第3回「ホテル経営に必要な調理システムの科学的分析と改善手法」(日本ホテル協会日本ホテル協会会報誌)

宴会料理など同じ料理を短時間で大量に作らなくてはならなかったり、リゾートのように季節や曜日の繁閑の差が大きい場合に、従来のように人海戦術で作るようではコスト的に採算が合わないし、今後の人手不足の時代を考えると改善が必要だ。それに対応するために、最近では新調理システムが脚光を浴びているが、その定義するところが人により異なり、ホテル、旅館の取り組みにかなり差がある。現在のような厳しい経済状況ではそれらへの取り組みの差が経営にも大きな影響が出るだろう。調理システムは総調理長が選べばよいと言う時代は終わり、経営トップも自社に最も適した調理システム選定へ参加する必要も出てきたのではないだろうか。調理技術の変遷と、調理機器の分類と原理、を理解し、科学的な調理システムの導入をしていただきたい。

  1. 調理技術の流れ
  2. 調理→提供
  3. 調理→保温→提供
  4. 調理→冷凍→解凍→再加熱→提供
  5. 調理→冷凍→解凍→再加熱→保温→提供
  6. 調理→急速冷蔵→再加熱→提供
  7. 調理→急速冷蔵→再加熱→保温→提供
  8. 調理機器の分類と原理
  9. オーブンの欠点焼き物は、従来、食品の上下のヒーターで焼いていたが、この方法では、食品が空気に囲まれている状態のため、空気が食品の表面に沿って境界層という断熱材の役割をする層をつくってしまい、加熱にどうしても時間がかかる。高速で焼くために、この境界層を破壊しなければならない。そのために、加熱した空気を食品に吹きつけて焼こううという発想が出てきた。
  10. 温風を利用したオーブンこの原理は泡風呂と同じである。銭湯で熱い風呂に入ったときは、最初熱さを感じるが、そのまま我慢していると熱さを感じなくなる。横に他人がボチャと入ったら、また波がきて熱さを感じる。波が熱境界層を破壊することで、熱交換が活発になるからである。泡風呂では生ぬるくても体が良く温まるというのは、泡がその熱境界層を取り払い、速く体に熱を伝えるという現象が起きているからである。こうして、コンベクションオーブン(Convectionoven)が開発された。コンベクションオーブンは、食品の上下ではなく横から風速2-4メートルの熱風が吹き出す。オーブン内に上下に並ぶ複数の棚に食品を並べるため、上の棚にある食品から下の食品まで満遍なく熱風を当てるには、食品の上下からではなく横壁から食品に向けて風が吹き出す方法のほうが効率が良かった。より早く焼き上げるためには、風速を上げなければならないが、この方法では食品の形によって風が当たるところと当たらないところがあり、これ以上急速に加熱すれば焼けむらがでくるという欠点がある。
  11. エアーインピンジメントコンベアーオーブンこの問題を改善して性能アップしたのが、エアーインピンジメントオーブンである。インピンジメントというのは突き刺すという意味である。細い穴をオーブンのプレートに空け、食品に突き刺すように上下から風を吹き付けながら、入り口から出口までコンベアで移動させようというものである。この方法で、食品に熱風を均等に吹き付けることができるようになり、風速4-8メートルの高速の風を吹き付けても焼けむらができなくなった。また、食品は入り口から出口へ向かって一方通行で加熱されるため、その入り口と出口に配置された2名の従業員だけで大量に調理できる。ドアを空けて食品の出し入れをしたり、そのたびに電源を切るようなこともしなくて済む。忙しさが限界に近づけば近づくほど人件費率が下がり生産性が向上することになる。宅配ピザの分野では、このエアーインピンジメントオーブンを使ってピザを焼く。もともとFFの宅配ピザ用に開発されたものであり、この技術革新でドミノピザのような巨大な企業が生まれた。同時に別の食品も同じラインで加熱調理する事が可能になる。例えば、フライドチキンを工場でフライした状態で冷凍し、店舗でそれを解凍して、注文と同時にピザと同じ約5分という時間設定でエアインピンジメントオーブンの中に流すと、ピザと同時に出来上がるという仕組みである。このように再加熱にも使えるのが大きな特徴である。クックチル食品や調理済みの冷凍食品などに使われることが多くなってきており、ファミリーレストランなどの調理方法として使用されるようになってきた。
  12. 赤外線式コンベアーオーブンエアーインピンジメントオーブンは加熱した空気を吹き付けて焼くが、温度は最大でも300℃であり、焼けこげを綺麗につけるのには工夫が必要だ。そこで、上下に赤外線をつけた大型のコンベアオーブンで焼けこげを綺麗につける方式がある。
  13. スチームコンベクションオーブンオーブンの中で最も高速で他用途に使えるのがスチームコンベクションオーブン(Steamconvectionoven)だ。コンベクションオーブンに蒸気を入れるとスチームコンベクションオーブンになるという認識は間違いであり、実は全くの別物である。コンベクションオーブンは密閉容器ではないが、スチームコンベクションオーブンは密閉型であり、加熱蒸気を使用する。スチームコンベクションオーブンは、スチームジュネレーターで蒸気を発生させ、庫内に送り込み、庫内のヒーターまたはガスパイプでさらに熱を上げるシステムになっている。1気圧の大気中で1グラムの水を1℃上げるのに1カロリー必要であるが、それを100℃で気体にさせると539カロリーが必要になる。その蒸気の中に100℃以下の食品を入れると、表面が露結する。温度の低い食品の表面と触れた水蒸気によって、食品に539カロリーが伝わり、蒸気が液体に戻るのである。オーブンでは、この現象が連続して起こっており、水蒸気の蒸気潜熱539カロリーはその食品に集中して伝わる。庫内を水蒸気で満たしているため、熱伝達が最も速い厨房機器である。蒸気で加熱するため、焼け焦げが付きにくいというメリットがある。そのため、スチームコンベクションオーブンは、調理済みの食品を素早く再加熱するような場合により有効である。蒸気の中で焼くので食品中の水分が逃げず、歩留まりがよく味も良いというメリットがあるのでフランス料理などで高級調理器として使用されたり、高級和食の店舗で活用され出している。スチームコンベクションオーブンはメーカーによる品質の差が大きいのが現状で、実際に使用して確認してから購入しなくてはいけない。
  14. 小型の高速オーブンホテルなどでルームサービスなどの要望に早く答えるためにサテライトキッチンに調理済み食材などを置き、小型のオーブンで高速加熱する。電子レンジと温風を組み合わせた機器や、上下の加熱をクオーツランプで高速に加熱する機器、それに電子レンジを組み合わせた機器などがある。24時間のルームサービスをシェフなしで実現するためには有効な機器となる。この分野では今後小型のスチームコンベクションオーブンも開発されるので、食品に適した機器を選定すると良いだろう。
  15. 煙のでない焼機焼くという調理では、魚を両面同時に焼けるという注目すべき技術革新がある。もともと焼き物機はバーナーに汁が垂れると焦げつき、目詰まりを起こしてしまうため、上火で焼いていた。下火から焼くのは電氣ヒーターでないとだめだと言われていた。電氣ヒーターの表面は900℃ぐらいまでに上がるため、汁が垂れてもパシッと飛んでしまい煙が出ないからである。スーパーや焼鳥屋が電氣ヒーターを使っている最大の理由は、この煙が出にくいということである。ガスの場合は、下に赤外線のヒーターがあり、その上にガラスのかバーがかぶせてある。赤外線の上に直接汁が垂れると穴が詰まってしまうためカバーをかけるが、ガラスのカバーは600℃ぐらいにしか上がらない。そのため、汁がこびりつき、小刻みに外して掃除をしなければならない。煙も濛々と上がる。それが、100%の新鮮な空気を入れて完全燃焼させて高温にするブラストバーナーという新しい技術が開発された。これを下火に使うことによって、備長炭のように800-900℃まで上げることが可能になった。上火は赤外線で両面焼きをする技術だ。焼き物は現状の半分程の時間ででき、ドライにならずに奇麗な仕上がりになる。
  16. 遠赤外線式オーブン焼き物ではその他に遠赤外線ヒーターを使用する物がある。遠赤外線で食品の内部から加熱しようと言う物で、米国や日本で高速の調理用オーブンとして開発が進められている。あるレストランチェーンでは冷凍食品を全てこの遠赤外線オーブンで加熱して、フランス料理のようなコース料理をコックレスで提供できるようにしている。
  17. コンベアーフライヤー天丼チェーンではコンベアタイプのフライヤーで省力化を図り、2人の従業員が約1分30秒で約300食分を揚げられるシステムを完成させた。これは、先程述べたコンベアオーブンと同様に入れる係と出す係の二人でオペレーションが成立するためである。この機器を応用し豚カツなどのチェーン店が誕生している。多量の調理を素人でも一定の品質で行えるのが大きな特徴だ。
  18. ロボットフライヤーアメリカでは3-4年ほど前にオートメーションの機械を随分研究しており、自動化のフライヤーというのがでてきた。例えば、POSでオーダーを入れると、コンピューターでつながっており、バスケットに冷凍食品が入る。そしてフライヤーのところまでいって沈めて揚げる。時間が来たらバスケットを上げて油切り台に上げる。というところまで自動化された機種が開発され、すでに35、000ドルぐらいまで市販されている。そのメーカーによると、値段は高いが2年ぐらいで償却できるといっている。
  19. 圧力フライヤー揚げ物では、フライドチキンチェーンが採用している圧力釜タイプのフライヤーが有名である。この原理は1.85~2.0気圧の圧力をかけてフライすると、水の沸騰温度は116℃~121℃になり、肉の内部温度は90℃に容易に達する。その為に、骨からの肉離れがよい柔らかい肉質となる。食品を入れてから数分で油の温度は下がってくるが、火力は130℃位の低温を保つ程度の弱火で良い。その温度でも、水の沸点が116℃以上なので肉の調理は充分に行える省エネルギーの調理法でもある。
  20. 蒸気の出ない茹麺機通常は蓋がしてあり、茹でるときは、バスケットを入れるときに蓋が落ち、バスケットが下に入ると蓋が戻ってくるという構造のもの、これは、全体をテフロンで覆ってあるため、茹でているときも蒸気はあまりでない。また、メーカーによっては茹でていないときは加熱をしないというのもある。これは、麺を茹でていないときには湯がグラグラ沸いていないため、蒸気の発生を最小限にとどめている。
  21. 冷凍麺他に、冷凍麺の開発も積極的に行われている。スパゲティやうどんは冷凍の方が品質が良いといわれている。麺のコシというのは、中心部と外側の水分率の差が大きければシコシコ感が出るため、茹でてすぐが一番品質がよい。うどんやスパゲティは茹でる時間が長いため、回転率を上げようと茹で置きをする場合が多いが、麺の水分率が均等になってしまいグニャグニャ感がでてしまうのである。冷凍麺はアルデンテという状態のまま冷凍できるため、最良の方法であるといえる。しかし、茹麺機を麺が冷凍の状態で使用すると、負荷が大きく温度が下がってしまうという問題がある。最近では、食数が少ない場合は、蒸気で解凍する機種が出てきた。
  22. 冷凍麺用高速解凍機ある食品メーカーがドーナツチェーンの飯茶に麺を供給しているが、ここで当初最も困ったのが麺茹機である。冷凍麺を使ったが、調理にどうしても時間がかかってしまう。そこで、いままでのスチーム解凍機・麺茹機では約1分か1分30秒かかっていた調理時間を37秒に短縮できる機種を開発した。加圧した160-180℃の蒸気を吹きかける構造である。蒸気を吹きかけると食品の表面で露結して水っぽくなるし、水をとることで負荷が減る。そこで、下にバキューム装置を付けて脱水する構造にし、麺の加熱調理時間の短縮に成功した。
  23. 蒸気加熱の応用スチームコンベクションオーブンのところでも述べたが、スチームは蒸気潜熱が大きく、熱の移動も早く均等であるという特徴を持っている。米国ではスチーム加熱の調理機器が一般的であり、熱源をスチームジェネレーターという形で厨房の外部に出すことが可能で厨房の環境が良くなる。あるどんぶりチェーンでは卵綴じ牛丼を作るのに電磁調理で加熱しているが、最近米国で小型のスチーム加熱のケトルが完成され、日本のどんぶりチェーンなどで使用を検討されている。
  24. 温かいディスペンサーアメリカに液体のコーヒーディスペンサーがある。宴会のように大量のコーヒーを瞬時に提供する必要がある場合に品質が安定している。その開発をもとに、味の良いルー味噌を使用するみそ汁ディスペンサーがでている。その応用でラーメンのスープなどいろいろなスープができるようになってきており、厨房オペレーションも簡単になり、作りすぎによる食材のロスも削減されるようになった。
  25. ジュースディスペンサーコーラやジュースのディスペンサーも開発が進められており、アメリカやブラジルの濃縮のフローズンジュースを持ってきて使う方法が一般的になり出した。美味しい本格的なジュースを安価に飲めるというメリットがあり、急速に普及しだしている。アイスコーヒーやアイスティーは殆どの成分が水であり、缶のように運ぶのは重量と嵩が大きく、不効率である。そこでコーラのように濃縮原液の状態で販売する場所まで運び、そこで水希釈するというシステムが完成し普及している。
  26. 乾燥させない保温の原理料理を乾燥させないためには保温の際に必要な湿度を一定に保つ必要がある。湿度には絶対湿度と、相対湿度がある。絶対湿度(AH)は1立方メートルの容積の中の水分の含有量のことであり、g/m3で表す。相対湿度(RH)とはある温度での絶対湿度を飽和水蒸気量で割った物を意味する。一般的に湿度という時はこの相対湿度のことである。相対湿度が100%の状態を飽和という。飽和蒸気量は温度により異なり以下の表のようになる。
  1. 相対湿度の計算方法温度が70℃の飽和蒸気量は190g/m3であるがその時、95gの水が蒸気になっていると95÷190×100=50%となる。80℃で90%の湿度は225gの水が蒸気になっているわけであるが、この状態から70℃に温度を下げると、70℃の時の飽和蒸気量は190gであるので、余分の35gの水分は露結する。保管庫の扉に断熱の悪いガラスを使うと温度が低くなり、そこで露結が発生し、内部の湿度が正確でなくなる。正確な湿度コントロールをする保管庫の場合、庫内の温度差が無い事が重要である。以上の湿度の原理を理解して料理にあった保温庫を選定する。
  2. 直接加熱型+無加湿古くからあったタイプであり、庫内の上下にヒーターを入れ保温をする単純なタイプである。コストが安いが温度ムラが発生し易く、食品が乾燥してしまう。
  3. 熱風循環型+無加湿庫内を熱風を循環させ加熱する。温度ムラは無いが、食品の乾燥は早く短時間しか保温できない。製造が簡単で温度ムラが少ない為にクックチル等で調理済みの食品をパッケージした状態で、再加熱する用途として最近米国で開発がされている。また、ローストビーフ、ターキー等の低温調理の器具として使われている。
  4. 壁面加熱型+無加湿上記の問題点を解決するために庫内の壁面に遠赤外線などを発生させるようにして加熱するタイプである。庫内の壁の熱容量が多いため冷め難く、庫内の開閉の頻度が多くても庫内温度の回復が速いという利点がある。温度ムラが少なく、食品の乾燥は上記の機種より良いが、やはり乾燥する問題は解決できなかった。最近、遠赤外線を放射する棚を多段式にして食品の上下から柔らかい遠赤外線をあて、食品の内部まで温度を保ち、かつ乾燥させない方式が出てきている。乾燥させないためには専用の透明容器を使用している。
  5. 飽和蒸気加熱中華饅頭などを加湿保管する物である。内部の加温にヒーターを使用せず、蒸気発生器の作動を庫内の温度によりコントロールする物で、内部の蒸気量は飽和状態にあり、蒸し物以外には向いていない。
  6. 熱風循環型+自然蒸発型加湿<3>のタイプの欠点を補うため、庫内に水の皿を置き、熱風がそこを通過する時に加湿するタイプである。加湿量は外への排気穴のサイズを変更し調節する。構造が簡単であり、価格も妥当で最も普及している機種であるが、蒸発蒸気量を積極的にコントロールできないので、扉の開閉時に内部の湿度が全部出てしまい、庫内の湿度を正確にコントロール出来ないと言う欠点がある。また、温風循環タイプの場合、温風が食品の表面に当たると調理が進み、揚げ色が濃くなり黒ずんで乾燥し、肉質が堅くなってしまうという問題を抱えている。
  7. 接触加熱型+無加湿温風加熱タイプは温度ムラが無いという利点はあるが、扉の開閉による温度低下が激しいという問題点がある。その欠点を解決するのが、庫内の棚に加熱した液体を通し、そこに置いたトレイの食品を直接加熱するタイプである。このタイプの最大のメリットは、液体加熱であるので温度制御が正確に出来、棚による温度ムラが無い事と、棚内部の液体による熱容量が高いので、扉の開閉時の温度低下が少なく、温度回復が速い。また、単に調理済みの食品を保管するだけではなく、低温調理にも使用出来る。
  8. 熱風循環型+乾湿球方式相対湿度が庫内の温度と、蒸気発生器の温度でコントロール出来る事を利用して湿度を正確にコントロールする保温庫。複雑なコントロールが不要で比較的に安価に出来るが、温風を利用するために湿度のコントロールの幅が狭い。また、ドアーの開閉の時に失う湿度の補償が出来ず、開閉の頻度が多い場合は内部のドロアーに特殊な工夫が必要である。
  9. 壁面加熱型+コンピュータコントロール加湿ドアーが開くと蒸気は乾燥した所に逃げてしまい、それを補充するのに時間がかかる。センサー式を使用してもセンサーが関知するまでに時間がかかる。そこで温度と飽和蒸気量のグラフを使用し、庫内の容積に必要な蒸発水量をコンピューターにより正確に計算し蒸発させるようにしたのである。ウオーターバス方式を使うと湿度の調整の幅が狭くなるので、庫内の下にフラッシュヒターを置き、そこに水を点下し蒸発させる。これにより温度が60ー82℃の間で、湿度を0ー90%の範囲でコントロールする事が可能になった。ドアーの開閉による湿度の補償はドアーセンサーにより行うので安定して湿度を保つ事が可能である。
  10. クックチルの起源食品を効率的に生産しようとするならば、保存の技術は不可欠になってくる。1960年代にスエーデンのナッカという場所の病院で調理済みの食品を美味しく、安全に保存できる方法を研究した。当時は食品の保存法といえば添加物を入れるか、冷凍する以外になかった。病院食ということを考えると、保存料を添加することはできない。そこで調理後すぐに冷凍し、後に再加熱するという方法を選択せざるをえなかった。しかし、食品は冷凍と解凍の過程で細胞が変化し、味が落ちるという問題を抱えていた。それを解決するために、研究を重ねた結果生まれたのがクックチルだ。つまり、食品を真空パックして加熱調理し、そのまま急速に冷却、食品の冷凍点のやや上の温度帯、具体的にはマイナス2℃から0℃で保存するという方法である。必要なときはパックされたままの食品をそのまま再加熱し、開封して盛りつけるだけとなる。これにより、おいしい病院食を合理的につくることが可能となったのだ。こうした技術を開発する手助けをしたのが、真空パックのためのプラスチックパックを開発したクライオヴァックという包材メーカーだ。真空パック調理という方法に将来性を感じた同社は、安全かつ大量に調理し、保存するためにはインダストリアルな取り組みが必要になるとの結論に達し、米国の厨房機器メーカーに協力を求めた。そこでナッカシステムに味の低下を防ぐための低温調理など新しい技術が加えられ、現在のタンブルチラー方式のクックチルが開発されたのである。もちろん、その技術は基本的に安全に保存するために開発されたものだ。
  11. 真空調理の起源クライオヴァックは、同じように真空パック調理に可能性を求めていたフランスのG・プラリュー氏にプラスチックパックの技術を伝えた。プウラリュー氏のが抱えていた問題点は、高級食材であるフォオグラのパティを調理するときに従来の方法では歩留まりが悪く40%もの重量ロスがあるというものであった。そこでパティを包装してから調理すれば、味も良いし、重量ロスがないのではないかと考えたのである。フランス料理の古典的な調理方法に油紙に包んで魚や、肉を焼くという方法がある。紙に包むことにより、食材の水分が余分に蒸発しないためおいしさが閉じこめられると言う手法だ。しかし、それは保存のための技術としてではなく、肉などのジュースを損なうことなく、しかもやわらかく仕上げる調理法というだということだ。このプラスチックバックにパティをいれ真空状態にして低温で加熱調理するとロスは5%にまで減少することに成功した。さらにプラスチックバックに食品をいれ脱気をし、内部に空気が残らないようにすることにより、食品中の油脂類が酸化せず、ビタミンの減少も少ないことを発見した。真空調理はさらに低温調理であるというのが大きな特徴だ。食品を加熱調理する目的は、肉などの蛋白質を凝固させ食べやすくするわけだが、蛋白質の凝固点は肉の種類により異なるし、野菜のセルロースを柔らかくする温度は肉よりも高いというように、食材により適正な加熱温度が異なるということだ。真空調理では美味しさを追求するために食品による加熱温度を変えており、それが食品を保存するための細菌コントロールとはやや異なるという点だろう。しかし、実際にはフランスでも認定工場で厳密な衛生管理、温度管理のもとで生産されたものだけは2週間まで保存が認められている。この方法はクックチルとほとんど同じ考え方である。これに対して、調理法としての真空調理では、店舗でシェフが行うため温度管理の厳密性に欠けるので、使用日を含めて5日間の保存期間しか認められていない。簡単な定義づけをするならば、レストランとして個店単位で行う真空調理などは調理法であり、保存法ではないと捉えておくべきであろう。
  12. ブラストチラークックチルは真空パックされた食品を加熱調理した後に冷却漕で水冷するタンブルチラー方式が本来のシステムである。しかし、この方式は包装設備はもちろん、加熱調理のためのクックタンク、さらに冷却漕といった大がかりな設備が必要だ。また、真空パックをするため、フライヤーで揚げたり、オーブンで焼いたりといった調理法は使うことができず、メニューの組立も限定される。そこで生まれたのがブラストチラー方式だ。これは従来の調理法で調理した食品をホテルパンなどに移してからラックに入れ、ラックごと冷風で急速に冷却し、氷温帯で保存するというものだ。この方式ならば、たとえばフライなど衣のある食品やステーキなど焼き目が必要な食品も保存できる。ただし、空気にさらされるため細菌汚染の可能性があり、保存期間は5日間とタンブルチラー方式の30-45日間に比べて極めて短くなっている。クックチルが最大のメリットを発揮するのは、給食施設がいくつもの場所に分散し、それぞれが調理設備を持っているような場合である。一カ所で集中的に加工、冷却、保存し、各施設に配送すれば、大幅な省略化が図れる。また各施設にも調理人は必要なくなり人件費の節約にもつながる。この施設の分散の度合いによって、タンブルチラー方式とブラストチラー方式のどちらを選択すべきかが決まってくる。ひとつの構内にセントラルキッチンそして給食施設が分散している場合は、ブラストチラー方式で十分カバーできる。ブラストチラー方式はホテルパンなど特殊な容器に入れて冷却し、そのまま運ぶことになっているので、配送は容器の回収を伴い、必ずツーウエイになる。さらに、それらの容器の洗浄という問題も出てくる。また、従来の調理機器で調理するだけでなく、再加熱の時にも同じ調理機器が必要となる。また、製造日と消費日を含めた保存期間は5日間であり保存法としてのメリットはあまりない。ブラストチラー方式でもっともメリットが生かせるのは、エアケータリング、つまり機内食である。機内食は調理から消費されるまで十数時間、場合によっては20時間近くかかる場合がある。冷凍すると味が落ちるから冷凍は避けたい。しかし、機内で食中毒が起こったら大変危険だから細菌管理はしなければならないということで、ブラストチラーというシステムを利用しているの。
  13. タンブルチラータンブルチラーの場合は、調理に工夫が必要となってくる。調理の方法はシチューや煮物などの流動物と、肉や野菜などの固形物では異なってくる。流動物の調理では、まずケトルの中で加熱調理し、82℃の状態を維持したまま真空パックする。それを冷却漕に入れ、冷水により1時間以内に4℃まで冷却する。一方、固形物の調理ではまず肉なり魚なりを真空パックし、それをお湯のタンクに入れて中芯温度が82℃になるまで加熱してから、冷却漕で同じように急速冷却する。ケトルで加熱する流動物の場合はそれほどではないが、固形物の場合は真空調理と同じ手法で調理することになるため、レシピの開発が大変になってくる。そのため普及に時間がかかっている。専用の設備やレシピ開発などが必要とはなるが、クックチルに本格的に取り組むというのであれば、タンブルチラー方式は絶対に必要になってくる。アメリカのクックチルシステムではタンブルチラー方式とブラストチラー方式の両方を組み合わせて使っているケースが多い。そして、大きな施設になるほどタンブルチラーの比率を増やしている。生産量が大きくなるとタンブルチラーでなければ生産性が悪くなるからだ。逆に小規模の施設ほどブラストチラーの比率が高まってくる。両者の分岐点は1日2、000食といわれている。2、000食以上生産する場合はタンブルチラー方式のほうが、2、000食未満ならばブラストチラーのほうが効率がよくなるわけである。とくに1万食規模になってくると9割以上はタンブルチラー方式にしなければ、効率的な生産は不可能だろう。
  1. クックチルの導入
  2. さて、クックチルを導入するときに気をつけなければならないのは、厳格な衛生管理が必要となる点だ。第一回目に取りあげたHACCPの知識を同時に導入しないと、大変な事故を起こす可能性があるからだ。調理の知識は必要だがそれ以上に食品製造工程的な科学的な管理が必要になってくる。ところが、こうした製造業的な管理技術が欠けているのが我が国の厨房だ。日本の場合、温度計とストップウォッチがない厨房が実に多い。これではクックチルに取り組むことなど不可能である。
  3. 科学的な調理システムの導入にあたっての調理教育システムの必要性。

現在のような厳しい経済状況の続く中、シェフの神聖なる調理場も合理化の必要性が出てきたようだ。調理場の合理化をする際に大きな問題になるのが調理現場の反発だ。その理由は、調理場で働く人間の目的が、生活のための仕事と、訓練のための仕事と2つ同時に持っているという点だ。従来の老舗ホテルの厳しい調理場に入る人間の目的は、将来優秀な技術者として独立するということだ。そうすると、仕事量が減る合理的なクックチルのような調理システムは彼らの目的とは反すると言うことだ。

この問題は、調理技術の習得が現場で見て覚えろと言うオン・ザ・ジョブ・トレーニング一本槍という前近代的な教育システムから発生している。仕事をしながら技術を身につけるのだから、合理的な仕事に反発するわけだ。
老舗ホテルが1店舗だけを構えている場合にはそれでも良かったが、チェーン化をする時代ではそのようなのんびりしたやり方では調理人の育成は出来ない。現場とは別に研修の時間や場所を設け、仕事を合理的に教え、早く技術を覚えられのだという安心感を与える必要があるだろう。

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