チェーン本部をサポートする 飲食業の技術革新(商業界 飲食店経営2001年9月号)
「飲食業の技術革新」不安定なグリドルの温度を、いかにして一定に保つことが出来たのか
「チェーン展開を可能にする調理技術革新に必要な数量化」
調理技術革新に必要なのは味の数値化だ。調理人の熟練した技術と味覚で成し遂げる芸術だと言っていると調理技術革新は不可能だ。もちろん最終的な味付けの決定は調理人が行うのだが、誰が調理しても同じ味に再現できるように調理レシピーを定めなくてはいけない。
食肉の部位、重量、グレード、塩味、香辛料、甘味、アルコール類の量を決定する。ここで使用するのはg、ccと言う単位だ。そして、調理する手順を書き込めば、各料理のレシピーができあがる。この料理のレシピーや手順を明確にしているチェーンは多いのだが、調理に使う調理機器を指定している企業は少ない、ひどい企業になると店毎に異なる調理機器、例えばガスレンジ、オーブン、電子レンジを使っていたりする。ガスレンジやオーブン、電子レンジはどこの企業の製品でも同じだと思ったら大違いだ。同じメーカーの製品であっても型番が異なれば性能や火力は大きく異なる。調理レシピーで誰でも同じ調理と完成品の味を同じにするには、食品の品質、重量や調味料の重量だけでなく、どれだけの火力で何分間、加熱調理するかと言う調理機器のスペック指定をしなくてはいけない。
また、調理機器は車と同様の機器だ。特に最近の調理機器は車と同じく電子化しており、精密機械と同じだ。精密機械であるから購入後永遠に性能が保たれると思ったら大きな間違いだ。機械は消耗するし、性能も劣化する。時々調理機器の健康診断をして、性能の劣化をチェックしないといけない。それには調理機器の数値、つまりスペックを決めないといけないのだ。
ファーストフードやファミリーレストランで一般的なハンバーグステーキの焼き方を考えてみよう。FFやFRが成功した理由は給与が高く経営者の言うことを聞かない調理人を使わないシステムを考えたことだ。その仕組みを作り上げたのはセントラルキッチンや仕様書発注により下ごしらえをした食材を店舗で加熱調理する事と、経験と勘の必要だった加熱調理をサーモスタットとタイマーコントロールする調理機器でアルバイトにでも調理出来るようにしたことだ。
ここで重要なのは食材の下ごしらえと、自動の調理機器だ。調理人がハンバーグを焼く場合にはフライパンで焼く。薄フライパンでハンバーグを焼くと、温度が下がるので火力を強くし、焦げ目をつける。そのまま強い火で加熱を続けると焦げてしまうので、火力を弱くし、時々焼いている面の状態を見ながら、ひっくり返すタイミングを見る。全て経験と勘の世界だ。そこで、フライパンの替わりに厚い鉄板で加熱すると、鉄板部分に蓄熱するので、冷たいハンバーグを載せても急に冷める事がない。しばらくして鉄板の温度が下がれば温度計がそれを察知して、鉄板の下にあるバーナーにガスを流し、着火して加熱を開始する。このときに大事なのは設定の温度に戻るまでの温度回復時間だ。従来は目で見ながらガスレンジの炎の大きさを変更して温度の回復時間を調整していたのだが、炎の大きさつまり火力を一定にして、焦げないで温度回復が早く出来るようにするのだ。
日本マクドナルドが日本進出して今年で30年、本年の7月26日に店頭公開し、日本の外食産業で最大規模の会社となった。今でこそ、調理システムは完成されているが、30年前に日本に進出したときには問題だらけであった。その当時に入社した素人の筆者は、上記のグリドルなどの調理システムの欠陥に直面し、試行錯誤の改善を進めてきたが、そこで痛感したのは技術革新に必要な数値化と言うことだった。数値化というと専門の知識が必要だと思われがちだが、そんなに難しい知識や、測定機器は不要なのだ。では筆者の経験からどのように数値化をしていったかを見てみよう。
<ハンバーガーが焼けない>
大阪万博が開かれた70年代が日本でのファーストフードの夜明けであった。ケンタッキーフライドチキン、ダンキンドーナツ、ミスタードーナツ、マクドナルド等が続々と日本に上陸した。ファーストフードと同時にアメリカ製の機械が日本に導入された。
ダンキンドーナツが1号店を銀座に開いた時、大盛況でドーナツフライヤーの温度の回復が間に合わなくなった。当時は売上が高すぎるのが原因だと思っていたが、実は日本の都市ガスのカロリー、圧力が低い為、天然ガスを使用しているアメリカの仕様のままでは、売上の高いピーク時に必要な熱量が出なかったのであった。
マクドナルドは売上が高い為に問題はもっとシビアーであった。ピーク時にはフレンチフライを揚げるフライヤーに指を入れられるくらいに温度が下がってしまい、グリドルからは、湯気がほわーっと昇りミートパティを焼くというより蒸すというような状態であった。時間をかければ食品の温度が上がり食べられるのだが、低い温度で上げたフレンチフライは油を吸ってべたべたになるし、ミートパティは表面に焦げ目が付かず、香ばしい美味しさがでてこない。調理は単に火を通して食べられるようにするだけでなく、美味しくしなくてはならないのだ。それには適正な火力と調理時間が必要不可欠だったのだ。
原因を調べてみたら、日本は冷凍パティで最初からスタートしたにもかかわらず、グリドルをフレッシュミート用の温度リカバリーの遅いタイプを導入していたのである。問題が更に表面化するのは通常の2.5倍の大型ミートパティを導入する事になってからであった。フレッシュミート用の機器はサーモスタットが温度低下を感知するとガスバルブを徐々に開けていき負荷が最大になるとバルブの開度を大きくし供給ガス量を増やし、温度が戻っていくとガスバルブを徐々に閉じていき、オーバーシュート(加熱しすぎる)しないようにしてあり、温度の安定性は大変良いものであった。しかし冷凍の熱負荷の高いミートを焼くには温度の回復が遅過ぎた。さらに、温度センサーがグリドルの鉄板の下部に接触して取り付けられており、温度の感知も悪かったのだ。
そこで、冷凍用のグリドルを導入することにした。新型のグリドルは、サーモスタットセンサーをグリドルの鉄板内部に埋め込み応答性を早くしさらに、電気式のサーモスタットにし温度の低下を関知すると、ガスバルブを即座に開くタイプであり温度の回復の早い物であった。しかしながらこのグリドルを導入しても、ピーク時にはまだ焼けないというクレームが店舗から寄せられた。
当時のガス会社にいっても、業務用厨房に対する理解や研究はまったくなされておらず、ああーこんな資料がありますよと持ってこられたのが溶鉱炉の資料だったりする有り様であった。また、機械の技術陣も店舗建設で忙しく、運営担当の筆者が改善せざるを得なくなった。そこで試行錯誤で実際に機械を改良することにした。
最初にやらなければいけないのは問題点を明確にして社内全体に問題点を認識させることだった。社内の他の部門にグリドルでハンバーガーがうまく焼けないとクレームを言っても、それは売れすぎるからだとか、アルバイトの作業が下手だからと言って終わってしまう。実際にマニュアルで決められた温度と回復時間と食い違いがあると言うことを数値で理解させないといけなくなったのだ。
そこで必要になったのが、グリドルの表面温度を計測する正確な温度計と、温度回復時間を計測するストップウオッチ、ガスの消費量を計測するガス流量メーターだ。
温度計というと何でも良いように思われるが、計測に使用する温度計の仕様から設定しないと計測データーが異なってくるし、温度計の誤差もでてくる。そこで当時の市販の温度計を幾つか集め、最適の温度計を選定した。(後に温度計までスペック指定し、工場で筆者が精度測定を行った専用の温度計を作り上げたが、現在では精度の高い温度計が安価に市販されている。)次はストップウオッチだが、筆者は何時でも時間が計測できるようにストップウオッチ付きの腕時計を購入した。いわゆるクロノグラフと言う車のスピード計測に用いられる物だ。(おかげでオメガのスピードマスターやローレックスのコスモグラフのコレクターになってしまった。)次はガスの流量計だ。正確にガス計測をするには精度の高い専門のガス流量計をグリドルに接続して計測するのだが、当時はテストキッチンもないし、店舗グリドルにガス流量メーターを接続するスペースもない。そこで目を付けたのが料金の請求に使われるガスメーターだ。ガスメーターは流量計だが専門家は精度が低いという。しかし、テストの結果火力の強いグリドルの計測をするにはその誤差は問題のないレベルだった。大体、料金計算に用いるガスメーターの精度が低くては消費者は怒ってしまうから、ガス会社は精度の高い流量計を用いているのだ。
お店毎のグリドルの厚さ、面積は同じだから、お店毎のグリドルの入力、つまりガスの燃焼量が同じであれば問題ない。ガス流量計を使用する欠点は、計測する際に他のガス機器を使用していると、どの調理機器がどのくらい使用しているかが分からないので、営業時間外の深夜に他のガス機器を全て止め、グリドルに火をつけて、計測するのだ。火をつけて加熱するとすぐに温度上昇し火が止まってしまうので、1名がグリドルの上に水を流し、全体の温度が上昇しないようにコントロールする。そして、5~10分間の時間を決めてその間のガス使用量をガスメーターで読んで測定する。10分間のガス消費量が0.3立方メートルであれば、東京の天然ガス13Aの場合は1立方メートル11000kcalであるから、それに0.3をかければ、3300kcalとなり、それを1時間分に換算するために6倍すれば19800kcalとなる。つまりこのガス機器の1時間あたりのガス入力は約20000kcalと言うことになる。そのグリドルの規格入力が20000kcalであれば、ほぼ正しい。数値の誤差は10%以下であれば大きな問題がないが、それ以上大幅に食い違えばグリドルの性能が店毎に異なるわけだ。
ガス入力がグリドルのスペック通りであれば良いかというとそうでもない。グリドルに肉などの食品を載せると温度が下がり、それをサーモスタットが関知してバーナーにガスが流れて加熱を開始するのだが、そのサーモスタットの精度、グリドルへの埋め込み場所、ガスバルブの構造、等により、温度を関知してからガスが流れるまでの時間が異なり、いわゆる応答性が遅くなってしまう。
これを調べるには実際に調理をしながらグリドル鉄板の表面温度の安定性を調べるしかない。筆者がグリドルの改善が必要であることを社内に認識させるために、経営陣と技術者を引き連れ、売れる店舗でどんどんハンバーガーパティを焼きながら、グリドルの温度を計測して、問題があることを認識させた。グリドルの実用的な温度回復力を計測するには、店舗の最大売上時に温度が安定するかと言うことである。普通はグリドルの表面温度を180℃~190℃にしており、その上でハンバーガーパティを焼き上げ直後の温度を計測する。次のハンバーガーパティを焼き上げるまでに温度が回復すればよいのだ。そして、連続で焼き上げ、他のガス調理機器で連続して調理した状態(店舗で最大限ガスを消費している状態)でも温度が設定温度に回復すればよい。
ガス調理機器を深夜測定していると誰もガスを使用していないので、ガス調理機器に入るガス圧力が高く問題ないが、日中、他のガス機器を使用したり、近所の飲食店で同時にガス機器を使用するとガス圧が低下して、肝心のピーク時にガスの供給が不足する事になる。そのためにピーク時に肉を焼き上げ、温度計測をするのだがそれには膨大な時間と労力が必要になる。そこで考え出したのが、ガスレギュレーターの設置とガス圧の設定と計測であった。
ガスレギュレーターで、ガス圧を供給圧力の最低の圧力に設定しておき、深夜でもピーク時でも同じガス圧になるようにしておく。そうすればどんなピークでも一定の出力を確保できる事が分かった。そこで、ガスの圧力を深夜、ピーク時とに計測し、問題点をチェックすることにした。それに必要であったのは、ガス圧力を計測するガス圧計測器であった。ガス圧計測器と言うと難しい機械のように思われるが、単位はmmH2Oであり,U型のガラス管に水をいれ、片方をガスホースにつなぎ、グリドルのバーナー部分に穴をあけて燃焼中のガス圧力を計測すれば、ガスの圧力で水の水位が変動する。その差をmmに換算すればそれがガスの圧力となると言う簡単な道具だ。それを自作して、各店舗で深夜とピーク時のガス圧変動を計測すれば、ガス圧力の問題が分かるわけだ。
その当時のマクドナルドの大きな問題点はガスレギュレーターを備え付けていなかったと言うことだ。当時の調理機器メーカーは知識がなく、米国ガスグリドルについていたガスレギュレーターの意味が分からず装着していなかった。更に悪いのはそのグリドルを店舗に設定し調整する際にガス圧の高い深夜の圧力で設定するから(ガスを噴出するオリフィスの直径の大きさで設定する)昼間に店舗や周囲の飲食店で一斉にガスを使い出すと、規定の出力がでなくなり、極端な店は規定出力の半分くらいの能力しかなくなった。 これらの問題点を数値として提出したわけだ。ガスの入力、ガス圧力、温度回復時間、そして、ピーク時オペレーションのグリドル温度と商品の状態、等だ。そして社内に問題点を認識させ、次に、グリドルのスペック決定することにした。
グリドルの入力、サーモスタットの種類、ガスレギュレーターの設置と圧力の設定、ガスバーナーへガスを供給するオリフスの直径、それらのスペックをガス種類別に定めていったのだ。たったそれだけのスペックを明確にすることによりグリドルの性能は驚くほど安定し、品質が向上したのだった。
グリドルの性能の詳細については飲食店経営98年8月号、「実力SVへの道」や、筆者のホームページで見ていただきたい。
http://www.sayko.co.jp/article/cyubou/index.html
http://www.sayko.co.jp/article/syogyo/index.html#insyoku
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。