今回はハンバーガー大学のお話をしましょう。ハンバーガー大学というとみんな笑います。ハンバーガーを作ったり売ったりすることを教えるのに、大学なんて大げさな、と思うのでしょうね。
ハンバーガー大学は飲食業の経営マネージメントを教えるのです。米国のハンバーガー大学の授業の一部は、大学の単位にもなるのです。アメリカのハンバーガー大学の学生は、ハンバーガー学の学位、または1,600の米国のカレッジや大学で準学士号または学士号を取得するために、最大23単位を取得できるのです。
私もハンバーガー大学で教えた経験があるし、シカゴ本社のハンバーガー大学の授業に20回以上参加していましたし、マック卒業後、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科(MBAコース)や関西国際大学で教授を務めたのでその違いがよくわかります。
私がマック卒業したのは30年ほど前ですが、そんな昔の施設でも、今の日本の大学の施設よりも立派でした。
ハンバーガー大学の店長向けのA.O.Cというコースは店舗向けですが、その他に色々なコースを持っています。その中で私が優れていると思ったコースが2つあります。マーケティングHUとプレゼンテーション・スキルコースの2つです。
マクドナルドは各コースを大学や研究機関に相談し、わかりやすく設計しています。凄いのは専門家のコースと思われていた職人芸を分析し、誰にもわかりやすく設計することです。
マーケティングHUは専門家の仕事と思われている広告宣伝のノウハウをわかりやすく、素人に教えるコースで、プレゼンテーション・スキルコースはハンバーガー大学で教えるプロフェッサーやトレーニングコンサルタント、フランチャイジーを指導したりする管理職フィールドコンサルタント向けのコースです。
まず、プレゼンテーション・スキルコースをご説明しましょう。
残暑の厳しい初秋のシカゴ・オヘア空港に降り立ち、イミグレーションと手荷物検査を素早く終えて、ターミナル前の指定されたバス停でマクドナルドの迎えに来たバスに乗り込みました。
乗客は私のほかに、色黒の小柄な美人一人でした。彼女はバスの運転手に何か話しかけたのですが、言葉が通じずあきらめました。私も横で会話を聞いたのですが何を言っているか全くわかりませんでした。外観や話す言葉から、フランス領のモロッコあたりかフランス植民地のアフリカ領だと思いました。
バスはシカゴ郊外の郊外にある、オークブルック市に向かいました。当時はまだマクドナルドの社員で全国統括運営部長だった私は、マクドナルド・ハンバーガー大学で開催される新しい研修を受けに行くところでした。日本から私のほかに4名ほどが参加する予定で他の都市を経由して向かっていたのです。
ハンバーガー大学というと、皆さんは大学とは名前だけで、たかがハンバーガーを焼くのを教えるだけの、なんて大げさな名前だろうと思うでしょう。
でも後に退職し、立教大学など数校の大学や、大学院で本職の教授として教えた経験から言わせてもらうと、30年以上前にもなるのですが、現在の立派な立教大学池袋校よりも、立派な設備と教育内容でした。
3代目の実力CEOのフレッド・ターナーが後世に残るようにとシカゴ郊外オークブルック市郊外の原生林に立派な本社を作りました。本社ビル2棟とハンバーガー大学1棟、ホテル1棟です。巨大な木が生い茂る原生林を保全するため、ビルの高さは森に埋もれるように3階建てで、地下2階を掘り下げて使っていました。
ハンバーガー大学とホテルは人工の湖を挟んで隣接し、長い橋でつながっていました。広大な敷地に点在する建物を移動するために小型バスを循環させていました。80エーカー(98,000坪)というちょっと小さめのゴルフ場クラスの敷地内には2つの人口の湖を作りました。池のレベルでなく湖のレベルの巨大な湖です。
創業者の、レイ・クロックと3代目CEOのフレッド・ターナーは大の釣り好きだったからです。晩年のフレッド・ターナーは、郊外のミシガン湖畔住み、冬にはカナダに巨大なサーモン・トラウトを釣りに行くのが楽しみでした。
天気の良い季節には、広い庭でビールとバーベキューを役員たちと楽しんでコミュニケーションをとります。私も当時時々参加し、フレッド・ターナーとビールを飲んだものです。
ハンバーガー大学隣接のホテルは簡易的なホテルでなく、地上2階地下1階の巨大な本格的なホテルでした。シカゴに本社を構えるハイアットホテル創業者と、レイ・クロックやフレッド・ターナーは昵懇の仲で、ホテルの運営を依頼していました。
地下には7コースの温室プールと巨大なジムを備えていました。ザ ハイアット ロッジ アット マクドナルド キャンパスと言い外部にも開放していました。
本社は先代のCEOイースターブルックがリストラでシカゴダウンタウンに2018年に本社を移転し、ロヨヤ大学等に売却検討していましたが、美容用品企業のJohn Paul DeJoriaに40ミリオンドルで売却したようです。ホテルはまだ運営しているようです。
移転前のハンバーガー大学
ハンバーガー大学の説明
2010年の施設の映像
1階の湖を眺めるスペースにはフルサービスのレストランと、カフェテリアを備えていました。もちろんバーも備えており、夜にはハンバーガー大学の受講生や、社員が会話を楽しめるようになっていました。
以前のハンバーガー大学はオークブルックから30分ほど離れた店舗横の小さな施設でした。宿泊施設は備えていなく、隣接した木造のモーテルに泊まっていました。それに比べれば、新しい施設は完璧でした。
さて、施設が素晴らしいだけではだめですね。教育内容がより重要です。マクドナルドのハンバーガー大学は店長以上の管理職向けの教育が中心です。ハンバーガーの作り方などの実務は店舗や地区本部で教えます。
今回の教育は新しいミッドマネージメント(次期経営幹部候補)向けの新しいものでした。マクドナルドの7,8割はフランチャイジーです。フランチャイジーは社会経験も豊富でありプライドもあります。そのフランチャイジー向けの教育指導は、直営店向けと異なるのです。
直営店の社員向けの場合、命令すればよいのです。でもフランチャイジーは独立した企業体でプライドもあるので、なぜそれをやるのかということを丁寧に教え、納得させる必要があります。マクドナルドの経営幹部やフランチャージ―を管理したり、ハンバーガー大学で教えるには、相手を納得させるプレゼンテーションスキルが重要なのです。
マクドナルドでは、全社員やフランチャイジー向けに2年に一回コンベンションを開き、新しい方針を伝えます。この中心になるのは、CEOを中心とした役員です。大勢の人を前に説明するには技術が必要です。それがプレゼンテーションスキルです。それを合理的に教える講座ができたのです。
マクドナルドで新しい教育方法ができると、まず、CEOなどの経営幹部から教え、問題点を修正し、だんだん下におろします。だから社員全員が教える内容を共有できるのです。よくあるのですが、新しい経営方法を社員に教えても経営幹部が理解しておらず、現場は違うよというと、しらけるのです。
早速新しいプレゼンテーション講座が開校されました。参加者のほとんど全員が英語を話せない、世界各地15か国から20数名集まりました。全員英語ができるわけがないので同時通訳が付きます。
最初に講師が説明を始めました。講師は人と人のコミュニケーションは、30%が言葉で残り70%がその他だというのです。全員「エー嘘だ」と思います。その他とは、ゼスチャーや、フリップチャーと、画像だというのです。
そしてプレゼンテーションの練習を始めます。何を説明したらわかりやすいかなどの内容の作り方から、フリップチャートなどのプレゼン資料の作り方、効果的なゼスチャーのやり方を学びながら、最初は通訳を入れプレゼンを繰り返します。
面白い技術の方法を見てみましょう。聞き手を引き付けるには相手の目を見ることです。話し手が聴衆の目をじっと見ることでこちらの話す内容に引き込むのです。でも慣れないと目を見るのが難しいのです。相手の目を30秒見るように言われます。でも最初は数秒しか見れません。
そこで大きな目を描いた紙を聴衆に持たせ頭の上に掲げさせます。プレゼンターは聴衆の目を一人ひとり30秒見ていきます。聴衆はプレゼンターが30秒見たと感じたら、紙を下ろします。これで30秒聴衆の目を見ることができるのです。
ハンバーガー大学は2つの講師陣に分かれています。開催の多いA.O.C.は店長向けでハンバーガー大学のプロフェッサーが担当します。店長以上のS.Vや統括S.V、運営部長などを担当するのは各リージョンから集めた実務に精通しているエリート社員です。次のリージョナルマネージャーや世界各国の経営を担う人です。
このミッドマネージメントで米国や世界各国の次期経営者人になる人を教え、相手の能力を知るのです。食事中も相手を判断します。お酒もたくさん飲ませます。そこで酔いつぶれたり、暴れたり暴言を吐いたら、将来のコースは消え去ります。日本では暴言を吐いても酒の上のことだと大目に見れますが、米国ではだめです。
さて、次期経営幹部候補向けの講座ですから待遇はよく、毎晩豪華な食事を有名人気レストランに出向いて食べます。そしてホテルに帰ると、全員が一部屋に集まりお酒を飲みながら懇親会です。その中心には例の色黒の美人が座ります。
自己紹介の際に分かったのが、彼女はなんと米国人で英語を話していたことです。
米国人と言っても、南部のアトランタ出身でひどい南部訛りだったのです。彼女が座の中心に座り、話し始めます。みんな頭をこっくりと頷くのでわかっているのか?と隣の米国人に聞くと、ぜんぜん分からないというのです。でも美人なので聞いて頷くというではありませんか。
でも毎日話していると訛りがわかるようになるのです。これもプレゼンテーションスキル講座ですね。講座は5日間です。最終日にはテストがあり、それを合格しないと卒業できません。
そのテストとは、自分の言いたいプレゼンテーションを通訳抜きで自国の言葉で行い、参加者全員が理解することだというのです、全員そんなこと無理だと思いました。でも最終日のプレゼンは全員合格です。
「人と人のコミュニケーションは、30%が言葉で残り70%がその他だ」ということを体で身に着けさせたのです。これがマクドナルドの素晴らしい教育です。
私は大学や大学院で教えましたが、このような教え方の説明は全くなく、このマクドナルド時代のプレゼンテーションスキル講座に助けられました。
マック時代の経験談
続く