チェーン本部をサポートする 飲食業の技術革新(商業界 飲食店経営2001年1月号)
「フライドチキンの商品化」
売上げと利益を増大する調理技術革命はチェーン化を目指す外食企業が取り組まなくてはいけない必須の技術だ。筆者は店舗運営の仕事を主に行っていたが、同時に調理技術開発に常に関与していた。高いQSCを実現するためにはオペレーションだけでなく調理機器、原材料の開発は必要不可欠であったからだ。調理人が包丁を自分で研ぐのと同じく、自分で使う調理機器は自分で開発、整備し、使いやすい物にしないとならないのだ。このシリーズでは色々な技術改革をどのようにやるか、筆者の経験と失敗を元に具体的に見てみるつもりだ。
さて、11月号でフライドチキンの調理ノウハウを書いたが、実は筆者はフライドチキンの開発を担当した。その際に必要だったのは調理技術の開発であった。それも商品ターゲットのK社の商品を自社のオペレーションラインに適合するように作りかえることであった。
1)何故フライドチキンを開発したか=マーケティングがありきだ
気まぐれでフライドチキンを開発したわけではない、全てマーケティングデーターに基づいて開発したのだ。FFでは毎年顧客調査を行う。首都圏の任意の客を抽出し(店舗を使わない人も含む)、その人達の消費性向、嗜好、時点の認知度、利用度、競合の利用度、自社と競合の商品比較、消費者の欲しい商品、等を詳細に分析する。そうすると現時点での競合とのQSC上の問題点が明らかになる。当時の競合の強さは手作り感を持っているK社のチキンとM社のテリヤキバーガーであった。その結果米国でチキンナゲットを開発して爆発的なヒットとなったが、日本を含む東南アジアではより濃厚な味のする骨付きのフライドチキンのニーズが高かった。そこで、評価の高いK社の圧力釜で調理した骨付きチキンの開発を開始した。
2)フライドチキンのノウハウの解析
競合と同等の商品を開発するにはまず、調理ノウハウを詳細に分析するところから開始する。そして、競合と全く同じ手法で調理をして、同等の商品を作るというリバースエンジニアリングを行う。
1)食材
<1>材料の鳥の規格
K社の最大のノウハウの一つが養育期間を45日と普通よりも短い期間で飼育した柔らかい生の若鳥を使用すると言うことだ。それも普通は1羽の鳥を8カットにするのだが、9カットという独特のカットで処理する。ここでは同等の生鳥を購入し、完成品と同じ大きさになるようにカット技術を確認した。
この時点でわかったのは鳥の餌が味に重要な違いを与えると言うことだった。当初は鳥をフレッシュの国産鳥でテストしていたが、後にフローズンの輸入チキンに変更した。カットしたフローズンチキンを輸入し、解凍し、圧力釜で揚げ、再冷凍した。当初の味は問題なかったが、後に味の劣化に気がついた。味の変化は工場加工後2ヶ月ほどすると起きることがわかった。鳥の骨には髄液が入っているがその髄液の味が変化をするのだ。
鳥でも牛でも味を左右するのは餌だ。例えばオーストラリアの牛よりも米国産の牛の方が美味しいのは、草ではなく穀物を餌として食べさせるからだ。東南アジアでは穀物の代わりにフィッシュミールを蛋白源として与える。そのため古くなると魚の嫌な臭いが出てくるのだ。
<2>調理ノウハウの解析
K社の最大のノウハウは圧力釜調理だ。特許をとることはノウハウを守ることが可能だが、同時にノウハウを公開することでもある。そこで特許公報を元に揚げ油の温度、圧力、調理時間のデーターを推測した。さらに、過去のマニュアル、米国のデーターを元に最適の調理温度と時間を算出した。K社が当初使っていた手作業の圧力釜のマニュアルを分析した。揚げた後の油をフライマスターで濾過した後、一定の温度で120℃ほどで保温しておき、調理の直前にポット(圧力釜)に油を入れ、加熱して180℃に熱する。そこに油2に対して1の比率の鳥(バッターとブレディングをつけた)を投入する。そしてリッドをし、圧力がかかるようにする。180℃の高温で鳥の表面についたバッターとブレディングがキャラメライズし、天ぷらの衣のように鳥の内部の肉汁を封じ込める。調理で発生する蒸気を利用し一定の圧力をかけ、火を弱火にして10~12分ほど揚げる。
さて、古い調理法がわかったが当時のK社は既に自動調理機器を使用していた。K社の自動圧力フライヤーのノウハウは圧力釜と独自の圧力と温度時間コントロールのコンピューターであった。全く同じフライヤーは市販品で入手できるが、K仕様のコンピューターを購入することはできない。そこで特許公報に出ている温度カーブを分析し、加熱に必要な熱量を計算し、現場でフライドチキンを購入しながら比較をして、同じ調理レベルになるように温度と時間の設定を開始した。
<3>ブラックボックスの味の解明
K社の次のノウハウは独特のスパイスの配合だ。この点は専門家を動員し、スパイスの調合を進めた。スパイスは温度をかけた際に成分が揮発するが、種類により異なるので、色々なスパイスを調合し実際に調理しないといけなかった。さらに課題は工場で調理し、店舗で再加熱をするという2回の加熱後でも同じ味にしなくてはいけないという事だった。そこで、スパイス会社ベテランに調合を依頼する事にした。世の中、専門家がいる物で、商品を食べながら色々な試作をしていったのだった。
衣の成分である、バッターについては昔のマニュアルの玉子と牛乳の比率が合ったので簡単に割り出し、ブレディングについては同じく製粉メーカーの中央研究所で研究を行った。衣についても店舗で一回で調理するのと、再加熱するのでは条件が大きく異なるという問題も克服しなくてはいけなかった。
これらの味のスペックを決めるに当たっては、鳥の製造メーカー、スパイス、粉、油の、各専門家を動員し共同作業で短時間に解析を進めた。そのために、鳥の製造メーカー、粉メーカーの中央研究所に極秘のテストキッチンを作り作業を進めた。
この解析と調理レシピーの確定のためには大量の鳥を揚げながらデーター処理を正確に行う必要が出た。多くのデーターを解析するには調理毎に詳細な記録を残しておかないと後で問題が発生した際に原因の追及ができなくなるからだ。
このときに使用した機器は、正確な温度計、重量計、ガス圧計、風速計、ストップウオッチ、ノート型パソコンであった。当時、小型のノートブックパソコンが発売されたばかりであり、それに表計算のソフトを載せ、調理データーを10秒単位で記録し、全ての製造ロットの温度カーブを記録していった。後で商品上の問題点が発生した際にはそのロットの揚げた条件を温度カーブを見ながら解析できるのであった。これが筆者がパソコンの威力を実体験した出会いであった。
<4>K社の調理技術の問題点
以上の作業により半年ほどで、K社の店舗で販売している商品と同等の(95%程)のフライドチキンを作ることが可能になった。しかし、ここで問題点も同時に発見した。商品のスペックを決定するために2カ所の秘密のテストキッチンでテストを繰り返し、その際のターゲット商品を近隣のK社の店舗から購入していたが、その2カ所の店舗の調理レベルが異なると言うことだった。その原因は2つの地域の供給ガスのカロリーが異なと言うことだった。ある店舗地域のガスはカロリーが低いだけでなく、供給圧力も低く、フライヤーの調理能力が低いと言うことがわかった。それを補うために投入時の設定温度を高く変更していたのだ。しかし、ガスの圧力が異なることから調理中の火力が不足し、外観の揚げ色は濃いが、内部の調理レベルは十分でないという問題が判明した。筆者は昔、グリドルで同じ苦労をしており、即座に応急処置をとることが可能であったが、その圧力釜の基本的な問題を完全に解決する事はできなかった。K社の技術では地区により味の変化の問題が予測された。これは、世界中で同じ味を保証しなければいけないと言う会社のポリシーにはそぐわないと言う大きな問題であった。
もう一つの問題はオペレーションその物だ。フライドチキンのオペレーションはFFとはいえない物だった。手作りを重視する作業の点から粉を店舗で付けるのだが、それが店中に舞い上がり、厨房だけでなく客席まで粉だらけとなる。また、幾ら自動化とはいえ、生の鳥にバッターとブレディングをつける作業には熟練が必要だ。さらに生の鳥にはサルモネラがいるという衛生上の問題点もある。つまり、自社の洗練されたFFのオペレーションには全くそぐわない物であった。
3つ目の問題は店舗スペースであった。フライドチキンはクリスマスに大変人気のある商品であるが、その最大売上げ時の能力を出すためにはK社と同等の設備が必要になるがそんな機械を設置するスペースはないと言う物理的な問題であった。
3)フライドチキンの調理作業
1)冷凍庫からチキンを出す。
冷凍チキンを使用する時は、十分な大きさのプレハブ冷凍庫が必要である。普段はフレッシュチキンを使用する場合でも、時期により冷凍物を使用せざるを得ないし、フレンチフライやその他の冷凍食材もあるので、ある程度の大きさの冷凍庫は必要である。
2)冷蔵庫で解凍する。
冷蔵庫の内部で解凍するが、間に合わない時はシンクで冷水解凍するので、大型のシンクが必要である。
3)使用するチキン。
チキンは中ヒナ、中抜きの丸1.05~1.15 kgを使用する。重量を決めてるのは後述する鳥の重量とショートニングの重量比が圧力釜の圧力を決定するからである。
原則として鮮度の良いフレッシュチキンを使用する。冷凍のチキンは、調理後、骨が黒く変色し、味も変化し易いので、品質を考えフレッシュのチキンを使用する。ただ、季節的に冷凍物を使用しなければならない時があるが、その場合でも、新鮮な物を使用するようにしなければならない。
日本や東南アジアでは、魚粉を飼料として与える場合があり、冷凍後時間が経過すると、異臭が出て、フライにしても匂いが消えない。南米産の物は味は良いが、概してパーツが大きく、不揃いな場合が多い。パーツの大きさが一定の物を仕入れる必要がある。
一般的なチキンのカットは8カットであるが、KFCでは9カットと言う独自のカットを行い食べやすくしている。
4)チキンの下処理。
チキンの余分な脂肪分、内臓、血、羽等を取り冷水で洗浄後、30分間水切りを行う。サイの骨の内側に腎臓が残っていると、味が苦くなるので、完全に取り去る必要がある。皮と身の間に黄色い脂肪分があるが、なるべく取り去る。フライドチキンは通常100%植物油のショートニングを使用してフライするが、ショートニングの中に、チキンの脂肪分が溶けだし、ショートニングを傷めるとともに、スパイスの香りに脂肪の匂いが混じり客に嫌がれる。しかし水洗いをあまりやりすぎると、チキンの旨味が流出する。
5)バッターリング。
バッター溶液は、玉子、ミルクを混ぜたものである。バッターを付ける事により、揚げ色がゴールデンブラウンになり、衣の付着がしっかりし、チキンの旨味の流出を防ぐ事が出来る。バッターは栄養があるので、チキンに付着している細菌類が増殖し易い。その為、使用したバッターミックスは数時間で廃棄する。また、出来るだけ冷たく保管し、使わない時には冷蔵庫で保管する。
バッターをM.E.D.(ミルク・エッグ・ディップ)と呼ぶ。主成分はミルクと卵である。
品質を一定にするため、ぬるま湯で2000ccに対してM.E.D・・g、水4000ccをまぜる。
その成分は卵…個、パウダーミルク(スキムミルク)・・ccぬるま湯2000cc、水4000ccとほぼ同等である。
6)ブレディング。
スパイスと塩の混ざった小麦粉をまぶす際に、小麦粉にダマが出来るが、ダマは毎回ふるいに掛け、取り去る。スパイスの混ざった小麦粉は、使用している間に、各成分の重量の違いで、重たい物が順次容器の底になっていくので、時々混ぜる必要がある。良く混ざるように容器は大き目のほうが作業がし易い。また成分の微細な粉末ほど、チキンに付着し易い為、回数を重ねまぶすほどに、味が変化していく。一定回数まぶしたら、追加のスパイス入り小麦粉を入れ、味の変化を押さえる。
味の標準化のために11種類のスパイスミックス・・g入り、精製塩・・kg、薄力粉・・kgを、パック化し簡単に調合できるようにする。そのパックを2回篩にかけ味が均一になるようにする。
7)フライヤーで揚げる。
KFCで使用する圧力式のフライヤーには一回の調理で、必ず一定量のチキンを調理する必要があり、顧客の要望に合わせて、1個だけ調理するわけにはいかない。そのため、保温庫に一定時間保温し、保温時間内に販売するようにしている。重量比で鳥が1に対しショートニングが2の割合が最も美味しい。
8)油切り。
揚げて熱い状態のフライドチキンをそのまま保温庫に入れるが、すぐに販売してはならない。30分間保管し十分に油切りをした状態で販売する。
9)ホールディング。
保温の温度は、細菌が繁殖出来ない温度以上で、顧客が食べた時に熱いと感じる温度でなければならない。80度C程度が適温である。保温庫は温度だけではなく加湿をしないと、フライドチキンが乾燥してしまう。保温時間は2時間である。
10)製造能力
冷凍庫、冷蔵庫、等は配送頻度により、容量を決める。チキンは案外場所を必要とするので、充分容量を確保する必要がある。
圧力式フライヤーの台数は1台あたりの調理可能能力と売上予測により決定される。一般的に使用されている圧力式フライヤーは1回に最大4羽フライする事が出来る。(最近は8羽の調理できる大型の物も使っている)9カットであると1回に36ピースのフライドチキンを製造できる。一回の調理時間は15分間であり、一回毎に油をろ過するのに5分間、温度を回復するのに5分間、計20分間が一回の調理サイクルになるので、1時間に3回、108ピースが最大調理個数になる。2台のフライヤーで、1個180円として、1時間に38800円の売上が可能である。また、保温庫で用意しておけば1時間に最大77760円の売上が可能である。フライドチキンの売上が70%であれば、1時間に約11万円の売上が可能になる。標準店舗はこの3倍の売上げ能力を備えており、クリスマスなどの大量に売れるときにも対応が可能だし、保温していることでドライブスルーや持ち帰り客を確保できるので、店舗を小型にできる。
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。