15年後にはスカウトされる人材(柴田書店 月刊食堂1995年4月号)

新人諸君!
15年後にはスカウトが殺到する逸材に
自己を鍛え上げよ

<英語は絶対に身につけておけ>

――新人諸君にはまだスカウトという言葉はピンとこないかもしれないが、10年後、20年後に他社から誘われるような人材になっていないと、実はいまいる会社でも使いものにならないということは頭の片隅で意識しておいた方がいい。こうした努力を怠ってきた人間は確実に整理の対象になる。リストラの話がころがっている現実の世界を見れば、何かを身につけなければサラリーマンも安泰としていることはできないことが理解してもらえるだろう。
では、“使える”フードビジネスマンになるためには何が必要なのか。それをどのように身につけていけばいいのか。今回は本誌で活躍するコンサルタントの王利彰氏に、将来スカウトされるような人間になるためにはどう行動すればよいのか、アドバイスをお願いした。


15年後にスカウトされるためには、かなりの勉強が必要です。ここでいちばん問題となるのは、営業部門に配属されたときです。飲食業ではこの部門が一番多くなるわですが、店舗運営ラインの人間は、いわば将棋の駒なのです。だから、専門知識が全然身につかないということもある。
私自身もずっと運営部門に属していたからよくわかるのですが、運営の勉強はいまあまり役に立っていない。いや、自分で商売するときには役に立つことは事実ですけれども、運営の勉強をしている人はたくさんいるのです。自分がいなくなっても、他の人で十分代わりがきく知識といってもいい。こういう人間をスカウトしても、メリットはありません。代わりのきかない専門的な知識を身につけているからこそ、他社は欲しがるわけです。

従って、入社後店舗の営業に回された場合は、営業の知識の他に専門的な知識を意識的に学んでいく必要があります。営業の知識があるのは当たり前であり、常にプラスアルファが求められるということを、まず心得ておくべきです。逆にそういう勉強をしておかないと、会社にとっても魅力ある人材とは映らない。15年後を想定してスカウトされるに足りる人間になっておかないと、たとえ現在勤務する会社に居続けたとしても、いずれは整理の対象にもなりかねません。現実に大会社などではそういう事態も起こりつつあります。専門知識は必ず必要なのです。

では、どのような知識を学んでいけばいいのでしょうか。チェーンを支えているのは店舗の営業です。しかし、営業活動を支えるためには、水面下の専門知識というべきものがあります。例えば、商品関係でいえば購買であり、品質管理です。いい素材を安く買う、それをどうやって保っていくか、これらについての知識を持っている人間は会社に何人もいません。つまり専門職なのです。専門の知識は飲食以外の場でも生きてきます。購買や品質管理の知識は、食品メーカーやスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどでも必要とされるのです。

一方、営業はあるフォーマットの中しかプロになれない。ファミリーレストランならファミリーレストランのオペレーションの中でしかプロになれないわけです。他社のオペレーションに参加して、そのまますぐに役に立つわけではないのです。 他の企業でも求められる専門的な知識としては、商品以外では以下のものが考えられます。

まず、開発業務関係。これは新商品だけでなく、新業態なども含まれます。店舗開発もここにいれていいでしょう。業種によって立地条件や規模が変わるだけであり、物件を探して交渉し、契約するというプロセスは全く同じだからです。次に、ハード関係。調理機器の開発や建設、さらにメンテナンスなども他の多くの職種と関連してきます。調理技術を含めて、ベーシックな技術関係はどのような職種とも共通していると考えていいでしょう。また、よく言われるように、経理・財務関係の知識も扱う数字が違うだけで、どんな商売であっても共通です。広告宣伝もまたどんな職種であってもやることは同様です。

また、今後要求されてくる専門知識としては、まずコンピュータ、POS関連が挙げられます。さらに、フランチャイズシステムについての知識もますます求められるようになるはずです。学ぶべきはこうした専門知識なのです。

最後にもうひとつ、絶対に必要なのは英語であることをぜひ付け加えておきたいと思います。

ただし、営業の知識は絶対に必要です。専門知識だけの人材をスカウトしても、営業の現場を知らなければ、空回りするだけです。たとえ専門職に配属されたとしても、営業の勉強は欠かせないのです。

<ノウハウを持つ人間は必ずしも偉くない>

—-しかし、勉強するということでは大会社に入った人間の方が有利ではないだろうか。きちんとしたトレーニングシステムもできているし、ノウハウもいっぱい詰まっているはずだ。王氏自身は1969年に立教大学を卒業後、父親の経営する飲食業に入社したが、ハンバーガー業を学びたいということから71年にレストラン西武に入社。73年には日本マクドナルドに入社し、92年に退社するまで20年近く勤めていたからこそ、コンサルタントとして活躍することができたのではないだろうか。

大会社だから幸運だった、中小だから勉強できないということはいっさいありません。大会社のトレーニングシステムはたしかによくできています。トレーニングの体型ができていて、きちっとプログラム通りに進めるという点では、大会社はたしかに優れているわけですが、それは裏返せば、いかに早く歯車の一員を育てるかというニーズから出来上がったもの、と考えることもできます。
専門職はすでにいるわけで、あとは明日からの店舗展開に必要な労働力を効率よく育てていくことが大会社にとっては必要なのです。各人をいい人材に育てようというのではなく、会社にとって都合のいい人材を育てるためのシステムといっていい。だから、大会社に入ったからといって、よい教育が受けられると考えるのは早計です。

また、大会社ほど教育の速度が遅くなることもあるということを頭に入れておいた方がいいでしょう。あまり昇進が早いと将来のポストに困るし、給料も上がりすぎるので、店舗展開の速度にあわせて時間のかかるトレーニングをする場合があるからです。これが逆に優秀な人材をスポイルしてしまうこともあるでしょう。大会社に入った人は会社の与える教育だけではなく、自分で勉強していくことが要求されるのです。

では中小の会社に入った場合はどうでしょうか。トレーニングシステムも体型もないという場合もありますが、これをアンラッキーと考える必要はありません。私に言わせれば、むしろラッキーなのです。何もないと言うことは、逆に何でも自分からできると言うことです。これはすごく勉強になる。私自身はマクドナルドに20年近く在籍しましたが、本当に勉強になったのはダンキンドーナツにいたときです。

71年当時、スタートしたばかりのダンキンドーナツには教育の仕組みは何もなかったといっていいでしょう。アメリカのマニュアルをもらい、アメリカの担当者が来て商品開発をやっていた時代です。いわば白紙に我々の手で絵を描いていったわけです。この経験は得難い勉強になったと私は思っています。大会社の場合は、いってみれば塗り絵であり、会社側が描いたアウトラインをなぞっていくことしか許されず、クリエイティブなことは認められません。その点、何もない中小の会社はサイズの規制さえもない全く白紙なのです。自由に描けることをまず幸運と考えてもらいたいと思います。

どんな小さな会社でも会社としてやっている以上、必ずノウハウを持っている人がいます。ただし、ノウハウを持った人は必ずしも偉くはない。ノウハウが会社に評価されない場合があるからです。だからそういう人をどうやって見つけるかということが大切になってきます。ノウハウのある人から直接学ぶのが一番いいからですが、その場合、必ずしも仲良くなって勉強すればいいというものではありません。喧嘩しながらでも構わないわけです。むしろそちらも方が刺激があって勉強になるという人もいるでしょう。私などもそのクチでした。勉強は自分自身が必要としなければ身につくことはありません。いかに自分にモチベーションを与えるかということが大事になってくるのです。

<マニュアルの裏にある莫大なノウハウを学べ>

—-なるほど、勉強するのに会社の大小は関係ないことはわかった。しかし、王氏の主張する勉強は、通常のトレーニングシステムでは会社が教えてくれないことを学ぶことであるようだ。むしろそちらの方が普通の勉強よりも難しそうな気もするのだが…。

店に配属されたら、まずトレーニングコースに則ってしっかりマスターすることが重要です。完全に頭にたたき込むことは最低限の勉強となります。そして、常にポケットにメモ帳とペンを持ち、習ったこと、疑問に思ったことをすべてメモしていくことが大切です。それを毎日整理し、集大成し、疑問点を先輩やトレーナー、店長、スーパーバーざーに聞いたり、マニュアルで調べていくのです。配属初日から約3ヶ月間、つまり最初の新鮮な気持ちのうちに疑問がどれだけ出るかが新人の15年後を決定するといっても過言ではありません。
マニュアルを読んでも、スーパーバイザーに聞いてもわからないのならば、社長に直接聞いたっていいのです。上司の立場からいえば、たとえ忙しくても真剣に聞いてくる部下は丁寧に扱うものです。逆にこれに応えてくれない社長ならば、15年も待つ必要はないでしょう。ただし、それでも2‾3年はその会社で一生懸命勉強した方がいいでしょう。最初の2‾3カ月で判断するのは早計に過ぎます。いい部分、学ぶべき部分は隠れている場合もありますから、会社を見渡せるようになってから決断すべきでしょう。

もうひとつ、勉強の仕方のポイントは、環境づくりです。まず自分を勉強する環境においていくということが大事です。これが一番難しいところかもしれません。というのは、これは上司の仕事ということもできるからです。

もし、勉強ができないような環境におかれたならば、自ら主張して部署を変わることを考えた方がいい場合もあります。私がレストラン西武に入社したときは調理技術を学びたかったのですが、厨房には配属されず、高級フランス料理のウエイターに配属されました。正直言って、ここでは勉強になりませんでした。しようがないなあと思っていたところ、ダンキンドーナツと提携したこともあり、担当者に強引に入れてくれと頼み込んだこともありました。これも勉強するための環境づくりなのです。

相談相手や仲間を見つけるということも環境づくりの上では大切なことです。私が恵まれていたのは、勉強する環境を与えてくれた上司と喧嘩相手がいたことだと思います。仲良しばかりで麻雀したり酒を飲んでいるのは時間を無駄にするだけです。同様に、優しい上司も役に立ちません。厳しい上司ほど下にいるときは辛いのですが、後でその時学んだことが必ず生きてくることがわかります。

もうひとつ、人のせいにしないということも大切です。言い訳をしていると、勉強する機会を失います。

あと、マニュアルを馬鹿にしてはいけません。マニュアルは単なる作業指示書ではなく、創業者をはじめとする各専門職のノウハウがびっちり詰まっているものです。1行のマニュアルを検証するためには、何百ページものデータを集めなければならない。マニュアルで表現されていることは、あくまで氷山の一角なのです。だから、マニュアルは徹底的に読みこなす必要があります。その時大事なのは、なぜそのように表現されているのか考えることです。

私はマクドナルドにいるときに、アメリカのマニュアルの内容検討をやらされたことがあります。その時、1行のマニュアルを日本人が理解できるように改訂していくために、膨大な検証を行っていきました。これはすごく勉強になりました。マニュアルを単純に鵜呑みにしてはなりません。疑問点、わからないところがあったら、先程のメモと同じように、必ず上司に尋ねてみて下さい。その時、マニュアルでは1行で表現されているノウハウを学ぶことができるのです。

<専門知識を平易に語れる人を大事にせよ>

—-まずは日常の作業の中から学べということであろう。ただ、これだけではその会社のことだけしか学べないのではないだろうか。もちろん、現在いる会社で勉強してかけがえのない人材になることが大切だということは理解しているのだが、外の世界も知っておかないと、世の中の蛙になってしまう危険性はないのだろうか。例えば、会社の中では専門知識があると思われていたとしても、他社ではすでに当たり前の知識になっているものもあるだろう。これではスカウトされるはずもないのではないだろうか。

もちろん、与えられているものだけ勉強していればいいわけではありませんし、会社内だけでの知識では不十分です。社外のデータを頭に入れていく必要があるわけです。
社外のデータで一番簡単に手に入れることができるのは新聞と書籍です。新聞は日本経済新聞と日経流通新聞は必ず読んでおかなければなりません。できたら日経産業新聞も読んでおいた方がいいでしょう。また、書籍ではいま手にしている月間食堂は必ず読んでおくべきです。柴田書店は食に関して様々な雑誌、書籍を出しているので、どういいうジャンルの雑誌や単行本があるのか把握しておくと、必要なときに本を探す手間が省けるので、図書目録は常に請求しておいた方がいいでしょう。

いい本屋を知っておくことも重要です。私は神田の書泉グランデ、銀座の近藤書店が本の分類がいいこともあってよく利用しています。休みの日には地域の書店を回って、使える店を把握しておくといいでしょう。

専門書や経済新聞を読んでいると、最初のうちは何が書いてあるのかさっぱりわからないはずです。これはお経と同じで読んでいくうちに必ずわかるようになります。また、難しいところや大事だと思われる部分には付箋をたてておくと、後々に探しやすくていいでしょう。

もうひとつ、社外のデータを集めるために必要なのは、社外のネットワークです。これには時間がかかります。というのは、こちらに専門知識がないと相手も認めてくれません。要するにギブアンドテイクができる関係でなければならないのです。新人のうちは難しいでしょう。専門知識が身につきだしたらということになります。

社外の人材の見つけ方ですが、私は技術に関しては社内よりも取引先に学んできました。その時有能な人材かどうか見極めるひとつの基準は、難しいことをわかりやすく話してくれるかどうかです。人にわかりやすく説明するにはたいへんな知識が必要とされます。こうして人材と出会ったら離れず学んでいくことが重要です。ただし、彼らが言っていることが絶対正しいとは限りませんので、先の付箋をたてた書籍などで検証していくことも忘れてはなりません。

競合チェーンを含めて、社内のネットワークを持っていると、たいていの疑問は電話1本で解決できるようになります。これは大きな財産と言えるでしょう。

あとこれからやらなければならないのはパソコンでしょう。パソコン通信などはデータベースとなります。例えば通信ネットワークのひとつニフティーには専門的なフォーラムがいくつもあるので、わからないことはフォーラムで聞くこともできます。

実は今年は外食産業のパソコン元年ともいうべき年で、多くの企業がネットワーク組織に着手しています。今年入社する新人諸君が幹部となる頃には、パソコンが使えない人間は肩たたきの対象になるかもしれません。

パソコンを勉強するにも、やはりノウハウがあります。まず、ブラインドタッチをしっかりマスターすることが大切です。これは言ってみればペンの持ち方と同じことで、正しく身につけておかないと、あとで大変苦労することになります。2週間でマスターできるソフトもあるから、それを活用してもらえばいいでしょう。ソフトの名前はここではあえて公表しません。必要な方はパソコン通信インターネットでメールをいただければお答えするということにしておきましょう。

私のニフティのIDはKYE04042です。インターネットのメールアドレスはoh@saykonet.or.jpです。インターネットの勉強のために我が社でWWWサーバーを立ち上げ、実際に接続サービス(所謂プロダイバー)も行っています。

最後になりましたが、レストランを見ておくことも大事な勉強です。見るべき店はいわゆる名声店や老舗、トレンド店、そして競合店です。名声店はジャンルに関係なく見ておく方がいいでしょう。10年以上営業を続けることができる店には、学ぶべき点がいくつもあるからです。

競合店もよく観察しておかなければなりません。自店にとって競合店は2種類あります。ひとつは競合他社の店舗であり、もうひとつは自社の店舗で繁盛している店舗です。競合店を観察するときは欠点を見てはいけません。いいところを見つけにいくことが重要ですし、相手先の店長と話をする必要があります。競合他社の店舗であってもそれは同じです。

最後に付け加えておきたいのは、常に知識の棚卸しをしておくことです。例えば、自分がいま退社したら何が出来るのか把握しておくことが大事なのです。自分の得た知識の目標をつくり、把握しておくことは忘れないで下さい。

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