先端食トレンドを斬る- PL法施行(柴田書店 月刊食堂1995年12月号)

PL法施行を契機に日本でも店舗の管理責任訴訟が起こる

<安全な店づくりを行っているか>

本年7月、製造物賠償責任に関する法律、いわゆるPL法が施行され、飲食店もその具体的な対策が急務となってきている。
もっとも、現時点で論じられているのは、表示義務など直接PL法にかかわる事柄が多いようだが、それ以上に考えておかなければならないのは、PL法の施行を機に訴訟を起こすのが当たり前になるのではないかという点である。いままで自分の不注意ということでお客があきらめていたクレームについても、店舗の責任を追及する動きが出てくることが懸念されるからだ。

狭義に考えれば、飲食店にとっての製造物は料理である。問題となるのは食中毒、異物混入、食あたりなどだ。

この中でいちばん事故が多いのは異物混入である。私の経験でも、食中毒より、異物混入による事故がはるかに多い。

グリドル清掃用の金属タワシが折れ、ステンレス屑がグリドルの上に残っていたのを知らずに、ハンバーグパティを焼いて出してしまったことがある。これがお客様の喉に刺さり、大騒ぎになった。そのクレーム対策に大変苦労したことがあって、グリドルの清掃方法を変更、グリドルクリーナーという洗剤でカーボンを溶かすようになった。事故の責任をとって私が開発したのだが、2年もの長い期間を費やした思い出がある。

また、先日あるスパゲティレストランに行って食べていると、料理の中から鉄片が出てきたことがある。何かと思ったら、タワシを束ねているワイヤーの切れ端であった。 機器の部分だけでなく、清掃する器具に使われている部品も、混入しにくいものにしておくべきである。

しかし、飲食店の場合、製造物による事故はそれほど多くないはずだ。つまり直接、PL法の対象になるケースは少ないのである。むしろそれより、店舗の管理に対する責任追及の方がクローズアップされてくるのではないだろうか。実際、アメリカでは外食に関する訴訟は、製造物、具体的には異物混入や食中毒についてよりも、管理責任についてのもののほうがはるかに件数が多い。

日本でもこの傾向は同様で、私の経験からいっても、店舗管理に関するクレームは大幅に増えている。

たとえば階段から転げ落ちた場合、私が外食の世界に入った25年前ならば、お客の不注意で済んだが、現在は店舗側が悪いということで、治療費や慰謝料を請求するケースが増えている。25年間にお客の権利意識が芽生えてきたわけである。

極端な話になるが、飲食店が関わる死亡事故としては、これまでは食中毒が考えられる程度であったが、今後は店内での転倒事故も想定しなければならない。

また、高齢者の骨折事故は家屋の中で起こるケースが多い。高齢化社会の進行とともに飲食店のお客も高齢化するわけである。骨粗しょう症が問題になってきているだけに、ちょっとした転倒で大変な怪我になってしまうこともありうる。

問題は、お客と店のどちらに責任があるのかという点だ。先述したように最近はお客が訴えるケースが増えてきている。ということは、店側がそうしたケースを想定して、対策を講じておく必要がある。具体的に言えば、店側はお客の安全を考えた店づくり、そして万全の管理を行っており、それが明確に立証できればお客の不注意ということで決着がつく。

もちろん、こうした事故はPL法の範疇ではないのだが、だからといって消費者が訴えないということはない。現在でも訴訟が起こっているわけであり、PL法の関連で権利意識が芽生えることで、より頻繁に起こると考えておいた方がいい。

飲食店の事故でいちばん多いのが階段である。日本の場合、デザイン優先で造られることが多いが、安全面の対策を整えておく必要がある。通路側がどれだけあるか、すれちがっても大丈夫か、手摺りがあるか、滑らないようになっているか。また、階段から転げ落ちた先にガラスのような危険なものがないか、ショックが吸収できるようになっているか、チェックする項目は階段ひとつとっても数多くあるはずだ。店舗デザインは、安全を第一に考えていく必要がある。

次に多いのが入り口のドアの事故だ。自動ドアの場合はとくに注意しなければならない。私も何度か経験しているのだが、たとえば閉まりかけたドアが顔に当たって怪我をすることが多い。それが女性だったら大変なことになる。センサーの照射範囲や感度をきちんとチェックしておくこと。そしてメンテナンスをきちんと行っておくことが必要だ。 駐車場の管理もきちんとしておく必要がある。子供が急に飛び出したりすることもあるからだ。これまでは駐車場内での事故はお客の責任で済んでいたが、これからは店側の管理不足を問われる可能性もある。ふだんから管理し、出入りには常に注意しなければならないだろう。

また、子供の遊具や玩具などを置いてある場合には、その遊具などが安全か確認する必要がある。もし小さい子供が対象なら、飲み込んでしまう可能性を考慮した玩具でなければならない。またプレイランドなどではルールの掲示が必要だし、さらに言えばルールがきちんと守られているかを常に確認しなければならない。大事なのは管理が行き届いているかどうかなのかだ。ルールを掲示しておけばいいというものではない。

もうひとつ、セルフサービススタイルの店舗でのホットドリンクの扱いにも注意が必要だ。ホットドリンクを運んでいるときにお客がぶつかってこぼしてしまうと火傷してしまうこともある。ファーストフードのように蓋をする、あるいはセルフサービスはコールドドリンクに限定することまで検討していかなければならなくなるだろう。

店舗の管理責任はお客だけでなく、従業員にも及ぶ。厨房はひとつ間違えば大怪我をしかねない環境だ。とくにフライヤーやグリドルの安全管理とそのための教育が徹底して行われているか、床面が滑らないようになっているかなどをもう一度チェックしておくべきである。店舗での従業員の事故はこれまで労災で済んでいたが、設計上の問題、企業の責任として訴えられる可能性もある。

あるいは、欠陥のある機器によって事故が起こった場合、PL法では製造メーカーの責任が追及されるわけだが、それだけでなく、十分な調査をせずに導入したということで、企業側の責任も問われることも考えられる。

同時に、マニュアルも安全面を考慮したものに変えていく必要がある。私がこの世界に入った頃は、火傷しながら覚えるんだ、と笑って済ませることができたが、これからは通用しないと考えるべきだろう。もちろん、強盗などの犯罪に対するマニュアルと指導も怠ってはならない。

<文書管理の体制を構築せよ>

欧米のような訴訟社会化を呼びそうなPL法の施工だが、国際化の流れの中では不可欠であると考えなければならない。PL法そのものは具体的な品質管理を述べたものではないが、製造物の安全性向上のためには研究段階、製造段階において、従来の日本的な品質管理だけでなく、国際的に通用する品質管理が必要だということを示している法律だと捉えるべきなのだ。
国際的な品質管理とは、具体的にいえば、EUコミュニティでのあらゆる標準化の中で、品質管理の標準化として生まれたISO9000の品質管理基準だ。ISOは日本では国際標準化機構と呼ばれる。日本からEUに輸出する製品は、すべてISO9000の規格に準じたものでなければならなくなっており、おもに機械などの製造メーカーはISOの規格を取得している。そのために、日本では機器メーカーの基準と思われているようだが、もちろん食品にも適用されている。

最近日本の魚加工業者の製品がEUに輸出できなくなったことが話題となったが、その理由は日本側がISO9000の主旨を理解できなかったためだと思われる。

ISO9000は、製品を設計し、供給する製造者の能力を立証することが必要とされる品質管理システムだ。まず、経営者は責任を持って品質に対する方針と目標及び責務を明確にし、文書化しなければならない。次に、その方針を社内全体に行き渡らせ、実践させなければならない。その他、品質管理システム、設計管理、文書管理、購買、製品の識別、工程管理、品質検査及び試験方法、不良品の管理、問題点是正の処理、取り扱い保管、包装、品質記録、内部品質監査、教育訓練、統計的手法など、20項目にわたる要求基準がある。どの基準にも共通して大事なことは、訓練、管理手法、方法を明確にし、文書管理をきちんと行うことである。

先に述べた魚加工業で問題になったのは、品質管理を立証する文書化ができなかった点にあるようだ。

もうひとつ国際基準として米国で用いられているのがHACCP(Hazard Analysis Critical Control Point)である。日本語にすれば、危害分析・重要管理点監視方式、事故防止品質管理システムというような意味になる。これは、食品の製造工程の管理状況に焦点を当て、発生する可能性のある危害を分析、予測して、起こりうる危害の優先順位をつけて、ポイントごとに管理していく手法である。

HACCPは1971年に、食品会社のビルスベリー社がNASAの宇宙食を安全に製造するために開発したものだ。宇宙船内で食中毒が発生することは、宇宙船が故障するのと同様に大変危険である。、というのがその背景にはある。

HACCPのシステムは、食品製造工程全体を管理し、絶対に問題を発生させないゼロディフェクトを保証するものだ。従来の食品製造コントロールシステムは製造後サンプルを抜き取り分析し、問題点を発見するものであったが、HACCPは問題が発生する前に問題点を発見し、欠陥を事前に改善するシステムである。

また、HACCPは、もともとは食品製造工場用に考案されたシステムだが、飲食業の調理システムの改善にも役に立つと評価され、急速に普及している。とくにAIDSの問題と大腸菌事件以来、導入するチェーンが増加している。最近ではジャックインザボックスの食中毒事件が契機となって、とくにファーストフード業界で急速に普及しており、店舗の品質管理はもとより、食材供給業者の工場における管理も厳しく行われている。

飲食業でのHACCPはセントラルキッチンと店舗の両方で導入されなければならない。 まず、メニューと使用する原材料を明確にし、予想される危険を分析する。次に、セントラルキッチンでの原材料の受け入れ時のチェックから始まり、各工程での品質に与える重要な管理項目を定め、それぞれについて管理内容を明確にしていく。最終商品に問題が発生したときには、重要管理項目ごとに問題点を明確にする。各重要管理項目ごとにしっかりしておけば、その先に品質の問題が発生することは少なくなる。つまり、商品の各工程において関所を数多く設け、問題商品が間違っても消費者に届かないようにする仕組みなのである。

具体的にいえば、原材料を受け入れる時点での温度、管理するときの温度、加工時の温度と時間など、細かい部分まで厳密にチェックし、そのチェックが厳密に行われているかを管理するわけだ。ここでも大切なのはきちんと文書管理しておくことである。

要するにきちんとしたマニュアルがあり、マニュアルに則って作業が進められているかということである。先に述べたような作業が煩雑だと感じるようでは、そのマニュアルは完璧なものだとはいえない。マニュアルとは、本来、製造工程の細部に至るまで言及されているべきものだからだ。

PL法の施行は、料理についてもここまで徹底した管理が必要とされる時代の到来を意味する。しかも、権利意識の芽生えを促すため、店舗管理責任という点からも、設備の大幅な見直し、改善が迫られることになる。

新たな投資が必要となり負担が重くなるという点で経営する側にとっては苦しいかもしれない。しかし、事が起きてからの損失賠償金などの金額的な問題だけでなくお客の信頼を失うことを考えれば、絶対に必要な経費と考えておく必要があるだろう。

強調しておきたいのは、結果主義でものを考えてはならないということである。食中毒が出なければいいというのではなく、それが出ないということを第3者に証明できなければならない。事故が起こらない仕組みを作り、それを責任を持って管理する体制をつくることがPL法対策の第1歩なのである。

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