先端食トレンドを斬る- 文化の違いを理解してからアメリカの料理を見よ(柴田書店 月刊食堂2004年11月号)

今回もアメリカの外食事情について述べていくが、その前にぜひ触れておきたいことがある。それは「味」の問題についてだ。本稿でも私はいくつかのアメリカのレストランを紹介してきたが、「アメリカの料理を本当においしいと思いますか」という質問を受けることが少なくない。そこで、この機会に日本とアメリカの味の違いについて触れておきたいと思う。

読者の中にも海外に視察旅行に出かける人は多いはずだ。その際、現地の料理を食べると「おいしい」という人と「まずい」という人と、必ずふた通りに分かれる。「まあまあ」という人はほとんどいない。全般的にいえば、まずいという人の方が多いだろう。

舌というのはもともと保守的なものだから、今まで食べたことのないものを口にすれば、おいしく感じられないということは大いにありうる。これは仕方のないことだが、経験を積むことでその国の味がわかるようになるはずだ。問題なのは「日本人の舌は優れている、だからこの味はおいしくない」と決めつけることだ。

日本は世界で一番食生活が豊かだという人がいる。なぜなら世界中の料理が集まっているからであり、ゆえに日本人の舌は世界でいちばん優れているというロジックなのだが、これは明らかに誤りである。世界中の料理が食べられるというのは実は嘘で、日本人の嗜好にアダプトしているのだから、世界中の料理に似たジャパニーズフードが食べられるという言い方が正解であろう。決して否定しているわけではない。日本人のための料理になっており、ビジネスとしても成功しているのならば、それはそれで正しいのである。但し、この味を尺度にして本国の料理をうまい、まずいと論じることはできない。たとえば、アメリカ人は朝から晩まで塩味のものを食べていて、味なんかわからないではないか、という意見がある。しかし、アメリカ人に言わせれば日本人は何でもかんでも醤油味で食べている、ということになる。

日本人とアメリカ人の味覚で大きく違うのは、肉や乳製品である。アメリカ人は肉を食べれば、その肉牛が何を食べて育ったのか、つまり資料の違いがわかる。グラスフェッドかグレインフェッドか、牛肉を食べればその違いを指摘できるのである。肉屋さんなど一部の人間を除けば、日本人にはこの違いはわからない。更に、醤油で味付けしたら違いは全くわからなくなる。では、アメリカ人が味覚に優れているのかというと、彼らには魚の味を判別することはできない。積み重ねてきた文化が違うのだから、これは当たり前のことなのだ。

アメリカの料理は塩分がきつすぎるという人もいる。しかし、調べてみれば摂取する塩分量にそれほどの違いはないはずだ。日本人は味噌汁や漬物でかなりの塩分をとっているため、料理は薄味になっているのである。また、アメリカのデザートが思いっきり甘いのも理由がある。日本では料理に砂糖を使用しているので、デザートの糖分は控えめの方がいいが、アメリカの料理は砂糖を使わないため、糖分はデザートで補う必要があるからだ。

視察の際には異なる文化、異なる生活によって生じる味覚の違いを理解した上で、海外の料理を食べるべきである。日本人とアメリカ人は味覚の基準が違う。それを理解せずにアメリカの料理はまずいと決めつけること、あるいはアメリカで人気の料理だから日本でもいけると判断することは早計にすぎる。テーマレストランを移植するときには「翻訳」が必要だと述べてきたが、味にも日本人の味覚に合わせて塩分や糖分を調整するという翻訳が必要なのだ。

<景気の回復で高級化路線へシフトが見られるアメリカ>

味の話はここまでにして、本題に入ろう。
アメリカは経済の面で日本より3年から4年進んでいる。もちろん分野によっては2年から10年の幅はあるだろうが、平均すれば3~4年ほど後を日本は進んでいると私は思っている。そのアメリカで、現在景気が沸騰している。もちろん、いまだに厳しいところもあるのだろうが、私がよく訪れるシリコンバレーでいえば、昨年12月には景気はまだどん底状態に近かった。ところが今年の5月に訪れてみると、半年前にはあまりに余っていた不動産物件が、今は1件も余りがない状態だという。
現在のアメリカの経済を索引しているのはコンピュータと通信産業だが、そのメッカでもあるシリコンバレーを中心に全米の大都市圏では急速に景気が回復しているのである。失業率にしても現在は5%を切っている。アメリカでは失業率が4%を切ると完全雇用の状態となるが、それに近づいているのだ。

こうした回復基調の中で伸びているのはステーキと、ホームミールリプレイスメント、つまり持ち帰りの分野である。景気がよくなったのになぜ家で食べるのかというと、共稼ぎで忙しいからだ。では、ステーキが急浮上した理由はどこにあるのだろうか。

トレンドとしてみれば、相変わらず牛肉の消費量は落ちている。ところがレストランの動向を見てみるとステーキチェーンの伸びが著しいのだ。但し、伸びているのはかつて隆盛をきわめたバジェットステーキチェーンではなく、もっとグレードの高いチェーン、具体的にはアウトバックステーキとローンスターという2つのチェーンがダントツに伸びている。アウトバックステーキはもともと南部を中心に展開しており、西部にはなかったのだが、先日シリコンバレーを訪れたときには、アップルの本社の真ん前にアウトバックができていて、すさまじく流行っていた。ローンスターもテキサスからスタートしたチェーンだが、今や全米に拡大中でレストランショーで出かけたシカゴにも出店していた。ちなみに利益の伸びは相変わらずローンスターが全米トップである。高級ステーキハウスとしては、モートンズも大都市への出店を進めているし、クリスステーキハウスも伸びている。

牛肉離れを起こしているとはいえ、アメリカ人にとってはやはりステーキはごちそうである。バブル崩壊後はブッフェスタイルで食べ放題のバジェットステーキチェーンが重宝であったのだが、景気が上向きになってくればグレードは高いがリーズナブルなステーキハウスで家族と食事を楽しみたいということになる。そのためアウトバックやローンスターといったチェーンが伸びているのだ。

こうした高級化路線は、アメリカのレストラン全体を通じた傾向であり、従来と同じ路線を継続しているチェーンは低迷している。これは日本のレストランにとっても示唆に富んだ傾向だといえよう。日本でもバブル崩壊以降はガストに代表される低価格路線がトレンドとなっているが、景気が上向きになったときにはアメリカと同様にお客の志向が高級化して、低価格路線から離れていく可能性が考えられる。もちろん現在はまだ景気も低迷しており、今の時点では業態変更は難しいが、景気が上がったきたときにはそれに合わせてグレードアップを図っていかないと生き残ることはできないのではないだろうか。

さらにいえば、高級化傾向は外食だけでの話ではなく、小売業の世界でも同様である。一世を風靡したウォルマートの成長力に疑問符がつくようになったのである。決して陰りが出たとまではいかないのだが、あのウォルマートにクエスチョンマークがつくほどに、アメリカでは全体の生活レベルがグレードアップしているのだ。とくにレベルアップが顕著なのは中流階級で、彼らの中ではウォルマートの品揃え、陳列は今一つだという声がちらほら上がるようになった。それに伴い、競争相手のちょっとグレードを上げた商品が徐々に売れはじめている。ウォルマートもマーケットを見誤れば危ないであろうといわれているのである。

アメリカ人は市況に対して実にシビアだ。現在成功しているのは市況に合わせて少しずつグレードアップしていったところであり、その典型がステーキレストランなのである。価格は20ドルから30ドルと、バジェットステーキに比べれば高いのだが、ボリュームはあるし、肉の熟成もしっかりしている。味と雰囲気をしっかり押さえた、まさにリーズナブルなレストランがアウトバックやローンスターというステーキチェーンなのである。

<エンタテイメントは不可欠の要素>

ステーキハウスのいちばんのメリットは単価の高さである。平均単価が高く、利益率も高いというのが特徴なのである。ローンスターがあらゆるレストランチェーンの中で利益率トップを続けているのも、こうした特徴があるからだ。
アウトバックもローンスターも非常にいい肉をリーズナブルな価格で提供している。商品そのものに十分な魅力があるのに加えて、両者ともテーマレストラン的な要素をしっかりと取り入れている点も見逃せない。たとえば、アウトバックならば映画「クロコダイルダンディ」で描かれたオーストラリアのイメージで統一し、カジュアルな雰囲気の中でおいしいステーキを食べさせる。一方、テキサス州旗の名を店名に冠したローンスターはその名の通りテキサスのステーキハウスというイメージづくりを行っている。店内に入ると、まずローンスターサルーンと名づけられた西部劇に出てくるのにそっくりなサルーンがある。サルーンに座るとすぐにウェイトレスが壺を持ってくる。中には殻付きのピーナツがいっぱい入っていて、お客は食べた殻を床に投げ捨てていく。だからカウボーイブーツを履いたウェイトレスがフロアを歩く度に殻を踏みしめる音が響く。その音と人のざわめきがBGMとなり、実にいい雰囲気を生み出しているのである。高品質のステーキではあるが、雰囲気はあくまでカジュアル。ネクタイは必要ないし、リラックスして食べられる。もちろんサービスのレベルも高い。どちらの従業員もフレンドリーだし、いかにお客に楽しんでもらうかを常に考えながらサービスにあたっている。

お客と一体になって楽しませるというのは、テーマレストランだけではなく、ステーキハウスでも必須の条件なのである。成功しているステーキハウスは、みなこの条件を満たしている。高級ステーキハウスのモートンズにしても同様である。モートンズにメニューはない。しかし従業員がステーキやロブスターなどの食材をドーンとテーブルに置くとそれを目の前にしながらものすごい勢いで喋りりはじめる。その内容はこれはどこそこでとれたものだとか、ステーキはどのように焼くのかといったもので要するに口上書きだ。ちょうど寅さんがタンカ売りをするのと同じ感覚である。これがこの店の遊びであり、お客にとっての楽しさになる。メニューのプレゼンテーションがショーなのだという考え方なのである。

私が個人的に気に入っているステーキハウスはブルックリンにあるピータールーガーという店だ。治安の悪い地区だけに何台ものタクシーに断られるが、それでも足を運びたくなるほど、このステーキは絶品だ。ステーキは塩と胡椒だけで味付けされたTボーンのみといかにも素っ気ないのだが、肉汁との絡みが絶妙なのである。何でうまいのかと店の人に聞くと「肉のよさと熟成だけ」という。地下に店と同じ広さの熟成庫を持っており、自家熟成させているのである。

ピータールーガーは平日も予約しなければ入れないし、予約しても1時間待ちはザラだ。ウェイティングバーはまるで通勤電車並みの混雑ぶりで、それを見ていると牛肉離れとは一体どこの国の話なのかという気もしてくる。とにかく、現在全米でアップグレードなステーキハウスがトレンドとなっているのだと実感できる。

日本でも来年から再来年にかけて、景気が戻ってくると予測される。その時には、やはりグレードアップした商品を提供できる体制が要求されるはずだ。リストラも行き着くところまで行っているようだし、景気が回復すると再び人手不足となり、人件費も高騰する。利益率の高いしっかりしたビジネスが必要になるのだ。その意味では今アメリカのステーキハウスや、前回取りあげたテーマレストランのトレンドをしっかり勉強しておく必要があるだろう。

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