自家農園を持ち可能な限り自給自足の食材を使った料理を提供することを信条とする料理人のことをシェフ・コンタディーノ (農民シェフ)と呼びます。究極の地産地消とも言えるこのスタイルはイタリア料理界ではカテゴリーの一つとも言えるほど浸透しています。
「料理ができる農民と畑を耕す料理人に勝るものはない」と言うのは、プーリアでシェフ・コンタディーノの先駆けとなり、今でも代表的なシェフの1人として活躍するペッペ・ズッロ氏。
彼が毎年主催するシンポジウムに参加してきました。
東京、紀尾井町テラスに支店のあるアンティキ・サポーリのオーナーシェフ、 ピエトロ・ヅィート氏も師と仰ぐペッペの元には、日本人料理人も今まで何人も修行に行っており、その多くが日本で活躍中です。
彼の”帝国”とも言える施設は、畑や森に加えて、レストラン、宴会場、会議場、クッキングスクール、ホテル、ワイナリーとガストロノミー・ツーリズムのすべての分野をカバーしています。彼の出身地である人口3000人ほどの山間の街、オルサラ・ディプーリアは、プーリア州とカンパニア州の県境にあり、プーリアの州都バーリからもカンパニアの州都ナポリからも車で2時間ほど。周りは農地が広がりアクセスするには公共交通機関ほぼないのでタクシーか自家用車しかありません。オルサラと言えばペッペ・ズッロというほど小さな街の名前を知らしめた功績は多大なものがあります。この僻地とも言える場所に何度もわざわざ足を運ばせるだけの魅力がここにはあるのです。
もちろん彼の”帝国”は一朝一夕に築かれたものではありません。アメリカやメキシコで料理人として働いた後故郷のオルサラに戻ってきたのが80年代。40年の歳月をかけて今があります。今でも常に新しいことに挑戦し続ける彼のバイタリティとマスコミ、行政、市民、農民など多くの人々を巻き込んで進化し続けることを可能にするカリスマ性は真似できるものではありませんが、学ぶべきことはたくさんあると思います。
今年のシンポジウムのテーマは「CIBO e ARTE」(Food and Art、食べ物とアート)。ペッペ曰く、「食べ物もアートも人が生きてゆく上でなくてはならないもの」。今回のテーマは彼が所有する元留置所の建物を提供して友人のスイス人コンテンポラリーアーティスト、Andreas Luhi (アンドレアス ルーティ)氏の美術館が開館されたことを記念するものでありましたが、大人たちが美術史家や評論家などの話を聞きている間に、地元の小学生たちには畑から収穫した野菜を素材としたアート制作をさせるというアイディアは秀逸で、その後みんなでペッペの料理に舌鼓を打つという楽しいイベントでありました。