「外食産業の危機管理 牛丼殺人事件」(商業界 飲食店経営2005年3月号)

2004年12月初旬、国産牛のBSE発生から早1年経とうとしているのにいまだに米国産牛肉を販売できず、苦戦の続く牛丼業界を震撼させる事件が発生した。大手牛丼チェーンの店長がクレームを言い立てた客を殺してしまったというショッキングなニュースだ。
お客様は神様だという精神に乗っ取ったサービスをモットーとしている外食業界の常識を根本から覆す事件だ。そして、2004年末から2005年1月にかけての年末年始の忙しい中、外食業界の中でも衛生管理には厳しい注意を払っている、モスバーガー、キハチ、リッツカールトン、グリーンハウスなどの大手外食業が食中毒を発生させると言う大事件が発生している。
これらの報道は2004年末のスマトラ沖大地震と津波の報道により注目を浴びなかったは幸いであるが、外食業界の危機管理のあり方が根本的に問われる時代となっている。

危機管理の基本とは
① 危機や危害を予測する。
リストを作成し、具体的な対策、連絡方法を明記する。また、チェーン企業であれば各店や本社に上がったクレームの内容、日時、関係者、原因、対処方法、反省点、を明記し、本社と各店舗に毎月まとめて配布し、年度末にはそれをまとめて一冊のマニュアルにして、全店舗に配布し、クレームの現状を全員で共有するようにする。

② 教育
本社の研修で必ずクレーム処理のロールプレイを行い、緊急時に冷静に対応出来るように訓練する。

③ クレームの拡大、2次クレーム化を防ぐ
クレームには迅速に対応し、責任逃れをしないようにする。異物混入などのようにクレ
ームを引き起こした原因を直ちに解明できない場合は、何時までに誰が返事をするか伝える。
④ 専門の担当者
全てのクレームを店舗で解決することが出来ないので、本社などにはクレームに対応で
きる人を備える。クレーム責任者は冷静沈着で丁寧に話す人が望ましい。クレーム責任者はクレームを解決するだけでなく、クレームの原因を追及し、それが再び起こらないように全社への注意を呼びかけたり、クレームのデーターベースを作成し、全社でクレームの実態を共有できるようにする。

⑤ 社員のメンタル面のケアー
現場の店長が解決できない難しいクレームもあったり、クレーム処理が不得意な正確の店長がいる。彼らにクレーム処理の全責任を負いかぶせると、場合によっては精神的な負担が増し、ノイローゼになり仕事に支障を来したり、退職に追い込むことがある。さらに極端な例が牛丼殺人事件であり、経営者は従業員のメンタル面のケアーを忘れてはいけない。

①危機や危害の予測を考えてみよう

1)人の被害への対策

<1>店内の人身事故

高齢化社会になると店内でのスリップや、階段からの転落等により骨折や場合によると致命的な怪我を負うことが予測される。人が忙しく動いている際に、床や階段に水や油がこぼれていたり、手すりが破損していたり、階段のスリップ止めが壊れていたりすると大変危険だ。
家族連れで旅行をする際には小さな子供連れで全く環境の変わった場所や新しい店を訪問する。最近では子供連れに喜ばれるように子供の遊び場を作ったりしているが、子供は新しい環境の興奮を覚え、普段しないような過激な行動にでやすい、また、駐車場などではしゃぎまわったり走り回ったりして、車の事故を誘発する場合も多い、子供にも安心できる店内外が十分な点検を怠らないことだ。
2004年3月に六本木ヒルズで起きた自動回転ドア事故で子どもが死亡した。大型の回転ドアの重量は2トン以上と外車並の重さであり、安全装置で止めるには、多くの時間と距離が必要だった。さらに安全装置の作動位置が子どもには高すぎたという問題もあったようだ。楽しみに来店するお客さんや、子ども達が事故を起こすことは極力さけなければなならない。新店舗開店の際には、自動ドアーセンサーの作動確認、ガラスに突入しないように注意のシール、階段の滑り止めの確認、手すりの確認等、厳重な安全確認をしなければいけないのだ。
最近は内装に凝った居酒屋などの店舗が増えているが、2000年4月にある居酒屋の新装開店の際に、店内装飾の瓦が落下し、複数の客に怪我をさせ、テレビで大きく報道されたことがある。開店を急いだ店舗は内装の不備などもありがちであり、竣工検査は綿密に行い、内装の華美だけでなく安全も留意する事を心がけなくてはいけない。

<2>従業員や客の怪我と事故
繁忙時には慣れないアルバイトを新規採用するが、良くトレーニングをしないと火気を扱う厨房では大きな事故を起こしやすい。フライヤーの油やコーヒーマシンの高温の湯を浴びて大やけどをしたり、グリドル、トースター、オーブンなどの高温の機械に直接手を触れて大火傷をしたりする。
大事故に発生しやすいのは厨房の床でのスリップだ。スリップ転倒し、頭をうち死亡事故に発生したり骨折をしたりする。床には油や水がこぼれないように注意を払い、滑りにくい専用の靴を履かせるなどの注意が必要になる。
宅配経営の場合には配達途中の事故の多い時期であり、普段から安全運転教育を実施し、自分の身を守るだけでなく、通行人にも怪我をさせないように余裕を持った仕事配分をする。事故を起こした場合、普段からの安全運転教育を怠っていると会社に大きな責任が発生するので注意が必要だ。店舗に任せ切りにするのではなく、本部もどのような安全教育をしているか、監査を行わなくてはいけない。
従業員のプライベートな交通事故や、季節柄酒酔い運転による交通事故や、酒に酔っての喧嘩、窃盗や万引き、等を引き起こしやすい。それらが個人の問題だけでなく新聞に報道されると店舗の信用を傷つけるので、就業規則、罰則規定などで、厳しくそれらの行動を規制することを伝えなくてはいけない。
<3>火災、地震、等の避難、
飲食店などで火災が発生して建物などが焼損しても保険などで保証されるから財産上の大きな問題はないが、その際にお客様の避難誘導をしなかったりして、お客様の人命の関わることがあると、大問題となる。火災、地震の場合には、まず第一にお客様、第二に従業員の安全と避難を優先とする。火災や地震の場合には、火災に対する消火活動を開始し、ガスや電気を消し、お客様、従業員の避難誘導、消防署への連絡、客、従業員の安否の確認、社内の連絡、と言う手順で対策をとる。日頃からそれらをを明確にしてマニュアル化し、各従業員への作業割り当てと日頃の訓練を定期的に行っておく。
店舗では防火管理者を確認し、必要なら事前に消防の講習を受け、店内の防火訓練を行うようにする。

<4>客同士の喧嘩、争い
居酒屋などの宴会などではお酒の入ると客同士のもめ事も多く発生する。客席で喧嘩が始まったら、直ちに喧嘩をやめてもらうようにする。同時に、周囲の客に被害が及ばないように避難してもらう。但し、客の体に決して手を触れてはいけないし、喧嘩に巻き込まれるのは論外である。3名で対処し、2名が双方の争いを止め、対立している客同士を遠ざける。もう一名はそれでも収まらない場合を想定し、警察に電話をかけられるように準備をする。
争いが収まったら周囲の人の安否を確認し必要なら病院や救急車の手配をする。そしてけが人などがでたら、事故の顛末などを警察に報告する必要があるので記憶が新鮮なうちに記録を残す。

<5> 飲酒運転
郊外型の飲食店の場合、客にお酒を出して酩酊運転などで事故を起こした場合、経営者の責任を問われる場合がある。もちろん未成年に対する飲酒は厳禁である。車で来店し、そのまま運転をするようなことのないように十分に注意し、酩酊した場合はタクシーや運転代行の手配をする事を申し出る。タクシーや運転代行業者の電話番号を電話の緊急連絡先に記入しておくと良い。

<6>食中毒、異物混入、毒物混入、
食べ続けたり、旅行疲れや、風邪などで胃腸が弱っている場合は、食中毒や食あたりを発生しやすい。また、異物混入のクレームや、毒物混入による恐喝なども発生するので、十分注意をする。年末年始などは冬場で気温が下がると安心しても、正月の配達がない場合に備えて冷蔵庫や冷凍庫に入らない量の食材を取り、室温に放置して事故を発生する場合がある。ゴールデンウイークや夏休みは売上も高いだけでなく温度も高いので食材の温度管理には注意し、店舗に任せきりではなく、予備の冷蔵庫の借用など本部が対策をとる必要がある。

2)横領、強盗、内外部からの盗難、社内外からの脅迫

<1>社内の犯行
2004年に大手コーヒーチェーンの副社長が何と52億円の横領の容疑で逮捕された。通常の会社であれば今頃破産している額ではあるが、大手食品会社の合弁会社でもあり、倒産を免れているが、積極的な店舗展開にはブレーキがかかってしまった。これは急成長した外食産業の社内監査制度の不備による物で、このような経営トップによる犯罪を防ぐ厳しい監査体制が必要だろう。
また、強盗や盗難などは外部からよりも、勝手を知った元社員やアルバイトによる内部犯行の場合が多い。新規に従業員を採用する場合には従業員の身元確認を確実に行い、やめた後も履歴者などの必要な書類は残しておく。また、従業員をこき使ったり、突然解雇をしたりすると不満をつもらせ犯行に及ぶこともある。普段から正しい従業員との人間関係を確立するように教育を怠ってはいけない。

<2>社外の犯行
社外の人間による強盗や盗難を防ぐには、入り口の鍵、照明、夜間の出入りの規制、等だ。特に夜間の閉店間近の被害が多いので店内に入ってくる客に注意を払う。深夜閉店後のアルバイトによる売上金の勘定の際に強盗に襲われ死亡事故も発生しているので、夜間の金銭勘定はやめるなどの安全対策を本部は立案する。
万が一強盗などに襲われた際には安全第一で犯人には抵抗しないようにする。会社の金
や資産を守ろうと抵抗し死亡してしまっては、店舗の経営は継続できないし、場合によっては遺族に対する莫大な慰謝料が発生する場合もあり得るからだ。

<3>店舗の出入りに注意
従業員が単独で店舗に深夜や早朝に出入りする際に襲われる事件が多い。人件費対策は
必要だが、人気のいない郊外の店舗や治安の悪い場所では店舗の出入りの際には複数の
従業員が周囲の安全に目を配りながら行うようにする。

<4>金の盗難。
客の金を盗難する事は難しいが、最近はクレジットカードで支払いをする際に、そのデーターを読みとり、カードを偽造するスキミング被害が増加している。2005年1月中旬には大手ゴルフ場の管理者がスキミング犯罪に手を貸し被害総額は20億円以上と報道されており、このゴルフ場の管理責任を問われることは間違いないだろう。経営者や管理者は従業員の行動を良くチェックしそのようなことがないようにしなくてはいけない。さもないと経営者サイドの責任を問われる恐れがある。
偽造のクレジットカードにも注意を払う必要がある。サインが裏にしてあるか、サインは同一か、盗難カードのリストに載っていないか、客の態度がおかしくないか、等注意を払うように教育をする。
また、最近は金だけでなく会社の情報の流出という問題も抱えている。特にコンピュータ内部の売上情報、顧客データーなどの情報漏洩は見えにくい分大きな問題となる。情報機器のデーター管理にも慎重になる必要があろう。

<5>客の荷物の盗難
宴会などのグループ客の場合、酒も入ることもあり、荷物の紛失などの事件が起きやすい。団体毎に保管場所を明確にしたり、引換券で管理をするなどの具体的な対策を行う。

<6>暴力団などからの脅迫、押し売り
繁華街や地区により、暴力団やテキ屋などから、店頭へ置く置物の押し売りや、みかじめ料などの金銭の要求がある。また、サービスが悪いとか、食中毒をおこしたらか慰謝料を要求する不当な行動が増える。本社本部と連絡が取れず、困った店舗は思わずお金を支払ったりしてしまう。一回支払うとそれから毎年要求を受けるので、事前に警察に相談をして、その対処を求めておく。場合によっては地元の警察が弱腰で、民事不介入と逃げることがあるから、その場合には県警に相談するなど日頃の警察とのコミュニケーションを密にとる。
問題の多い地域の場合には警察だけで対応ができないので、専門の弁護士などの依頼をして、法的にもきちんと対応できる構えが必要になる。本部は必要経費と割り切り店舗に対する強力なバックアップをしなければいけない。

3)経営上の不手際、スキャンダル
<1>不法滞在者の採用
数年前に大手焼肉店の経営者が不法外人就業者を採用していたとして逮捕されたことが
あった。人手不足の外食現場は、つい、不法就業者を採用し勝ちだ。労働許可を持たずに入国した外人労働者を、事情を知りながら大量に採用し、経営者が逮捕され、会社の信用を大きく低下させたことがあるので十分な注意が必要だ。外人労働者を採用する際にはビザだけではなく労働許可証の提示を求めることをマニュアルに明記しなくてはいけない。
<2>不当解雇
店舗の管理職はイライラして、遅刻をしたり些細なミスをした従業員を思わず解雇したりしてしまい大きな事件に発生することがある。最近ではマスコミに連絡したり、ホームページやメールで不当な扱いを告発することが増えたので、従業員の扱いに十分注意するように教育をしなくてはいけない。
<3>セクハラ
経営再建中のダイエー関連会社のホテル経営者が従業員に対するセクハラで逮捕された事件が2004年に新聞やテレビを賑わし、経営再建中のダイエー本体や同ホテルや関連企業を震撼させた。サービス業ではこのような報道は致命的だからだ。
外食産業は多くの学生アルバイトを使う場合が多く、アルバイト同士の交際や、社員とアルバイトの交際などによる事件が発生しやすい。場合によっては管理者としての立場を悪用し、交際を迫る場合やセクハラを働く場合があり、大きな事故に発生しやすい。いくら個人的な事件であっても会社が組織的にセクハラ対策などの教育をしていない場合には責任を問われる危険もある。

② 教育
本社の研修で必ずクレーム処理のロールプレイを行い、緊急時に冷静に対応出来るように訓練する。
強盗や、盗難、客同士の喧嘩、暴力団の嫌がらせ、等、その現場に直面すると経験の無い人間はおろおろしてしまう。それを防ぐために米国レストラン協会のNRAでは傘下のエデュケーショナル・ファウンデーションに危機管理のVTRを作成させ教育に当たっている。強盗に襲われた際に行わなくてはいけないのは犯人の特徴を覚え早く逮捕することだ。そのためにもトレーニング用のVTR教材などを使い、観察眼を養う具体的な訓練が必要になる。
日本ではこれらの教材の整備が少ないので、米国から購入するか、ロールプレイで教育を行うようにするべきだろう。

その他、以下はクレーム処理教育マニュアルのサンプルであり、ご参考にしていただきたい。

クレーム処理マニュアル
どんなに顧客の方が悪くても顧客は常に正しいのだという姿勢が問題解決の基本です。顧客がいるからビジネスが成り立つのであり、顧客は皆、要求が無理なようでも、尊敬されたり、丁寧に取り扱ってくれるのを望んでいます。クレームを言う顧客の理由は千差万別だということを客の立場に立って理解する必要があるのです。
従業員がどんなクレームにもプロフェッショナルに対処できるように、予想されるクレームの種類とその対処の方法を明確にトレーニングする必要があります。

トレーニング内容
まず、予想されるクレームの種類を説明し、アルバイトが顧客の立場でこんな経験をしたらどうなるか考えさせ、顧客の気持ちを十分理解させます。そして、クレームを申し立てる顧客はアルバイトを攻めるのではなく、店舗が好きでクレームを申し立てるのだということを理解させ、顧客のクレームを怖がらせないようにしてください。

①迅速な応対を心がけましょう
クレームにすぐ応対し、待たせないでください。待たせることにより、怒りが増幅するからです。

②落ち着きましょう
どんな状況になっても従業員に落ち着いて冷静に対処できるようにしましょう。

③注意深く話を聞きます
まず、名刺を差し出し、自分の仕事内容、現在の時間帯では責任者であることを丁寧に伝えます。顧客は相手が責任のある立場になく、クレームをたらい回しにされることを嫌がるものです。
次に、顧客が何を言いたいのか急がせないでじっくりと聞きます。顧客が怒っていても、話をじっくり聞くことにより、怒りが収まる場合があります。話の途中で口を挟んだりして邪魔をしてはいけません。顧客は話を全部聞いてほしいと願っているからです。
また単に話を聞くだけでなく、メモを用意し、真剣に書き留めましょう。メモを取るということは、顧客にこちらが真剣に話を聞いているのだということを示すと同時に、あとで、顧客のクレームの内容を検証するためにも大事なのです。

④場所を換えてみましょう
顧客が興奮し他の客の迷惑になるようであれば、事務所や静かな場所に案内し、興奮を納めさせましょう。
ただし、顧客が自分の家や事務所に来てくれと言っても行ってはいけません。クレームは自社の事務所か、店舗、公衆の面前で聞いてください。顧客の家や事務所に赴くと関係のない人がいたりしてよけいなプレッシャーをかけることがあるからです。

⑤顧客の立場になりましょう
顧客の立場に立って問題点を見てみましょう。
話を聞きながら、大変ですね、それはご迷惑をおかけしました等と自分も顧客の立場だったら困ると思っていることを示します。

⑥いいわけをしないでください
怒り狂っている顧客のクレームは従業員を個人的に攻撃しているのではないのだということを理解し、顧客の立場で一緒に問題点を見てみましょう。言い訳をすることは火に油を注ぐような物です。忍耐をして聞きましょう。

⑦責任を認めてください
顧客は弁解や説明を求めているのではなく、不満を解決したいのです。まず、その従業員が責任を持って対応し、会社として解決をするために真剣に取り組んでいるのだという姿勢を見せてください。そして、顧客に不便をかけていることを丁寧にお詫びしましょう。
商品のクレームなど原因の因果関係がはっきりしない場合でも、ご迷惑をおかけして申し上げありませんと丁寧に詫びます。

⑧解決策を見いだしましょう
クレームを申し立てている顧客の不満をその場で解決することにより、その顧客は固定客となる可能性があります。顧客の不満を事前に見つけだし解決できるようにしましょう。不満を抱くお客は、従業員と目を会わさなかったり、レジの前を行ったりきたり迷った態度が見えるはずです。その兆候が見えたら先に声をかけて不満を聞くようにすると、大きなクレームに発生しません。
クレームを申し立てている顧客には、どんな解決策を望んでいるか聞くことにより、問題解決の糸口が見つかるかもしれません。

⑨顧客へのフォローアップと連絡体制をしっかりしましょう
どんな些細なクレームで従業員が簡単に対処できたとしても、必ず、店長やオーナー、本部に連絡してください。とくにお客様の氏名、住所、電話などを聞き、キチンとメモを取っておき、正確に伝えてください。そして店長、オーナー、本部はそのクレームの原因を理解し、再度このようなクレームが起きないような対策を立てることができるからです。
もし可能なら、顧客に直接お詫びを申し上げ、問題点が解決し、顧客が満足しているかということを確認できます。店舗の責任者が直接わびることにより、顧客は自分を大事にしてくれていることを理解でき、お店の責任ある対応に感謝するでしょう。
顧客に詫びるときには、従業員が悪いのですなどと、他人のせいにしてはいけません。丁寧に顧客に迷惑をかけたのは自分たちの責任であることを詫びてください。場合によっては丁寧な直筆のお詫びの手紙を出すことも有効です。

⑩店舗で問題が解決できない場合
〈地区責任者の訪問前の注意点〉
顧客がクレームを店舗で言い立てたときに、対応した従業員の対応に顧客が満足しない場合には、店舗の責任者か地区の責任者、本社の責任者が対応しなければなりません。誰が対応するかを決めるためにも、最初のクレーム内容を述べたメモが重要になります。
責任者がクレームを申し立てている顧客に会う場合には、まず、身だしなみが重要です。クレームを申し立てた顧客は店舗の従業員の応対に満足しなかったのです。その理由はいろいろあるのですが、従業員が責任のある立場に見えなかった場合が多いのです。外食やコンビニ、小売りの従業員は一所懸命働いていますから、ちょっと汚れたユニフォームを着て髪を振り乱しています。その外観から責任ある立場に見えない場合があるのです。責任者がクレーム処理をする場合にはダークスーツなどを着用し地区全体をキチンと管理している人に見えるようにします。
〈顧客を訪問した際には〉
最初に名刺を顧客に渡します。名刺入れもキチンとした黒色の革製を使用します。名刺は自分が先に両手で丁寧に渡します。この名刺の渡し方は大変重要です。先方が名刺をくれる場合には両手で丁寧に受け取りテーブルに名刺入れと一緒に並べます。そのまま名刺入れに入れてはいけません。先方の名刺入れや名刺の渡し方を見れば、身分、職業、考え方等がわかりますので、観察をしましょう。
次に、自分の会社での立場を説明します。外食、コンビニ、小売業はカタカナの名称を使うので、外部の方にはどんな仕事でどの様な責任を持っているのかわかりません。日本的な課長、部長などの名称に当てはめてわかりやすく説明し、責任ある立場の物であると認識をしていただきます。
顧客に「時間を使わせて大変申し訳ありません」と深々と頭を下げます。クレーム処理がうまくいくかどうかは、初対面の最初の印象で決まると言ってよいでしょう。そして、机の上にアタッシュケースなどからキチンとした革装丁のノートなどを出し、真剣にメモを取る姿勢をしめします。
顧客の話を詳細に聞き、メモを取りだします。顧客は既に店舗で同じクレームを言っているので、再度同じ話をすることを嫌がります。そこで、「このたびは大変ご迷惑をおかけしております。当社はお客様に満足をいただけるように常日頃注意し、教育をして参りましたが、今回は大変申し訳ありません。お客様のご不満の内容は店舗でお伺いしておりますが、もう一度お伺いし、同じご迷惑をおかけしないようにいたしたいと思っております。お時間をかけて申し訳ありませんが、もう一度、お客様のご不満の点をお聞かせ願いたいと思います。よろしくお願いします」と丁寧にお願いします。
話を聞きながら、顧客が店舗で最初にクレームを言った内容と食い違いがないか確認します。すべて顧客の話を聞いたあとに、食い違いがあればその部分を丁寧に確認します。
〈サービスクレームの場合は〉
サービスに対するクレームの場合は、応対した従業員を連れていき、従業員の態度、口の訊き方、当方の連絡ミスなど、当方が悪い場合は責任者自ら侘びをいれ、応対した従業員にも侘びを入れさせます。通常はそれ以上要求が出ることはないはずです。
食品への異物混入などのクレームに関して、店舗でその異物を受けとっている場合は事前に店舗内部の点検、食材製造工場の点検、本部品質管理責任者への確認、食材製造工場の品質管理責任者への確認を行い、問題を発生した部署から文書による報告書をもらっておきます。その内容の重要度により、場合によっては本社の品質管理責任者、食材製造工場の品質管理責任者が店舗地区責任者と同行し、顧客に問題点と今後の対策を述べ、丁寧にお詫びを申し上げます。

③  クレームの拡大、2次クレーム化を防ぐ
以下のように事故発生時の連絡体制を明確にし、クレームや危機管理に迅速に対応し、2次クレームにならないようにする。

危機発生時の連絡体制
緊急連絡先 氏名 会社TEL 自宅TEL 携帯TEL
社員
社員
担当店長
管理者
部長
その他担当者
社長代行者
社長

1) 危機発生時の行動指針

<危機発生時の報告と対外発言の原則>

(1) 発生危機の内容を上司に迅速に、正確に報告する。
危機発生時には自己判断せず、その事実を5W1Hに基づき、速やかにまとめ
上司に正確、詳細に報告する。口頭で報告後、記憶が曖昧にならないように直ちに文書に記録し保存する。後に裁判や刑事事件、民事事件に発生した際に必要になるからだ。

(2) マスコミ対応は、基本的には総務部の責任者か経営者が担当する。
危機発生時のマスコミ対策は、現場からの報告に基づき総務部責任者または経営者が行う。 場合によっては、危機発生現場の店長や責任者が当面の一時的対応を行わなくてはいけない場合がある。

(3) 全員が統一した見解、発言、行動をとる。
危機が発生すると様々な情報がとびかい、混乱、誤報を招き、2次的な危機を発生させる。マスコミの取材に対しては、会社として統一した内容を発表しなくてはいけない。統一見解は総務部責任者、経営者が論議決定し、即座に社内、店舗現場に流さなくてはいけない。社員全員は個々の意見を述べるのではなく、この統一した内容の範囲で発言を行うように注意を払う。それ以上の情報を求められた場合は総務部責任者または経営者に連絡を取るように依頼する。

緊急時の関係連絡先
危機発生時に関係部署に迅速に連絡できるようにしておく。
機関名 住 所 TEL
警察署
消防署
保健所
救急病院
県庁
市役所
タクシー会社
運転代行業
<危機発生時における行動原則>

(1) まず、落ち着いて初期行動を起こす。
・避難、人命救助(火災、天災、等の場合)
・ 消火活動(火災などの場合)
・ けがの応急処置
・ 消防署、警察署、保健所など関係各所に緊急連絡
・ 病院の手配
・ 本部、本社への緊急連絡
・ その他

(2) 状況を把握と事故発生内容の報告
・ 何が起きたか(食中毒、火災、強盗、傷害、盗難、恐喝、など)
・ 何時
・ 何処で
・ 原因は
・ 被害の範囲(人物金で分類)
・ 事故関係者名(被害者、事故原因者、加害者、関係者)
・ 現在の状況は(火事であれば消防車が到着し消火中、等)
・ 実施した応急策の内容
・ 店舗責任者、事故報告者の連絡先(特に、火災、天災の場合)
・ 所轄署への連絡の有無

(3) 事故後の対応
会社上司の指示に基づき、その範囲内で行動する。統一見解が出されたらそれに従う。

<危機発生時の対外発表原則>
①  必ず統一見解に基づき回答する。
②  権限外の回答を求められた場合は、総務部、経営者を紹介する。
③  未確認、不確実な点については絶対に自己判断で回答しないこと。必要があれば正確にメモし、必ず総務部、経営者からの指示に従って回答する。
④  取材のあったマスコミからは名刺をもらい、マスコミ名と担当記者名を総務部、経営者に報告する。
⑤  取材内容を総務部、経営者に報告し、直ちにその内容を文書に残す。

取材マスコミ一覧表
月/日/時 マスコミ名 記者名 連絡先 総務部への連絡

被害者の連絡先
氏  名 性別 男・女 年令
自宅住所 TEL
収容先住所 TEL
被害者状況

危機対策対外応対手順

食中毒の場合
保健所の発表によりマスコミの取材活動が開始される。
記者は第一報の確認作業のため店舗または現場へ駆けつける。
総務部または経営者の統一見解に基づき説明する。
総務部、経営者へ以下の内容の現状報告を迅速に行う。

報告項目 報告内容 チェック
1.店舗名・報告者名・連絡先
2.保健所立ち入り調査の日付    月  日  時
3.理由
4.保健所の見解
5.原因
6. 一店舗にとどまるか(工場からの素材が原因か)
7.病状
8.発病人数
9.保健所の命令
10.内容はどの程度外部に知られているか
11. マスコミの取材有無
・会社名・担当記者名・TEL
12.マスコミへ取材への対処内容
13.被害者の連絡先

2)本部の役割
危機発生時のマスコミへの対応の訓練を普段から実施する。緊急事態発生後の記者会見のシュミレーションを行ったりの訓練を行っておく。
また、日頃から新聞、マスコミの情報を整理し、どんな危機が発生しどのような対応をとっているのかをまとめておき、自社の対応を常に検討しておく。事故があっても日頃の訓練で冷静的確に対応できるようにならなくてはいけない。

④  専門の担当者
クレーム処理担当者と弁護士の選定方法
1)本社のクレーム処理の担当者
クレーム処理の基本は相手を満足させることで、クレームに勝ち負けはない。クレームを言われたら、少なくとも相手を満足させる必要があるのだ。満足させるといってもお金を払うという意味ではない。相手の言い分を時間かけて聞くということだ。クレームを言って来る客でも、こちらが親身になって聞きいれ、真摯な態度を示せば、それだけで満足してくれるはずだ。
もし、お客様相談室などの専門家を会社に置く場合には担当者の性格は二種類必要となる。お客様相談室に向いている人は基本的には、まあまあとなだめる穏和な人だ。しかし、穏和に話していても問題が解決できない場合がある。そのためにもう一人、喧嘩や論争を嫌がらない人も必要になる。その場合単に喧嘩をするのではなく、理詰めでキチンと論争をする能力が必要だ。
いずれにせよ、上記の二種類の人を置き、硬軟自由自在に対応できるようにする。

2)弁護士の場合
いざ弁護士に依頼する場合だが、有名弁護士がよいというわけではない。優秀な弁護士は忙しいので、クレームなどの小さな事件には真剣に対応してくれない。親身になって相談に乗ってくれる弁護士を選ぶべきだ。ただし、弁護士に任せきりにするのではなく、交渉の際のアドバイスをもらうようにする。
弁護士の費用は時間で発生するので、交渉まで立ち会わせると費用が高すぎるからだ。しかし、問題がより深刻になったり、相手との複雑な示談交渉になる場合には思い切って弁護士に任せることも大事だ。クレームや事故が多い場合には弁護士と顧問契約を結んだ方が費用的には効果的だ。問題が大きくなってからよりも問題になる前に相談し、法的にキチンとしておく方がやすくつく場合が多いことを忘れないようにすることだ。

⑤ 社員のメンタル面のケアー

新聞やテレビで2004年12月11日に北千住駅前の牛丼屋の店長がしつこくクレームを言ってきた客を刺殺をし、逮捕されるという可哀想な事件が出ていた。お客様は神様だと言っている外食産業にとってこんな不祥事は初めてだ。
ネット上ではこの店舗は1999年に発生した、キムチ牛丼に混入した蛙轢断死体の店だと論じられている。クレームは新聞だけでなくネット上でも詳細に観察されているのだと驚かされた。
さて、管理の厳しい外食チェーンで何故店長によりクレームを言い立てた顧客を殺すような大事件に至ったのか考えてみよう。この事件はその後の報道も無かったし、当該の牛丼チェーンも沈黙を守っているので、情報を集めてみた。この牛丼チェーンは直営中心のチェーンであるが、数少ないフランチャイズ店もあるという。この不幸な店舗はその数少ないフランチャイズチェーンであったようだ。通常の直営のチェーン店の場合、店長の上にはスーパーバイザー等の上司がおり、教育を行ったり、店舗の問題点が発生した際にアドバイスを行ったり、問題解決を手伝ったりする。詳細については筆者の執筆した「失敗に学ぶクレーム対処術」 2004年 岩波アクティブ新書発行 http://www.iwanami.co.jp/
を見ていただきたい。
しかし、フランチャイズチェーンの少ない同チェーンはどうもフランチャイズ店舗を指導する体制が不十分であったようだ。そのサポートをする上司が居なかったことが店長に負担を強い、凶行に走らせたのではないかと思われる。
今回の事件では客がどんな無理なクレームを言っても辛抱強く我慢し、笑顔で対応しなくてはいけないと言う、お客様は神様論者がいるのだが、最近のクレームを言い立てる顧客の中にはプロ的なクレーマーが存在し、中には数千万円を荒稼ぎし逮捕されるという事件も報道されている。
また、現場の店長は以前よりも売上や利益の圧迫に苦しめられており、米国のBSE発生で売上の低迷をしている牛丼チェーンの店長には、しつこいクレームが耐えられなかったのでは無いだろうか?チェーン店のスーパーバイザーや管理者は現場店長に負担をさせたり、問題解決をさせるだけでなく、悩み事などを相談し、精神的なフォローアップを行わなければといけないと言う時代なのだろう。
現場の店長が解決できない難しいクレームもあったり、クレーム処理が不得意な正確の
店長がいる。彼らにクレーム処理の全責任を負いかぶせると、場合によっては精神的な負担が増し、ノイローゼになり仕事に支障を来したり、退職に追い込むことがある。さらに極端な例が牛丼殺人事件であり、経営者は従業員のメンタル面のケアーを忘れてはいけないのだ。

クレームのデーターベース「失敗に学ぶクレーム対処術」 2004年 岩波アクティブ新書

著書 経営参考図書 一覧
TOP