戦国時代を勝ち抜く「居酒屋」の条件(日経BP社 日経レストラン2003年12月号)

飲食業界はいま、まさにボーダーレスな戦国時代。 洋食系レストランにカフェ、そして和食店からそば・うどん店 までもが酒類のドリンクメニューを充実させ、 居酒屋との境界線を越えて生き残りをかけようとしている。 こうした時代に勝ち残る居酒屋の条件とはなんだろうか? どんなお店づくりがこれからの居酒屋には必要なのか、 実例取材を交えて分析してみよう。

パート1 FC店居酒屋ブームから 肴のうまい個人・個性店ブームへ

1973年、居酒屋業態はひとつの変革期を迎えた。フードコンサルタントの王利彰氏がこう解説する。 「この年に大手FC系居酒屋の開店ラッシュが始まりました。画一的でリーズナブルなメニューを提供し、学生から社会人、熟年層までの幅広い世代をターゲットにする居酒屋店が増えました。一方、これまで居酒屋の主流だった個人店は、より個性・特色をアピールすることで、差別化を計っていくことになったのです」

この時期を境に居酒屋業態は、自店の特色を磨くノウハウを得始めた個人店・個性店と、店舗数で勝負を計ろうとした大手FC系居酒屋の2つに大きく分かれたといえるだろう。そしてここ数年、この居酒屋地図はまた新たな変革期を迎えているようだ。 「あらゆる世代において日常的なお酒の楽しみ方が、この数年間で大きく変わってきています。その趣向の変化を端的に表現すれば、酒・肴を安く多くというより、お店のこだわりという付加価値にそれなりの対価を払う、という楽しみ方になってきたのです」(王氏)

個性を発揮しやすい個人店に 再びスポットが

居酒屋とはそもそも、個人店が酒と肴でさまざまに個性を競い合ってきた業態だ。低迷経済の影響もあり大勢での宴会などが自粛傾向にある中、プライベートタイムを楽しむ居酒屋選びの基準も当然ながら少人数向きの店となり、個性を発揮できる個人店へと再びスポットが当てられてきたのだ。 「程よい小型店、個人店は、おしゃれな個室居酒屋の影響もあり、落ち着きけて個性的な雰囲気も楽しめる。またお店によっては、テーマを設定したコンセプトでのお酒や料理、日替わり・週代わりメニューも味わえる。つまり、通うごとに違った楽しみが発見できるわけです。こうした傾向の居酒屋に多く人が集まるようになった。メニューへのニーズも、オリジナルで質の高いものをそれなりの価格で、と代わってきたわけです」(王氏)

大手FC店の出店の一方で、80年代以降は、カフェバーや洋食やエスニック系料理を提供するレストラン・バーの出店も相次いだ。前者を画一的なデフレ路線とすれば、後者はテーマ型の個性路線といえるだろう。 「こうした潮流をいかにうまくブレンドさせるか。そこに今後の居酒屋経営のカギがある」と指摘する王氏はこう続ける。 「つまり、まずはお店のテーマ性やコンセプトをしっかりと打ち出し、アピールしたい客層を決めます。次にそのコンセプトに沿った本格的なメニューの開発を行い、内装もコンセプトにあわせた演出する。こうした店づくりがこれからの勝つ居酒屋の必須条件なのです」

パート2 強まるレストラン・和食店の居酒屋化傾向への対策

肴・料理メニューが より重視されてくる

お店のテーマ性やコンセプトを考える上でも重要なのが、メニューである。そこでまずは、メニュー構成について考えてみよう。居酒屋のメニューといえば酒と肴で、ともに充実させるのは言うまでもない。しかし、今回はあえてテーマを肴に絞ってみたい。 「酒はもちろん重要な柱ですが、今後は肴つまり料理が重視されてきます。というのも料理は、定番メニューが中心となるFC系に対し、技術とアイデアで臨機応変に変えられる個人店が、個性や強みをより発揮しやすいからです」(王氏)

すでに大手FC事業者もFC化には不向きと思われる業態を新規出店している。例えば、国分寺のある海鮮居酒屋には、FC店に必須の定番メニューはない。料理は2日前に料理長が全国の魚河岸とフ ァックスをやり取りし旬の食材から選ぶため、手書きメニューで対応しているのだ。まさに割烹顔負けの本格鮮魚料理を熟年層に提案することで、客単価も4000円~5000円を目指している。 「FC展開しにくい業態ではあっても、本格鮮魚料理を提案するという新たなノウハウの蓄積に役立つ」と関係者は語る。

つまり料理メニューでの差別化は、FC事業者間にとっても重要なテーマとして位置付けられているのだ。 「個人店・個性店として料理を考える上で重要なことは、まず看板料理となる柱を1~2本はしっかりと持ち固定客をつかむこと。さらに旬の食材の導入や日替わりメニューをどんどん開発して活用し、固定客を何度でも来店させること。その固定客を軸にさらに集客は広がります。ただし、味へのこだわりも必要です。調理人を雇うなど、調理力を高める経営努力は必要となるでしょう」(王氏)

では料理・肴メニューの価格帯の設定や、食材選定などで考えるべきことはあるのだろうか。 「魚三(門前仲町)などは今でも平均価格300円~400円で新鮮な魚介類を提供し、人気を集めている。しかしこうしたデフレ路線よりいまの主流は、素材の珍しさや調理法・味付けなどで特色を出し、800円~1500円を看板料理にしているお店が増えています」(王氏)

居酒屋の料理・肴で魚貝料理を中心とする店は多い。しかし専門性と価格的な魅力を打ち出すには、仕入れルートの開拓など一朝一夕にはできにくい面がある。そこで、他店にはない素材をメニューに加えることで、付加価値を高めている店もこのところ増えてきている。

看板となる食材選定と 料理の開発が重要

東京・三鷹にある「風童子」はシャシュリーク(500円)というウズベキスタン地方の郷土料理やエスニック素材をオリジナルアレンジした料理(400円~)で人気メニューの柱をつくり、魚料理は日替わりメニューなどで押さえるよう工夫した。顧客層として20~40代の男女を想定しメニューを開発し、平均客単価は約4000円だ。 「エスニック素材なども一案ではありますが、和の食材にも大豆系・豆腐・根菜・野菜類やそば・うどん。また、まだあまり有名になっていない田舎料理や郷土料理を発掘するなど、アレンジすべき素材は多くあります。ヘルシー志向の女性客などは、こうした和食メニューを充実させることで多く獲得できるはずです」 王氏がこのように料理面の充実を強調する背景には、レストランや和食店の居 酒屋化傾向がある。 「これまでレストランとして1500円前後の料理を提供していたお店が、次第にお酒メニューを充実させてきている。こうした流れに、これまで居酒屋に通っていた多くの客層が吸い込まれている現状があるのです」(王氏)

例えば、女性に人気の「和のロイス」は、ファッショナブルな和食レストランがコンセプトだが、カクテル類を充実させることで女性の間では居酒屋的な存在としても集客を伸ばしている。また、池袋で人気のお好み焼き屋「ぼちぼち」は、お好み焼きメニュー以外にも肴料理と居酒屋顔まけの焼酎のラインナップを取り揃えた。 「もともと料理メニューで柱を持っているレストラン系業態の居酒屋化傾向は、これからの居酒屋にとって一番のライバルとなってくる存在です」(王氏)

パート3 「エンターテイメント性を持った 居酒屋」が新たなキーワードに

“居酒屋らしさ”を出す ための工夫とは

こうした飲食業態の動きに対しては、”居酒屋らしさ”を強調することが重要だ。ではそのために、どんな工夫が行われているのだろうか。 「食事に強みのあるレストラン系に、まず勝たなければいけないのがお酒です。その注目株は、ヘルシー志向で今だブームの続く焼酎です。なるべく希少な焼酎なら、充分に集客できる素材。さらに割り方のバリエーションに工夫を凝らし、居酒屋らしさを強調します」(王氏)

では、居酒屋らしさをアピールする料理面での傾向はどうなっているのか? 「3つの大きな流れがあります。ひとつは高級割烹をリーズナブルにしたプチ割烹系。もうひとつは郷土料理色を全面的にアピールする田舎系。そして和洋折衷のフージョン系です」

前出の「風童子」のように、エスニック料理を加えていくフュージョン系がある一方で、やはり主流となるのは和の食 材を活かした店のようだ。  プチ割烹とは、こうした食材を中心に懐石料理風にアレンジしたり、割烹のように手の込んだ調理で提供する居酒屋だ。 その特長は、落ち着きのある雰囲気の中で味わいのあるコース料理が4000円~8000円前後で味わえる手ごろさである。 田舎系居酒屋は汁・煮込み・鍋料理などを1000円~4000円前後で提供するのが特長だ。また、鍋の素材となる肉類も鴨や鹿といった食材を使うことで、より田舎・郷土色を強調している店もある。 「このように酒と肴は重要な要素ですが、居酒屋にとってもうひとつこれからの生き残りに大切なものが、エンターテイメント性という付加価値なのです」(王氏)

外装・内装へのこだわり も新たな集客要素

このエンターテイメント性とは何を意味するのか。王氏に解説してもらおう。 「まず外装・内装を含めたお店の雰囲気づくりです。カフェバーやエスニックレストラン・バーなどが人気を集めた裏には、空間デザイナーたちの存在が大きいといえます。つまり、さまざまなアイデアでお店を飲食以外にも楽しませるための工夫、演出が加わっているのです」(王氏)

例えば東京・六本木にある「旅籠」は、酒と肴にも和でこだわったプチ割烹系だが、個室にはその店名の通り、入浴可能なお風呂までも設置されている。 また田舎系では、実際に外装をわらぶき屋根の農家風にし、中には囲炉裏なども置く。このくらいまで外内装を徹底させる店も登場している。

つまりエンターテイメント性とは、酒と肴以外のお店の付加価値である。アミューズメント性もその一例だ。今年6月に新宿ワシントンホテル1Fにオープンした「釣り舟茶屋ざうお」は、店内に屋形船といけすを再現し、希望客には有料で釣りをさせる。釣れた魚は定価よりディスカウントして調理するというシステムが人気を集め、九州で一軒から始めた店舗は関東、東北へと成長している。

こうした大掛かりな内装は外注では採算も厳しくなるが、ざうおは手作りで始めそのノウハウを蓄積し、コストパフォーマンスの効率化に成功した。 また前出の「お好み焼きぼちぼち」(池袋)は内装を昭和レトロ風に仕上げたことが、人気の一要因にもなっている。 「また最近、作家ものの皿を使う店が増えています。酒や肴を味わう器に個性を出していくことも、店のエンターテイメント性を高める重要な要素として考えておくべきでしょう」(王氏)

器や食器類なども エンターテイメント要素

酒と肴でのオリジナリティを出すだけでも一苦労なのに、加えて器まで、と嘆く方もいるかもしれない。しかし最近では、陶器業者もカタログに掲載していないようなオリジナルデザインものを、オプションでリーズナブルに発注できるようになってきている。高価な作家ものとはいかないまでも、オリジナリティあるデザインの器を持つだけで、個性の演出は可能になるだろう。 「居酒屋業態はどんどん業態間の垣根がなくなっている。つまり、どこかが仕掛けてくる以上、自分たちもさまざまにアイデアを考え、店づくりに工夫をしていくしかありません。どんな客層を呼び込むのかというコンセプトを描いたら、酒・肴に店の雰囲気を整え、居酒屋らしいオリジナリティを積極的にアピールしていきましょう」

これからの「勝つ居酒屋」をめぐっては、もはや居酒屋業態間でのライバル争いだけではないだけに、飲食業界全体を見据えた視点の中で、さまざまな工夫を考えてみることが重要なのだろう。

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