から作り上げていったからなのだ。ただ単に食材情報をコンピューターにインプットしていけば、マクドナルドと同じシステムができるわけではない。ビーフパティならビーフパティで、アメリカから引こうが、オーストラリア、ニュージーランドであろうが、どこから引いても同じ味のものが供給されることができて、初めてこのシステムが生きてくる。

もちろん、ハードの標準化も大切な前提条件のひとつだ。例えばクラムシェルグリル。焼成時間の大幅な短縮ができるということで一時話題となった機械だが、実用的に成功しているのはおそらくマクドナルドだけだろう。というのは、クラムシェルグリルは技術的に非常に難しい機械だからだ。

マクドナルドではクラムシェルグリルの開発に20年以上の歳月を投入している。そして、アルミの鋳物技術、表面のメッキ技術に至るまですべてパテントを持っている。しかし、それをクリアしただけではクラムシェルグリルは実用化できない。パティを両面から焼くときに、あまり押しつぶしてしまっては肉汁が出てパサパサになってしまうし、かといって表面に接していないと生焼けのままになる。その微妙な圧力でコントロールするのが非常に難しいのである。加えて、グリル面を誤差0.1mm以内で平行に保つことが技術的に難しいのだ。

しかも、誤差0.1mmの範囲で平行に保てる機械ができたとしても、パティが凸凹して平らでなかったりすると、焼きむらができてしまう。これをなくすためには、パティ成型時の温度、圧力、スピード、水の含有量等まで厳密にコントロールしていかなければならない。

機械だけでなく、食材そのものまで開発しなければならないわけだが、実はこれだけではまだ不十分なのだ。もう一つ必要なのは、洗剤の開発を含めたクレンリネス技術だ。例えば、不適当な洗剤を使うと、グリル表面が溶けて凸凹になってしまい、焼きむらを作る原因となる。従って洗剤そのものもクラムシェルグリルに合わせて開発していかなければならないわけである。 マクドナルドには2万のノウハウがあるといわれているが、実際はそれどころではない。200万ぐらいのノウハウがぎっしり詰まっているといっていいだろう。

マクドナルドが機械や食材を徹底的に追及できたのも、FFSであるが故ということができる。メニューを絞り込んでいるから、ここまでできるわけであり、これこそFFSのメリットと言っていい。ケンタッキー・フライド・チキンにも同じことが言える。食材も絞り込んでいるし、機械も標準化されている。現在のフレッシュチキンと同じ品質の食材を世界規模で流通させることができるようになれば、価格を下げられるし、利益率も大幅によくなるだろう。CVSはここまで絞り込んでいないから、マクドナルドと同じことをするのは不可能だ。

<マクドナルドの強さは考え方の標準化にある>

ソフトの標準化ということで考えると、マクドナルドでは教育の標準化も徹底して行われている。 教育とは、オペレーションラインの教育だけにとどまらない。トレーナーを教育するプロフェッサーの教え方をも徹底的に教育しているのだ。しかも、その内容は標準化されており、誰でも世界中のどこに行っても教育できるようになっている。
マニュアルも、現在は99.9%まで世界共通になっている。機械、食材、工場の標準化を行ったから、それが可能となったのだ。

それだけではない。機械、食材、教育の標準化に加えて、マーケティングや店舗開発の標準化も進められている。これらは国によって実情が異なるために、標準化などは考えられないことだった。それも技術的な部分だけでなく、考え方を統一しようとしているのだ。

マクドナルドは、その統一の仕方が実に巧みだ。食材の統一にしても、世界中の現地法人に強制的に押しつけているわけではない。現地法人にかなり権限を与えてはいるのだが、教育だけはアメリカの本部で行っている。例えば、バンズの作り方でも、同じ味に近づけるために材料や機械を強制するのではなく、必ず技術者を集めて考え方の教育を行っている。

アメリカのマクドナルド本部は決してセントラルパイイングを強制しない。日本マクドナルドは日本マクドナルドで買い付けをしているし、他の国は他の国で買い付けをしている。しかし、それぞれが買い付けた食材であっても同じ味を提供するという考え方だけは、莫大なコストを必要としても徹底的に教育しているのだ。

ハンバーガーというシンプルな食べ物を売っているだけのマクドナルドが、業界としてダントツに強いのは、人間の教育をしっかり行って、考え方の標準化ができているからにほかならないのである。

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