厨房のパワーアップを果たせ(商業界 飲食店経営2000年3月号)
<<衛生管理、環境対応を徹底するキッチンの考え方>>
調理の目的は料理を美味しくするだけでなく、食中毒を防いで料理を安全に食べることでもある。数年前の堺市の大規模な食中毒の発生により、大規模な給食施設では調理の温度まで正確に定めるようになり、一般の飲食店でもより安全な調理ができるように心がけなくてはいけなくなってきている。
また、調理には大量のガス、電気、水道、食材、等を使用し、地球環境の破壊に少なからず影響を与えている。昨今の地球環境の破壊に対応するべく飲食店でも環境ISO14000を取得する動きも増加している。中小の飲食店でも衛生的で環境に対しても優しい、キッチンを考える時期にきているといえる。
1)衛生的なキッチン
衛生的なキッチンを作り上げるには、優れた調理機器と設備設計が重要な要素となる。まず、調理機器であるが、衛生的に優れた調理機器を使うことだ。衛生的に優れた調理機器を選定する場合には、各調理機器に必要な規格を満たしていなければならない。
<1>規格の現状
調理機器の規格とは、安全で衛生であるかという観点から定められている。安全とは使う人に危害が及ばず、食品を衛生的に調理できることとなる。多くの調理機器は電気とガスと水を使用する。電気を使用する場合は漏電すると使用する人に危険であるだけでなく、火災の危険があるので、漏電しないか、加熱した際の安全装置はどうなっているかの安全対策をチェックする。米国の場合はULという保険会社などが設立した機関が電気の安全性をチェックし、審査を通過した物にはULのマークをつけている。ガス機器であってもサーモスタットや安全装置などに電気を使用しているのでULの認可が必要になる。
ガス機器の場合はAGA American Gas Associationが安全対策をチェックし認定マークを発行する。ガスの場合にはサーモスタットがついているか、立ち消え防止装置が付いているか、サーモスタットが作動しない場合の過熱防止器はついているか、等をチェックされる。
労働者の安全を確保するためには、機械などの回転部分に手を挟まれたり、機械の裏側に手を切るような鋭利な部分が無いかなどをチェックする。これは政府機関のOSHA Occupational Safety and Health Administration で日本の労働省の労災部門にあたる。働く人の安全を守る規格だ。
そして、衛生を守る規格として、NSF National Sanitation Foundation 1944年創設がある。これも民間が設立した機関で、調理機器が衛生かどうかを認定し、認可した場合にはNSFのマークを交付し、機械に貼り付ける。
米国の調理機器の場合には、上記の4つの規格を満たしていることが条件であり、それぞれのマークを貼ってある調理機器を買えば安全である。また、開店に際しては日本と同様に保健所の検査があるが、検査官はそれらのマーク、特にNSFのマークのある調理機器を使用しているかどうかを検査のポイントとしている。
消費者、使用者の保護が進んでいる米国では以上のように合理的な審査制度を設けて安全性を保証するようになっている。日本でも下記のようにそれに対応する検査機関がありそれぞれ認定制度を行っているので、その認定を受けた調理機器かどうかを確認すると良い。ただし、日本では、業務用に関してはそれらの認定は推奨であり、必ずしも取得しているとは限らず、調理機器の選定を難しくしている。
電気、ガス、水道の、安全規格は米国と同様の規格があるのだが、肝心の衛生の規格であるNSFに関しては日本ではまだ制定されておらず、日本厨房工業会が現在作業中と言うことで、この面に関しては購入するユーザーが自分自身で確認する必要がある。
<2>衛生的な条件とは 規格が定められていない現状では、米国製(または同様の規格のあるヨーロッパの)製品を購入するか、NSFの規格を元に調理機器を選定する必要がある。ではNSFの条件とは何であろうか?
NSFの衛生管理の手法は日本で言われている衛生管理と同じ考え方に基づいている。
衛生管理の基本は
・細菌をつけない
・細菌を増やさない
・付着した細菌を殺す
の3原則だ。 この3原則を満たすと言うことがNSFの条件となるわけだ。
<細菌をつけない>
A)機械部品を分解、洗浄できるようにする
調理機器は食材に直接接する機会が多いので、調理した際に食材が調理機器の表面や内部に残留するとそこで食中毒菌が増殖するおそれがある。そのために食材と直接接触する調理機器内部や部品は分解し、洗浄殺菌ができなくてはいけない。
B) 機械表面に細菌が付着しにくい形状にする
接触した食材が付きにくいように、調理機器や部品の表面はなめらかであること。調理機器は溶接などを行うが、溶接した後はサンドブラストなどできれいに研磨し、食材が残留しないようになっていなくてはいけない。
C)食材に直接接する調理機器はステンレスを使用する
調理機器で食材に直接接触する部分にはステンレススチールでもSUS304という錆びない素材を使用する。日本では値段の関係でSUS430などを使用するが、水や食材にふれると腐食したら錆が出て、食材が残留する危険がある。
D) 調理機器や棚は床から15CM以上の高さをとる
調理場の床を掃除する際に撥ねが飛び、汚水が付着し食材を汚染しないように、床から15cm以上の高さになるように設計する。日本の調理機器は往々にしてこの高さをとっていないのでチェックが必要になる。
E)空調機器
衛生的に調理をするには調理器だけに頼るわけには行かない。調理場の温度環境も重要な要素をしめる。調理場の温度は夏場であっても26度Cに保たれるように十分な冷却能力を備えるべきだ。もちろんそうすると多額の設備コストとエネルギーコストが必要になるので、燃焼や排気の空気を外部から直接取り入れる、給排気システムを採用する。
F)ドライキッチン
いくら空調機器を増設しても、厨房の床に水が流れっぱなしでは、空調機器は正しく働かないし、湿度が高いと細菌が繁殖しやすくなる。作業中は水を流しっぱなしにしないドライキッチンを採用する。排水溝からは異臭や湿気がでるだけでなく、虫や、鼠が進入するので排水溝は最低限度にして、編み目のグリッドは使用しないで閉鎖する。
<増やさない>
A)冷蔵庫、冷凍庫
細菌を増やさないようにするには温度管理だ。5-60度Cの温度帯を危険温度帯という、細菌が繁殖する。この温度帯に食材を4時間以上放置すると(合計で)食中毒を起こすに十分な細菌数に増殖する危険がある。そのために原材料は速やかに冷蔵庫か、冷凍庫に保管する。そして、温度管理が容易なデジタル温度計をつけている物を使用し、冷凍品などを解凍する場合には、冷蔵庫で一晩かけて解凍するようにして、十分は冷蔵庫のスペースを用意する。
また、冷蔵庫冷凍庫はメインテナンスをしないと十分な冷却ができない。冷蔵庫のコンデンサーで熱を放熱するが、この部分は厨房内の油煙などで汚れ、込みが付着し冷却効果が低下しやすい。定期的に洗浄できるような構造になっている物が望ましい。
B)保温庫、保冷庫
調理した食材を保温する場合には、中心温度が60度C以上に保てる保温庫を使用する。保温庫には食材の中心温度をモニターするセンサーが付いている方が望ましい。サラダバーなどは5度C以下に保冷できるように十分な能力のある保冷庫を使用する。米国ではサラダバーからの食中毒の多発に対応して、保冷ショーケースの基準を厳しくしている。
C)ブラストチラー
最近はHMRは中食等という言葉で調理済みのお総菜を販売している店舗が増加しているが、調理済みのお総菜は、店舗での保管時間や、客の購入後の保管期間が長く、食中毒の危険が高いのでより注意が必要だ。総菜を販売するには細菌のコントロールが必要である。調理により食材を高温に加熱しても、食中毒菌は完全には死滅せず、ある食中毒菌は逆に活性化をする。その調理済みの食材を自然冷却し、常温で販売することは食中毒菌を繁殖させながら販売するという危険性を持っている。
お総菜は調理後直ちに、ブラストチラーという、高速冷却器で5度C以下に冷却し、冷蔵庫に保管しなくてはならない。
<食中毒菌を殺す>
A)正確な温度と時間管理
加熱調理に使用する、グリドル、フライヤー、オーブン、は温度むらが無く、温度計が正確である物を使用する。サーモスタットはデジタル設定と表示のできる物の方が誤差が少なくなるので望ましい。それでも、サーモスタットは誤差がでるのでそれを修正できるようになっていなくてはならない。
当たり前のことだが、調理機械の表示する温度が正しいかどうかを計測する、正確なデジタル温度計は店舗には必要不可欠だ。温度センサーとして、液体温度計測用、表面温度計測用、冷凍品内部温度計測用の3種類が必要になる。
温度の安定性は食中毒菌の管理だけでなく、美味しさにも影響するので、設定した温度に対して±何度で保たれるか。調理後温度が上昇しすぎないか、等を確認する。特に電気調理機器は加熱速度が速いがその分の温度が設定温度以上に上昇して、調理品質を低下させるので注意が必要だ。 フライヤーは油槽内の油が対流するので温度は安定しているが、オーブンは機種により上下の温度むらが生じ、やけむらがでやすい、購入前には調理を行い、確認が必要だ。グリドルも同様に、メーカー、機種、構造により表面温度にかなりのむらが生じやすいので、温度計で必ずチェックをしてから購入する。
なお、温度だけでなく時間管理も重要だ。機械に正確なタイマーやコンピューターが内蔵されているのが望ましい。スチームコンベクションオーブン等を購入する場合には温度管理だけでなく、時間管理が詳細にできる物が大事だ。
B)温度の回復力
グリドル、フライヤー、オーブンは正しい温度に保たれるだけでなく、素早い温度回復力が必要になる。フライヤーに冷凍食材を入れて調理すると温度が下がりすぎて、規定の時間内に食材の中心温度が安全な温度に達しないと言う問題を生じる。用途別に温度回復力が適合するフライヤーを使用しなくてはいけない。天ぷらなどは冷蔵の食材を使用するからそんなに温度回復力は必要ないが、冷凍食材を多用する店舗では温度回復力の早いフライヤーが必要だ。
また新品の内は温度回復力が高いが、使っている内に内部に油がカーボン化して付着して断熱材となり、温度回復力を低下させる。内部が清掃しやすい構造になっているかは重要な要素だ。また定期的にカーボンを落とすために洗浄しなくてはいけないがその際に沸騰しないで洗浄液を保つ温度コントロールができる方がよい。
電気フライヤーはバーンアウトと言って電気ヒーター部分を油から出した状態で、通電し外に着いているカーボンを焼き切る機能がないと清掃が大変なので、その機能を確認する。電気フライヤーの一部には電気ヒーター部分に効率をあげるようにアルミ材などを使用する例があるが、バーンアウト機能が使えないだけでなく洗浄剤により腐食するので注意が必要だ。
C)安全管理
サーモスタットで温度を設定する場合には、サーモスタットが壊れたときの安全対策としてハイミットコントロールが付いていることを確認する。ハイリミットコントロールが付いていても肝心のガス遮断弁や電気接点を共有していると、遮断しないので構造を確認しておく必要がある。
D)調理以外の殺菌
食器洗浄機は単に洗うという機能だけでなく、高温の湯で殺菌するという機能を持っているから、食器を使用する場合には必ず使用する。また、定期的に温度を確認してリンス温度が85度C以上になるかどうかをチェックする。 食器洗浄機はあっても調理用の器具や鍋、等を洗浄殺菌しないと食中毒を発生させる危険がある。大きな鍋釜を洗浄殺菌できるような大きさのシンクを用意するか、忙しい店舗では調理機器用の器具洗浄機を導入すると良い。
殺菌で忘れてはいけないのは包丁とまな板の殺菌だ。包丁の柄の部分やまな板の傷には洗浄殺菌しても菌が生き残るので、温度を85度C以上にかけて殺菌するようにする。専用の殺菌機があるのでその導入も検討する価値がある。スチームコンベクションオーブンがある場合にはそれで代用できる。
2)環境に優しいキッチン
環境に優しいという店では以下に対応した調理機器や設備を使用する
1.オゾン対策
エアコンや冷却機器はオゾンを破壊しない安全なフレオンを使用しているか確認する。それらの機械を入れ替えるときには単純に放置しないで専門の業者に依頼し、フレオンガスをきちんと処理してもらう。
2.地球温暖化
CO2の排出を削減するように配送車の合理化や燃料に見直しをはかる。中小の店舗では配送頻度があまり多くなくても良いように倉庫スペースや冷蔵庫のスペースを確保するべきだろう。冷蔵庫冷凍庫のコンデンサーは清掃がしやすい物を選ぶ。
省エネルギーの調理機器や照明、暖房施設の採用も検討する。よく、電気厨房がエネルギーコストが低いと思われるが、電気厨房は電気使用量を増加し、トータルのエネルギーコストを上昇させるので注意が必要だ。電気、ガスのそれぞれの長所を理解し、使用するという知識が必要になる。
調理機器の省エネルギー化よりも効果があるのは空調の効率化だ。衛生管理のために調理場に空調を利かせると、せっかく冷却した空気を排気ダクトから排気してしまい無駄になる。そのために排気分の空気を外部から直接吸入し、ダクトや調理機器の周囲に分散させ、冷却機器を通さずに直接排気させることで大幅な、空調費を削減できる。暇な際には使わない排気ファンは小刻みに排気量を調整するとか、使用しないような工夫も考えると良い。
電気調理機器そのものは熱効率が90%以上と効率が高いように思われるが、天然ガスや石油で発電する際の熱効率は36%前後と効率の悪い。ガス機器を選定する際には35%以上の熱効率の機器を使用すれば電気よりも環境に優しくなる。
日中の電気のピーク需要を下げるため、ガス冷暖房の採用などを考慮すとよい。場合によってはコジェネを採用すると(大量に湯を使う場合に適している)さらに効果的だ。
注、電化厨房
ヨーロッパ、特にフランスは80%の電力は原子力発電で調達されている。そのため、輸入の必要なガスや石油をなるべく使用しないように政策的に安価な電気代を設定しているためフランスでは電化厨房が多い。しかし、日本の原子力発電はまだ40%位であり、主力の発電手段は石油やガスに頼っている。電気の仕様形態を考えると、夏場の昼にエアコンの必要性でピーク電力を使用する。そのピーク電力に対応するために発電所を建設することはその他のアイドルタイムを考えると無駄であるので、ピーク電力をなるべく押さえるために、電力使用量が増加すると料金が増加する料金体系となっている。そういう価格構造の日本では電化厨房はエネルギーコストを増加させる要因になるので注意されたい。筆者は数社のファーストフード店舗の標準店舗の設計で全く同じ熱容量の厨房設備を設計したが、完全電化厨房の支払いコストはガスと電気の混合厨房の2倍近いと言う経験をしている。電化厨房を導入するには電気でなくては開業できないと言う規制がある場所か、すき焼き屋などのように客のテーブルで熱が必要な特殊な場合に限られるだろう。
3.森林減少
セントラルキッチンなどの徹底的な活用による店舗段階の生ゴミの削減や、店舗における徹底したゴミの分別とリサイクルをする。当然の事ながら再生紙の徹底した活用を行う。箸なども使い捨てでなく、塗り物の箸を使用するなどの工夫をする。
4.環境ホルモン
安全な使い捨て容器や洗剤の使用などだけでなく、建物などの建築資材までもダイオキシンやその他の有害な物質を拡散しない物であるかの検討をおこなう。
5.海洋汚染の防止
店舗からの油脂の排水を徹底的に押さえるために、グリーストラップや浄化槽のメインテナンスをきちんと行う。特に郊外型の店舗では、まずグリースとラップの清掃を真位置に行い、浄化槽は業者に依頼し定期的な点検が必要不可欠だ。
冷却機器などはなるべく空冷の機器を使用し、無駄な水を流さない。空冷機器のコンデンサーの熱が店内にこもってしまう場合は、リモートコンデンサーの冷却機器を使用する。皿や調理機器を洗浄するには自動洗浄機を使用した方が、水の使用量は減少する。
冷凍食品を流水解凍すると水の使用量が多いので、冷蔵庫のスペースを十分に取り、1日かけてゆっくり解凍する。
ウエットキッチンは水の使用量が多いので営業中は水を床に流さないで、ドライキッチンとし、それに適した清掃用具や洗剤を使用し最低限の水で清掃する。
6.空気の汚染
トラックの排気ガスだけでなく店舗の排気ダクトからの調理排煙が近隣のクレームの元になる。排気ダクトのフイルターを常に清掃したり、油のキャッチ率の優れた物を使用する。
7.騒音
トラックによる配送頻度を削減したり、配送時間を日中に変更する。また、客の駐車などによる騒音もあるので看板などの騒音に注意のお願いをする。
<<日米の厨房機器規格>>
米国で厨房機器を購入する際には、 NSF National Sanitation Foundation 1944年創設
調理機器の衛生面を中心とした安全規格
http://nsf.org/
UL Underwriters Laboratories Inc. 1894年創設
電気製品を中心とした製品の安全規格
http://www.ul.com/
AGA American Gas Association
ガス機器の安全規格
http://www.aga.org/
OSHA Occupational Safety and Health Administration
日本の労災に準じる働く人の安全規格
http://www.osha.gav/
(NAFEM 米国厨房工業会 http://www.nafem.org/)
日本の場合は 財団法人日本ガス機器検査協会
http://www.jia-page.or.jp/
財団法人日本水道協会
http://mmjp.or.jp/jwwa/
http://jwwa.or.jp/(検査機関)
財団法人電気安全環境研究所
http://intacc.je.jp/HP/jetqm/
(日本厨房工業会 http://www.jfea.or.jp/)
以上