マックのマニュアルその10

レストランチェック

 品質管理というと味の維持のために食材やスパイスの配合成分を詳細に述べたスペックで限られた人しか、閲覧できないようにして、味の秘密を守る。しかし、味の維持のためにはスペックだけでなく、製造工程を詳しく述べたマニュアルが必要になる。

 マクドナルドでは製造工程を詳しく述べたマニュアルをブラックブックblack bookという。1990年ころに開発された。食材やスパイスの配合成分を詳細に述べたスペックでは品質を維持できない。食材や原材料を製造メーカーが、どの供給業者からどのような状態でいれ、どの機械でどのように加工するか、異物混入や細菌検査方法はどうするか、などを詳細に決める。

 ミートパティのブラックブックblack bookのページ数は製品ごとに150ページにも上る詳細なものだ。その内容の一部は

001)トップページで原材料名と国、製造企業の加工工場名

002)製造手順 原材料 原材料製品名 メーカー名

003)原料製品規格

004)ブランド名(パッカー名)

005)食品添加物化学合成品リスト

006)食品添加物化学合成品以外リスト

007)賞味期限保証書

008)分析試験成績書

009)製造フローチャート

010)包装材管理シート

011)保管時パレット積み込み図

012)製品製造ライン平面図

013)使用機器関連リスト(機械名、製造能力、製造速度)

014)加工工場緊急連絡体制(会社における担当部署の電話、自宅電話)

015)毒物管理体制

016)毒物混入などの操作協力体制

017)工場組織図

018)工場防火防災管理体制

019)工場衛生管理組織図

020)週間、月間製造管理用紙(加工時製品温度、脂肪率、1個当たり重量、製造ケース数

021)パティ加工工程の状態

022)金属探知機記録

023)原材料検査法(原材料の外観、検出細菌種類と数)

024)各工程別作業基準(10工程)

025)原材料チェックシート

026)製品グリルテスト(店舗で使用する調理器にて)

027)製品テスト基準

028)工場各加工機器の細菌検査記録

029)異物混入対策

039)工場クレンリネスマニュアル(作業員衛生管理、屋内外衛生管理、加工機械の衛生管理)

040)工場サニテーションプログラム

041)加工機器メンテナンスマニュアル

042)作業開始前、終了時作業マニュアル

043)作業中と保管時温度管理

044)細菌別検査基準

045)官能検査法

046)包装材管理シート(工場内で使用するビニール包装などの色)

047)加工機器で使用する金属、プラスチック色形状

以上の詳細な内容で、これをもとに品質管理保証部(クオリティアシュアランス)が抜き打ちチェックする。

このブラックブックblack bookは極秘であり社内で詳細を知っているのは品質管理保証部(クオリティアシュアランス)の人間だけである。私は運営統括部兼機器開発部であったが、品質管理保証部(クオリティアシュアランス)に同期がいたのでよく教えてもらっていたし、閲覧もできた。加工工場もしばしばテストで訪問していたので工場長とも顔なじみであった。

 ブラックブックblack bookの内容を部外者が詳細に知らなくてもよいが、その存在を知っていれば異物混入時に的確に対処できる。

 2014年の年末に異物混入が発覚し、正月早々に社長不在の中で役員2人が記者会見し、品質管理のブラックブックblack bookの存在を知らないために動揺し、マスコミに批判を浴びた。

ブラックブックblack bookの存在を知っていれば適格的に説明することができたのに残念である。クレーム件数や内容も社内で公開し月次年次報告をしているのにそれを知らずマスコミに不信感を抱かせた。

その時の詳細は

マクドナルドで異物混入が相次いでいた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150107-00000006-wordleaf-soci

A)「チキンマックナゲット」へのビニール片混入

1)2015年1月3日の青森県三沢市店舗

 青いビニール片でタイの製造工場と思われるが、工場で使っているビニール片を日本に送り、チェックする。

2)2014年昨年12月31日の東京都東陽町の店舗

 乳白色のビニール片が混入していたが、ビニール片は店舗で紛失した。また報告も上がっていない。

B)サンデーの異物混入

 2014年12月19日に福島県郡山市の店舗で起きた「サンデーチョコレート」へのプラスチック片の混入は、サンデーマシンの部品のようだ。

C)歯の混入

 大阪府の河内長野で2014年8月26日に起きた「フライドポテト」から人間の歯が混入していた。フライしていない人間の歯であるが、どこで混入したか明確に判明していない。

D)ホットケーキにアクセサリーの破片混入

 記者会見で、菱沼取締役はこの青いビニール片について、「青色の物質だったので、工場で混入した可能性がある」と説明。現在、工場内にある青い物品をリストアップして、何が入ったのかを調査しているという。

 マクドナルドの発表によると、2014年12月31日には、東京都内の店舗で、チキンマックナゲットの中に乳白色のビニール片が混入していたという報告があった。このビニール片は店舗で紛失したため、何だったかは確認できていないという。

菱沼取締役は「工場では着色されたビニールを使っているため、工場で混入した可能性は低いと考えている。店舗で混入したのかどうかをいま、調査している」と説明した。

 また、12月19日には、福島県の店舗で販売されたサンデーチョコレートにプラスチック片が混入しており、こちらは調査の結果、商品を作る機械の部品の一部だと判明したという。

 さらに、昨年8月26日に、大阪府内の店舗でマックフライポテトを購入した客から「プラスチックのようなものが入っていた」という報告があった。これについて、菱沼取締役は「あらゆる可能性を調査したが、どこで混入したのか、明確にはわからなかった」と説明。混入していたものを分析をした結果、「人間の歯ではあることがわかったが、フライをされた形跡はなかった」と話した。

CEOサラ・カサノバ氏出張時の取締役による記者発表(マスコミは批判的)

http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/354152/

http://www.j-cast.com/tv/2015/01/08224805.html

サラ・カサノバ市の不在の件については別途述べましょう。

危機管理については

「失敗に学ぶクレーム対処術」という本を執筆しているのでご参考いただきたい。

 その本に詳しく書いているのだが、当時のグリドルの清掃の方法が悪く。研磨剤の金属片がハンバーガーに混入しお客様の消化器内で発見された経験がある。

  対策にはその数年が必要で、研磨剤なしで安全な薬品で清掃するようにした。

 その部分を紹介しよう

『私のクレーム処理最大の失敗は、異物混入のクレーム処理で、サラリーマンが絶対にやってはいけないこと、「社長を謝りに行かせる」でした。クレーム処理はあっという間に終了しましたが、問題が二度と発生しないような対策を二年間徹夜でとるという過酷な仕事が待っていました。

 私がスーパーバーザー(数店舗の監督、以下SV)時代のことでした。お客さんがハンバーガーを食べたところ、喉に針が刺さって入院しているというクレームが入りました。私はすっ飛んでいきました。

レントゲン写真を見ると、確かに喉に針状の金属が刺さっています。現物はステンレスの細い針で、よく見てみると、ハンバーガーを焼き上げるグリドル(フライパンの代わりに使用する厚さ三センチ、幅一・五メートル、奥行き〇・九メートルの鉄板)の研磨に使用するステンレス製の金たわしの破片でした。

清掃した後に綺麗に拭き上げ、さらに翌朝また丁寧に拭き上げてから使用するのですが、どこかにミスがあったのでしょう。

 当方のミスなので誤りましたが、病院に入院中の客は納得しません。「俺の商売は屑鉄商だ。鉄屑が喉に刺さって死ぬなら本望だ」と絡み出します。どうすれば解決するのかと聞くと、「偉いやつが謝りにこい」と言うではありませんか。しょうがないので上司でなるべく年齢の高い部長を連れていったのです。

 当時の会社はまだ日本進出4年目、店舗数60店くらいで、そんなに年齢の高い部長はおりませんでした。年輩の部長を連れていっても、客は納得しません。「どうしたらよろしいのでしょうか?」と聞くと、「もっと偉いやつを連れてこい」「でも、この上は社長しかいませんよ」と言ったら、「その社長、藤田を連れてこい」ということになってしまいました。

 まるでやくざのような言いぐさに困り果てた私は、故藤田社長(当時、2004年4月没)に行ってくれとお願いしました。まだ店舗数の少ない時代、藤田社長は「よっしゃ」と身軽に謝りにいってくれました。病院で揉めるかと心配していたのですが、なんということはありません。握手をして「がはは」という笑い声でクレーム処理は終了です。

  これで良かったとホッとしたのが間違いのもと、故藤田社長はそんな生やさしい社長ではありません。きっちりと「王君、ワシ、社長や、暇やないんやで」ときました。私はサラリーマンとしてやってはいけないクレーム処理をしてしまったわけです。

 そこで、責任をとって、金たわしを使わない清掃方法を開発させられることになってしまいました。

 マクドナルドに入社したての新人教育の際,グリドルの磨き方、シェイクマシンの洗浄殺菌(マックシェイクを作るアイスクリーム製造器)、フライヤーの洗浄、シンクでの器具洗浄などをやらされました。

マクドナルドを外から見たときにはすべて全自動の機械を使用しているように見えましたが、実際の作業は相変わらず前近代的な手作業だったのにはがっかりさせられていました。

グリドルをピカピカに磨いたり、器具洗浄を真夏にやらされたら、パンツまで汗びっしょりになります。新人アルバイトにやらせたら次の日には来ないという重労働でした。

 その新人のときのつらさと、客のハンバーガーに鉄屑が混入したクレーム事故が、私を清掃方法の改善に追い立てたのでした。幸いなことに、事故の直前、アメリカへの研修旅行の際に、マクドナルド店舗で使用している合理的な洗剤を目の当たりにして、それをヒントに洗剤で清掃する方法を開発することにしました。

 洗剤はアメリカのサンプルがあるから、それを洗剤会社の専門家に見せれば最適の配合をして、洗浄能力も優れた物を作ってくれると思ったら大間違いだったのです。アメリカと日本は水質が異なる。そのため、アメリカの配合成分をもとに日本の水にあった洗剤の開発をしなくてはなりませんでした。

  また、アメリカ人と異なり日本人は品質にうるさく、アメリカ製の洗剤の洗浄能力ではOKが出ないという問題にもぶつかりました。

アメリカの洗剤はグリドルの上についたカーボンを落とすだけで良かったのですが、日本の品質基準はたいへん高く、手作業で研磨剤を使い、鏡のようにピカピカになったのと同様の仕上がりでないとOKを出してくれません。

また、アメリカと日本の安全に対する考え方が異なっており、洗剤は少量でも残留する可能性がある以上、配合成分にすべて食品添加剤として認定されているものを使用しないと安全でないという厳しい要求が出てきました。

 私は洗浄能力などは何か汚れのサンプルを使用して、機械で自動的に計算できると思っていたのですが、どうもそうではないということがわかってきました。店舗の調理機器で一定量の調理をして作った汚れを研究所で再現することが不可能なのです。

つまり、店舗で実際に使用した後に機械の洗浄を行って評価しなくてはいけないのです。洗剤メーカーに「じゃ店舗で再現して清掃テストをしてよ」とお願いすると、洗剤メーカーは、「それは現場の作業を熟知している人がやらないといけないですよ」と言う、つまり、私にやれということなのです。

現場の作業を熟知している同じ人が作業をして、評価をしなくてはなりません。なんと、私が毎日清掃作業を行って洗剤の評価をするはめとなりました。

  当時の担当店舗は盛り場にあり、閉店時間が9時、10時、11時と異なり、清掃を一晩に3回もできます。そこで担当店舗を毎晩3店回り、グリドルの清掃作業をしました。実験と試作を繰り返すグリドルクリーナーの開発には2年間、しかも徹夜の作業が必要だったのです。お陰で洗浄作業は会社で一番うまくなってしまったのです。今でも目隠しをしても掃除ができるくらいです。

 しかし、洗剤ができれば終わりというわけにはいきません。他の洗剤のいろいろな問題も出てきて、すべての洗剤を開発する必要に迫られ、足かけ5年の歳月が必要でした。しかし、この洗剤の総合開発により、世の中に食中毒が増えた現在でも、事故を起こさず、完璧な衛生管理を行うことができているのです。

 クレーム処理というのは、その場の処理よりも、同じクレームを出さないようにするのにたいへんな努力が必要なのだと実感したのでした。

教訓

 よく、クレームに社長を出してはいけないといいますが、企業規模が小さく、経営者が決断力と度胸がある場合でしたら、社長自らクレーム処理に当たれば、簡単にクレームは収まるのです。

クレーム処理というのは起きてから処理していては問題の真の解決になりません。二度と同じクレームが発生しないように、清掃の方法を根本的に見直すなど地道な改善が必要だということです。

後日談 1

 グリドルクリーナーはあまりに良い洗剤で、特許が成立しました。特許は開発した洗剤メーカーが取得しました。もちろんこの洗剤の開発は私が担当しており、マクドナルド向けの専用洗剤でした。

ところが、この洗剤メーカーはグリドルクリーナーを競合のハンバーガーチェーンに販売していたのです。「それは契約違反ですね」と担当者に確認したら、「そんなことはしていません」と言いはります。

私は各チェーンに友人がおりましたから、店舗で洗剤を使用している写真を撮影し、メーカーを訴えることにしました。真っ青になった洗剤メーカーは他社に販売しないことを約束し、その証として特許をマクドナルド社に譲渡することになりました。

後日談 2

 グリドルクリーナーには、こびりついたカーボンを簡単に落とし去る能力があるのですが、アルカリ成分が高く、目に入ると失明する危険がありました。

そこで、使用する際には使い捨てのゴーグルを使用するようにマニュアルを設定し、教育に当たっていました。15年ほど無事故でしたが、ある店舗で、アルバイトがそのマニュアルを守らずにグリドルクリーナーを使用し、運悪く目に洗剤が入り、失明の危機に陥りました。

 これは、使用マニュアルを守らなかったアルバイトが悪いのですが、そのたった一件の事故で、会社は大事なアルバイトに万が一のことがあるような洗剤を使用してはいけないと使用を中止しました。それから、あわてて、安全な中性の洗剤を開発することになったのです。

教訓

 このグリドルクリーナーはよくよく問題があるのですね。クレームが発生してから、完全に解決するまでに足かけ20年ほどの日時が必要だったのです。』

マクドナルド時代の開発

マクドナルドの洗剤

http://sayko.co.jp/article/cyubou/95-03.html

http://sayko.co.jp/article/cyubou/95-04.html

 その他、異物が出ないようにシステムを改善してきた。私が在籍時代、1980年代後半には、店舗厨房には包丁・まな板は存在せず、缶詰も使用していない。包丁は歯が欠けて異物になるし、手を切るとブドウ球菌による食中毒の原因になるからだ。

缶詰の場合は缶詰の蓋を切る際に金属屑が発生するからだ。プラスチック容器を切るはさみや、ホッチキスも厨房には置いていない。ケチャップも切り屑がでる缶詰や、ガラス破片の原因となる瓶を使用せず、手で開けられるプラスチックなどの容器に入れていた。

以前はタルタルソースに入れるタマネギは店舗で刻み,混ぜていたり、チーズのスライスを電動カッターなどでカットしていたが、全て工場加工にした。

 異物混入では、洗浄用のたわしが原因の場合が多い。たわしは棕櫚(シュロ)や椰子(ヤシ パーム)の皮の繊維をほぐし、針金で束ねている。繊維や針金が容易に破損し、異物混入の原因となることが多い。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%82%8F%E3%81%97

そこで,耐久力の高い米国製のプラスチックたわしをテストし採用した。その他洗剤も,容器が大きすぎると飲料用のカップなどに入れ使用するので、誤飲しやすい。洗剤類は容量の小さな使い捨ての容器に変更した。

 それらの対策の結果、異物混入は古いデーターだが、1986年の2月で2件、通常は倍とクレームの中では少ない方だった。一番多いクレームはサービスで、異物混入の4倍ほどであった。

年間を通すと

接客クレーム53%

商品クレーム17%(異物混入含む)

店内清潔さ、近隣環境問題 クレーム9%

その他のクレーム21%

位であった。

 ある牛丼チェーンの場合

接客態度サービス クレーム  31%

提供時間、品間違え クレーム 23%

品質、具材の量など クレーム 19%

異物混入 クレーム      14%

環境、衛生問題 クレーム   13%

と,意外にも異物混入は少ないのだ。

続く

王利彰(おう・としあき)

王利彰(おう・としあき)

昭和22年東京都生まれ。立教大学法学部卒業後、(株)レストラン西武(現・西洋フードシステム)を経て、日本マクドナルド入社。SV、米国駐在、機器開発、海外運営、事業開発の各統括責任者を経て独立。外食チェーン企業の指導のかたわら立教大学、女子栄養大学の非常勤講師も務めた。 有限会社 清晃(せいこう) 代表取締役

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