日本の食文化をつたえるこのメニュー 第7回 ロールキャベツの新宿 アカシア(日本ハム広報誌 ロータリー2011年1-2月号)

新宿東口、スタジオ・アルタ(年配の方には二幸という旧名の方がわかりやすいだろう)の裏口から靖国通りに抜ける道に、1963年(昭和38年)に開業した老舗のアカシアという洋食屋がある。木を使った重厚な内外装を見ると高級に思われるが、売り物はロールキャベツの大衆的なお店だ。筆者は1973年7月から1年半、二幸にあったマクドナルドで店長として勤務していた。忙しい仕事で食事時間も十分に取れないし、ハンバーガーでは腹が持たない。そこで、二幸裏の従業員通行口前にあるアカシアのロールキャベツを食べに通っていた。
 席に着き、ロールキャベツ定食と言うとすぐにホカホカと湯気の立つ熱々のロールキャベツ2個の入った深いお皿とご飯が運ばれてくる。正式な名称はロールキャベツシチューとあるように、深皿にはたっぷりの白いシチューが入っている。スプーンで軽く切れるように柔らかく煮込んだロールキャベツとシチューをご飯にかけながら食べる。働き盛りの筆者にとって肉と健康的なキャベツを同時に取れるのは大変ありがたかった。しかも価格が当時のビックマックの250円よりも安かった記憶がある。
 その後、新宿を訪問することが少なくなり、しばらくご無沙汰していたが、最近またアカシアのロールキャベツを食べる機会が増えた。羽田第Ⅱターミナルと東京駅グランスタにお店を構えたからだ。羽田第Ⅱターミナルのお店は客席を備え、美味しいビールを置いている。しかも、値段は新宿とほぼ同じだ。筆者はJALを利用することが多いのだが、わざわざ食べに行く。
 一番利用するのは東京駅のグランスタにあるアカシアだ。ここは持ち帰り専門だが、ロールキャベツⅠ個400円と大変リーズナブルな価格だ。ロールキャベツ、ミートコロッケ、サラダを買って車内で食べるのが楽しみだ。ボリュームたっぷりだが、1000円でお釣りが来るというのはうれしい限りだ。
 今回はその筆者の大好きなアカシアを経営する有限会社アカシアの鈴木康太郎社長にお話を伺った。
 康太郎(こうたろう)さんの曽祖父の時代に羽田で果物の農園を経営してフルーツを作っていた。その鈴木家に嫁いだ祖母が横浜出身で洋食を身につけた洒落た方で、家で手造りのアイスクリームや洋食を作っていたという、食べるのが大好きな家族だった。
 康太郎さんの父の鈴木邦三(くにぞう)さんの兄・栄一さんが第2次世界大戦中、中国東北部で従軍の際に負傷し入院した。その病院の窓から白いきれいなアカシアの花を見て、帰ったらアカシアの名前をつけた店をやりたいと思ったことが店名の由来だ。
 終戦後に帰国した栄一さんは実家がフルーツを神田市場に納めていた縁で、フルーツパーラーを現在のバーニーズの場所に開店した(土地は戦時中に購入していた)。その頃から弟の邦三さんがコックとして仕事を手伝い始め、洋食の調理を身につけていった。その後、区画整理で現在の店舗の場所に移転し、1963年に祖母のレシピーを再現してご飯にぴったりのロールキャベツのアカシアとして開業した。
 現在でもアカシアは色々な料理を取り揃えているが、邦三さんは気の短い人でなるべく料理を早く出したいと思い、暖めておけるロールキャベツシチューに力を入れた。しかも普通の人がⅠ日3回も食べられるような日常的なレストランにしようと思い、価格をタクシーの初乗り運賃と同じ価格に設定した。開業当初のロールキャベツシチュー定食の価格は150円で、現在の価格は780円と、新宿と言う立地を考えると大変リーズナブルな価格に抑えている。
康太郎さんはアカシアのロールキャベツ人気の秘密を「煮込むことでキャベツの旨みが出るロールキャベツは、野菜が主体のシチューに仕立て、ご飯と一緒に食べやすいようにしている。肉は豚と牛の合い挽きにして、日本人の好みに合わせている。難しいのはキャベツが季節により味が異なることで、なるべく同じ味になるように煮る時間などを調整したり、キャベツの外側と芯との組み合わせの工夫をしている。」と語っている。康太郎さんはアカシアが開業した中学校時代から調理を手伝っており、独学で覚えた料理が大好きで、今でも新しい料理の開発に熱心に取り組んでいる。康太郎さんの弟さんも料理が好きでソーセージの製法を学びにドイツに行き、そのまま住み着いて現地でレストランを経営しているほどだ。アカシアのメニューに本格的なドイツ風のソーセージがあるのはその弟さん直伝のものだ。
 2代目康太郎さんの料理好きの血を受け継いで、3代目になる2人の息子さんがお店を手伝っている。長男の康祐(こうすけ)さんが羽田のお店、次男の祥祐(しょうすけ)さんが新宿で働いている。もちろん二人とも子供の頃から厨房やホールで鍛え上げたと言う鈴木家の伝統を受け継いでいる頼もしい3代目だ。

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