AV店の経営手法 第14回「科学的な社員教育」(エーブイデータ出版 AVデータ)

科学的な社員教育

最近はチェーン経営の硬直的な手法に批判の声が出ている。バブル華やかな頃に、外食産業の硬直的なマニュアル指向が非難を浴びるようになったのがその一例だ。ファーストフード店で1人の客が「ハンバーガーを10個」くださいと言ったのに、「お召し上がりですか、お持ち帰りですか?」と聞いた例を取り上げ、マニュアル化が悪いのだ、マニュアルから脱出しなければいけないと言う、乱暴な論議がされるようになり、きちんとした教育システムをおろそかにする傾向が出てきた。

バブルが崩壊し、売り上げの低下や企業の活性化を図るために、米国の式のリエンジニアリングやリストラクチャリングを行い、本社組織の簡素化を図りだした。その第一番のやり玉に挙がったのはトレーニング部やマニュアル作成であった。店舗の管理を司るスーパーバイザー制度も中間管理職の廃止という風潮で廃止し、店舗の管理、教育がおろそかになるようになった。

数十年にわたる管理制度と教育システムの充実により、それらの改悪は店舗に急激な悪影響をもたらさないでいたが、同時期に発生した販売品目の増加とブランドの多角化が店舗の運営に大きな影響を生み出し始めた。販売品目の増加とブランドの多角化には、新規メニューや新規ブランドの運営に必用なマニュアルやトレーニングカリキュラムの作成と店舗指導者の教育が必用になるが、その、教育担当部やマニュアル作成部、SV制度がないという状況で問題が生じるようになってきた。業態やメニューの多角化を開始したチェーンの財務諸表を見ると効率の悪化が明らかであり利益率が低下している。

昔に構築した教育システムに戻しても店舗のQSCが向上するわけではない。現在のように競合の激しい時代では顧客のチェーン企業に対する目が肥えており、よりよいQSCを実現しないとならない。

1)集団から個々への教育
日本のチェーン理論で決定的な誤りがある。現場によるシステムの変更、改善を認めないと言う本部至上主義だ。このシステムは当初の急速なチェーン展開では効果的であったが、現在のように地区別の競合が激しくなったり、同じチェーン内でも多業態展開でオペレーションが複雑になると、本部での一括管理というのは不可能であり、効率が低下する。現場の店長やスーパーバイザー、事業部長などに一定の権限を移譲し、本人達の判断でオペレーションの改善をさせるようにしないとならない。
企業活動を考えてみよう。1980年代はどれだけ良い品質の商品を製造できるかというTQC(トータルクオリティーコントロール)の考え方が主流であった。90年代は商品が良いのは当たり前であり、消費者をどれだけ満足させられるのかというCS(カスタマーサティスファクション)を実現する企業が成長を遂げている。顧客を満足させるためには顧客が何を望んでいるのかという顧客満足度調査が必用になる。その結果により企業活動が大きく変動していくのだが、顧客を単なる品質やコンピューターシステムで満足させることは出来ない。1人1人の顧客はそれぞれ異なった要望を持っているからだ。その多様化した要望を満足させるには顧客に接する最前線の従業員の役割が重要になる。しかし、従業員自身が会社に対して満足していなければ顧客を満足させることは不可能だ。その重要な従業員の会社に対する期待や満足度は人により異なり、顧客満足度調査だけではなく従業員満足度調査も実施するべきだ。

従来は定型的な誰に対しても与える、集団に対する教育であったが、これからは個々の従業員によって異なる要望を汲み上げて、それぞれの従業員に適した個に対する教育への変換が必用だろう。日本では往々にして組織至上主義で個人を無視しているが、これからは個人個人を尊重しながら組織を機動的に運営していくという、フレキシブルな教育システムの導入を考える時代となっている。

従来日本の小売業、外食産業、サービス業では科学的な人事管理をあまり必要としていなかった。学歴とモラルの高い人材が豊富に存在したから黙っていても仕事を通じて学んでくれた。しかしバブル経済がはじけこの底知れない不況がもたらした、年功序列の廃止、リストラと言う厳しい処方は、日本人のモラルを傷つけ、会社にたいする忠誠心を失わせると言う問題を発生する。従来は欧米企業はすぐに従業員を解雇するが、日本は終身雇用だという常識が、逆になってきている。今では米国の方が従業員を大切にするようになってきているのだ。その米国で真剣に取り組んでいるのが科学的な社員教育だ。

米国で取り組んでいる科学的な社員教育の流れを振り返ってみよう。

教育の歴史
人事管理の技術論
チェーン企業に対して日本で最初に紹介された人事管理の技術は商業界刊行の海外名著シリーズの「人事管理と教育訓練スーパーマーケットの人材育成」エドワード・M・ハーウェル著だ。この本では初めて科学的な人事管理論を以下の内容で述べている。
目次

従業員の離職
従業員の必要数の予測
従業員の雇用
従業員の選考
新入社員教育
従業員教育
教育の原理
教育プログラムの作成
マネジャー教育
計画、組織及び問題解決
動機づけと作業意欲
コミュニケーション
業績評価
目標設定の事例
目標設定プログラム
昇進の基準
賃金・給料の管理
雇用と法律
組合との関係
人事部門の内容
顧客とパブリック・リレーション
各チェーンはこの内容に基づき、人事管理を固めていった。

教育に必用な良い人間関係
しかし、組織的が大きくなるに連れて、よりスムーズな人間関係が必要不可欠となってきた。特にチェーンは本社組織、店舗の階級制度などピラミッドの上下関係をびっしりと敷き詰めて管理を行っている。しかし、人間であるから、お互いの好き嫌いの感情や、表現能力の問題から、人間関係がきしみ組織の運営がスムーズに行かなくなると言う現象が起きてきた。上下の関係が旨く行かない場合には仕事上の問題であっても、人格上の問題にすり替えられ、より感情的なしこりが出来てしまう。そこで、何故、感情的な行き違いが発生するかという観点から、お互いの感情や精神状態を分析し、それにどう対応するかという精神分析的な手法を取り入れられるようになった。それが交流分析という手法だ。交流分析というのはお互いの気持ちの状態を理解させようと言う物だ。人間は感情の動物だから、ちょっとしたコミニュケーションの食い違いが大きな問題に発生する。朝から一日機嫌が安定しているわけではなく、気分の良いとき、悪いときが周期的に発生する。しゃべり方一つでも相手を傷つけたりする。
人間の性格をかえることは難しいが、自分の行動を理解し、それを変えることは可能だ。部下の仕事が旨く行かないのは、性格が悪いからだとか、能力がないからだ、と個人的な性格のせいにすることが多い。そういわれた部下は変えられない性格を指摘され、精神的に自信を失い余計に仕事上で失敗を招くことになる。

そこで上下の人間関係を円滑に生かせるために、相手と自分の心理状態を理解させ、どんなコミュニケーションをとれば、問題が発生しないのかを具体的に教えるというのが交流分析だ。人間の心理状態はP(ペアレント、親)、A(アダルト、大人)、C(チャイルド、子供)と分かれる。上司が命令調で「おい、こんな失敗をして、子供以下だよ、何を考えているんだ」とがみがみ言い出す状態はPの状態だ。この上司の言葉に「うるさい、自分でやったらいいだろう」等とこちらもPの状態で言い返せば喧嘩になる。しかし、「すいませーん、許してくださーい」というような感じで、素直に子供のような状態Cで誤れば、「しょうがないな、次から失敗をするな」ですんでしまう。

しかし、こんなやりとりでは何故失敗したかも分からないから、次も失敗する可能性があり、進歩しない。そこで、Aのアダルトな状態で丁寧に話すようにしなくてはならない。等とその時々に心理状態を把握させ、言葉上、コミュニケーション上のトラブルをなくすようにした物だ。

もう一つは相手の存在や考え方を認めようという物だ。長く店長やSVを務めていると部下が何かを提案しても、そんな事は「無理だ、効果がないよ、こういう風にやればいいんだ。言ったとおりにやれ」等と相手の内容を全く聞かないで否定し、命令しがちだ。そうすると、仕事上の提案が否定されただけでなく、自分の存在そのものが否定されたように感じて、上司の命令を素直に実行する気がなくなる。つまりやる気を削ぐのだ。そこで、4つのコミュニケーション状況を設定し、今どのような状況にあるのかを考えさせながら会話を進めさせるようにする。基本的には相手の言い分を聞いて肯定し、それからメリットデメリットを評価して、良い案を提案するという考え方だ。

本を読んだり、セミナーを受講しただけでは身に付かないから、PACの言葉とコミニュケーションの4つの状況をイラストで描いた紙を胸に入れておき、コミュニケーション時に相手の状態や自分の状態がどんな状態であるかを紙を入れ替えることで、わかりやすくしようという現実的な手法だった。

しかし、この精神分析のとりれた交流分析は日本人には馴染まず、外資系の外食チェーンでわずかに導入されたにすぎないまま、バブル経済に突入し、現在の難しい時代に突入してしまった。

I’MOK-YOU’REOK人間関係が生きかえる

初版 1971年6月24日
著者 T.A.ハリス
訳者 春木豊、久宗苑
発行所 ダイヤモンド社
自己実現への道交流分析(TA)の理論と応用

初版 昭和51年10月30日
著者 M.ジェイムス、D.ジョングウオード
訳者 本明寛、織田正美、深沢道子
発行所 株式会社社会思想社
OKボス交流分析(TA)による自己啓発

初版 昭和52年5月26日
著者 M.ジェイムス
訳者 林誠治
発行所 ダイヤモンド社
人格の尊重とデリゲーション
現代ではより競争が激化し、単なる物を売る時代から、サービスを売る時代になってきた。そのためには顧客に接する従業員の満足度が高くなくてはいけない。そこででてきた考え方が従業員に対する権限委譲(デリゲーション)だ。このデリゲーションとは仕事の責任を単に部下に与えるのではなくて、部下の働く動機、人生観まで理解し、上司部下の正しい人間関係を築くことがビジネスを円滑に動かすと言う、人間性重視の考え方だ。
従来の教育や人事管理は、先に述べたような「人事管理と教育訓練スーパーマーケットの人材育成」や「交流分析」などの人事管理や人間関係をスムーズにする手法やテクニックを中心とする考え方であったが、現在ではより個々の人格を尊重し、やりがいのある仕事を提供すると言う考え方に大きく軌道修正している。それを述べたのが「7つの習慣」であり、サービス業、小売業、外食産業で取り入れられている。

従来の教育や人事管理は私生活、家庭生活、と職場の生活を切り離して科学的に考えていたが、7つの習慣ではそれらの相互依存が大事でありそれぞれ切り離しては考えられないと言う観点から人格的な取り組みが大事である説いている。従業員を単なるワーカーや利用する物と言う観点ではなく、人間としてお互いに尊重し合う事が本当にやる気を導き出すのだという考え方である。今後より一層中間管理職などのスタッフ部門の削減の中で、より従業員のモラル高めるためにぜひ取り組まなければいけない手法だろう。

7つの習慣

著者 スティーブン・R・コヴィ
訳者 ジェームス・J・スキナー、川西茂
発行者 ユージン・R・スキナー
発行所 キング・ベアー出版
2)マニュアル至上主義からの脱却
ファーストフード店で1人の客が「ハンバーガーを10個」くださいと言ったのに、「お召し上がりですか、お持ち帰りですか?」と聞いた例を取り上げ、マニュアル化が悪いのだ、マニュアルから脱出しなければいけないと言う、乱暴な論議がされるようになってしまった。これはマニュアルが悪いのではなく、マニュアル至上主義の誤りだ。マニュアル至上主義者はマニュアルは絶対の物で、現場では変更は許されない。マニュアル以上の事をしてはいけないとしていた。店舗で工夫を凝らすと店毎にQSCのレベルが異なるという恐れがあったからだ。
マニュアルは最低限度の基準であり、お客毎に異なるニーズを判断し、その場で出来うる限りの対応をするという考え方がこれからのマニュアル運営上で必用になるだろう。ハンバーガー10個事件で非難されたマクドナルド社はカスターマーサティスファクション活動を取り入れ顧客サービスの向上に努めている。

従来は店舗毎に異なるサービスをするのは良くないと言う考えかたが中心であった。例えば同社のサービスではお客様の商品に対する特別注文の場合には、サンドイッチ類のマヨネーズとか、ケチャップ、ピクルス、レタスなどの調味料(コンディメント)は削減または増量は良いが、変更は許されなかった。しかし、その硬直的なサービスの間隙を縫って、バーガーキングやウエンディーズがコンディメントの選択の自由を訴え急成長した。企業サイドの都合によるサービスの低下に気がついたマクドナルド社では、そのポリシーを変更し、他社と同様にコンディメントの要望を聞くようになったわけだ。

現在のマクドナルド社では店長によってマニュアルの変更を認めるようになってきた。変更と言うよりよりよく改善をする事を認めだしたのだ。マクドナルドの持ち帰りの商品を入れる紙袋には何個だったらどの大きさの袋を使う、何個の紙袋に対して大きなビニール袋を使用するという基準があった。しかし、雨が降っていれば紙の袋が濡れて破けてしまう恐れがあるので、ビニール袋に入れて上げるとか、赤ちゃんがいる客には粉ミルクを溶かす湯の提供を積極的にするなどのサービスを店舗毎で提供している。また、ある繁華街の店舗では店内での携帯電話の利用が多く、固定客からクレームが発生した。そこで顧客アンケートを実施した結果、携帯電話利用の賛成と反対の比率が同率だと言うことだった。そこで、電波の入りやすい上層階を選んで携帯電話利用可のフロアーを設定し、両方のニーズを満たすことに成功した。

その顧客ニーズを満たす結果だろうか、週刊ダイヤモンドの98年10月31日号の不況に勝つ本物のサービスの集計結果で、業種別ランキング、項目別満足度の総合と接客総合の評価で外食分野のトップ評価を得ている。

米国で急成長をしているステーキハウスチェーンのアウトバックOUTBACK STEAKHOUSEhttp://www.outbackintl.com/ がいよいよ日本に進出する。現在、日本法人を設立準備中で、その合弁相手を探し、さらに地区別のフランチャイズを募集する予定だ。その関係で米国側と話す機会があった。アウトバックステーキハウスは本社がフロリダにある。理由はCEOが週に3回はゴルフが出来る場所という条件で探したからだ。仕事をするのは生活を楽しくエンジョイするために働くのだという遊びと仕事を両立させようと言う考え方だ。15年ほど前に創業し、現在では既にステーキチェーンで450店舗、その他の業態で50店舗と急成長した。お店のテーマはダウンアンダー(オーストラリアは南半球で北半球から見ると下側)だ。オーストラリアをテーマにしたクロコダイルダンディーという映画のイメージをお店にしている。店内はカジュアルで、http://www.tokyo-gas.co.jp/task/usa/outback.html従業員のサービスがよいのが特徴だ。女子のウエイトレスが素敵で、客を楽しませている。店舗は大都市中心ではなく最初は南部の田舎からスタートした。モスバーガーと同じく2等地路線で採算重視の店舗作りだ。

チェーンでありながらマニュアルを重視するのではなく、従業員が客の立場に立って行動すると言うのがモットーだ。客の要望は可能な限り聞く、調理でも味付けでも客の要望を聞き入れます。ま、顧客満足第一主義と言う考え方だ。会社のポリシーは一つだけ、ノールール(規則なし)で客第一主義だ。それを徹底するために、店長へのインセンティブが厚いのが特徴だ。店長は店が開店する際にその店舗へ自分の金を投資する。投資しないと店長にはなれない。そして、実際に経営者と同じ気持ちで働き、その年収は1000万円くらいとなる。米国の飲食店の店長は大体400-600万円が普通なのにだ。

それがベストのサービスを提供できる秘訣であると創業者は常日頃から言っている。チェーンらしくないチェーン、人間重視のチェーンの見本だろう。

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