ガス、電気の調理汚染物捕集効率比較からわかった厨房換気量の重要性(柴田書店 月刊食堂2001年3月号 特別企画)

クリーンさを売りにする電気厨房で環境が劣化している

POSに代表されるIT関連機器の積極的な導入により合理化が進められる外食産業だが、いまだに近代化が遅れているのが厨房である。スチームコンベクションオーブンなど、たしかに先端の機器は導入されているが、厨房設計に関しては欧米に20年以上の遅れをとっていると、コンサルタントの王利彰氏は指摘する。

「研究も遅れているし、専門家もいません。外食側も設計側も厨房のことが分からないから、厨房メーカー任せになってしまう。全体の設計がきちんとできているレストランはほとんどないと言っていい状態です」

厨房に関する知識が不足しているから、誤解が生まれ、いくら投資をしてもいっこうに厨房環境が改善されないというケースも多い。その最たるものが必要換気量の問題であろう。

ここ10年ほど、「電化厨房にすれば換気量は少なくて済む」というPRを目にすることが多い。ガス厨房の場合、建築基準法により必要換気量は定められている。告示に規定されたフードを用いる場合は、その形状により理論燃焼ガス量(都市ガスの場合1キロワット時につき約0.93m2) の20倍、または30倍、その他の場合は40倍と定められているが、厨房設計の際は40倍、つまり40kQで計算されるケースが多い。これは燃焼排ガスを排気するために必要な設定換気量なのだが、同時に油煙・水蒸気や調理の臭いといった調理汚染物も処理しているわけだ。

ところが、電気厨房の場合は特に法的な規制はない。一般的に採用されているのはガス厨房の半分の20kQだが、これはガス厨房の引き算で算出したものと考えられる。つまり、ガス厨房は本来20kQでいいとされている規程のフードを使いながらも40kQで設定しているから油煙なども排気されていると考え、電気ならば燃焼排ガス分は必要ないとして、20kQ分を差し引いたのであろう。推測になって申し訳ないが、そもそも電気厨房の必要排気量を20kQにした「根拠がない」(王氏) のである。実験等による明確な裏付けがないのだから、そのような推察をせざるを得ない。

確かに電気厨房なら燃焼をともなうことがないわけだから、単純な計算としては正しい。しかし、ガスから電気厨房へリニューアルした飲食店から「かえって作業環境が悪化した」という声があるのもまた事実だ。クリーンさが売り物と聞いていたのに、油煙が完全に排気されず、厨房内の汚れがひどいというのである。

厨房の環境改善は外食の大きなテーマのひとつだ。そのために厨房の電化を検討することは意義のあることだろう。しかし、今外食関係者が知るべきは、厨房環境が悪化しているという事実を踏まえ、「本当に電気厨房がガスの半分の換気量でいいのか」ということである。

外乱気流により大幅に捕集率が低下する電気厨房

ここに興味深い資料がある。大阪大学大学院工学研究科建築工学専攻の院生の間で行なわれた「業務用厨房における局所換気システムの設計に関する研究」で、厨房内で発生する外乱気流がフードの補修率に及ぼす影響を実験したものだ。王氏も指摘しているように、厨房内は予想以上に空気の流れが大きい。この実験は、こうした外乱気流がある場合、ガスと電気では補修率にどのような差が現れるのかを調査したものだ。

実験に用いられたのは、厨房内で一般的に使用されているレンジとフライヤーの2種類。それぞれ熱源は都市ガス燃焼方式(以下ガスと表記) と電磁誘導方式(同電磁) の2種類を用意している。調理機器はフードの真下に設置し、調理器具に向かって左から横風を当てた状態(次ページ写真参照) でフードから採集された排気中の燃焼排ガスと調理汚染物を測定し、捕集率を算出した。設定換気量を20kQ、30kQ、40kQ、60kQの4段階。横風の風速は秒速0m、同0.25m、同0.5mを設定し、実験が行なわれている。その結果を以下に示そう。

1)レンジでの捕集率

[横風風速0mの場合]

電磁ではいずれの換気量でも完全に捕集されている。しかし、ガスでは30kQで10%、20kQでは30%程度の捕集率の低下が見られ、燃焼排ガス、調理汚染物を完全に捕集するには40kQ以上の換気量が必要なことがわかった。

[横風風速0.25mの場合]

ガスの燃焼排ガス捕集率と調理汚染物捕集率、電磁の調理汚染物捕集率に大きな差は見られないが、いずれの換気量でもガスの調理汚染物捕集率がほかの2つを若干上回る結果となった。

60kQではいずれの捕集率もほぼ100%だったが、40kQになると、ガスの調理汚染物捕集率が95%程度、燃焼排ガス捕集率が90%程度、電磁の調理汚染物捕集率は88%程度まで低下。以降、30kQではガスの調理汚染物捕集率と燃焼排ガス捕集率が約80%、電磁の調理汚染物捕集率は約74%、20kQになるといずれも60%台まで低下している。風速0mと比較すると、換気量20~40kQの間で捕集率は5~10%程度低下することがわかった。

[横風風速0.5mの場合]

すべての換気量でガスの調理汚染物捕集率が最も高く、それに続くのがガスの燃焼排ガス捕集率、もっと低かったのが電磁の調理汚染物捕集率であった。60kQの場合、ガスの調理汚染物捕集率は90%以上だったが、電磁のそれは60%を切っている。40kQではガスが80%に対して電磁は20%台後半、20kQになるとガスが60%程度を維持しているのに対して電磁はそこそこと大きな隔たりがあった。

ガスの調理汚染物捕集率が燃焼排ガス捕集率よりも高いのは、燃焼排ガス調理汚染物よりも外側を上昇するため、鍋を包むように火が回る。つまり燃焼排ガスが発生するので、調理汚染物を囲む形の上昇気流が生まれ、横風の影響を受けにくくなっているのである。逆に電磁は調理汚染物の上昇気流だけになってしまうため、横風の影響を受けやすくなっている。(写真、グラフ参照)

2)フライヤーでの捕集率

[横風風速0mの場合]

換気量が30kQ以上では、いずれの捕集率もほぼ100%を示すが、20kQでは低下が見られ、ガスの調理汚染物捕集率は75%、ガスの燃焼排ガス捕集率、電磁の調理汚染物捕集率は90%となる。

[横風風速0.25mの場合]

ガスの燃焼排ガス捕集率はいずれの換気量においても100%近い数値を示すが、ガス、電磁とも調理汚染物捕集率は換気量にほぼ比例する傾向にあることがわかった。実験で使用されたガスフライヤーは厨房に導入されている機器と同様に、壁面側に排気口が設けられたもの。ガスの燃焼排ガス捕集率が高くなったのは、背面壁に沿って排気され、調理汚染物よりも上昇にともなう温度と速度の低下が小さいためだと見られる。

調理汚染物捕集率を比較すると、60kQではガス約90%に対して電磁80%弱、40kQではガス70%に対して電磁55%程度とガスの補修率が上回っているが、20kQになるとともに30%台後半まで低下することがわかった。

油煙を同じにしてフライヤーからの上昇気流発生条件を等しくしているにもかかわらず、ガスの方が電磁よりも調理汚染物捕集率が高くなったのは、レンジの場合と同様ガスの燃焼排ガスの上昇気流に調理汚染物が誘導されたためと考えられる。

[横風風速0.5mの場合]

ガスの燃焼排ガス捕集率はいずれの換気量でも80~90%と最も高い。しかし、調理汚染物捕集率はガスで30~40%と非常に低く、電磁では15~30%とさらに低くなっている。

電気厨房に必要な排気量はガス厨房と同等、もしくはそれ以上

この実験からわかることは、まず風速0m、つまり無風状態のときには電磁の調理汚染物捕集率が最も高くなるという点である。レンジの場合はいずれの換気量でもほぼ完全に排気されるし、フライヤーの場合でも20kQあれば90%の捕集率を維持している。

しかし、横風には非常に弱い。ガスにしても横風の影響を受けるが、その影響は電磁の方が大きく、風速0.25m以上になると電磁の調理汚染物捕集率はガスよりも低くなってしまうのである。しかも、それは換気量が20kQのときだけではなく、40kQの場合でも同様である。

一方、ガスの場合は燃焼排ガス捕集率においては、いずれの換気量でも横風の影響を受けることは少ない。ただし、調理汚染物捕集率に関しては電磁と同様に横風の影響による低下が見られるが、燃焼排ガスの上昇気流が調理汚染物を誘導するため、電磁よりも捕集率は高くなっている。またフライヤーの場合は20kQの換気量だと無風状態でも調理汚染物の捕集率が最も低くなっており、厨房の必要換気量である40kQを裏付ける結果となった。

こうした実験結果から判断すれば、従来電気厨房の必要換気量とされてきた20kQで間に合うのはあくまで無風状態の時のみとなる。しかし、空調が作動し、調理人が絶えず動き回る厨房環境において無風状態は考えられない。厨房内と外部の温度差があれば、ドアの開閉の際にも空気が流入してくるし、空調のバランスが悪くなればそれだけ乱気流は発生しやすい。王氏が述べているように、厨房内には今回の実験をはるかに上回る気流が発生しているのだ。

そのような環境で横風に弱い電気厨房をするのであれば、少なくともガス厨房と同等な換気設備が必要であるということを、この実験結果は物語っている。調理廃棄物を効率よくフードへ誘導する燃焼排ガスの上昇気流がないぶん、むしろガスよりも必要換気量を大きくしたほうがいいという見方もできる。

快適な厨房環境づくりに向けて新たな換気システムが続々登場

実験の結果は、日本の厨房設計の遅れを如実に示唆するものといえよう。電気厨房にしてもガス厨房と同等の換気量が必要なのにもかかわらず、「電気ならガスの半分である20kQの換気量で充分」という誤った認識がまかり通っていたのである。外食や設備機器メーカーなどの厨房設計担当者は、厨房は外食にとって最大の売り物である商品を製造する心臓部であることを肝に銘じ、今回の実験データを基に改めて厨房設計のあり方を考えるべきであろう。

その際重要になってくるのは、給排気システムである。その一例となるのが、最先端システムとして海外で積極的に導入され、現在日本でも注目を集めている天井換気システムだ。

これは厨房の天井全体で排気を行うシステムで、ガスでも電気でも導入できる。給気ユニット、給気口排気ビーム、換気口、グリース除去装置、天井パネル、照明等を一体式に組み込んでいる。代表的なメーカーであるヴィンボックのシステムは、調理排熱・排気の室内空気の熱対流を利用しており、汚染された空気が自然に上昇して完全に排気口に吸い込まれるため、衛生環境に優れている。

また、省エネ型の換気システムとして換気量制御システムが挙げられる。これは調理器具のガス消費量に応じて排気量をコントロールすることで、無駄な換気をなくして省エネと温熱環境の改善を図るシステムだ。夏や冬のように厨房内とは温度差が大きい外気の給気を減らすことができるため厨房環境の改善につながるため空調負荷も低減。さらにファンの回転数を減らすためランニングコストも大幅に低減するという。

快適な厨房環境は確実に生産性を向上させる。その厨房をどのような形で実現するか。今回の実験から明らかになったように、ガス厨房と同じ換気能力が必要だということをしっかり認識しているなら電気厨房でもいいだろう。しかし、現実的な着地点としては王氏が述べているように、熱効率とコストを考慮すべきであろう。今回の実験を踏まえて、機器のコストやランニングコストを考えれば、電気式厨房機器がまだ高価な日本では全電化厨房はコスト高になるはずだ。もし電気で検討しているのであれば、ガス式にしてコストダウンを図り、浮いた予算は新しい、しかも効率的な換気システムの導入に投資するのが最善の策ではないだろうか。

INTERVIEW(有限会社清晃/代表取締役 王利彰氏)

電気の必要排気量がガスの半分でいいというのは根拠のない話。本来ガスと同じ排気量が必要です。

――大阪大の実験についてはご存知だったのですか。

王)  ええ、知っていました。僕らにしてみると、すでに20年前に取り組んだ研究の裏書で、全くこの通りだと思いました。僕らがアメリカで研究したときはオイルミストの代わりに窒素ガスを使って浮遊物を作り、その収束を観察しました。

――今回は横風といいますか、厨房内の乱気流が捕捉に与える影響を見ていますが、こうした乱気流や起こりやすいものなのですか。

王) 厨房はもともと排気量が大きいため、それを補うための空気を取り入れる必要がありますので、かなり風速が大きくなるのです。実験では風速0.25~0.5mですが、実際にはそれをはるかに超えています。だから、横風対策というのは非常に重要です。アメリカの場合はデフューザーを使って分散させるなど、なるべく火器に風量を当てないように工夫しています。そうしないと、機器のパフォーマンスが下がりますから。この部分が日本では非常に遅れていますね。というのは、空調設備設計という概念がないのです。厨房を設計する際には、同時に空調の設備設計もしなければなりません。

――ガスがいい、いや電気だという前にまず空調を考えろと。

王) 要するに適材適所です。空調が足りなければ追加することになりますが、今度は電気が足りなくなる。電気の追加は一番大変ですから、今度はガス空調で補うなど、バランスを考えていくことが重要です。

――横風対策も含めて厨房空調のあるべき姿について教えてください。

王) 給気をどこに、いかに正確に落とすかということが大事です。給気が足りないと空気が薄くなりますから、ドアなどを開けたとき急に空気が入ります。そこで横風が発生するわけです。もちろん、人が通ったときにも横風は発生し、捕捉率に影響します。オープンキッチンの場合は特に給排気に気をつけないと大変なことになりますね。

――電気の場合は必要排気量がガスよりも少ないとされていますが。

王) 20kQと言われていますが、その根拠はありませんし、本来同じだけ必要だと思います。僕らは電気もガスも全く同じ排気量で設計しますし、電気だから下げるということはしません。というのは、臭いを排気することが第一ですから。皆さんは電気のほうが熱が少ないといいますが、問題となるのはグリドルなら輻射熱、フライヤーなら水蒸気などです。これは電気もガスも変わりありません。燃焼排気よりも輻射熱、蒸気をどう排気するか設計するわけです。

――水蒸気が横風で流れて、壁などで結露するとどのような問題が出てくるわけですか。

王) 衛生面ですね。ですから、これも空調で湿度をコントロールする必要があります。蒸気はカロリーが大きいのでダクトから漏れると、それを除去するために空調の能力がよけいに必要になります。したがって、空調計算の際には蒸気発生量を考えなければならないのですが、日本は計算に入れていない場合も多く、厨房に空調がない店もたくさんあります。これではドライキッチンにした意味もなくなってしまいます。

――日本では電化のほうが環境がいいといわれていますが。

王) それは電化にする際、皆さんは真剣に考えるからです。お金がかかりますから、一生懸命考える。その結果として環境が改善されるわけで、ガスでもちゃんと設計すれば環境は変わりありません。電気にするか、ガスにするかはあくまでコストと熱効率の問題です。フランスは政策により電気のコストが安いのでガスよりも電気がいいということになる。しかし、日本はあるレベルを超えるとぐんぐん電気は高くなります。ただ、ガスにしてもコントロールには電気が欠かせませんから、要は適材適所ということになるのです。

――安全性についてはいかがですか。

働く側としては電気の漏電が一番怖いですね。ガスで怖いのは爆発ですが、厨房内で起こりうる可能性としては非常に低いですから。ガス漏れに対しても何重にも安全装置が設けられていますが、電気の場合はブレーカーだけです。また、電気をオンオフするマグネットの容量が大きいので、溶着し通電しっぱなしになる場合があり、それによる火災もあります。

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