世界遺産であるアルベロベッロの町は、日本人観光客にとってプーリアでは一番知名度の高い場所です。20年以上前から大手旅行会社の南イタリアツアーの旅程に組み込まれており、コロナ禍以前にはひと月100件以上の日本人団体客が訪れていました。
我が家の娘が高校生交換留学で日本に滞在した際に知り合った日本人高校生の女の子が、同じようにイタリアへ交換留学生として滞在していて日本帰国を前にアルベロベッロにイタリア人ホストファミリーと観光に来るとのことで、会いに行ってきました。そのお嬢さんはアルベロベッロまで車で5時間ほどの距離のアブルッツォ州、ペスカーラにホームステイしていましたが、日本のお祖母さんが以前イタリア旅行をした際、訪れたアルベロベッロが大変気に入り是非行った方が良いと勧められたと言っていました。日本から団体旅行で訪れたお祖母さんが初めて見たアルベロベッロとその十何年後かにそのお孫さんがイタリア留学中にホストファミリーと共に地元に住む友人に案内してもらったアルベロベッロは、遠目では同じように見えてもそれぞれの心の中に残る思い出としても、お土産屋さんに並ぶ商品の内容なども、色々な意味で全く違うものだろうなと想像しました。
久しぶりに行ったアルベロベッロには、円安のご時世にも関わらず日本人団体観光客が戻ってきていました。日本人以外にもイタリア国内、ヨーロッパ各国、アメリカなどからの旅行者での賑わいはオーバーツーリズムとまでは言わないまでもプーリア全体の観光産業の隆盛を示すには十分な様子でした。
17世紀からのグランドツアーに始まる観光立国としてのイタリアの歴史の中で、プーリアが”発見”されたのは極最近のことです。それは南東の端に位置するプーリアまでヨーロッパの主要都市からの距離が大きな要因だったと考えられます。鉄道や高速道路の発達に伴い1960年代には海岸沿いにファミリー客向けの大型ホテルが立ち始めました。テルメと呼ばれる湯治、保養施設的なホテルやリドと呼ばれる日本の海の家のようなビーチ施設(貸パラソル、長椅子、シャワー設備、軽食などのサービスを提供する)が出来始めます。それが、21世紀に入りLCCが増えたことでアクセスが非常に良くなったので、プーリア全体へヨーロッパ各地やアメリカから人が押し寄せるようになったのです。
現在では、ラグジュアリーなホテルもたくさん出来ていますが、それ以上に貸別荘やB&Bが増えています。旅行者は単に観光名所を見物することやビーチでのんびりすることだけでなく、一歩踏み込んだ「体験プログラム」を求めるようになってきました。プーリアの観光の今後の課題は、いまだに夏3ヶ月間に集中する傾向の強い訪問/滞在者数を年間通じてに平すことと、滞在日数を増やすための「体験旅行プログラム」の内容充実だと言われています。
日本の観光庁から「観光地・観光産業における人材不足対策事業」の二次公募が開始したとお知らせが来ました。それを見るとAI、ロボット、システム導入など機械的なものへの設備投資に対する事業支援とのことです。機械で補える部分は大いに活用すべきだとは思いますが、人が足りないから機械で補うのではなく、観光業に人が集まる仕組みを作ることが大事なのではと感じます。人間でしか伝えられない「体験プログラム」を作るためにお金を費やすこと、観光業に従事したいと思う人を増やすことにお金を費やすこと。「教育」というのがキーワードだと強く感じます。